15 夢守少女暗殺計画!?
そして、その日の夜。
わたしは枕元に夢殿(の模型)を置き、その中に呪われたお守りを入れた。
「じゃあ、うららちゃん。行ってくるね」
「うむ。ゆめみん、くれぐれも気をつけるのじゃ」
わたしのことを心配してくれたうららちゃんは、「ゆめみんが夢で戦っているあいだ、眠っているゆめみんのそばにいて、ゆめみんの無事を八百万の神々に祈っていよう」と言い、あれからずっと家にいた。
お父さんとお母さんは、うららちゃんは「お泊り勉強会」のためにわたしの家に泊まると、うららちゃんの「記憶改ざんの能力」で思いこまされているらしい。晩ご飯は、うららちゃんもわたしたち家族と和気あいあいと食べた。
「あっ、そうそう。タケミナカタさまから、もうひとつお告げをいただいておった」
うららちゃんはポンと手をたたくと、わたしに桃のジュースを渡した。
「ゆめみん。これを飲んでから、夢の世界へ行くのじゃ」
「桃のジュース? なんで?」
「桃は邪気をはらう神聖な果物なのじゃ。だから、桃を食べてパワーアップしてから夢の世界に行ったほうがいいとタケミナカタはおっしゃっておった」
「タケミナカタさま……。こんなにもたくさんアドバイスをくれて、お父さんのオオクニヌシさまよりもいいヒトっぽい……」
わたしがじ~んとなっていると、ハクトちゃんが「お、オオクニヌシさまだって、優しいかたなのよ!?」とあわててオオクニヌシさまをかばった。
「た、ただ、めんどくさいことが大嫌いなだけなんだから!」
「…………」
さあ、夢の世界へ行こうか。
* * *
ユメミとバク、ハクトが夢の中へ旅立とうとしていたころ、夢の世界では――。
「ボク、手術なんか受けない! やだやだやだぁーーー!」
「少年よ。そんなことを言っていたら、いつまでたっても元気になれないぞ。おまえのことを心配している姉の結衣が悲しんでもいいのか?」
「いーーーやーーーだぁーーー!!」
「ふぅ……。やれやれ、困ったな……」
ヒトに警告夢を見せるのが仕事である臨月天光――ヒカルは、駄々《だだ》をこねる大地に困り果てていた。
ヒカルは、いま、結衣の弟・大地の夢の中――病院の屋上にいる。手術を嫌がっている大地に警告夢を見せて、「ちゃんと手術を受けなきゃ」と思わせるのが目的だった。
ヒカルは、いろんな恐い幻を見せて、「もしも手術を受けなかったら、君はとてもつらいめにあうぞ……」とおどした。
でも、大地は、いまは病気だけれど、元々は腕白小僧である。
「うるさいなぁ! ボクは手術なんか受けないんだ!」
夢の中で暴れ回り、いくら恐い幻を見せても、その幻をなぐったり、蹴ったりして、打ち消してしまっていたのである。
もうこうなったら直接言い聞かせようと考えたヒカルは、幻をぜんぶ消して、さっきからずっと大地に「君のことを心配してくれているお姉さんのためにも、ちゃんと手術を受けて、元気になるんだ」と説得していたのだ。
しかし、学校の先生から「もっとヒトの話を聞きましょうね」といつも怒られている大地は、まったくヒトの話を聞かない。両耳を手でふさぎ、
「うるさいなぁ! 変てこなかっこうをした兄ちゃん、どっかに行けよ!」
と、ギャンギャンわめくだけだった。
「少年よ。ほんの簡単な手術で元気になれるんだぞ? 元気になったら、おまえのために毎日神社にお参りしてくれているお姉さんが喜ぶんだ。お姉さんを喜ばせたいとは思わないのか?」
ヒカルは、結衣の夢の中で集めた情報をもとに、辛抱強く説得を続ける。
「オレにも、昔、きょうだいがいた。可愛い妹だった。……しかし、オレが弱かったばかりに、妹を守ることができなかった。オレがもっと強かったら……といまでも思う。君たち人間には、オレのような後悔をしてほしくないんだ」
「いーーーやーーーだぁーーー!! いやだ、いやだ、いやだーーーっ!!」
「ちょっとはヒトの話を聞いてくれ……」
だんだんつかれてきたヒカルは、ふぅ~とため息をつく。
異変が起きたのは、そのときだった。
「くっ、くっ、くっ……。駄々っ子な子供に手を焼いているようですねぇ、臨月天光」
「そんなアホな子供ひとりも説得できないなんて、あんたもアホね! アホー! アホー!」
背後にとてつもない妖気を2つ感じたヒカルは「だれだ!」と怒鳴り、ふりむいた。
そこにいたのは、悪夢使いの夢幻鬼、ヒガンとスイレンだった。
スイレンは、相変わらず、見た目はクール系美少女なのに言動がアホである。
