第三十五譚 王女の実力
□――――エルフィリム:南桟橋【アザレアside】
「早く小舟を貸して!」
「た、ただいま!」
エルフィリムの南側に着いたアタシは、予想外の光景を目の当たりにする。
魔物達の進行が思ったよりも早く、戦場は混乱の渦に飲み込まれていた。
戦線は酷く混乱し、最早戦いどころじゃない。
逃げ惑う兵に容赦なく襲い掛かる魔物、兵なんか見もせず真っ直ぐにこっちに向かってくる魔物。
どちらも半々、といったところでしょう。
南側の拠点はとうに潰されていて、指揮がめちゃくちゃだ。
湖を渡って戻ってこようとする兵の中には、高位妖精だ妖精だなんてもめている奴等もちらほら。
この状況でよくあんなことが出来る……!
「アンタ達! 今はもめてる場合じゃないでしょう!! さっさと逃げなさいよ!!」
アタシは、できる限りの大きな声で彼らに問いかける。
しかし、混乱のせいか声が届かないようだった。
そんな彼らの背後には、オークの上位種が三体。
次の瞬間、アタシの眼に映ったのは次々と殺されていく彼らの姿。
「バカヤローが……!」
こんな時になってまで、あんなつまらない争いすんのかよ……。
アタシは込み上げてくる苛立ちを抑えながら、舟守の男に声をかける。
「まだなのか!?」
「で、できました! 風魔法具を舟底に取り付けたので、この距離なら漕がずとも十秒程度で向こう岸に到達できるはずです!」
「そうか! よくやった!」
アタシは用意された小舟に飛び乗ると、魔法具を発動させた。
もの凄い音と共に、小舟が空を切った。
凄まじい速さで空を切りながら水の上を進む小舟は、まるで次世代の移動手段じゃないかと思えるほどだ。
「ここまで来たらもういいわよね……!」
この速さで行けば、向こう岸までは残り三、四秒といったところ。
アタシは杖に意識を集中させ、魔力を送り込む。
「炎魔法――“炎女神の一撃”」
小舟が岸にぶつかると同時に、アタシは空へと飛びあがり魔法を唱えた。
その直後、魔物達が集中している地帯を大きな影が覆い、天から大きな炎の塊が落ちてくる。
炎の塊が地面に触れた瞬間、辺り一帯が炎の海と化した。
「この魔法は……! アザレア王女だ……アザレア王女が助けに来てくれたんだ……!」
「王女自ら……なんという……我々のような兵のもとに駆け付けていただけるとは……」
辺りから鬱陶しい程の称賛の声が聞こえてくる。
調子のいい奴等ね、本当に。
まだ戦いは終わってないのよ。
「この声が聞こえている南陣営の兵達に告ぐ! 動ける者は武器をとり、湖を囲んで魔物の進行を防ぎなさい! 負傷者は動ける者達の後ろで待機!」
アタシは大声を出して周りの妖精族に伝える。
生きていた兵達は声を振り絞ってそれに応え、配置に着いた。
「ここからが正念場よ! 必ず守り抜きなさい!」
そう言葉を発すると同時に、魔力を最大限まで解き放つ。
体中からあふれる魔力に、魔物達は反応して迫ってくる。
こうすると魔力切れが速くなっちゃうんだけど、別に関係ないわね。
「これで大分倒しやすくなったわ!」
アタシは杖をしまい、両手を前に出して魔力を込める。
それぞれの手に違う魔力の込め方をし、二つ同時の詠唱を始める。
別魔法同時詠唱なんてやる奴は、全世界を探してもあまりいない。
それほど、この同時詠唱というのは難しい、というのをグラジオラスに聞いた事がある。
正直、これのどこが難しいのかよくわからない。
だって、こんなもの剣の扱いに比べたらどうってことないのに。
「“炎の円陣”。“暴風”」
炎が円形を描きながら魔物達を囲み、暴風で辺りの炎の勢いが増す。
こういった合わせ技は初めて使ったけど、案外使えるものね。
アタシは間髪入れずに、次の魔法の詠唱を始める。
しまっていた杖を取り出し、目の前に浮かせ、先程と同様に両手を前に出した。
二つの魔法を同時に詠唱する奴は少ない。
だけど、それよりももっと少ないと思うのがある。
三魔法同時詠唱。
少ない、というかいないんじゃないかってアタシは考えている。
もし、二詠唱が難しくてやってる人が少ないのなら、三詠唱はそれ以上ってことになるんじゃないの?
魔法の詠唱には高い集中力と器用さが必要になってくる。
二詠唱はそれの二倍ほど。三詠唱は三倍だ。
まあ、やろうとする奴なんていないと思うんだけど。
アタシ以外はね。
「“炎の重圧”。“氷柱刃”。“噴火」
三つの魔法が同時に放たれ、辺りの魔物達に襲い掛かる。
全ての魔法を受けた魔物は息絶え、アタシが来た当初の半分以上は動かなくなった。
「お、おおーーッ!!」
「す、すげえ……!!」
またもや耳障りな称賛の声が聞こえてくるが、苛立ちを覚えるほど元気じゃない。
先程使った魔法は、どれも中級以上。最初と最後の魔法は上級。
魔力の消費も集中力も尋常じゃない。
本当は、さっきまでので七割。これからもう一発撃って九割ぐらいは倒しておきたかったんだけど、体力の限界みたい。
少しだけふらふらしてきたし、魔力もほぼ空。
これじゃあ魔法も放てやしない。
「……盛り上がってるところ悪いんだけど、ここまでよ」
「え……?」
「そ、そんな……?」
アタシの言葉を聞いた兵達は、絶望の表情で固まる。
膝をついて呆然とする奴もいれば、涙を流す奴もいる。
ああ、まだ話の途中だったわね。
「ここからはアタシがやるわ」
「……へ?」
絶望の表情から一転、驚いたままの兵達がアタシを見る。
「と、言っても今までのアタシじゃない。ここからは――」
グラジオラスは言っていた。
後は頼んだと。
アタシは杖を放り投げ、羽織っていたローブを脱ぎ捨てる。
アイツは許したんだ。アタシの行為を。これからすることを。
だからアタシは思い切り戦える。
だからアタシは――
「アタシを解禁する……!」
本気で戦える。
今までのアタシのまま、戦えるんだよ。
アタシは拳を握り、拳闘士のように構えを取った。
「久しぶりだよ、こうやって戦えるのは。久しぶりに燃えてきたぜ……っ!」
魔法使いは仮の姿。
こっちが本当のアタシだ。
覚悟しろ、魔物共。
今のアタシは手加減できねぇからな。




