駒井元刑事 15
その病室はまるでホテルのようだった。ライトブラウンを基調にした家具で統一され、ベッドの横には応接間のようにテーブルとソファーが置かれている。壁際には机があり、パソコンと液晶モニターが二台ある。窓からの眺望こそビルに囲まれていて良くないものの、入院患者には持て余すのではと思える豪華さだ。
「この部屋の患者は、今は検査の時間です。一時間ほど戻ってきません」
部屋を見回す駒井に、成川が声をかけた。
「二つ目の約束です。この部屋の患者は、花火大会の事故の真相や菊池君の死、更に田鳥先生の名前だけではなく、彼の蛮行や殺された事件も、全て知りません。どうか、そのことを知らせることなく見守ってあげてほしいのです」
ちらりと横目で見ると、机の上には大検の問題集があり、ベッドの横には巨大な熊のぬいぐるみがある。窓の手前には子猫の人形が並べられていた。
「ひょっとして、患者さんの名前は、遠江笑結さんでしょうか」
駒井が口にすると、成川は目を見開いた。「すごい。そこまでご存知なんですね」
「小学校の卒業アルバムを拝見しました。大変可愛らしい彼女さんですね」
成川が笑った。「彼女に可愛いは禁句なんです。本人は大人の女性になりたくて仕方がないようなので」そう言うと、成川は机の前に座りパソコンの電源を入れた。
「白血病なんです。小学生の頃に発症して、治療を受けながら登校していたのですが、症状は悪くなるばかりで。今は余命半年未満と言われてます」成川が動画フォルダを開いた。ファイルは全部で九つある。「どうか、彼女には何も知らせないで下さい」成川は再び駒井に対して深く頭を下げた。
「分かりました。あなたの言葉を信じましょう」
その言葉を聞いて、成川は少し鼻を啜った。顔を上げた目には涙が浮かんでいる。
成川は駒井から涙を隠すように背を向けると、パソコンを操作して一つ目のファイルを開いた。
その動画には、学校の校舎と思われる場所を点検して回る、眼鏡をかけた女の子が映っていた。ほうきとちりとり、ゴミ袋を持っている。
「彼女は美化委員で、僕たちの通っていた学校の後輩です。校舎外壁を当番制で月に何度か点検する決まりになっていて、そんな彼女に恋をしている同級生の少年を偶然見つけました。僕たちは彼に協力して、壊れた掃除用具を修理したり、先に清掃活動を終わらせたりして、彼が彼女に近づくきっかけを作りました。そして彼女が点検の日、彼と二人きりにしてこの水飲み場に誘い込みました」
壁にはバラの花束の絵が書かれている。
「これを書いたのは相良です。あいつは成績は悪いけど、絵を書いたり楽器を弾いたりする芸事に関しては器用なんです」
少年が水をかけて消そうと提案する。ホースを持ってきてすぐ側の蛇口につなぎ、水をかけた。すると、愛の告白が浮かび上がってきた。
「花束は水に溶ける版画絵具、下の文字は水に溶けないアクリル絵具で書きました」
女の子は笑いながら泣いている。少年が片膝を地面につけ、手を差し出して待つ。やがて女の子はその手を握った。
「これが初めて作った動画です。初めて作ったペアはレオと相良だったけど、恋をしている対象に接触して、録画の許可を得てからペアを成立させたのは、これが最初です」
動画は二人の少年少女が笑顔で向き合って終わっていた。
「二回目と三回目も同じ学校で作ったペアです。その頃から僕たちのやっている行為がバレまして。僕たちと話をしている奴は誰か好きな人がいる奴だと冷やかされてしまうようになったので、今度はネットの恋愛相談サイトから告白できずに悩んでいる人を探すようになりました」
成川が再生させている最初とは別の動画ファイルは、小学四年生から五年生くらいに見える男女のカップルが、野球場で夕日を背に寄り添っている姿を映している。
「四回目からは他区まで遠出するようになりました。その頃からストーリーにも拘るようになって、相良やレオも場合によっては演者として出るようになりました。無線マイクもきちんと人数分用意して、装備も充実させました。撮影を頼む段階で、相手にはこのことを言わないようにと頼んでいました。盗撮だし人を騙す行為だと拒否する子もいました。そういった時は『罪があるのは僕たちであってきみではない。交際できるようになったら、僕たちの罪を無くすほどのすばらしい思い出をあなたたちで重ねてほしい』と説得すると、皆納得してくれました。そして、六度目に成立させたペアがこれです」
