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第八十三譚 湧かない実感、湧き上がる感情


 準決勝が終わり、俺たちは控室へと続く廊下をゆっくりと歩いていた。


 勝ち進めることで気持ちが落ち着いてきたのか、次が決勝だというのにシャッティは静かだった。

 俺の知っているシャッティならば、今この瞬間も騒いでいるだろう。


 例えば、「次、次だよアルっち!! 決勝だよ決勝!? 絶対優勝するしかないね!!」とか言ってきたりしそうなものだが、隣を歩く彼女は静かだ。


「いよいよ次が決勝だな」

「うん」

「ここまで来たんだから絶対に負けられないよな」

「うん」

「次の試合、俺寝返ってもいいかな」

「うん」


 御覧の通りの空返事っぷりである。

 先程からどこか遠くを見ているようにも思えるし、何か考え事をしているんだろうがこのままだと本当に寝返るぞ、俺。


 せめてちゃんとした返事ぐらいしてほしいものだ。

 元気すぎるぐらいが丁度良いのに、これじゃあ心配になってしまう。


 武闘大会が始まってから、シャッティが落ち込んだり不安になってたりしていたのは見ていたけど、それでもすぐに立て直した。

 このままじゃあ気になって仕方がない。

 いや、別に変な意味じゃなくてだな。


「アルっち」

「うおう!?」


 突然声をかけられた俺は驚きのあまり変な声を上げてしまった。

 一度咳ばらいをして「ごめん、続けて」と言葉にする。


「うん……? えっと、冷静になって考えてみたんだけどね、まだ実感が湧かないんだぁ……」

「実感? 何の?」

「次が決勝ってことのね。なんだかあっさりとここまで来ちゃって、本当に次勝てば優勝なのかな、って……」


 そう言って苦笑するシャッティ。

 俺はその表情から、緊張しているんだと感じられた。


「でも、例え優勝できてもお父さんを超えられるのかなって……。今更何言ってるんだろうね、わたし。あはは……」

「……うーん、超える超えないじゃなくて、そういう約束なんだろ?」

「確かにそうだけど……」

「ならそれでいいんじゃないか? 優勝して約束を果たしてケジメをつける。そうしたらお前を縛るものなんて無くなる。自由に――外の世界にだって行けるんだ」


 俺の言葉に、シャッティの顔が少しだけ緩む。

 

「……うん、そうだよね。本当に今更だったよ。ありがとう、アルっち!」


 俺の顔を覗きながら言葉を発したシャッティは、先程の緊張交じりの笑顔ではなく、それが抜けた普段通りの笑顔に戻っていた。


「よーし! 次の試合、絶対に勝って優勝するぞー!」

「その意気だ! 次の試合は俺も本気出しちゃうかな!」

「もう、最初から本気で戦ってよ!」


 緊張がほぐれたのか、何か吹っ切れたのかはわからない。

 それでも、今まで通りのシャッティに戻ってくれたのなら充分だ。


 俺たちは笑い声を響かせながら、控室に戻って行った。






□■□■□






 控室に戻ってきた俺たちは、驚くべき光景を目の当たりにした。


 控室の扉を開けて目に入ってきたのは、もう一つの準決勝の様子。

 アザレアたちとエネレスたちの試合の映像だった。


「……嘘、だろ?」


 俺は思わず声を上げる。


 それはそうだ。

 こんなこと予想もしていなかった。

 決勝で当たるのはアイツらだと思っていた。


 それが当たり前だと。

 心の中でそう思っていた。


「え……これ……」


 確かに一度魔王に敗れてはいるけど、それでもあの時代では人類の中で最強に近い存在だった。

 それに加え、アイツらは五十年前に転生している。

 その分、余計に強くなっているはずなんだ。


 いや、強くなっていた。

 エルフィリムで一緒に戦った時に見ていて明らかだった。


 かつての全盛期の頃よりも遥かに強くなっていると。


『試合終了ーーッ!!』


 ゆっくりと、俺は映像に近づいていく。


『準決勝第二試合――勝者は――!』


 映像に映る光景が現実であることを確認した俺は、拳を思い切り握りしめた。


 そこに映っていたのは、アザレアとジオがドヤ顔で立っている光景――


『決勝進出は『エネレス&ムルモア』ペアに決定しました!!』


 ではなく、二人が肩で息をしながら場外に落ちていた光景だった。


「アルっち……」


 俺はその時、あることを思いだした。


 フード付きのローブを羽織り、顔を隠している存在。

 そいつとどこで出会っていたのか、なぜその名前を知っていたのか。


「エネレス……!」


 エルフィリム領の森にいた銀色の鎧騎士。

 そいつの名前が『エネレス』だった。


『決勝戦はこの後、少しの休憩を挟んでから開始となります!』


 なぜこんな所にいるのか、きっとバレたくない理由があるんだろう。

 だからこそローブを羽織って顔を隠しているんだ。


 エルフィリムを襲った集団の幹部クラスであることは確定できる。

 そんな奴がのこのことこんな場所にやって来れたもんだな。


「あの、アルっち? 凄く怖い顔してるよ……?」

「……悪い、シャッティ。次の試合、少しだけ暴れるかもしれない」

「えっ、えぇっと……うん、わかった!」


 俺は唇を噛みしめると、すぐさま作戦を練り始めた。


 覚悟しろ、エネレス。

 今の俺は機嫌が悪いんだ。

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