第三十七譚 三万――のちに八万
□――――フェアリーレイク:東側【アルヴェリオside】
一体どれほど走ったのだろう。
時間を稼ぐために魔物達に突っ込んでから、森の中を走り回った。
傷ついても、倒れても、走り続けた。
一体どれだけの魔物を斬ったのだろう。
一匹でも多くの魔物を倒し、より多くの時間を稼ごうとした。
手から血が滲んできても、腕が上がらなくなっても、ひたすらに斬り続けた。
途中、どうして俺はこんなことをしているんだろうと考えた。
何の為か。誰の為か。
答えは決まっていた。
自分が自分であるために。二度と後悔だけはしないために。
ただ、それだけの為だった。
だから俺は走り続けた。斬り続けた。
俺という存在を失くさないために。見失わないために。
勇者である以上、人々を救うのは前提条件。
綺麗事であろうと、それを言い続けなければいけない。それを実行しなければならない。
しかし、俺は別に勇者という使命を受けたわけじゃない。“勇者”という称号を貰っただけだ。
勇者としての使命は、俺がリヴェリアとして死んだ日に終わっている。
正直、勇者である必要はないのだ。
綺麗事を言わなくたっていいし、見ず知らずの他人を救う必要はない。
だが、それをやめようという考えが俺にはない。
それは、世に勇者の存在を蘇らせる目的があるからじゃない。聖王を倒す為でもない。
ただ、自分がそうしたいからそうする。それだけの理由だ。
もしかしたらモテるんじゃないか、なんて邪な考えは少しぐらいあるかもしれない。
でも、それを除いたとしても“勇者”であることをやめようとは思わないだろう。
「どうした! こんなもんか魔物共!! そんなんじゃ、いつまで経っても俺は倒せないぞ!!」
俺は傷ついた体に鞭を振るい、力を振り絞って魔物達に威嚇する。
俺が俺であるために、勇者であり続けるんだ。
小さい頃の夢だった勇者という存在を消されないよう、俺が勇者であり続ける。
ただ、それだけなんだ。
□■□■□
セレーネ達と別れてどのくらい経ったのか。
森の中でも、日の光が感じられるほどに外は明るくなっていた。
辺りには魔物達の死骸がそこら中に転がっている。数え切れないほどの死骸が、森の中を埋め尽くしていた。
俺は急に体の力が抜け、膝からストンと地面に崩れ落ちる。
だいぶ疲労が溜まっていたらしい。
まあ、それも仕方ない事だろう。三万とソロで戦ったことなんて生まれて初めてなのだから。
緊張の糸が切れた途端、ドッと出る疲れと共に頭に浮かんだのはセレーネ達の事だった。
彼女達は無事なのだろうか。
ちゃんとエルフィリムまで辿り着いただろうか。
「まあ……大丈夫だろ」
俺はそのまま後ろに倒れ、仰向きの状態で木々を見上げる。
風が吹き、葉の擦れる音が響く。
「風が気持ちいいなぁ……少しだけ、眠るかな。今回ばかりは……疲れた……」
そう言葉にして、瞳を閉じる。
耳に伝わる風の音が心地いい。
葉が擦れる音も、悍ましい鳴き声も……。
「……え?」
俺は目を開け、ゆっくりと起き上がり辺りを見渡す。
「……ははっ。嘘だろおい」
俺を囲むように立つ魔物達。合わせて三十体前後。
殺気に満ち溢れた鋭い眼光で俺を睨んでいる。
「なあ、お前ら。こんな言葉は知ってるか?」
スッと立ち上がった俺は、魔物達に背を向けて屈伸運動を始める。
次に足を伸ばし、軽くジャンプする。
それが終わった瞬間、俺は振り向いた。
「逃げるが勝ちってな!!」
魔物達に背を向け、全力で走り出す。
最高のスタートダッシュを決めた俺は、魔物達との差をどんどん広げていく。
だが、進行方向にも魔物達が現れ、挟まれる形になった。
「まだこんなにいるのかよ!」
俺はすぐさま辺りを見渡し、魔物達がいない場所を見つけ、また走り出す。
肩で息をしながら、ただひたすらに走った。
一生分の体力を使ったんじゃないかってぐらいは走った気がする。
しかし、やっぱり人は人だ。
人にはいずれ限界は来る。正直、もう走れそうにない。
そんな時、近くから多くの音が聞こえてくる事に気づいた。
藁にもすがる思いで、その音が鳴る方へ駆けていく。
走るペースも大分落ちてきた俺の後ろには、魔物達が迫って来ていた。
走り続けて数秒。突然、視界が開けて眩しい光が俺を照らした。
その光を浴びた瞬間、俺の中で何かが切れた。
「くっそぉおお!! ついて来るなよ! 何!? お前等って俺のファンか何かなの!? 勘弁してくれそっちの気はないんだよ!!」
なんだって俺がこんな目に合わなくちゃいけないのか。
もういいだろ、もう。三万倒しても終わらないのかよ……!
