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松村優太 8

 I区中央にあるI警察署は、S署よりも建物が大きく新しかった。官庁街が近い場所で町全体が無機質な灰色のビルで統一されており、背広姿の通行人の群れは時間の流れを早く感じさせる。

 助手席に澄美子を乗せて、優太は車を運転した。交通量の多い道路脇に停車して警察署の中に入ろうとしたら、門前に立っていた警察官が慌てて駆け寄ってきた。道路一本裏にある駐車場に停めるよう注意を受けると、優太は謝罪してすぐに車を移動させた。

 入り口で名前を名乗ると、すぐに一階奥へと通された。そこには肩をしぼませた健二を、一人の屈強そうな私服刑事と二人の制服警官が囲んでいた。更にその後ろには女性の制服警官が立っている。

「ご家族の方が来ました」受付から先導していた婦人警官が声をかけると、健二が表情の無い顔を上げて澄美子と優太を見た。

「あの、どういうことなんでしょう?」澄美子が最も立場が上に見える私服刑事に声をかけた。

「おたくの松村健二さんが、女学生の下着が写ったデジカメを持っていました」横から制服警官がこれですと言いながら、透明な袋に入れたデジタルカメラを持ち上げた。

 優太が澄美子を押しのけて前に出る。「ちょっと待って下さい。チカンで捕まったんじゃないんですか?」

「いえ。盗撮の容疑がかかっているだけです」

 澄美子の言っていたチカンで捕まったという言葉は、早とちりだったわけだ。まあ、チカンも盗撮も似たようなものだが。

「俺はそんなことしていないって、何度も言ってるのによ」

「すみません。ちょっと借ります」優太は制服警官から透明な袋に入れられたデジタルカメラを受け取り、目を近づけてよく観察する。

 少なくとも健二がこれを持ち歩いている所を優太は見たことが無い。

「今日の午後三時頃です。I区U駅前派出所に成人男性から『道で女学生のスカートの中を盗撮している男がいた』との通報がありました」

 私服刑事が話し始めた。隣に立っている制服警官が話を引き継ぐ。

「通報者の男性に連れられて行くと、ファーストフード店前道路の植樹帯に座っている彼を見つけました。彼の後ろにはコンビニのビニール袋に入れられたデジタルカメラが置いてありました。お母さんが今持っているそれです」制服警官は澄美子の持つカメラを指さした。「通報者はレジで順番待ちをしている高校生くらいの女生徒を指で示し、『彼女のスカートの下から彼がカメラを向けて盗撮しているのを見た』と主張しました。ここで応援を呼び……」

 制服警官が後ろにいる女性警官に目線を送る。

「私が健二さんに声をかけ、彼女が女学生を呼び止めました。そして、彼にデジタルカメラの画像を見ても良いとの許可を受けた上で中を確認したところ、女性の下着画像が写っていました。それを女学生に見せたところ、自分の下着で間違いが無いと証言を得ました」

「だから、そのデジカメは俺のじゃないって言ってるだろ。下着の写真ってのも何のことだかさっぱりわかんねえよ」

「あの、刑事さん。たしかに息子の言う通り、こんなデジタルカメラはうちで見たことありませんけど」澄美子が健二の言葉を後押しした。警官たちが困惑の表情に包まれる。

「ご家族の方が購入を把握していなかった可能性もあるでしょう?」

 私服刑事の声を聞くと、健二が貧乏ゆすりを始めた。

 まずい。怒りの導火線に火が付いた。

 不穏な空気を読んで、優太が先を促した。「それで? その後は結局どうなったんですか?」

「念のために、私が女生徒の下着を確認しました。デジタルカメラの画像と本当に同じか確かめるために」奥に立っていた女性警官が前に出てきた。「特徴的な下着だったため、可能性は高く見えました。そして、女生徒に被害届を出すかどうかを尋ねたところ、友人を待たせているし、時間が無いから出さない。その代わりに画像をちゃんと削除してくれとお願いされました。私一人では判断できないことなので、ちょっと待たせてしまったところ怒ってしまって。彼女はデジタルカメラを取り上げると、すぐに画像データを全て消去してしまいました。そしてそのまま立ち去りました。申し訳ありません」女性警官は私服刑事に向かって頭を下げた。

