3 夢守少女、誕生!
「あなたが浮橋夢美さんですね。ようこそ、夢の世界へ」
公園からいきなりお花畑にワープして、ビックリしたわたしがきょろきょろと周囲を見回していると、うしろから優しげな男の人の声が聞こえた。
ふりかえると、そこには黒いスーツ姿の営業マンっぽい男の人が。
その横には、さっきのウサ耳パーカーの女の子もいる。
「オオクニヌシさま! 言われたとおり、ユメミっていう子をつれて来たわ! ほめて、ほめて!」
ウサ耳パーカーの女の子は、キャッキャッとはしゃぎながらスーツ姿の男性(見た目は20代なかばくらいかな?)の足にまとわりついている。
な、なんだ、あのかわい子ぶりっこは……。
わたしに「なにじろじろ見てんだ、おらぁ!!」とか凄んでいたのがウソみたい……。
「よくやってくれましたね、ハクト。えらい、えらい」
「えへへ~♪ オオクニヌシさま、だーい好き!」
ハクトと呼ばれた少女は、営業マンっぽい男の人に頭をなでられると、顔をふにゃけさせた。
……ん? さっきから、この営業マンさん、「オオクニヌシ」とか呼ばれてる?
いやいやいや、出雲大社という大きな神社でまつられている神様がこんな営業マンみたいなかっこうをしているわけないじゃん。冗談はやめてチョンマゲ。
そんなふうに思っていたら……。
「はじめまして、ユメミさん。わたしの名前はオオクニヌシ。神様です」
直球で、神様名乗ってキターーーっ!!
ど、どうしよう。神様を自称するなんて、かなりアブナイ人なんじゃないかな。関わりたくない……。
自称神様の男性は、わたしがドン引きしていることに気づいていないらしく、ニコニコと愛想のいい笑みを浮かべながら自分の言いたいことを話しはじめた。
「今日、あなたを夢の世界にお招きしたのは、他でもありません。ユメミさんにお願いごとがあったからです」
ここが夢の中だっていうの?
たしかに、見渡すかぎりお花畑でファンタジックな光景だけれど……。
と、とりあえず、この人の話を聞くふりをしよう。無視なんかしてアブナイ人を怒らせちゃったら、恐いもんね。
「わ……わたしに用? な、なんでしょうか?」
「あなた、そちらのバクくんの力を吸い取ってしまいましたね?」
「え? バクくんって、この子のことですか?」
わたしは、いまだにわたしの頭をかみつづけているおチビちゃんを指差し、首をかしげた。
自称神様は、「はい、そうです」とうなずく。
「バクくん。この怪しげな人……げふん、げふん、神様とお知り合い?」
「こんなやつ、しらないばくぅ~。それより、ちから、かえせばくぅ~!」
よ……ようやくまともなコミュニケーションがとれた……。ちょっと感動。
でも、バクくんは自称神様のことを知らないって言ってるよ?
「彼がわたしのことを知らないのは当然です。わたしが彼のことを一方的に知っていただけです。だって、一度もまともに会ったことがありませんから。わたしは日本の神様であり、彼は中国大陸からやって来た伝説のケモノ・獏なのです。接点がほとんどありません」
「中国から伝わった伝説のケモノ……。あっ、日本では『人間の悪夢を食べてくれる』という言い伝えがある、あの獏のことですか」
恋愛ものだけでなくファンタジーや冒険もの、ときには歴史小説まで、小さいころからいろんな物語を読んできたわたしは、獏という夢を食べるケモノが登場するお話をたまたま読んだことがあったから、すぐに理解できた。
「話が早くて助かります。彼は、人間たちが語りついできた伝説のとおり、人々を苦しめる悪夢を手当たりしだいに食べてくれる、わたしにとってはとてもつごうのいい……げふん、とても便利な……げふん、げふん! ……とてもありがたい存在だったのです」
「このバクくんが悪夢を食べると、どうしてあなたが喜ぶんですか?」
「それは、夢の世界が、わたしの管轄内にある世界だからですよ」
管轄? つまり、この神様が夢の世界を管理しているってこと?
