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助監督の悩み

 映像は、松久保玲旺が警備員に話しかけている所から始まった。手を引っ張り人ごみに消えると、成川信佳の「行くぞ」という声と、菊池翔空の「うん」という返事で大きくブレ始めた。走って予定の場所に向かっているようだ。

 配置についたのだろう。カメラのブレが収まり、緊張した面持ちの菊池が映る。カメラに向かって小さく頷いた。

 やがて紫の浴衣を着た細身の相良環が、美々の手を引いて現れた。美々は尻に手をあてて落ち着きがない。

「菊池! ちょっと彼女の相手しててよ。あ、あいつね、あたしの彼氏の友達の菊池翔空っていうんだ。キラキラネームだけど根は良い奴だから安心して」

 相良は『あたしの彼氏の友達』という言葉を必要以上に強調していた。菊池とは無関係であるというアピールの意味があったのだろう。

 翔空が振り返ると、美々はひどく慌てた顔をした。

「じゃあちょっと待っててよ。水とタオル買ってくる。急いで拭いてあげるからさ、それまで帰らないでね」相良は美々に言うと、その場を走り去った。

「こ、こっち来なよ。ここすごく良く花火見えるよ」翔空が舌をもつれさせながら美々を誘う。

 だが美々は横に並ぼうとはしない。尻の汚れを気にしていて、見られるのが恥ずかしいようだ。

 しかし、連続で鳴り響く花火の音に好奇心がうずいたのか、携帯電話を取り出すと写真を撮り始めた。

 いや、違う。美々は空を見上げずに写真を撮った。それは、見様によっては、翔空を写真に収めたいために、花火に関心がある演技をしているかのようにも見えた。

 やがて美々は、後ろから翔空の様子を窺いながら、じりじりと子猫のように近づき、横に立った。花火を見ているフリをしながら、チラチラと翔空の横顔を覗いている。翔空は直立不動で軍人のように動かない。翔空がチラリと美々に顔を向けると、美々は慌てて花火の写真を撮った。

「すごいねここ!」

「え?」

「ここ! すごいね!」

「うん! そうだね!」

 二人の声が大音量で聞こえた。翔空に付けているワイヤレスマイクの感度が高いのだろう。

 時間が経つにつれて二人ともリラックスしてきたようだ。会話が弾み笑顔が増えた。

 やがて美々が意を決したように唇を舐めると、花火とは関係無い方向へカメラを向けてシャッターを押した。花火を撮影するフリをして、さりげなく翔空の横顔を撮ろうとしたようだ。

「あ、あのさ」

「うん?」

「来週さ、O区でもっと大きな花火大会があるじゃん。そっちのほうが珍しい花火が多いんだよね。だからさ……」

 次の瞬間、空から黒い塊が降ってきて、美々の頭部に当たった。

 鈍い音と同時に黒い煙が一瞬広がり、美々の体が崩れ落ちた。

 カメラが下方へと向けられ靴が映る。一拍置いて荒い息と成川が駆け出す足音が聞こえ、カメラが上下に激しくブレた。

「菊池君!」

 カメラが暗転した。草むらの中に放り投げたようだ。

「おい、松村さん? しっかりして!」成川の切迫した声が聞こえる。

「成川君、あれ」

「ん? なんだそれ。花火の破片?」

 数秒の間があった。翔空と成川は、ようやく事態を飲み込んだようだ。

「菊池君、救急車!」

 成川が叫んだ直後に、駆け出した翔空の足音と荒い息がしばらく続いた。やがてその音は聞こえなくなった。ワイヤレスマイクの電波が届く範囲の外に出たようだ。音声はビデオカメラが拾う音源だけとなった。

 雑音が聞こえなくなり、衣擦れの音が聞こえる。成川が美々に応急処置をしている音だ。

「う……」

「松村さん? しっかりして! 頭動かさないで」

「あれ? ごめん。貧血かな、あはは」

 声だけしか聞こえないが、美々はどうやら自分の身に起きた事を理解していない。成川のことも菊池と勘違いしている。

「あのさ、菊池君」

「え? あ、動かないで」

「カケラって名前、あたしはかっこいいと思うよ」

「……」

「菊池君ってさ、二百十五号線通って通学してるでしょ。あたし実はバス通学してて、菊池君のこと見たことあるんだよね。自転車でサーって走ってるとこ」

「……」

「あいたた。迷惑かけちゃったね……。ねえ、今度お詫びに何かおごるよ。バス停の近くにあるレストランのかき氷がすごくおいしいんだ……。だから、また会って……」

 電源が切れたかのように突然、美々の声が途切れた。

 直後に翔空の声が再び聞こえてきた。荒い息と「こっちです」という焦りの声が聞こえる。

 数秒後、カメラが持ち上げられ映像が切れた。


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