 謝る相手が違うだろう? このクソ女。

 健二が鼻からフンと息を吐いた。「それに、最初に通報してきた男ってのも、いなくなっちゃったんだってよ」健二がまだ一言も喋っていない若い制服警官に視線を向ける。

 ここで優太は初めて気付いた。若い警官の目元が赤く腫れあがっている。

「健二さんと女生徒、双方から話を聞いている間に、最初に通報してきた若いサラリーマン風の男性ですが、その方も姿を消してしまっていて」警察官達の肩が落ちる。

「それじゃあ結局、目撃者も証拠も何も無いってことじゃないですか。なんで健二が拘束されているんです?」澄美子がヒステリックに叫んだ。

「話を伺っている時に、健二さんが暴れ始めまして。それで、冷静にお話をするためにも場所を変えようということになりまして」

 ああ。若い警官の目元の腫れは、健二が振りほどくか何かした時に手が当たったのだろうと、優太は察した。

 パッと見た限り、健二は二人の男性制服警官よりも体格が良く、無精ひげを生やしてレスラーのような外見だ。健二が本気で暴れたら、彼らでは抑え込むことは不可能だろう。

「それだけが根拠じゃありません」私服の刑事が口を挟む。「遠巻きに様子を見ていた野次馬の女学生の一人が、健二さんが最近学校の正門近辺をうろついているのを見かけたことがあると言っていました。以前から盗撮目的でうろついていた可能性があります」

「だからそれもなあ、妹を事故に合わせた奴を捕まえるためだって、さっきから言ってるだろ」

 そこで優太は、健二がいつの間にか優太の行っていた一重瞼の少年探しを引き継いでいたことを知った。家と病院を往復しているだけかと思っていたが、まさか健二が自分から進んで人前に出ることをしていたとは。

「兄貴、頼むよ。兄貴からも説明してくれよ。あのナンパ男探し」

「いや、ちょっと待ちなさい。あんた、美々の携帯に写ってた子を探してるの?」

「ああ、おふくろ、それはだな……」

「優太は黙ってて。あたしは健二に聞いてるんだから」

「ちょっと、おふくろ声がでかいって」

「答えなさい健二。母ちゃんに黙ってこそこそ何してたの」

 興奮してきた澄美子と、それを止めようとする優太。口下手な健二と混ざり、I警察署にて親子喧嘩が始まってしまった。

 それぞれの言い分が混乱してて、まとまりが無い。

「いやいや、すみません、遅れまして」

 その時。三人が聞き覚えのある声が聞こえた。丸い体に好々爺の風情、そしてハッカ飴の匂い。

 美々の事故の時に永体会病院の手術室前で会った駒井刑事だった。

「お久しぶりです松村さん。うん。どうやら間に合ったみたいかな」駒井刑事は周りを見回すと敬礼した。見ると、私服の刑事を含め周囲の警官全員が敬礼している。

 その様子から、駒井はかなり立場が上らしく見えた。

「駒井さん、なぜI署に?」

「いやね、そっちの松村健二君について、S署のほうに人物照会したでしょ。それで私にも連絡が来てね。近くにいたんだよ」

 駒井は松村家に起きた不幸な事故と、なぜ松村健二が学生を追いかけるのか、その目的や意図を説明した。どうやら、S区管内では優太と健二の顔や名前は知られていたが、I区では周知されていなかったようだ。

「そういうわけなんだ。彼に悪意は全く無いんだよ。見逃してあげてくれないかな?」

「わかりました」私服の刑事が答えた。「我々にも配慮の足らない点があったようです。そうですね……デジタルカメラは持ち主不明の拾得物として手続きしておきます」

 優太は感心した。健二を囲んで張り詰めていた空気が、駒井の説明であっという間に和らいだ。警察が縦社会っていうのがよく分かる流れだ。

「松村さん」私服刑事は健二を見た。「大変お時間を取ってしまい、申し訳ありませんでした」彼が頭を下げると、制服警官や女性警官も帽子を取って頭を下げた。



「どうもすみません。助かりました」見送りの駒井と共にI警察署の出口から一歩外へ出ると、澄美子は頭を下げた。「ほら。あんたも頭下げて」肘で健二の脇腹を突くと、ボソボソとはっきりしない声で礼を言いながら健二も頭を下げた。