そして、ヒガンは、スイレンと同じように黒い着物を着て、着物には毒々しいほど赤い彼岸花が刺繍されていた。パッと見は優しげな面立ちの美男子だが、切れ長の目はするどい眼光をはなっていて、不気味な印象だった。
このふたりの夢幻鬼は、ぜんぜん性格がちがうのになぜか気が合うらしく、ともに行動をとることが多い。夢の世界で好き勝手しているふたりのことはヒカルもよく知っていて、この悪夢使いコンビがとてもやっかいな存在だということも知っていた。
「悪夢使いの夢幻鬼がふたりもそろって、何の用だ。さては、この子に悪夢を見せて生命力をけずるつもりだな。そうはさせないぞ」
「フフフ。そんなに嫌わないでくださいよ、臨月天光。あなたも人間に恐ろしい幻を見せておどろかせているのだから、わたしたち悪夢使いと同類ではありませんか」
「そーだ、そーだ、アホめ!」
「オレをおまえたちといっしょにするな。オレは警告夢をヒトにあたえて、不本意ながら恐がらせてしまっているが、それは人間たちに後悔のない人生を歩んでほしいからだ。おまえたちみたいに、むやみに人々を悪夢で苦しめ、心や体を病ませようとはしていない!」
「警告夢なんて、なんの意味もないとわたしは思いますがねぇ。科学が発達した現代の人間たちは、迷信深い者やよほど純粋な心の持ち主をのぞいて、夢になんらかのメッセージがあるなどとは考えませんよ。夢はただの夢だ、としか思わないでしょう。ほとんどの人間に伝わらないメッセージを送り続けて、あなたはむなしくはないのですか?」
「そーだ、そーだ、レモンソーダ!」
「……たしかに、たまにむなしく感じるときもある。おまえたち悪夢使いの夢幻鬼とまちがわれたりして、うんざりすることもある。しかし、ときにはオレの警告夢をしっかりと受けとめてくれる人間もまだいる。そういう人間がこの世からいなくならないかぎり、オレは警告夢を人々にあたえつづける」
ヒカルは、自分の警告のメッセージを無視しなかった純粋なユメミのことを思い出しながら、決意をこめてそう言った。
しかし、冷酷な性格のヒガンはそんなヒカルを鼻で笑う。スイレンもマネして、ふふぅ~んアホめ、と笑う。
「悪夢でヒトを苦しめて喜ぶわたしたちと、とことんまじめなあなたとでは、まったく考えが合いませんね。しかし、今回のわたしたちのねらいは、その子供に悪夢を見せることではありません。わたしたちの目的は、夢守少女をここにおびきよせることですから」
「なに? ユメミを? それは、どういう意味……」
「あなたとその子供には、夢守少女をたおすため、人質になってもらいます。……スイレンさん、例のアレを呼び出してください」
「あいあいさ~!」
スイレンはニヒヒと笑うと、右手を高々《たかだか》とかざし、「いでよ、紅蓮に燃える火の玉!」とさけんだ。すると、
ご、ごごごごぉぉぉ!!
激しく燃える火の玉が、スイレンの頭上に出現したのである。
「あ……あれは、いつもオレをしつこく追いかけてくる火の玉じゃないか!」
「ええ、そうですよ。この火の玉が臨月天光にとって弱点だということは、すでに調査ずみです。だから、あなたを弱らせて人質にするために、スイレンに火の玉を捕まえてもらったのです」
よく見ると、火の玉は、銀色の鎖できつくしばられていた。
「いいかい? あたいが『ゴー!』って合図するまでは、飛び出すんじゃないわよぉ~」
スイレンは、ごうごうと燃えて暴れようとする火の玉を鎖で引っ張り、勝手に飛び出さないようにコントロールしている。まるで、猛獣を調教している猛獣使いみたいだった。
頭が残念なスイレンだが、彼女は恐ろしいほどの夢想力の持ち主である。他の夢幻鬼たちなら青ざめて逃げ出すような燃え盛る火の玉でも、強引に鎖でしばって捕まえることができたのだ。
「少年。危ないから、うしろにさがっているんだ」
身の危険を感じたヒカルは、ぽか~んと火の玉を見上げている大地にそう言い、腰にさしていた刀をぬいた。
「ふん、アホめ! 他人の心配をしているヒマなんて、あんたにはないんだよ! 火の玉、ゴー!!」
スイレンはケラケラと笑い、鎖の拘束をゆるめた。
さっきからヒカルに飛びかかろうと暴れていた火の玉は、自由を得て、ものすごいスピードで飛んでヒカルにせまる。
(オレがかわしたら、うしろの大地に火の玉があたる。こんな強力な炎が当たったら、大地の魂は一瞬で消滅してしまうだろう)
覚悟を決めたヒカルは刀を天高くかかげ、渾身の力をこめてふりおろした。
「雷走り!!」
刀身がピカリと輝き、稲妻が空を駆ける。
ドガガーーーン!!