どこかの学校の一室だ。教室ではない。
「小学校の家庭科室です。これは放課後で、手芸部の集まりが終わった後の様子です。彼女に許可を得てカメラを教室に仕込ませたんです」
少女が一人で何か縫物をしている。そこに男が入ってきた。
田鳥だ。
殺された後に見た最近の写真よりも若く病的な感じだが、その妖しさがとても魅力的だ。
少女の横に寄り添って座り、にこやかに指示を出している。
「田鳥は手芸部の顧問で、生徒そっくりのぬいぐるみを作れるほどの腕前だったそうです」
「え? それ間違いない?」途端に、菊池翔空が殺された時の破れたコートを思い出した。コートを破き、縫ってあげると受け取る推理の現実味が増した。
成川は駒井の食いつき方を見て不思議な顔をしている。菊池君のコートが破れていたなんて知らないだろうから当然か。
「はい。この少女は編み物が苦手で、上達したくて手芸部に入り、顧問の田鳥を好きになったそうです」
モニターに映る少女はキルトを取り出した。少女と田鳥がキスをする絵が生地に縫われていた。
「あたし、テル先生のことがずっと好きだったんです」少女が告白すると、田鳥が感動の涙を流した。そして、田鳥はゆっくりと少女の唇にキスをした。
「当時中学一年生だった僕たちは、これを素晴らしい出来事だと信じて疑いませんでした。学校に通う学生は、度々若い先生に恋をします。その願いを叶えたことを誇りに考えていました。僕たちは馬鹿だったのです。そのことに気付くまで何年もかかりました」
駒井の前で成川は頭を抱えた。それも当然か。
小中学生なら教師と付き合いたいと考える者もいるだろう。駒井にだって覚えがある。学校で一番若い異性の教師には自然と憧れてしまうものだ。
だが、大人になってから見たら話は別だ。社会性や正しい判断のできない未成年の子供と交際するなんてもっての他の行為だ。ましてやそれが小学生だなんて。おぞましすぎて吐き気すら覚える。
「彼女はこの後口を滑らせて、動画を撮影していた事を田鳥にバラしてしまいます。直後に田鳥は僕たちに接触してきて『素晴らしい活動だ。僕もぜひ協力させてほしい』と、理解を示してきました。今だから分かることだけど、あれはこの動画を回収する事と、秘密を知った人間を調べあげる事が目的だったのでしょう」
ようやく全て繋がったと駒井は納得した。これが田鳥と成川達の接点だったのか。
「田鳥は確かに協力的でした。車を用意してくれたし、金銭的にも援助してくれたし、彼自身も演者として協力してくれました」
成川は別の動画ファイルを開いた。少年を後ろから撮影している動画だ。前から歩いてきた田鳥が突然胸を抑えて倒れた。少年が介抱しようと近づく。するとスーツを着た相良が近寄ってきて、田鳥の様子を確認すると、少年に目の前のパン屋から水を貰ってくるように指示を出した。パン屋からは店番の少女が不安げに見守っている。少年が駆け出して水を持ってきて、田鳥が薬を飲むとあっという間に快復した。田鳥はお礼として三人にその店のパンを大量に買い与えた。相良はすぐに去ったが、少年は持ち運べないほどのパンを受け取り、食べ尽くすまで店番の少女と談笑していた。
「良い奴だと思ってたんだけどなあ」成川は悲しそうに呟くと、動画を止めた。
「僕が菊池君をネットで見つけた後、彼と会って交渉したのは田鳥です。ただ『花火大会で芽生える恋』の台本を書いたのは全て僕です。事故の後も全員の交流は続いていましたが、田鳥は相良から僕たちの動向を聞き及んでいたのでしょう。田鳥を撮影したビデオが表に出ることも無く、菊池君が死んだのに全員が警察に何も言わないと確信したら、僕たちから離れていきました。秘密が漏れることは無いと安心したのだと思います。
その後の五年間については説明する間でもないでしょう。相良は心が潰れ、玲旺は相良や田鳥に対する疑心を膨らませ続けて、僕はずっと問題から目を背けてきました。そして田鳥は学校の少女にわいせつなことをするようになった。全て僕の責任です。田鳥の犠牲になった他の少女たちの負った心の傷も、僕が与えたようなものです」
