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松村優太 6

 手の空くことが多くなった優太は、ある目的を持って一人で行動していた。

「ゆう先輩」

 狭いT字路に立つカーブミラーに寄りかかり、美々の通う中学校の出入り口を見ている時に、背後から声をかけられた。振り向くと目の前で赤い手裏剣が光った。佐仲清海、通称きんちゃんが常に付けている、お気に入りのヘアピンだった。

「や、やあきんちゃん。久しぶりだね」

優太が声をかけても、きんちゃんは一言も発せず、表情も晴れない。

夏休み中も時々松村家に遊びに来ていたが、事故以降、実際に顔を合わせたことは無かった。

 気まずい。優太は健二ほどではないが、きんちゃんを苦手にしている。

 突然目の前に現れた妹の友人と、どんな会話をすればいいのか分からない。優太から見て宇宙人のような存在だった。

 突然、きんちゃんの目からポロポロと涙が零れだした。ぎょっとして落ち着かせようと肩に手を置こうとした途端、きんちゃんはいきなり土下座した。

「すみませんでした!」

 女子中学生が歩道の真ん中で涙の絶叫。周りの通行人が引き攣った顔でジロジロと見てくる。

「あたしが……あたしが花火大会に誘ったせいで、みーがあんな目に合っちゃって」

 きんちゃんはぐじゅぐじゅと鼻を鳴らしている。言いたいことはたくさんあるが、言葉が続かないようだ。

「待った、きんちゃん。とりあえず落ち着こう。あっちに行って座ろう。な?」優太はきんちゃんの手を引いて道を離れ、学校名が石彫りされた校碑の縁に座らせた。数分待って涙が枯れると、ようやく彼女は落ち着いた。

「きんちゃん、別に事故はきんちゃんのせいじゃないよ」

「でも、あたしがみーと離れなかったら、事故は起きなかったのに」

「それでも、事故は安全管理が十分じゃなかった役所のせいであって、きんちゃんは全く悪くないよ」

「ウソ。だってゆう先輩、犯人探しやってるんでしょ?」

 きんちゃんの言葉に、優太は黙る。

「友達からメールが来たんです。ゆう先輩が学校の前で誰かを探しているみたいだって。それって、あの事故に何か関係してるんでしょ?」

 全てきんちゃんの言う通りだった。優太はここ数日、人探しを続けている。ジャーナリストの畑から聞いた、現場から消えた日焼けした少年と、美々の写真に写っていた少年だ。

 木の根元にいた成人男性っていうのは、何一つ手がかりが無いので分からない。だが、日焼けした少年と写真の少年は、二人一緒にいる所を押さえれば特定が可能な気がする。美々の学校は共学だ。案外同じ学校ですぐ近くにいるかもしれない。

 後日S警察にも捜査の進展状況を尋ねてみたが、未成年者に関する案件は家族といえども簡単に教えられないと突っぱねられた。ならば自分で探すしかない。

 澄美子からは否定されたが、優太はそれでも執念深く、学校周辺を徘徊していた。

今は夏休み中だが、学校の出入りは多い。部活の生徒達や受験生向けに図書室を開放しているためだ。案外ひょっこり見つけられるんじゃないかと思っていたが、まさかきんちゃんに掴まるとは。

「先輩、誰を探しているんですか? 教えて下さい」きんちゃんが真剣な目をして優太の腕を掴む。小さい手だが力強い。

「誰を、って、具体的に分かってないんだけどね。美々が花火会場でみんなと分かれていた時に、写真を撮っててね。それに写っていた男を探しているんだ」

「写真? それちょっと見せてくれません?」

「……、きんちゃん、見た事無いんだ」

「え? はい」

 ということは、警察はまだ、美々の友人たちまでは、あの一重瞼の少年についての聞き込みをしていないのだろう。かといって、今後もきちんと調べるか否かはどうだろう。可能性は半々くらいかなと優太は思った。

