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第二十五譚 静寂に包まれた森の中で


 先程までの酷い雨風が嘘だったかのように、辺りは静寂に包まれている。


 木々が擦れる音も、動物たちの声も一切聞こえない。

 聞こえてくるのは、パチパチという火種が燃える音だけ。


 謝る、謝らない論争から体感で数十分、俺は静かに燃える火の前で体育座りをしている。

 セレーネも、火の前で毛布にくるまって静かに暖を取っている。


 トゥルニカを出て十八日。目的地はもうすぐだ。


 しかし、この十八日間。俺はずっと気になっていたことがある。

 それは、この世界では考えられないような事。普通じゃありえない事だ。


 魔物がいないんだ。

 本来なら、野生の動物や魔物達がうじゃうじゃと生息しているはずなのだ。

 でも、どこにも見当たらない。


 おかしいとは思わないだろうか?

 森というのは、生物が生息するのに適した場所の一つであるはず。しかし、その生物がどこにも見当たらないなんて。


 この十八日間、ただの一度ですら魔物達と出くわさなかった。

 

 ただ俺達の運が良かったのか、それとも……。


「アル様?」

「ん? ああ、どうした?」

「いえ、先程から恐い顔をしていたので……」


 そう言って心配そうにしているセレーネ。

 そんな彼女に、俺は笑顔を浮かべ大丈夫だという事を伝えた。


 だが、笑ってみたのは良いものの、実際のところ笑ってはいられない。

 セレーネだって気付いているはずだ。この森が不自然だって事ぐらい。


 そういえば、八日前に会った少女――たしかアザレア……って言ったか? もしかしたらそいつの調査もこの事についてかもしれない。


 八皇竜から襲撃があったばかりだってのに、こんな事まで起こるなんて……ちょっと待て。


 聖王の四ヵ国同時襲撃。エルフィリム領の森の異変。

 何かが引っ掛かる。


「本当に大丈夫なのですか……?」

「あ、悪い。なんでもない」


 何なんだ、この違和感は……。

 ……いや、この事はまた後で考えるとしよう。

 雨も止んだし、明日はきっと快晴に違いない。今日遅れた分も明日で何とかなりそうだし、早めに寝て明日に備えよう。


「じゃあ明日は早めにここを出よう。少しだけペース上げるけど大丈夫か?」

「はい。問題ありません」


 俺は地面にごろんと寝そべり、セレーネとは反対の方向を向いた。


「おやすみ、セレーネ」

「おやすみなさい、アル様」


 しかし、そうは言ったものの、例え魔物達の気配がないからといって見張りをしないという選択肢は無い。

 見張りをするなんてセレーネに言えば、アル様だけ辛い思いをするのはダメだー、とか自分がやるー、なんて言いそうだから、こうして寝たふりを決め込んでいるというわけだ。


 セレーネは数日前までは旅とは無縁の存在だったのだ。

 今でも疲労が溜まっているかもしれないのに、平気そうな顔で話しかけてくるから心配になる。

 だから、眠れる時は眠らせてやりたいんだ。寧ろ、寝てもらわなきゃ困る。


 洞窟内に響くのは、パチパチと燃える火の音だけ。

 他に何の音も聞こえないこの空間で、その音だけ聞き続けるというのは、流石の俺にも睡魔が襲ってくる。


 日が出てきたら少しだけ仮眠を取ろう。

 そう、少しだけ……本当に、少しだけ……。






□■□■□






 深夜、俺はふと目が覚める。

 どうやら少しだけ眠ってしまっていたらしい。


「ああ……しまったな、見張りしてなきゃいけねえのに……」


 そう呟きながら、俺はゆっくりと体を起こす。

 相変わらず、聞こえるのは火の音だけ。本当に何もいないんだな……。

 

 外の空気でも吸いに行こうと立ち上がった俺は、ある事に気づく。


「……セレーネ?」


 そこにいるはずのセレーネの姿はなく、彼女の足跡のようなものが地面にうっすらと残っていた。


 気になった俺は、その足跡を辿るように歩き始めた。


 洞窟の周りは、ちょうど木々が少ない場所で、月明かりが眩しいと思えるほど開けているため、足跡がよく見えた。


 彼女の足跡は森の中へと続いており、途中からはほぼ見えなくなっているため、勘で進んでいくしかなかった。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと奥に進んでいく。

 静寂が支配する森の中をただ一人、歩き続ける。

 随分と忘れていた一人の寂しさ。隣に誰も居ないのがどれだけ不安か。

 

 こんな感覚は久しぶりだ。暗闇の中に一人だけ取り残されてしまったかのような錯覚。


 こっちの世界に来てからは、常に誰かが隣に居た。

 リヴェリア(俺)の両親に、初めての親友とも言えるテッちゃん、キーラ、ナファセロ、ジウノス、セレーネ。


 元の世界にはいなかったかけがえのない大切な人達だ。

 ……三度目の人生にもなって何情けない事言ってるんだろう。少し思い耽っちゃったみたいだな。


 そんな時、近くから誰かの話声が聞こえてくる。

 聞き覚えのある澱みない透き通った声。セレーネだ。


「……***……**…………***……!!」


 距離があるためか、上手く聞き取れない。

 独り言……か? でも、それにしては少し口論をしているように聞こえる。やっぱり誰かと話してるのか?


 そうだとしたら、セレーネは一体誰と話をしてるんだ……? 動物も魔物もいない森の中で一体誰と……。


「……ちが……たし…………だ!」


 徐々に言葉が聞き取れるようになってきた。

 しかし、話の内容までは未だにわからない。


 声のするほうへ歩いて行くと、少しだけ開けた場所に辿り着いた。


 奥の方に一つの人影を見つけた俺は、少しだけ小走りで近づき、声を掛けた。


「セレーネ?」


 そう声を掛けられたセレーネは、バッとこちらに振り返る。


 怒りと悲しみの表情。一目見て思ったのはそれだった。

 普段の彼女からは想像もつかないような形相で俺を見ていた。


 なんで俺がここにいるのか、何しに来たのかと驚いているようにも見えた。


 だが、ハッと我に返ったのか、瞬時にいつもの表情で答えてくる。


「一体どうされたのですか?」

「いや、セレーネがいなかったもんだから探しに来たんだよ」

「……ごめんなさい。少し外の空気が吸いたくなったのでつい……」


 そう言って俺から目を逸らしたセレーネは、その場から立ち去ろうと歩き始める。


「……どうされましたか? 明日も早いですし、戻りましょう?」


 俺は動けずにいた。

 ここで何をしていたのか、誰と話していたのか、そう聞こうにも俺の心が邪魔をした。


 もし、セレーネが悪側の人間だったら? そうだった場合俺はどうしたらいい?

 考えすぎなのはわかってる。

 でも、これで疑わない方が可笑しいだろ。


 恐いんだ。裏切られるのが。

 本当ならこんな事考えたくない。気のせいだって思いたい。


 だけど、心のどこかでそう思ってしまう。

 大体、初めて会った時から不自然だったんだ。


 悪だといわれていた勇者(俺)を簡単に信用するし、あれほどの信頼を持っている事が不思議なんだ。


「アル様……?」

「……あのさ」


 堅く結んでいた口を俺は開いてしまった。


「ここで何話してた(・・・・・)んだ?」


 その言葉は、息をするかのようにするりと口から抜け出ていった。


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