「まずは、わたしが夢の世界の管理者となった話から説明しましょう。あれは、とてもとても気が遠くなるほど、はーるか昔のことでした…………」
自称神様は、遠い目をしながら、わたしに聞きたくもない過去話を語り出した……。
* * *
昔々、わたしは、太陽神アマテラスとある取り決めをしました。
あっ、ちなみに、ユメミさんもごぞんしだとはおもいますが、アマテラスとは伊勢神宮にまつられている女神さまのことです。
アマテラスとわたしが決めたことというのは、わたしたち2人がどの世界を治めるかということです。
アマテラスは、人間たちの肉眼で見える現実世界「現し世」を治めることになりました。
そして、わたし、オオクニヌシは、人間たちの目には見えないその他の世界「隠り世」を管理することになったのです。
最初、わたしは、
「人間が見ていない世界だったら、たまに管理の仕事をサボっても、だれもわからないから楽チンかも~。やったぜ!」
とか、お気楽なことを考えていたのです。
しかし、それがとても甘い考えだったことがすぐにわかりました。
一言で人間の目には見えない『隠り世』といっても、いろんな世界があることに気づいてしまったのですよ……。
まずは、死んだ人が行くあの世。
こわ~い妖怪や悪霊たちがうじゃうじゃ住んでいる異世界。
異世界は、もう本当に星の数ほどありましてね……。いまだにわたしが把握しきれていない世界がたくさんあります。
そして、人間たちの魂が寝ている時間に迷いこむ、この夢の世界です。
わたしは、亡くなった人たちが快適にすごせるようにあの世を管理したり、たちの悪い妖怪や悪霊たちが人間のいる「現し世」にやって来ないように防いだり、大忙しなのです。
とても、夢の世界まで管理している余裕はありません。なのに、夢の世界にも、人間たちに悪夢を見せて苦しめようとする鬼たちがいまして……。
しかも、その鬼たちがどいつもこいつもたちの悪いやつらばかりで、わたしはストレスで死にそうになりましたよ。
そんなふうに困っていたあるとき――といっても、もう何百年も昔のことですが――バクくんが夢の世界にあらわれたのです。
悪夢が大好物なバクくんは、鬼たちが生み出した悪夢を次から次へと食べてくれました。
わたしは、
「ヤッター! もう夢の世界はバクくんにまかせちゃお! この子が何者か知らないし、何が目的で夢の世界にあらわれたのかも知らないけれど、特に大きな問題じゃないよね!」
と思い、実際、この数百年ほどはバクくんを夢の世界で野ばなしにしていたのです。
あなたが、バクくんから力を吸い取ってしまった昨日までは。
* * *
つまり、夢の世界の管理が大変だったから、急にあらわれたバクくんに夢の世界を丸投げしちゃったてこと?
え~……。それは、ちょっと無責任のような……。
「おい、こら! いま、あんた、オオクニヌシさまのことを無責任だと思ったでしょ!? オオクニヌシさまだっていろんな世界を守らなくちゃいけなくて大変なんだからね! バカにしたら、口の中にニンジンをつっこんでガタガタ言わせるわよ!!」
わたしがびみょ~な顔をすると、ハクトちゃんが鼻息荒く怒った。
ひ、ひぃぃぃ~! やっぱり、この子、こわ~い!
「こら、こら、ハクト。ちょっと落ち着きなさい。本題はここからなのですから」
「ほ……本題はここから、ってどういう意味ですか? まだ話が続くんですか? 帰ったらダメですか?」
「ユメミさん。わたしは最初、あなたにお願いごとがあってここにお招きしたと言いましたね。そのお願いごとというのは……あなたに今日から夢の世界を鬼たちから守る、『夢守』の仕事をやってほしいのです」
「……え? は? ええええええ!? な、なななななんで、わたしが!?」
わたしはおどろきのあまり、マンガみたいにひっくり返ってしまいそうになった。
ど、どうして、病弱な美少女という以外はごくごく平凡で、どこにでもいる女の子のわたしがそんなことをやらないといけないの!?
