駒井元刑事 12
駒井が約束の時間にえりりんの示した喫茶店に行くと、半分以上の席が学生らしき若者で埋まっていた。待ち合わせ等に使われやすい場所だからだろう。大声でかなり騒がしい。えりりんを探すと、不躾な視線が突き刺さる。若者が中心の店に老人が入りこむと目立つのも当然だ。
やがて駒井は、奥の席で小さく手を振っているえりりんの姿に気が付いた。
「待たせてしまってすみません鏡さん」歩み寄りながら声をかけた。
「いえ。私も今来たところだし、それに友達もまだ来ていないので」
駒井はえりりんの向かいの席に座った。そこで気が付いた。男子学生たちは、一人で座るえりりんの待ち合わせ相手を気にしていたと。駒井が座ると、絡みついていた嫌な視線が途端に離れた。えりりんの待ち合わせ相手がボーイフレンドではないと安心したのであろう。
えりりんはテーブルの上に置いてあるバッグから、DVDプレーヤーを取り出した。「一度家に帰って、彼女の出演した映画のDVDを見つけてきました。これにチョイ役で出ています」と言い、再生ボタンを押すと、駒井に見える角度で置いた。
DVDのパッケージはB級ホラー。彼女の趣味だろうか。暗い雰囲気の画面と物々しい音楽が流れている。主人公らしき男が自宅に入り、包丁を手にして外出しようとした時、隣室の襖が開き「どこに行くの? お父さん」と言いながら、女児が現れた。
「これです。これが写真の彼女」えりりんが液晶部分をビシリとつつく。
駒井がファーストフード店の女の写真を出し、えりりんがDVDを巻き戻して画面を一時停止で止めた。画像を見比べてみると、確かに顔がそっくりだった。
「彼女が小学校五年生頃の作品です。昔の雑誌インタビューで話していたのを覚えていました。ワンシーンだけど貴重な体験だったって。これが映画のデビュー作品なんだけど、以前からドラマにもエキストラ役でちょいちょい出演していたらしくて、それらの動画は持っていないんです」えりりんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ。気を落とさないで。貴重な資料をありがとうございます」礼を言いながらも、駒井は確信を持つことができずにいた。顔は同じだが、背の高さが違いすぎる。ファーストフード店の防犯カメラ映像を根拠に、健二の盗撮冤罪の件を本人に問いただしたとしても、似ているが別人だと主張されるかもしれない。
「ああ、背の高さが引っかかっているんですね。彼女は中学入学頃に一気に背が伸びて、それをきっかけにドラマの子役からモデルへと仕事をシフトしたんだそうです」
なるほどと、駒井はえりりんに言われて納得した。それなら辻褄が合っている。ファーストフード店の画像は身長が百七十センチ近く見えた。中学二年生のモデルなら、ありえなくはない身長だ。
「それで……」彼女の名前は? と駒井が聞こうとした時、横からぬっと顔を突き出し、見覚えの無い女性がテーブルに覆いかぶさってきた。
「おお? 懐かしいな。タマの子供の頃の映像だろ?」
駒井がぎょっとして目を向けると、そこにはボーイッシュで大柄な女性が立っていた。その女性は橋本よりも背が高く、生命力に満ち溢れた雰囲気を纏っている。
「石田さん、遅いですよ。時間過ぎてますよ」えりりんが自分の腕時計を指さした。
「悪い悪い。ちょっと教授から呼び出し喰らってさ。小言が長引いちゃった」
えりりんから石田さんと呼ばれたジャージ姿の女性は、けらけらと笑いながら謝罪を口にした。巨大なスポーツバッグを通路にどさりと置くと、席を詰めたえりりんの横に腰掛けた。
「こっちが駒井さん。で、この人がI区の中学に通っていた石田さんです」
「ども。石田っす。はじめまして」
「初めまして。駒井です」駒井は事前にえりりんと打ち合わせた通り、事件の調査である部分をぼかして説明した。人調べをする時は第三者にまで真の目的を悟らせてはいけない事は、刑事時代の経験から骨身に染みていた。
「へえ。あいつが不倫ねえ」石田はニヤニヤしている。
「まだ確定はしていません。その疑いがあるので調べをしていまして。ご協力をお願いします」
「わかってますよ。あたしは口が堅いから安心して下さい」その代わり課題を宜しく頼むよと、石田はえりりんの耳元で囁きながら肩を揉んでいる。えりりんは迷惑そうだが、わかっているわよと小声で返事をしていた。
「では早速、タマさんの素行について教えてください。卒業アルバムを持ってきて頂けたとか」駒井は、石田がファーストフード店の女をタマと呼んでいたことを聞き逃さなかった。その上で名前を知っているふりをした。
「ああ。寮の部屋が意外と広くて、そういう荷物も全部置いてあるんだ」石田はバッグからアルバムを取り出した。表紙には中学校の名前が書かれている。「あった。これだ」