「いい加減に……っ! 諦めろ!!」
足を止め、魔物達の方に方向転換した。
腰に下げた長剣を引き抜き、魔物達向かって斬りこんでいく。
斬って、斬って、また斬って。
向かってくる魔物達を一撃で倒していく。
向かってくる魔物を全て斬り伏せた後、俺は長剣を地面に落としながら倒れた。
力が入らない。
立ち上がろうにも足は動かず、手を動かそうにも震えて握る事すらできない。
今回ばかりは疲れたなぁ……。少しだけ眠くなってきたし。
かすかに俺を呼ぶ声が聞こえる。
だが、音すらもちゃんと聞き取ることができない。
誰だ……?
俺は少し、眠いんだ。少しだけ、眠らせてくれ……。
「アルヴェリオ!!」
俺の体がふわりと浮いた。
目を開き、声がするほうを見る。
そこには、妖精族の王子であるジオが立っていた。
「なんだ、ジオか……」
「大丈夫かい!? 今すぐ救護施設まで連れて行くから我慢してくれっ!」
ジオが何かを唱えると、俺の体が宙に浮く。
これは風魔法か?
浮かせたまま湖を渡るってことか……。ありがたいな……。
「悪いな……。それより、皆は――って、なんだよこれ……!」
俺の目に映ったのは、エルフィリムを包囲する魔物達と、それらと戦う妖精族の姿。
足元を見ると、数え切れないほどの死骸の数々。
魔物達の数は、死骸も合わせて八万は超える。
俺が戦った三万は何だったんだ……? あれだけじゃなかったって事なのか……?
「一体何が……!」
「どうやら、平原だけに集まっていたわけじゃないらしいんだ。四方向に隠れていた魔物達は、僕らが出かけた日の夜にエルフィリムを襲ったらしい」
ジオの言葉に、俺は言葉を失う。
どうしてこんな事態になったのか。
聖王が……妖精族を本気で潰そうとしてるのか? でも、だとしたら何故妖精族を狙うんだ?
「……そうだ、セレーネ。セレーネは無事なのか!? 今の状況は!?」
「落ち着くんだ。まず、セレーネちゃんは無事だよ、大丈夫。それで、今の状況なんだけど、あまり良いとは言えないね。だけど、君が三万の魔物を倒してくれていなければ、もっと状況は酷くなっていたと思うよ」
「……そうか、わかった。じゃあ、俺を下ろしてくれ。今は休んでる場合じゃないんだろ……?」
俺がそう言うと、ジオは真剣な表情で「駄目だよ」と言った。
「君は十分に戦ってくれたんだ。後は僕達妖精族が受け持つよ。だから、アルヴェリオは休んでいてくれ」
「……わかった」
俺は少し申し訳ない気持ちになりながら、ジオの気遣いを受け入れた。