「いえいえ。こちらこそ手際が悪くて申し訳ありません」駒井は紳士のように綺麗な会釈を見せた。「警察は融通の利かない組織でして。大変手間取ってしまいました」

 実際、駒井が来てくれなかったら、健二はそのまま公務執行妨害で逮捕されてもおかしくなかった。

「あの、駒井さん。美々の事故についての調べは進んでいますか?」

 優太の質問に、駒井の白い眉毛が八の字に変わる。「申し訳ありません。事故の日は私は援軍として病院にいただけで、あの事故は別の課が担当なんです。捜査状況についてはほとんど把握していなくて」

 優太と健二はあからさまに肩を落とした。

「不満な点も多々あるでしょうが、もう少し時間を下さい」よろしくお願いしますと頭を下げると、駒井はI警察署の中へと戻っていった。

 降ってわいたような健二の冤罪事件は、あっという間に終わったかのように見えた。だが、健二の災難はここからが本番だった。



 その日の夜、久々にナミッペから連絡が来た。優太の携帯電話の着信音が鳴り、メールを開き驚いた。


 〈ナミッペ〉 ゆう先輩、けん先輩が盗撮で逮捕されたって本当ですか?


 なぜナミッペが健二の盗撮事件のことを知っている?

 メールで文を打つのがもどかしくて、優太は直接ナミッペに電話をかけた。するとワンコールですぐにナミッペが出た。

「ナミッペ、どういうこと? なんで健二が……」捕まったことを知ってるんだと言いかけて止まった。逮捕されたわけじゃない、疑いをかけられただけだ。

「ネットの掲示板に、けん先輩が警察に捕まってる写真出てるっすよ」

「掲示板に?」

「はい。アドレス送りますんで見て下さい」

 礼を言って電話を切ると、すぐにナミッペからメールが送られてきた。そのアドレスを開くと、インターネットの掲示板に繋がった。事件事故掲示板とある。

 トップページを流し見ると、最近の報道であった雑多な事件のスレッドがたくさんあった。有名アイドルの薬物事件、新機能携帯電話発売、違法風俗で小学生が働いていた事件、爆発的に売れているアニメソングランキング。その中に〈S区の花火大会で事故、美少女JCが重体〉というスレッドがあった。

 クリックして開こうとしたら携帯がフリーズした。サイトの容量が大きすぎるのかもしれない。

 パソコンならちゃんと開くのではと考え、優太は部屋にあるパソコンにメールでアドレスを送った。「健二、ちょっと来い」居間では健二が野球を見ている。贔屓にしているチームがクライマックスシリーズを戦っているため渋ったが、昼間の件がネットに出ていると言うとテレビを消してすぐに腰を上げた。

 優太の部屋のパソコンから事件事故掲示板を開き、美々の事故のスレッドを開くと、今度はちゃんと開いた。縦に書きこみがどんどん表示されていく。どうやら三千件以上あるらしく、携帯じゃ開かないのも当然だなと思った。

「おまえ、この掲示板知ってた?」

「いや、見たこと無い」

 全体に学生が好みそうな話題が多く、事件事故も学生や年少者が巻き込まれたものばかりだ。バナー広告も漫画やアニメが目立つ。かなりマイナーなサイトなのだろう。

 美々の事故のスレッドトップには、美々の小学生時代の写真がアップされていた。美々以外の部分は画像が加工されていて分からない。

 優太は以前、マスコミに美々の写真を渡したが、その画像は今まで一度もテレビや新聞では流れていないし、週刊誌やネット掲示板でも使われたことが無かった。未成年者の事故だから配慮されているのだろう。

 この写真はおそらく、美々を知る小学生時代の関係者か、関係者から入手した誰かが掲示板にアップしたものだ。画質は荒いが間違いなく美々だ。

 マウスのホイールを回して画面を下にスクロールすると、荒れることも無くたわいない書きこみが続く。国営放送や大手メディアの記事をコピーしたものが貼られて、役所を責めたり美々の回復を願ったり。アイドルの写真が貼られてこの娘に似ている。なんて書きこみも見られた。

 事件から十日ほど後、


 『この写真の男を探しています 被害者を危険区域に連れ込んだ可能性があります』


 という書きこみと共に、画像が貼られた痕跡が見つかった。今は削除されてて、何も表示されていない。

 優太は考えた。貼られた画像が美々の撮った例の写真だとするなら、ほぼ間違い無くきんちゃんがアップしたものだろう。優太は警察ときんちゃんにしか一重瞼の少年の写真を渡していないし、アップされた時期ときんちゃんに画像を渡した時期も重なる。