「うん? 何で田鳥が起こしたわいせつ事件まで、君の責任だと考えているわけ?」
「僕があのカップルを作ってしまったばかりに、田鳥の異常な性癖が生まれたんだと考えています」
そんな事を考えていたのか。「待った。田鳥のパソコンを調べて分かったことだが、奴は君たちと出会う前から学校の生徒に手を出していた。証拠の映像もあるよ。その点は君のせいじゃない」
駒井が教えると、成川は一瞬ぽかんと口を開けて固まったが、やがて駒井の話を飲み込んだようだ。「はあ。そうだったんですか。うん」成川は少し拍子抜けしたようだ。
彼は生真面目すぎる。どこまでも一人で責任を背負い込もうとしているようだ。
駒井は、成川が他にも何かを胸に抱えているのではないかと疑った。
その時、病室のドアが横にスライドした。
「あれ? ノブ君。と、どちら様ですか?」
その少女は痩せていた。手の甲には骨が浮き、病衣の首元には鎖骨が浮き出ている。ニット帽を被っているが、髪の毛が無いことは窺い知れた。眉毛を描いてしっかりメイクしているのは、病院の中であろうと、普段から女らしくありたいと願う意識の表れだろうか。
「笑結? 検査の時間だったはずじゃ」
「体調が優れないので、早めに切り上げたところです」少女の乗る車いすを押している、後ろの看護士が答えた。
「そうか。ええと、この人は」駒井をちらりと見た。「学校の講師の先生だ。昔撮った映像をどうしても見たいっていうから」
「どうも駒井です。いや、素晴らしい映像でした」駒井は成川の考えを瞬時に察し、咄嗟に口裏を合わせた。
「初めまして。遠江です」笑結は微笑んだ。
その顔を見て駒井は思い出した。遠江という変わった苗字をどこで見聞きしたことがあったのかを。
「よかったねノブ君。褒めてもらって」
「当然さ。俺の作った映像だからな」
笑結は歯を見せて笑った。「俺のじゃないでしょ助監督」
遠江笑結の言葉を聞いて、成川はあからさまに狼狽した。
「ああ……、成川君。私はもう満足しました。遠江さんの負担になってもいけない。そろそろ退室しましょう」
駒井が声をかけると、成川は引き攣った笑みを浮かべた。「そうですね先生。笑結、しっかり体を休めるんだぞ」
駒井と成川は遠江笑結の病室を後にした。
「すみません。話を合わせていただいて」
「いえいえ。ああいった咄嗟の嘘は得意なんです」再びロビーへと戻り席に着くと、駒井はハッカ飴を取り出して口に入れた。「大学に通っているのですか?」
「専門学校です。映像関係の」
ハッカの風味が鼻に抜けて、駒井の思考が加速する。そういえば昔、成川という色男の映画監督がいた。もしかしたら成川信佳は血縁者なのかもしれないと、駒井は思った。
そして、さっき見た遠江笑結。
小学生時代の写真では気付かなかったが、笑顔で思い出した。
「遠江さんは、山口元少子化担当大臣の娘さんですね」
「はい」
駒井の記憶では、遠江議員は二十年以上前に、同じ党で山口姓の代議士と結婚した。その後、少子化担当大臣に就任。大臣の任期途中に選挙があり、内閣改造と共に辞任。その後に離婚したと報道で見た覚えがあったが、遠江笑結の母親は、今もまだ山口姓で活動している。娘だけを旧姓に戻したのだろう。
「元大臣はこのことをご存知なんですか?」
「……僕の口からはなんとも」
成川の口調から、知っているのだろうなと駒井は感じ取った。
元少子化担当大臣の母親と、小学生の頃に白血病を発症した少女。
遠江笑結が病気を発症した時期と、母親が大臣になった時期は重なる。
先ほど成川は言った。遠江笑結は、大人の女性になりたくて仕方がないと思っていると。余命半年の宣告を受けている彼女にとっての大人の女性とは何を指すのだろう。仕事をバリバリこなす母親だろうか。……。いや。十代の少女が考える大人の女性と言ったら、子を産み母になること。ただそれだけでも、憧れの対象と言えるだろう。
幼くして自分の死期を悟った笑結は、隣り合わせとなった死への不安を、カップルを作り上げるという前向きな活力に変えた。その心が変遷する過程には、悲嘆との葛藤があっただろうことは推測できる。
先ほど笑結は、成川のことを助監督と呼んだ。彼が助監督だとするなら、監督候補は一人しかいない。笑結だ。
