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駒井元刑事 11

枯葉が芝生を埋め、大学校舎と同じ薄茶色に染めている。

 白線の薄れた構内の道を速足で歩く学生の横で、彼女はやや短めのスカートから美しく伸びる素足を組んでいる。通り過ぎる男子学生たちの歩みを鈍らせる存在感を放っていた。

 彼女ならば駒井の持つ荷物をなんとかしてくれるのでは。そんな期待が胸に膨らんだ。

「こんにちは。鏡さんですよね」

 駒井が声をかけると、彼女は柔らかくカールした髪をかきあげて駒井に目を向け、魅力的な笑みを浮かべた。

「はい。駒井さんですね、初めまして」

 かがみ永理えりことえりりんは、組んでいた足を揃えると、読んでいた文庫本を閉じて優雅なお辞儀を見せた。

「すみません。待たせてしまいましたか? 寒かったでしょう」

「いいえ。ここを指定したのは私だし。寒いのが好きなんです」

「そうですか。それは丁度良かった」駒井の言葉に、えりりんは小鳥のように首を傾げた。

 駒井は両手のビニール袋を木の葉の重なった木のテーブルに置くと、中身を出した。「かき氷です。食べませんか?」

 は? と言ったまま、えりりんの表情に一足早い冬が訪れた。


 昨日の夜、松村美々の友人であったえりりんに、花火大会の日の事について話を聞きたいと連絡したところ、彼女の通うS大学のキャンパス内ならすぐ会えると言われた。

 指定された昼の待ち合わせ時間までに余裕があった駒井は、先に五年前の花火大会でかき氷の屋台を出したテキ屋を探してみた。

 S区の祭りを仕切る団体の元締めに話を聞いたが、かき氷の屋台だけでも複数ある上に、入れ替わりも激しいので特定は困難だと言われた。それでもそのうちの一人をなんとか見つけ出してもらい、了承を得て会いに行くと、彼は始業前のレストランで働いていた。プロボクサーをやりながらアルバイトで糊口を凌いでいるそうだ。

「今はかき氷でも三万円五万円なんて物も出てきてます。はちみつ、キウィにブルーベリー。うちじゃこないだクランベリーにも挑戦しぁした。合成着色料だらけの氷にシロップぶっかけただけなんてあんなもん食いもんゃないです」

 還暦を過ぎた駒井よりも歯の数が少ない青年が、一生懸命説明してくれている。だが、駒井は別にかき氷の潮流を聞きに来たわけではない。

「五年前のお客さんなんだけど、S区の花火大会の時、こんな写真の子を見たことない?」ダメで元々。松久保やファーストフード店の防犯カメラに映った女の写真を見せてみる。

「ああー、わかんないっすね。俺、お客の顔覚えるの苦手だから」

 ろくに写真を見ること無く、捨てるように答えられた。

「じゃあ、イチゴのかき氷ひとつくれるかな」

「へ? イチゴでいいんすか?」青年は、たった今シロップをかけた物は食べてはいけないと説明したばかりなのに。と、口にしたがっているような不満気な顔だ。

 駒井は出来上がったかき氷を受け取った後、聞きたかった質問をした。「この、かき氷だけどさ。氷少なめで注文するお客さんとかいる?」

「たくさんいますよ。通の食べ方っすね。その注文だと、こっちも申し訳ないんでシロップちょっと多めに入れるんすよ」

「じゃあ、今までキミが出した氷少なめの注文で、最も氷少なかったやつと同じくらいのかき氷作ってくれるかな」

「はあ。いいっすよ。甘党だねお客さん」

 二つのかき氷を買い、外に出て路地裏に隠れると、腕に美々が来ていた浴衣とほぼ同じ素材に見える水色の布を巻いた。前日の夜、洋裁教室の棚から失敬してきたものだ。そして一つずつかき氷を腕にかけた。

 シロップ多めのかき氷だと、看過できないほどの赤い染みができることを確認した。それこそ、中学二年生の少女が浴衣の尻にかけられたら、友達の前に姿を現すことができなくなるような染みだった。