火の玉は雷の攻撃をくらい、一瞬ひるんだが、たいしてダメージを受けていない様子だ。
「あはははは! アホめ! なにがしたかったんだ? あはははは……ぎゃびびびびぃぃ!!」
ヒカルが放った雷撃は鎖をつたい、スイレンをビリビリとしびれさせた。
「な、なにすんじゃーーー!! めっちゃしびれたどーーー!!」
「……チッ。さすがは悪夢使い最強の夢幻鬼。しびれる程度のダメージしか負わせなかったか」
並みの夢幻鬼だったら、丸焦げになっていたはずだ。しかし、スイレンはピンピンしている。
「もう許さないよ! 火の玉よ、臨月天光を燃やせぇーーー!!」
「くっ! もう一度、雷走りを……」
ヒカルは再び刀をふりあげようとした。
しかし、目の前にせまる火の玉から聞こえてくる声を耳にして、動作をピタリと止めてしまったのである。
「ど……こ……? どこ……なの……? あに……うえ……。兄上は、どこにいるの?」
「この声は……ま、まさか……あ、茜!?」
「兄上は……どこ……どこなのぉぉぉぉぉぉ!!」
「し、しまった! 雷の盾! う、うわぁぁぁぁ!!」
ヒカルは雷を帯びた刀をとっさに前につきだして、飛びこんできた火の玉から身を守ろうとしたが、防ぎきれず、吹き飛ばされてしまうのであった。
「鎧の兄ちゃん、だいじょうぶ……? あいつらにいじめられてるの?」
力つきてたおれたヒカルを心配して、大地が駆け寄って来る。
「だ……だいじょうぶだ。くっ……」
起き上がろうとしたが、体が満足に動かない。
こうなったら奥の手だ、と考えたヒカルは、
「少年よ。これは夢だから、早く目覚めなさい」
と、大地に教えた。
人間は、夢の中の登場人物から「これは夢だ」「早く目覚めろ」と言われると高確率で夢から目覚める。夢の中でなにかヤバイことがあったとき、人間の魂を夢の世界から避難させるための緊急手段だった。
そして、夢を見ている本人が目覚めると、この夢の空間も消滅し、夢の世界の住人であるヒカルやヒガン、スイレンたちはそれぞれ別の夢の空間に飛ばされてしまう。
大地が目覚めたら、ヒカルもこのピンチから脱出することができる……と、ヒカルは期待していたのだが……。
「これが夢だってとっくに気づいてたよ。だって、変てこなことばかり起きるんだもん」
「……しまった。少年は明晰夢を見ているのか……」
明晰夢とは、これが夢だと本人が自覚している夢のことだ。
明晰夢を見ている場合、すでに本人が夢だと気づき、それでもなお夢にとどまっているという特殊な状態なので、「これは夢だ」と教えられても目覚めない。
つまり、大地も、ヒカルも、この危険な状況から逃げることは不可能ということだった。
「フフフ。大地という少年が明晰夢をよく見る子供だということは、すでに調査ずみです。ふたりとも、逃がしませんよ。このままわたしたちに捕まり、人質となってもらいます」
ヒガンはそう言うと、手をかざし、「いでよ、鉄の檻!」と唱えた。すると、
ガシャーーーン!!
鉄の檻が空から降ってきて、ヒカルと大地を閉じこめてしまった!