「わかった。これなんだけどね……」

 優太は考えたあげく、きんちゃんにも事故に関する一連の情報を与えてみることにした。スマホに保存してある美々の画像ファイルを開き、きんちゃんに渡しつつ、畑から聞いていた事故時の状況を詳しく説明した。

 テレビでも事故の報道は『警備体制に不備があった』と伝えられただけで、日焼けした少年や倒れていたという成人男性の事は伝えられていない。

 案の定、きんちゃんは優太の話に食いついた。

「みーがナンパされてついて行くってのはありえないですね。けど、混んでて席が三人分くらいしか無かったから、一人で見やすい場所に移動したってのはありえるかなあ。この一重瞼の男も、見やすい場所に潜り込んだだけかもしれないけど、たしかに臭いっすね」

 きんちゃんは優太のスマホを、角度を変えたりしながら何度も確認している。

 しばらく唸り続けた後、「だめだー。やっぱりわかんないや」と、うめき声混じりにぼやいた。

「ゆう先輩、この写真、あたしのスマホに転送してください」

 きんちゃんに強く頼まれ、優太はメールアドレスを登録してすぐにデータを送った。

 無事に届いた写真を見つめ「あたしもネットワーク使って、この男探しますよ。意地でも見つけてとっちめてやらねえと」と、きんちゃんは鼻息荒く宣言した。その勢いは優太の心に不安と後悔を発生させた。

「きんちゃん、探してくれるのはありがたいけど、危険なことはやらないでくれよ」

「任せて下さい。あたし友達かなり多いから、すぐに容疑者見つけちゃいますよ」

「容疑者って。まだ写真の子が何かやったとは限らないんだよ。ただ話を聞きたいだけなんだから」

「分かってますって。見てて下さい。それと、後は日焼けした男ねえ」きんちゃんは立ち上がると、金網に張り付きグラウンドを見つめた。

 手前には走り幅跳び用の砂場があり、二人ほど練習している横で帽子を被った女子が何か記録を付けている。遠くでは帰り支度をしている野球部員のそばで、サッカー部員らしい生徒達がストレッチを始めている。グラウンドが狭いため、部活によって使用可能な時間が決まっているのだろう。

 顎に手を当て唸っていたきんちゃんは、やがてため息をついた。「やっぱり、そっちは画像も無いんじゃ何も分からないですね」

「そりゃそうだろうね。ここから見える男子生徒は全員日焼けしてる」

「うん。やっぱり、鍵は一重瞼の男っすね……。まあ、ボスはどっしり構えててください」

 きんちゃんは自分の小さな胸をドンと叩いた。



 その日の夜、優太の元にきんちゃんからメールが来た。画像が添付してあり、開いて確認すると少年を正面から撮った写真だった。一重瞼に朗らかな笑顔で、白い歯が眩しい。小学校の卒業アルバムをスキャンしたように見える。本文には氏名や年齢、現在通っている中学校の名前が添えられていた。『似ていますよね! コイツ』と最後に書かれている。

 写真を見ても、優太には正直ピンと来るものが無い。似ていると言われれば似ている気もするが。判別は不能としか言えない。本人を直接訪ねて反応を見るくらいしないとどうしようもない。「微妙。保留かな」と、きんちゃんにメッセージを送った。するとすぐに返信の着信音が鳴り、『そうですか。もう少し調べます!』とあった。返信の早さから意気込みが伝わってくる。

 だが、翌日は更に五件。その翌日には十件以上と、日を追うごとにきんちゃんから送られてくる画像は増え続けた。たまらずメールを送り訪ねてみると『SNS上だけの友人や小学校の同窓生にも頼んで、同級生だけじゃなく上級生や下級生も含めて、捜索範囲を広げています』と、返事があった。空回りを通り越して暴走してきている。

 それでも優太は念のために全てチェックしたが、どれも微妙だ。

 元々目元の写真、それも顔半分だけで人を特定しようなんて、かなり困難な話である。きんちゃんのバイタリティには脱帽するが、こんなことを続けてて成果が望めるのだろうかと、優太の困惑は膨らみ続けた。