 こうした事情から、食べ物を粗末にできない性格の駒井は、余ったかき氷をそのまま抱えてえりりんの元まで来たのだが、彼女の目には珍妙な老人に映ったようだ。

 かき氷を買い溜めた経緯の説明が面倒だが、うまい嘘が思いつかない。「レストランの経営者に知り合いがいてね。新商品開発で色々作ってて、その余りを押し付けられたんだよ」ハハハと笑って誤魔化したが、顔が引きつってしまった。「いらないよね。うん」かき氷をテーブルの端にまとめると、駒井はえりりんの正面に座った。

「さて、鏡さん。昨日お伝えした通り、私は松村さんのご家族のため、五年前の花火大会の事故について詳しく調べ直しております。今更かとお思いでしょうが、少しだけご協力ください」

「今更だなんてそんな」えりりんは悲しそうに俯いた。「美々さんの事は今でも親友だと思っています。先に天国に行ってしまいましたが、どれだけ離れていようとも彼女との友情が壊れることはありません」

「すみません」えりりんの物哀しい顔を見て、駒井は失言を詫びた。「その通りです。おそらく彼女が願ったからこそ、我々はこうして出会うことになったのでしょう」

 駒井の謝罪を聞いて、えりりんは少しだけ笑った。誠意が伝わったようだ。

「では早速。いくつか質問させて下さい。美々さんとは普段どんな事を話していましたか?」

「土器や石器、古来の装飾品についての意見をよく聞かせて頂きました。個人的に食器などの加工やデザイン、発展の歴史に興味があったもので。彼女は博識で、私の疑問や質問にはかなり答えてくれました」

「歴史研究部でしたものね。部活も一緒だった?」

「いえ。私は家がかなり遠いので、両親から部活は許されていませんでした。帰宅時間が遅くなるのが心配だからと」

「家。たしかT県との境あたり」

「はい。父が金属加工の会社を経営していまして。私が小学生の頃、S区に研究開発の拠点兼自宅を建てて移転することが決まりました。中学三年の時に完成して引っ越す予定なので、中学入学の時点でS区に慣れ親しんでおいたほうが良いと考えたんです」

「金属加工?」

「はい。自動車部品向けの精密切削加工が中心ですが、台所用製品からロボットの骨組み製作まで、手広く展開しています」

 なるほど。家業の延長で容器加工に興味を持っていて、博学な美々と話が合った。そして、自宅が完成してS区に居住するようになり、そのまま大学に進学して通っていると。

「中学の時一番親しかったのが、美々さん達の仲良しグループ?」

「はい。美々さんとはクラスが一緒で席も近く、話も合ったので。きんちゃん、あ、清海さんや」

「きんちゃん、なっちゃん、ナミッペでいいよ。僕もそう覚えているから」

 えりりんは少しはにかんだ。やはり大学生になって、友人を中学時代のあだ名で呼ぶのは恥ずかしいのかもしれない。「じゃあ、お言葉に甘えて。みーときんちゃんとなっちゃんは、いつも三人仲良しでしたね。そこに私が加わって、一年後にはナミッペが入学して。遊ぶときは大抵五人でした」

「ボーイフレンドとかは?」

「皆無でしたね」フフフと口元を隠して笑う。「ただ、きんちゃんは本人は全く意識していないけど、モテたと思います。男女の区別をしないで明るく親し気でしたから、友達も多かったと思います。なっちゃんは真面目な優等生タイプで、私たち五人を仕切ってくれていましたけど、同級生には興味無さそうでした。みーも優等生タイプだけど、自分の興味無いことには関心を全く持たないタイプだったので、人によっては冷たい印象を持ったかもしれません。でも、根は天然ボケなんですけどね。そして、ナミッペは、部活の先輩であるみーの博識っぷりを尊敬する子分肌ですね。私と似てて、みーの話を聞いているだけで楽しいって感じでした」

 旧友の話をするえりりんは活き活きしている。見た目は物静かな文学少女だが、根は明るくてお喋りなのかもしれない。

 話が盛り上がっているので、駒井は優太から聞いていた一番聞きたい話を切り出すことにした。

「たしか、花火大会の日、四人と一緒に行く予定だったけど、キャンセルしてご家族と一緒に行くことにしたんだよね」その時に一人離れた美々を目撃していないか、ずっと気になっていた。