成川助監督の言うペア作り。それは、遠江笑結監督の指揮の元に作られた物語。
そういえば、美々が亡くなった後にS区役所に雇われた弁護士。尾井といったか。彼女は山口元大臣の事務所で秘書をしていた経験があると噂で聞いたことがある。
松村家への多額の慰謝料や、もしかしたら優太や健二の就職や出世、後藤セキュリティの副島が責任を問われなかった点も含めて、山口元大臣の後援があったのかもしれない。
そして、先ほどの六番目にあった、少女が田鳥に告白する動画。
少女は田鳥のことを、ずっとテル先生と呼んでいた。田鳥輝巳のテルだろう。
田鳥の殺害事件からずっと、かなり厳しい報道規制がされ続けていた。田鳥の名前は報じられるようになってしまったが、顔写真は今も全く流れていない。そのあたりの報道にも山口元大臣が裏で手を回しているのかもしれない。
笑結は今も、田鳥をテル先生と認識していないままだろう。
神話の愛の神、クピドのように、恋愛の助けになることを願い行動した彼女のために、駒井が今するべき事。
………………。
田鳥が菊池君を殺害したか否かは、これ以上は調べられない。真実は永遠にわからない。
………………。
……笑結に、罪は無い。
だが、成川には罪がある。松村美々を死なせてしまった罪だ。
それは、償わせなければならない。
………………。
「わかりました。あなたとの二つの約束は必ず守ります。ですから、あなたは今まで通り学校に通い続けて下さい」
駒井が言うと、成川は戸惑いの表情を浮かべた。
「ですが、このままではけじめが」
「ええ。けじめはつけてもらいます。私はあなたを告発します。でもそれは、笑結さんを看取った後にしてください。その後、私がタイミングを計って警察に報告します」駒井は冷徹に言い放った。
成川の力が抜け、駒井の目を見つめる。
「私とあなたの約束では、君のけじめよりも、遠江笑結と相良環。彼女たちを守ることが優先されます。二人はあなたを必要としています。今しばらくそのままの生活を続けて、私と共に彼女たちを守りましょう」
駒井が強引に話を締めくくると、成川は複雑な表情のまま頷いた。
成川の同意を得た後、駒井は口調を和らげて更に問い詰めた。
「それにしても成川君は、色々なものを背負いすぎているように見えます。まだ他に、誰にも話していない悩みがあるんじゃないですか? 私で良かったら相談に乗りますよ」
駒井が水を向けると、成川は浅く笑った後、小さく頷いた。
「実は、もう一つ悩みがあります。考えてはいるけど、どうすれば良いのか分からない事が」すると成川は立ち上がった。「花火大会の日の映像です。駅の貸しロッカーの中にあるバッグに入れてあります。すぐに取ってくるので少しだけ待っててくれませんか」
成川はロッカーを開けて、バッグの中のカメラを手に取る。バッテリーは十分に残っていることを確認すると、踵を返して駒井の元へと歩き始めた。
五年間、持て余しつつ保存していた動画だ。
相良や玲旺、ましてや笑結には決して見せてはならない。かといって、駒井に見せる意味も無いと思える。
だが、誰かに知ってほしい。この動画の意義を、誰かと共有したい。
駒井ならば、成川では考えの及ばない何らかの道を示してくれるのでは。そう考えつつ、成川は病院のロビーに向かっていた。
カメラに面白味を覚えた、子供時代のことを思い返しながら。
成川は子供の頃、神童と呼ばれていた。
目にした漢字は二度と忘れることがなく、小学二年生にして学校全体の児童を対象とした作文コンクールに入賞するという卓越した国語力。そんな成川のことを、成川の周囲にいる大人たちは、脚本を書きながら映画監督をしていた亡き祖父と重ねて見つめるようになり、いつしか成川も映像の世界に進み、祖父を超える映画を撮ることを目標にしていた。
笑結との交際は、成川が告白をされたことがきっかけだった。常に勝気でクラスの中心にいた笑結は、勉学において成川の後塵を拝し続けることに怒りを覚えたそうだ。両親が共に与党の代議士であることも、笑結を傲慢なお姫様にしてしまう一因だったと思われる。小学三年生の一学期には成川へのいじめが始まり、二学期には収束して、三学期には謝罪と告白を受けた。彼女をあしらう毎日を成川は楽しんでいたのだが、ライバルと考えていた笑結が交際相手として成川の心に定住するまでには半年の時間を要した。