 その時、優太の部屋のドアをノックする音が聞こえた。優太が返事をすると、健二が顔を覗かせた。

「どんな調子だ? 兄貴」

「ご覧の通りだ」

 優太はきんちゃんから送られたファイルのまとめられたたフォルダを開き、パソコンの前の椅子を健二に譲った。空いた席に健二が座ると椅子がギギリと悲鳴を上げた。

 事故の直後こそ綺麗に剃られた健二のヒゲは、今は再び生えてボサボサになってきている。

 そこで優太は、弟のヒゲの伸び具合を見る事により気付いた。事故から既に十日以上経ったのだと。色々と立ち回っていて、日にちの経過にすっかり気付かなかった。

 あれから美々の容態に回復の兆しは無い。

 近頃は澄美子の送り迎えを中心に生活している健二は、徐々に社交性を取り戻し活発になり始めている。それと同時に好奇心や行動力も回復してきていた。

「兄貴器用だな」健二が感心した感じで呟いた。

「あ? なんのことだ?」

「この画面のまとめとか。警察の作る手配書みたいだ」

「俺だって一応は大学生だ。このくらいできる」

 優太はきんちゃんから送られた画像データを見やすくまとめていた。

 美々の撮った写真に写った一重瞼の少年の拡大画像と、きんちゃんの送ってきたファイルを並べて表示し、角度を変えたり画面の輝度を変えたりと、試行錯誤を繰り返して特定を目指していた。これも科学捜査といえるだろう。

「で、一番似ているのはどれ?」

「このあたりだな」連続で五人ほどファイルを開いた。

 顔や名前を見ていた健二が突然「ん? ちょっと待った」と、優太の手を止めた。一人の画像を見つめ、健二は固まった。

「どうした? 見覚えがあるのか?」

 しばらく考え込んでいた健二は、優太を無視してブラウザを立ち上げた。何度か検索を繰り返し、目的のページを見つけると、ため息を吐いて落胆した。

「やっぱりな。こいつ、アメリカ在住の子役俳優だよ」

 そのサイトには、きんちゃんが送って来た写真と全く同じ少年が表示されていた。説明文を見ると、四年前の映画デビュー当時に撮影された写真だった。当然、きんちゃんの送って来たデータとは、名前が違うどころか出身国まで合わない。

「ガセかよ。頼むぜきんちゃん」

 優太が吐き捨てた横で、健二が苦笑いを浮かべている。

「さすがに、ハリウッドスターが美々をナンパするようなことは無いだろうな」

 健二の一言に、今度は優太が乾いた笑い声をあげた。

「やっぱり、コイツ突き止めるなんて無理なんじゃないか?」健二が太い指でモニターに写る一重瞼の少年を突く。

「そりゃあ、簡単にはいかないだろうな。テレビじゃ花火大会の来場者数は三十万人から五十万人ほどって言ってた。警察でも一人を特定するのはかなり無理があると思う……。そういえば、お前今日は警察に行ったんだったよな。何か言ってたか?」

「ああ」健二が眉を顰める。「あの体のでかい刑事、相馬だったっけ。気持ち悪いくらい低姿勢になってたな。あいつが言うには、S区役所を、業務上過失致死傷で立件するとか言ってた。ただ、全力を尽くすが起訴は難しいだろうってさ」

 美々を非行少女かのように言った相馬刑事の顔を思い出して、優太は怒りがぶり返してきた。ムカつく態度の刑事だったが、低姿勢になっていたというのは、橋本婦警の効果なのだろうか。

「写真に写っていたこのガキは、見つけるのは困難だと。一応、学校の先生に聞きこみはやったそうだが、仮に見つけたとしても未成年だったら処罰できそうに無いってさ」ガキという言葉の部分だけ吐き捨てるように強調された。

 先日、優太が警察に尋ねた時は、何一つ情報を貰えずに突っぱねられた。健二がこれだけの情報を得られたってことは、相馬刑事の態度が軟化したのか、健二が警察署で大声を出したか。後者じゃないかなと優太は思った。


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