「はい。あのドタキャンは申し訳なく思いました」

「それで、家族であの会場に来たと」

「いいえ。ああそうでした。誰にも言ってなかったですね。実はあの日は当時の自宅近くでも花火大会があって、家族と一緒に行ったのはそっちなんです。S区の会場には行っていません」

「はあ……」駒井はとても落胆した。それでは何も目撃しているわけがない。

「携帯電話も人ごみで落とすのが怖いから家に置きっぱなしで。花火大会が終わって家に帰った後は疲れてすぐ寝ちゃいました。きんちゃんから何度も着信があったんですけど、それに気付いたのは翌日の朝でした。事故の話を聞いた時は血の気が引きましたよ」

 駒井は手詰まりを感じた。えりりんはどうやら、考えていることが顔に出るタイプらしい。落胆した駒井の変化を読み取ったようで、途端に申し訳なさそうな顔になる。

「すみません。お力になれないみたいで」

「ああ、いえこちらこそ。わざわざお時間を取らせてしまって申し訳ない」

 礼を言って別れようとした駒井だったが、聞いていないことがあるのを思い出した。

「最後に、この写真を見て下さい。誰かに見覚えありますかな」

 田鳥と松久保、それにファーストフード店の女の写真を取り出して机の上に並べた。

 写真をじっくりと見ていたえりりんは、一枚の写真に反応を見せた。

「これ、みーの事故の関連だから、五年前の写真なんですよね」ファーストフード店の女の写真を指さした。

「はい。何か心あたりが?」

「事件とは全く関係が無いと思うんですけど、この子、昔雑誌で見たファッションモデルに似ています。チェックしてたんですよね。同級生だから」

「ファッションモデル? 同級生?」

 写真の彼女はかなり大人っぽく見える。優太に突っかかった婦警と同一人物だと思っていたから、二十歳を超えている可能性も考えていた。彼女がえりりんと同級生となると、即ち松久保や菊池君とも同級生となる。

「はっきりとは言いきれませんけど。五年前というか、もう少し前の七年前くらいから見たことある気がします。昔買った雑誌があったらいいんですけど、その頃のは既に捨てちゃってて家にありませんし」

「名前は覚えているかな」駒井は願った。永体会病院の面会票にあった、成川信佳か前川和美の名前を口にしてほしいと。

 えりりんは人差し指をこめかみにあて、整った眉毛をピンと跳ねて固まった。「すみません。さすがにそこまでは」直後に両方の眉毛が上がった。「ああ、たしかこの子、映画にも出ていたはず。そのDVDが家にあります。それと、芸能人や有名人の子供が通うことで有名な学校に通っていたはずです。たしかI区の中学校だったかな」

 I区は健二の冤罪事件があった場所だ。そして松久保が通っていた中学校もI区だった。場所と時期が重なる。

「この子がみーの事故に何か関係があるんですか?」

「すみません。詳しい事はちょっと」

 駒井の返答にえりりんは不満気な顔をしたが、やや考えた後に口を開いた。「私の知り合いに、あの中学を卒業した子がいるんですよ。歳も同じだから、卒業アルバムを持ってきてもらいましょうか」

「それはありがたい。できるだけ急ぎでお願いできますか」駒井は意気込んで頼み込んだ。「それと、念のため友達の方に教える別の理由を考えておきましょう。事件の捜査だと知られたくはないので」

 二人で口裏を合わせると、「じゃあ、電話してきますね」と言い、えりりんは立ち上がり少し離れた場所に行った。

 えりりんはしばらく話し込んだ後、左手の親指と人差し指で丸を作りながら戻ってきた。

「今日の夜六時頃って大丈夫ですか?」

 駒井は首を縦に振る。

「じゃあ、ここから見えるあそこのビルの三階に喫茶店があります。後で来てもらえますか?」えりりんは大学の外にある白塗りのビルを指さしながら言った。

「ありがとう。構いませんよ」

 駒井が礼を言うと同時に、すぐそばにあるスピーカーからチャイムが鳴り始めた。

「いけない。授業が始まります」えりりんはテーブルの上にある手荷物を急いで片づけ始めた。「では、また後で」

 予想してなかったところから、田鳥と行動を共にしていた女の情報が得られそうだ。走り去るえりりんを見送りながら、駒井は嬉しくて口元を緩めた。

 しかしその直後、テーブルの上のかき氷が目に入り、ため息を吐いたのであった。


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