石田が開いたページを駒井に向けた。
相良環。名前がたまきだから、タマと呼んでいたのか。
クラスメート一覧にある顔写真はふっくらしていて、ぎこちない笑顔を作っている。彼女はえりりんのDVDに映る少女や駒井の持つファーストフード店の女の写真とほぼ同じ顔をしている。ようやく名前を知ることができた。
「彼女と同級生なのですよね。面識はありますか?」
「いや。同級生だけど学部が違うから、会話すらしたこと無いですね。ウチの学校は連携型の小中高一貫教育で、芸能とスポーツに力を入れたマンモス学校なんです。編入や転入転出も多くて、あたしも小学五年生の時にバレーボールのスポーツ特待生枠で転入しました。タマはたぶん、ずっと芸能コースだったはずだから、接点は無いっす」
なるほど。小学生の頃から芸能活動をしていたならば、普通の学校では大騒ぎになるため通いづらいはず。そういった面を許容している、特別な学校なのだろう。
「でも、高等部の卒アルにはいなかったから、おそらく中等部卒業あたりで芸能活動辞めて、高校から別のとこに行ったんでしょう。芸能やスポーツの特待生は学費も安くて単位取得も簡単だけど、辞めると負担大きいから。まあ、セキュリティやプライバシー保護がしっかりしていて、一般枠は偏差値がかなり高いから、政治家の子供が大金積んで通っている場合も多いんですよね」
I区は官庁街からも近い。子供を危険な目に遭わせない目的で通わせる親も多そうだと、駒井は思った。
「彼女が当時、一番親しく付き合っていた友達とか知っているかな」
「いえ。学部によって校舎すら違うんで、詳しいことはほんと分かんないっすね。あたしはただ、学年集会なんかで見かけた時、タマって呼ばれてるあいつ背が高いなあなんて、気にしていた程度で。ああ」石田がいきなり机をパンと叩いた。コップの水がゆらゆら揺れる。「そうだ! 思い出した。たしかサッカー部の奴と付き合ってるって聞いたことありますよ」
駒井は興奮で声が上擦らないように気を張った。「サッカー部ね。名前覚えてるかな」
「ううん。何年も前だからなあ……」石田は腕を組んで唸りながら考えている。「ああ、そういえば、初等部の卒アルもあったっけ」そう言うと、スポーツバッグの中から数冊の本を取り出した。「たしか、初等部時代から数年付き合ってるって噂で聞いてたから、サッカー部の集合写真見れば思い出すはず……ああ、こいつだ」
石田が開いたページを駒井に向けて見せると、そこには見覚えのある少年が中央に笑顔で写っていた。
「そうそう、名前が松久保玲旺。レオって呼ばれてたな。こいつもあたしと同じスポーツ特待生で、サッカー部のレギュラーだった。何かの壮行会で、高等部を卒業したらサッカー留学するとか言ってたけど、今頃何やってるんだろ」
懐かしそうに思い出を語る石田の声が、駒井の耳に遠く聞こえた。
松久保玲旺と相良環が恋人同士だった。
そうなると、松久保が田鳥を殺した動機も、菊池翔空の無関係な別案が浮かび上がってくる。
相良環を田鳥に奪われたためではないだろうか。
首の骨を蹴り折って殺すという凶悪な殺し方だ。松久保の田鳥に対する恨みは深い。当時の松久保はサッカー部で体力があるとはいえ、十四歳だ。殺す覚悟を持てなかった。そのまま五年間恨みを募らせ続け、田鳥が懲戒免職になった事件を聞きつけて爆発した。
または、仕事の無くなった田鳥が、過去に関係を持った未成年少女の動画を使い強請ろうとした。強請られた相良が松久保に相談して、松久保が切れた。
いや、そもそも相良は田鳥と連れ立って行動していた。優太や健二を陥れようとしていたくらいだ。相良は納得して動いていたはず。
松久保が田鳥を殺したのは、友人の菊池君が田鳥に殺された復讐。駒井はそう安易に考えていたが、相良環という存在が絡むと、事が男女の情愛に関する何かにも及ぶ。
いくつかの考えは浮かぶが、根底にある一件、松久保と相良の二人がどうやって田鳥や菊池君と知り合い、一緒に行動するようになったのか。その起点が分からない。
「この、松久保君とタマちゃんが、今でも付き合っているかどうかは分かるかな」
「さあ。ああ、そういえばレオも高等部にはいなかった気がする。あいつはサッカーの強い高校に行ったのかな。だとしたら、中等部卒業の時には、あの二人の関係は終わってたかもしれないっすね」
「そのあたり、詳しいことを知ってる友達いないかな」
「サッカー部で仲間だった連中にでも聞けば知ってるかもしれないけど、あたしは面識無いなあ」石田は申し訳無さそうに頭を掻いた。
その時、隣でパラパラと小学校の卒業アルバムをめくっていたえりりんの肩に、突然石田が手を乗せた。
「おお、これ文化祭の時のあたし。すっげーイケメンでしょ」
