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プロローグ

「すごいね、ここ!」

「え?」

「ここ! すごいね!」

「うん! そうだね!」

 菊池きくち翔空かけらの声は、声変わり前で厚みが無い。翔空自身もそのことを知っているので、美々(みみ)の無邪気な感想に対して叫ぶように返事をした。

 大人と呼ぶにはまだ幼い二人の頭上を、色とりどりの打ち上げ花火が鮮やかに染め上げている。

 この状況にすっかり頭ののぼせた翔空が、花火に関心を向けるのは困難を極めた。

 夜空が明るく照らされる度に、隣に立つ美々の長いまつ毛がキラキラと光る。その横顔が気になって仕方がないためだ。

 天使に意識を引きつけられて、花火がちっとも目に入らない。

「あ、これ綺麗!」美々が声をあげた。

 明るい光が二人の周囲を包んだ。翔空は美々を見つめていることを美々に気取られたくないため、すかさず夜空に目線を向けた。

 空一面にオレンジ色の花火が滝のような形を作っている。

 しめた、と翔空は思った。

「銀冠菊!」

「え?」

「ギンカムロギク! 割物花火って呼ばれてて、割れ方が弱いとああいう風に下に垂れ下がっていくんだ。あれが銀色でもっと丸く大きく広がるので、芯入り銀冠菊っていうのもあるよ」

 翔空が身振り手振りを交えながら、大声で必死に叫ぶ。すると、いつの間にか自分が美々の耳元に口を近づけていた事に気付いた。着物の上からうなじのうぶ毛が見えて、翔空は赤面しながらあわてて距離を置いた。

「詳しいんだね!」美々の大きな目が細くなり、えくぼが浮き出る。美々がコンプレックスに感じていると噂に聞いた八重歯が、翔空の目にもちらりと見えた。

 天に舞い上がるような気持ちとはまさにこのことだ!

 翔空はこの瞬間、生まれてきたことを神様に感謝した。

 菊池翔空は、目の前にいる天使、松村まつむら美々(みみ)のことなら何でも知っていた。

 通学路のバス停で見かけて、一目惚れして以来、半年以上かけて違う学校に通う彼女のことを調べ続けた。T都S区の中学に通う二年生。翔空と誕生日が十日しか違わない。学力は上位だが運動は苦手。現在恋人は無し。歴史研究部で知的好奇心旺盛。

「あ、またさっきのやつ」美々の見つめる空には、再びオレンジの滝が流れている

「あれはしだれ柳。さっきの銀冠菊は二重の球状になっていて、外側が滝みたいになるんだけど、これは真ん中が無くて全体が滝のようになるんだ」

「すごい! ひょっとして家が花火屋さんとか?」

「いや。ははは、これしきのこと何でもないよ」

 美々の尊敬の眼差しを受けて、翔空は思わず頬が緩んだ。

 すごい! という美々の言葉が、頭の中で繰り返し響き続ける。翔空は美々の心を掴んでいる手ごたえを感じた。

 十日以上前からこの日のためにインターネットで花火の勉強をしてきた努力が実を結んだ。火薬が燃えた後の独特な臭気に包まれながら、翔空は心の中で両手の拳を握りしめると夜空に向かって突きあげた。

「あ、待って。動かないで」

 美々が手を伸ばして、翔空の鼻の頭に軽く触れた。細くきれいな指の先に黒い煤がついている。美々はそれを見せてニッコリと微笑むと、両手でパンパンと払った。

 美々のその笑顔に、翔空の理性が握り潰された。

 イケる。絶対イケる。最高の空気だ。

「あ、あのさ」

「うん?」

「来週さ、O区でもっと大きな花火大会があるじゃん。そっちのほうが珍しい花火が多いんだよね。だからさ……」

 その時、ボコリ、と鈍い音がして、美々の体が斜めに傾いた。同時に煤の塊が四方に飛び散り、翔空の目の前を黒く染め上げる。

 爆発した直後で熱を持っている花火の玉殻が、半袖シャツから出ている翔空の腕に触れて、ジャリッと音を立てた。

 水色の浴衣を着た美々の躰が、翔空の前でゆっくりと倒れていく。

 焦げた臭いが鼻を突き、茫然としていた翔空が正気を取り戻した時には、うつ伏せになった美々の頭から流れだした血が、アスファルトを黒く濡らしていた。


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