兵、ただ一人こそ英雄であれ
…体に、極寒の棘が刺さる。吹きすさぶ純白の風が、喉に、頬に、その目に。
諦めろと囁いている。
「ーー何処に…居る、俺は…一体………」
その兵は、遂に目を開けた。この地獄はむしろ、眠るには心地が悪すぎた様だ。
「…っ、隊は?はぐれたのか…-ッ、つぁ…!!」
何とか身を起こそうとするが、右足の痛みがそれを許してはくれなかった。
「…ーハァ…ッ、ハァ…ッ!こんな…場所で倒れるのか…?俺の…果たせたものは………」
作戦は失敗した。信頼していた指揮官は想定を外し、信頼していた仲間も、たった一度の爆発で失った。
気付けば、俺はただ一人になっていて。もう隊とは呼べない、無力な一人の人間として。何の役にも立てずー
「…ッ、あああああぁっ!!!!ふざ…っ、けるなッ!!無駄死になんてご免だッ!!」
兵は、立ち上がった。傷口を固く縛り、無理矢理に足を動かした。今はこの激痛が、己の目を覚まさせてくれるのだ。
「…フーッ…!報いるさ…ァ!俺が果たす!!」
誰のための命だ。死んだ家族のためか、王のためか、それともあっけなく散った仲間のためか。
いや、それは違う。彼はもう、”矢”でしかない。一本だけの、鉄の矢。
報いるための、一矢である。
眼前にかすかに見えるは暗雲立ち込める不落の砦。兵は、運良くもたどり着いていた。貫くべき仇敵に、己の死に場所に。もう、雪を踏む足音も聞こえない。五分折れかけた朽ちし矢は、今此処に姿を現した。
「…流れ弾か、愚かな。我が鋼をたった一人で…ふっ…ははっ」
前に、居る。あれは何だ、悪魔か、それとも鬼か。人ならざる物に見えた鋼は、無情にも刃を構えた。
ならばと、兵は”鏃”を突き付ける。おぼつかない足取りであれど、その目は矢。愚直に飛ぶ矢そのものである。
「…ぅ…ぅあああああああああああぁっ!!!!!!」
矢は、渾身で放たれた。その矢、遠く、刹那輝いたときー
鏃は、鋼を貫いた。
「っ!?…馬鹿なッ!!貴様…自らを…ッグゥ!!」
兵は、満ちていた。その体は既に半身無く、僅かに刺さった剣を見やる。
「…はは…っ、傷が……ッ!…あははははっ!!俺はァ…!…………果たし…て……」
ー……………………ー
「…チッ、驚かせおって。……フン、心配なぞ不要。むしろ…フハハッ!!人の命をもってしてもこの鋼!敗れぬことが証明されたわ!!」
折れた矢を踏み下した鋼は、音高く笑った。
その腹に、たった一筋の傷を受けつつも。