「それは、さっきも言いましたが、あなたがバクくんの力の大半を吸収してしまったからですよ」
「わ、わたし、そんなことをしたおぼえが……」
「あなたは夢の中でバクくんに抱きつきましたよね? そのとき、あなたは無意識にバクくんのエネルギーをごっそり吸い取ってしまったのです。
そのエネルギーというのは、夢の中で戦ったり、空を飛んだり、武器を生み出したりなどができる、夢想力と呼ばれるもので、ユメミさんはもともと夢想力がふつうの人間とは思えないほど高かったから、逃げるバクくんを飛んでつかまえることができてしまったのです。
しかも、あなたが『他者の夢想力をうばう』というレアな能力の持ち主だったため、今回のような事故が起こってしまいました……」
そ、そういえば、オレさま系イケメンの顔を見たくて、逃げる彼にしがみついちゃったような……。
ということは、あの『オレさま』さんと、このちっちゃなバクくんは同一人物っていうこと?
わたしが力を吸い取っちゃったから、こんなにも小さくなってしまったの?
それで、ずっと怒っているのか。
うっ、何だか罪悪感が……。
「ごめんね、バクくん。わたしのせいで……」
わたしはバクくんにあやまったけれど、バクくんは相変わらず「ちから、かえせばくぅ~!」と言いながらわたしの頭を噛んでいる。
「というわけで、夢の世界で生きる鬼たち――夢幻鬼の中でも最強クラスであるバクくんの夢想力の大半が、いまはユメミさんのモノとなっています。そして、失われたバクくんの夢想力を取り戻す方法は、神であるわたしにもわかりません。
このままでは、夢の世界の平和を守ってくれる存在がいなくなり、わたしの仕事が増えて困っちゃいます。もちろん、人間たちも、たちの悪い夢幻鬼たちに悪夢を見せられて苦しみ、みんな困っちゃいます。困っているみんなを救えるのは、バクくんの力を受けついだユメミさんだけなのです」
「責任はとても感じていますけど……。わたしにそんな大変なお役目がちゃんと果たせるんでしょうか。わたし、ケンカとかしたことないし、病弱だし……」
「それなら、心配いりません。ばく大な夢想力を手に入れたあなたなら、悪夢をばらまく夢幻鬼たちをやっつけることなんて朝飯前のはずです。あと、ハクトをあなたのサポート役としてつけますから、わからないことがあったらこの子に何でも聞いてください」
「えっと……神様は手助けしてくれないんですか?」
「わたしは隠り世の他の世界を管理するのにいそがしいので、なにか問題があったらすべてハクトに言ってください。くれぐれも、わたしのもとにやっかいごとを持ちこまないでくださいね♡」
えー……。夢の世界のことは、わたしとハクトちゃんに全部丸投げですか。そうですか。
「オオクニヌシさま、まかせて! 因幡の白兎ことハクトは、昔、あなたさまに命を助けてもらった恩を忘れてはいないわ! きっと、このへたれ娘を立派な『夢守』に育てあげ、夢の世界を守ってみせるからね!」
「よし、よし。ハクトはいい子ですね。よろしくお願いしますよ。がんばって、わたしの仕事を減らしてくださいね」
「はーい! えへへ~♪」
オオクニヌシさまに頭をなでられて、うれしそうなハクトちゃん。
わたしはというと、もう何が何だかわからなくて、こんな変てこな夢は早くさめてほしいと祈っていた。
「夢守の少女ユメミさん。というわけで、夢の世界をよろしくお願いします。ついさっき、あの世で武田信玄と上杉謙信が第274次川中島の戦いをはじめて、あの世の住人たちが迷惑しているという情報が入ったので、わたしは2人のケンカを止めに行かないといけません。これにて失礼します」
「えっ、ちょっと待ってください!」
「やれやれ、あの2人にも困ったものですねぇ~。死んでもなおどっちが強いかにこだわるなんて。274回も戦って勝負がつかなかったら、互角でいいじゃないですか」
オオクニヌシさまはそうぼやくと、わたしの前からフッと一瞬で消えてしまった。
あの世にも川中島っていう地名があったのか……。
いやいや、そうじゃなくって!
え!? わたし、本当に、夢の世界を守るために戦わないといけないの!?