「やったぜぇ、ひゃっほーう! ここまであんたの計画どおりね、ヒガン!」
スイレンが小躍りしながら喜ぶと、ヒガンはフフッと笑った。
すべては、邪魔な夢守少女を暗殺するための作戦だったのだ。人間たちに悪夢を見せて苦しめることこそが、悪夢使いの夢幻鬼たちの最大の喜びである。しかし、夢の世界を守る夢守少女の存在は邪魔だった。
人々の悪夢をかたっぱしから食べる夢幻鬼・獏もとても邪魔で手ごわかったが、ただの人間にすぎない夢守少女だったら、実戦経験が少ないうちに罠にはめておそったらなんとかたおせそうだ。
そう考えたヒガンは、夢守少女を自分のもとにおびきよせるため、夢守少女の友人・結衣から吉夢を買い取ったのだ。夢守少女は、結衣とその弟のために吉夢を取りもどそうとして、のこのことやって来るだろう。
そして、夢守少女がヒガンのもとにやって来やすいように、手がかりとなる呪いのお守りも結衣に渡しておいた。
一方、夢守少女は臨月天光・ヒカルのことをとても尊敬しているようだ、ということもすでに調査ずみである。また、ヒカルには、彼をしつこく追いかけるなぞの火の玉が弱点だということも、調査ずみだった。
さらに、この数日、ヒカルが、結衣の弟・大地に警告夢をあたえるため、大地の夢に出没していることも、ヒガンは調査して知っていた。
夢守少女が尊敬しているヒカルと、友達の弟・大地。このふたりを人質にとってしまえば、夢守少女は自分たちと真剣に戦うことはできないだろう。
戦う前から、勝利を確実のものにする。それが、夢幻鬼ヒガンの戦いかただった。
「邪魔な存在は、手ごわい敵になる前につぶしておくべきですからね。夢守少女を暗殺することができたら、獏も弱体化してしまった今、夢の世界はわたしとスイレンのモノですよ。フフフ」
「ヒガン、あったまいいー! ……あっ、でも、ヒガンは現し世(現実世界)に行ける特殊能力があるんだし、現し世では戦う能力のない夢守少女を簡単にやっつけられるんじゃないの?」
スイレンはあごに指をちょこんと当てながら、首をかしげた。そういう仕草をすると、10代の少女の外見なので、かなり可愛らしく見える。
ちなみに、ヒガンよりも夢想力が強いスイレンは、現し世に渡ろうと思ったら渡れるのだが、ちょっと長めの呪文を唱えないといけないので、まったく呪文を覚えられない彼女は「あたい、別に現し世になんか行けなくてもいい」とあきらめているのだ。
ヒガンは、(頭が残念なスイレンにしては、なかなか鋭いことに気づきましたね)などと失礼なことを思いつつも、「スイレンは賢いですね。でも、無理なんですよ」と答えた。
「オオクニヌシは、わたしみたいに現し世に姿をあらわすことができる夢幻鬼が、現し世で夢守少女をおそうことを警戒して、彼女の半径50メートル内に悪い心を持った者が入りこめないように結界をはっているみたいなのです」
「ええー! そんなのずるい!」
「夢の世界の住人であるわたしたち夢幻鬼は、夢守少女と同じで、現し世では戦う力がありません。だから、オオクニヌシが張った結界もやぶることができない。わたしたちは、夢の世界で夢守少女をたおすしかないのですよ」
「なるへそ~。言っていることの半分ぐらいは、理解できたわ!」
(半分だけ、ですか…………スイレンにしてはよくできたほうですね。三分の一ぐらいかと思っていました)
スイレンのあつかいになれているヒガンは、ニコニコ笑いながら、「スイレンは本当に賢いですねー」とほめてスイレンの頭をなでるのだった。
「うわーい! ヒガンにほめられたー! うひゃひゃひゃひゃ~!」
スイレンは、まったく知性を感じられない笑いかたで、大喜びした。
(く、屈辱だ。あんな頭すっからかんに手も足も出ないなんて……。ユメミに迷惑をかけないためにも、ここからぬけださないと……)
ヒカルは悔しさのあまり唇を噛みながらそう考えたが、大ダメージを受けたせいでピクリとも動けない。
「あ……あに……うえ……。兄上……どこぉ~?」
火の玉は、ヒカルと大地を閉じこめている檻のまわりをグルグルと飛び回っている。
ヒカルは、なぜ火の玉から何百年も昔に死んだ妹の声が聞こえてくるのだろう、これもまたオレの戦意を奪うためにヒガンが仕込んだ罠なのだろうか、と思うのだった……。