 その書きこみからは○○小学校の誰々に似ている。いや同じ学校の○○だ、といった調子で盛り上がっていて、写真がたくさん貼られてから削除された形跡がある。しばらく後に掲示板が荒れだして、画像が全て削除されたことと、管理運営側の人間による『事件事故に無関係な未成年者の画像アップロードは禁止する』という注意と規制で、流れが収まっていた。

 きんちゃんが優太に送って来た画像は、この掲示板で集めた画像も多く含まれていたのかもしれない。

 優太はページを一気に下までスクロールさせ、最近の書きこみを表示した。

 そこには、警察官に挟まれて立つ長髪にヒゲの大柄な男が写っている。毎日見ている弟だった。

「なんだよこれクソッ」健二が優太からマウスを取り上げてページを上下させると『松村美々の兄が盗撮で捕まっている』『デジカメ持ってる。あれでパンツを盗撮してたんだ』『見た目通りの変質者』など、好き放題書かれた悪口が見つかった。

 優太はナミッペに電話をかけて確認したと伝えると、何があったのかと強い口調で尋ねられた。I区で起きた件を説明すると、ナミッペはひとまずは安心したようだ。

「隣でブツブツ怒ってる声聞こえるだろ? 本当に盗撮で警察に捕まってるなら、今頃は留置所にいるはず。これで俺の言ってることが嘘じゃないって証明できるはずだ」

「ええ。分かります。分かりますけどねえ……うちの学校の仲間たちにはすぐ話広めますけど、ネットでこんな風に書かれると、嘘でも信じちゃう人多いと思いますよ。先輩達が例の写真の男を探してるのは誰でも知ってるけど、さすがにしばらくは目立つことを止めたほうがいいっすよ」

「ああ。分かった。報せてくれてありがとう」優太は礼を言い、ナミッペとの通話を終えた。

「一体どこのどいつだよ。こんな写真撮りやがったのは」

「俺に聞かれても分かるわけないだろ」そこで、優太はI警察署でも感じた疑問を健二にぶつけた。「なあ、おまえいつ頃から一重瞼のあいつ探しやってたの?」

「うん? 兄貴が就職活動始めた頃からだよ。俺も時間が余っていたし、警察だってどうせ頼りにならないだろ」

「まあな……」

「兄貴さあ、近場の学校からチェックしてただろ。美々の学校を調べて、それっぽい二人組が見つからなかったから、どんどん遠くの学校を調べ始めていた」

「ああ……そうか。ゴミ箱の中を見たんだな」優太は、きんちゃんから送られてきた画像の男の情報をまとめて、家から近い学校に通っている者から順番にチェックしていって、違う気がしたり見つけることができなかった相手は、どんどんパソコンのゴミ箱に捨てて削除していた。その中身と残してある画像を照らし合わせれば、まだ調べていない相手が誰かは分かる。

「そう。それで、可能性は低くなっていくだろうけど、どんどん遠くの学校まで調べるようにしていたんだよ」

 きんちゃんから貰った画像をまとめたフォルダには、まだ十人近くの個人情報が集まっていた。ほとんどが隣県の学生だ。さすがに美々との関連性は低いと思う。

「なるほど。それで最近はわざわざI区まで出かけていたと」松村家のあるS区からはかなり遠い。

「ああ。それっぽい奴見つけては、顔をチェックしていた」

 とても地道な作業だ。無職の健二くらいしかこなせそうにない仕事である。だが、優太と健二にはこれくらいしか一重瞼の少年を特定する手が思いつかない。

「それで、あの時は中学校から出てきた奴を、ファーストフード店まで尾行していたんだ。二階に入って行っちゃったから、外でしばらく出てくるのを待っていたんだけど」

 ふと、優太は疑問を抱いた。「なあ、おまえって調べている時、自分の名前を名乗って聞きこんだことある?」

「いや、無い。写真と同じ右からの横顔だけを見て、似ていたら捕まえるつもりだったんだけど、今まで一度もピンと来たことが無いな」

「じゃあ、この写真」優太は事件事故掲示板に出ている健二の写真を指さした。「これを撮った奴は、なんでおまえのことを知っていたんだ?」

 健二は顎ひげを撫でながら首を捻った。

「おかしくねえか? 駒井さんが言うには、俺やおまえが一重瞼の少年探しやっていることを知っているのは、S区の奴ら程度って言ってたし」優太はマウスを操作して、画面を上にスクロールし始めた。「今日の盗撮騒ぎ以前には、おまえの写真はネットに一度も出ていない。てことはだ、おまえの写真を撮った奴は、おまえが家からI区に向かうのを尾行したか、それか、遠いI区にいるのに、なぜかおまえのことを知っている奴ってことだろ」