『レオ君をタマに惚れさせる手を考えて』成川が笑結から難題を突きつけられたのは五年生の時だった。笑結には相良環という芸能活動をしている友人がおり、相良が同学年のサッカー部員を好きになった。その恋を成就させろと、お姫様は要求してきたのであった。
あまりにも面倒な要求だったので、成川は最初、笑結の頼みを拒否した。だが、レオ君がサッカーする光景をタマが撮影して欠点を直す手助けをするから、機材だけ貸してと言われては断れない。家にある映画撮影用の機材を持ち出し、笑結と相良に付き従って松久保玲旺の応援をしていると、自然と四人の絆は深まった。
そして、相良の告白。
当時は玲旺よりも頭ひとつ背の高かった相良が、イガグリ頭の玲旺に交際を申し込む姿は、アンバランスだが美しかった。成川はその姿を、つき合わされ続けてきた報酬として撮影した。ひとつのカップルが成立する瞬間は、想像もできない感激の凝縮された絵として成川の目に映った。結局、動画はすぐに怒る相良に奪われて破棄されたわけだが、恋愛のドキュメンタリーを撮影する楽しさに、成川はすっかり心を奪われていた。
そんな時だった。笑結の病気が判明したのは。
成川ら三人は、笑結の両親に呼び出されて事情を聞かされ、学校で娘が無理をしないように援護してほしいと頼まれた。二人とも代議士で、母親のほうは少子化担当大臣として多忙な頃だったはず。成川達はそれを承諾した。
成川は不思議に思えた。若干わずらわしいと感じていた交際相手が難病だと知れると、それまで邪険に接した分だけ優しくなれてしまう。自分に対する後悔や嫌悪が、そのまま愛情に転化したのだ。笑結の発病により、僕達は本当の恋人になった。成川の心臓はそう答えた。
笑結は病気に対する不安をおくびにも出さなかった。ただ、以前よりも明るく前向きな感じに変化したのは予想外だったと、成川は今でも思う。
『タマみたいな子の告白を手助けしてあげたら、少子高齢化なんて一発で解消じゃん』六年生の夏になると、再び笑結の頭上で電球が光った。片想いしてる生徒を見つけてきてよと成川に命令する笑結に悪気は無かったはず。その頃の明るい笑結は、おそらく生き急いでいたのだろうと成川は思う。尊敬している母親の役に立ちたい。自分は病気のために、大人になって子供を産むことが不可能かもしれない。恋を叶えるすばらしさを、多くの人に知ってもらいたい。文化祭の最終日、ベストカップルコンテストで優勝してしまった興奮もあったのだろう。成川は笑結の困難な提案を、援護を求めてきた相手が撮影を許可した場合に限り、全力でフォローするという条件で引き受けた。
皮肉なことに、成川が祖父から受け継いだ才能は、ペア作り活動により開花したといえるだろう。成川の作った台本にしたがって行動した恋する悩み人は、全員が告白に成功した。カメラの中には、甘美な瞬間が次々に収められ続ける。成川はその動画を、学校に来る回数が減り始めた笑結の自宅にせっせと運び、満足させ続けた。
田鳥への告白に疑問を感じる者はいなかった。むしろ、小学生の依頼主の想いを大人の教師に伝えるという難易度の高い作戦には、かえってやる気が燃え上がったほどだ。田鳥が少女にキスをした瞬間、成川はカメラを構えながらガッツポーズを出した。それが愚かな行為だったと気付いた時には、松村美々と菊池翔空はこの世におらず、相良と玲旺の間には亀裂が入り、取り返しのつかない状態に陥っていた。
全ては、僕が招いた結果であると、成川は後悔している。松村美々を事故現場に誘い込んだのは成川の台本に相良が従っただけだし、後に菊池翔空が田鳥に殺された……証拠は無いが、成川とレオと相良は確信している……そのことも、僕の責任だと成川は考える。そして、玲旺が五年間、事件への後悔と相良に対する疑心を抱きながら生きる中で、田鳥に対する怨念を心に渦巻かせていた事実に気付けずにいた事も。
僕は、全ての過ちを償わなければならない。そう成川は考えていた。
だが、笑結だけは。
余命いくばくもない笑結には、負担を背負わせたくはない……。
成川は、胸が締め付けられて破裂するのではないかと感じつつ、日々を生き続けていた。