「昔っからチャラいキャラだったのね」えりりんが石田の手をつまんで引き離す。
駒井が覗こうとすると、えりりんが見える位置にアルバムを置いた。
「これ、小学校六年の時にやった男装コンテスト。芸能コースにはメークの得意な先生なんかもいてね。あたしが優勝したんですよ」写真の石田はロックミュージシャンのような恰好をしている。髪を逆立ててネックレスをぶら下げ、ポケットに手を突っ込みモデルのような立ち姿だ。下には石田の名前が書かれていた。
だが、駒井の目はそのページの右側に自然と吸い込まれた。
「石田さん、こっちは?」
駒井の指さした箇所には、ベストカップルコンテストと書いてある。
「ああ、それも文化祭で毎年やってるイベントみたいですね。別名マセガキコンテスト」石田が笑いながら言った。「学校の中で付き合ってるカップルがエントリーして、最も絵になるカップルを選ぶってやつ。それに出たいって女子に、あたしとカップルになってくれって頼まれたっけ」
からからと笑う石田を、えりりんが遮る。「これ、松久保と相良じゃないですか」写真を指さして言った。
そこには二組のカップルが写っていた。
幼さの残る笑顔のぎこちない、色黒な松久保少年を、頭が小さくて彼よりも背が高い相良環が、強引に肩を引き寄せて頬にキスしている。その横には二人を見てびっくりした顔をしている、色白の痩せた少女。その少女と手を繋いでいるのは、花火大会の夜に美々の撮った写真に写りこんでいた、ビデオカメラ男だった。
その下には入賞者の名前が書いてある。
準優勝 松久保玲旺
相良環
優勝 成川信佳
遠江笑結
永体会病院の面会票にあった成川信佳の名前があった。『ノブカ』という女子の名前だと考えていたが、どうやら『ノブヨシ』だったようだ。
「そういえば、こういうのあったなあ。懐かしい」石田は目を細めている。
「石田さん、この四人って仲が良いのかな。食堂で固まっていたとか記憶に無い?」
駒井が問うと、石田は頭を抱えて考え始めた。
「ちょっと記憶に無いですね。あたし、学食ちっとも足りないから弁当派だったし。ただ、食堂は学部が関係なく一緒でした。スポーツ学科のレオと芸能学科のタマが付き合うくらいだから、学部の違う者同士で交流があっても不思議じゃないですよ。あ、ちなみに成川と遠江っていうのは、スポーツ学部じゃ見かけたこと無いですね」
「遠江って珍しい苗字ですよね。どこかで聞いたことあるんだけど」えりりんが顎に指を当てて考えている。
それは駒井も思っていた。たしか、駒井が刑事の頃に聞いたことのある政治家の名前だ。新聞でも見た記憶があるが、どこでだっただろうか。
黙り込み考えている二人を見た石田は、「そんなに疑問なら、本人に直接聞いてきたらどうすか?」と提案してきた。「高等部までずっとバレーボールの監督やってくれていた先生と今でも交流あるんで、あたしが聞けばこの四人の生徒の住所くらい一発で教えてくれますよ」
願ってもいない助けだと、駒井は喜んだ。個人情報保護法ができて以降、最近の卒業アルバムには住所や連絡先は掲載されなくなっている。I区の警察から辿って住所を突き止めるのは骨が折れそうだ。
だが、松久保に関しては殺人事件を調べている刑事が学校まで聞き込みに行っている可能性もある。中途半端な探りを入れて警戒されては情報を引き出せなくなる。遠まわしに事を運ぶ必要があった。
聞き出すなら、警察が既に把握している松久保以外の三人の住所。
考えた挙句、駒井は決めた。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。相良環さんの住所を尋ねてくれませんか」
「相良? あいつが不倫している旦那の奥さんが、相良のこと調べてるんでしょ? 相良の過去や、今あいつが別に付き合っている奴がいるかどうか知りたいっていうなら、成川や遠江にでも聞いたらどうすか?」
「実は、不倫で密会している場所が特定できていないんです。もしかしたら、彼女の居住地に立ち寄っているのかもしれない。私は場所を知らないので、知る事ができたら張り込んで現場を押さえることが可能になるかもしれません」駒井自身、感心してしまうほど、ペラペラと嘘が口から出た。
「ふうん。わかりました。まあ彼女一人くらいなら、今すぐ調べられるはずです。この時間なら監督まだ学校にいるはずだから、聞いてみますよ」
駒井の返事を待たずに、石田はさっさと電話をかけ始めた。
相手はすぐに電話に出たらしく、軽く談笑すると「実は大学の友達が相良のファンでね……」などと、適当な言い訳を言っている。駒井が注視していると、石田は電話を持っていない手の親指を立てた。
駒井が手帳とペンを渡すと、石田は電話相手の監督に聞き返しながら相良環の住所を書き写した。