「ああ。そうなるかな」健二も優太の言いたいことを察したようだ。

「やっぱり、この盗撮騒動って単純なイタズラじゃなく、おまえを狙ってハメこもうとしたんじゃないか?」

 優太に言われて、健二も真剣な顔でうんうんと頷いている。

「おまえに盗撮の濡れ衣を着せてハメようとしたのなら、通報してきた奴は犯人の可能性が高い。たしか、I区の警察は『成人男性』『サラリーマン風の男性』つってた。その男が女生徒の下着を盗撮して、デジカメを健二の後ろに置いた。大胆な奴だな」

「そんな必要無いんじゃねえの?」

「うん?」

「いや……。通報した男が女生徒に頼んで、先に下着を撮影させてもらって、そのデジカメを俺の後ろに置いておくだけで良いだろ」

「……。ああ。それだな。それだと、女生徒もグルってことになる。警察官に話を聞かれて、画像を消して去ったってとこまでが計画じゃないか」

「それだ、兄貴の言う通りだ」

 優太と健二は、二人揃って腕を組み、頭の中で推理を整理した。

 だが優太は、写真の男に女の協力者がいるかもしれないと疑った途端、頭の中に更に別の疑惑が思い浮かんだ。

 先日、婦人警官から注意を受けた件だ。

 よくよく思い出したら、あの時の婦人警官も怪しく思えてきた。背は高かったが、妙に足が細すぎた気がするし、落ち着きも無かった。帽子を目深に被って、優太と目線をあまり合わせようとしてこなかった。

「頭痛い」優太は額に手を当てて、机に寄りかかった。

「つまりは、どういうことだよ兄貴?」

「ええと。そうだな。纏めると、美々と橋の下にいた一重瞼の男には、警備員を連れ出した日焼けした少年と、その少年の先にいた病人のフリした男、それに盗撮の冤罪をかけようとしたサラリーマン風の男と、下着を撮影させた女生徒。こんだけの仲間がいるってことか?」

「病人のフリをした男とサラリーマン風の男ってのは、同じ奴なんじゃねえの?」

「ああ。そうだな。ありえるかも」

「わけわかんないな。そいつら一体、美々を連れ出して何しようとしたってんだ」

「うっせーな。俺が分かるわけねーだろ」

 健二に次々と質問されて、優太の頭も限界にきている。考えがこんがらがってちっとも纏まらない。

「とりあえず、起こった事を全部まとめて、S警察署にでも伝えておくか。もしかしたら調べてくれるかもしれないだろ」

「ああ。それが良いかもな」健二が疲れた顔で同意した。



 翌日から優太と健二は、きんちゃんから送られてきた画像を一からまとめると共に、ナミッペに教えられたインターネット掲示板の情報も含めて、事故に関する全ての情報を整理しようと試みた。

 優太と健二では、写真の男の調べ方や探し方も全然違う。優太は似ているなと思えた少年には声をかけてカマをかけたりしていたが、健二は横顔を確認するだけで諦めていた。

 また、二人とも記録をつけていなかったため、記憶を辿って文面に書き表すのは骨が折れた。場当たり的に追いかけまわし、同じ人間を二度尾行したこともある。

 しかし、時間をかけて八割ほど形になると、そこそこの資料の体を成してきた。これを正式な嘆願書としてS警察やI警察に渡せば、少しは優太達の疑念も伝わって捜査する気になるのではないかと思える。

 優太は引っ越しをほぼ済ませて、健二は美々が退院後に住むことになる元の優太の部屋を掃除している。病院のソーシャルワーカーとも相談は済んでいて、入院から三ヶ月を迎える日に退院する予定だ。その後は通いのヘルパーと契約して、自宅で看病しつつ回復を待つつもりだった。

 優太が介護保険の手続きに関する書類をまとめている時、家の電話が鳴った。

「もしもし」

「優太ね?」澄美子の声だ。

「どうした? おふくろ」

「優太、健二と一緒に病院に来なさい」

 澄美子の切迫した声を聞き、不安が過ぎる。

「美々に何かあったのか?」

 優太の声を聞きつけ、健二も電話口に近づいてきて聞き耳を立てる。

「美々の意識が回復したの」


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