第二十二譚 こんなシスターは初めて
草花香る緑の草原に心地よい風、太陽の光が眩しく穏やかで懐かしい感じ。
「北平原よ、私は帰ってきた!」
草原のど真ん中でいきなり叫ぶ俺に対し、セレーネは呆れたような眼でこちらを見ていた。
「突然にどうしたのですか? 何か変な物でも食べましたか?」
「ただただ感動してるのさ」
俺達は明朝に王都トゥルニカを出発し、北西のエルフィリムを目指して歩き続けていた。
トゥルニカを出てまだ数時間。太陽は俺達の真上で地上を照らしていた。
北平原は俺にとって初めて魔物と闘った思い出の地であり、二度目の冒険の始まりとなった場所でもある。
魔王と決戦する一年前、俺達は魔界にいた。
魔界は基本的に生命力がない。植物もなければ海もなく、果実だって実らない。
ゲームの中だと、枯れた草木があって、大きな魔族の町があったりするが、現実は全然そんなに優しくない。
俺も初めて魔界に行ったときは町とかあるんじゃないのって考えを持っていたが、どこを探してもそんな理想郷は見つからなかった。
太陽もなければ月もない。ただ不思議と若干薄暗い程度。
そんな場所に一年間もいると、こういった何の変哲もない草原が幻想的に見えてくる。
如何にここが聖地であったか。
理想郷はここにあったのさ。
「そういえば前から気になってたんだけどさ、セレーネはシスターだよな?」
「ええ、そうですが何か……?」
「頭のベールみたいなのを他のシスターは付けてたけど、なんでお前は付けないんだ?」
俺も詳しい事はわからないが、シスターってのは頭に頭巾とベールのような物を被るもんだと思っていた。
実際、俺が今まで見てきたシスターはしっかりと着用していた。しかし、セレーネは頭巾もベールも着用していなかった。
ずっとなんでだろうな、と思って気になってたんだけど、結局聞けずじまいだった。
俺の問いかけにしばらくの間沈黙していたセレーネだが、質問の意味を理解したように「ああ」と手を叩く。
「ウィンプルとベールの事ですね?」
「ウィ……何それ?」
俺の言葉にセレーネは口を開けて驚く。
セレーネは近くの岩に腰を下ろして「少し休憩しましょうか」と歩みを止めた。
俺はそのまま原っぱに座り、リュックの中に入っている竹の水筒を取り出し、口に含む程度に水を飲む。
「そうですね……。まず、シスターというのは純潔を守らなくてはなりません。なので、その誓いの証としてウィンプルとベールを着用するのです」
行儀よく岩の上に座るセレーネはそのままの姿勢で話を続けた。
「ウィンプルは既婚女性が付ける頭巾でして、それを付けることで神との結婚を果し、純潔を守ると示したものなのです」
「でもセレーネは付けてないよな? どういう事なんだ?」
「私は神という存在を信じていません。そのような得体の知れない何かと結婚するなどおかしいと思いませんか?」
シスターというのは清楚で、純情で、慈悲深い女性なのだ。
――そう思っていた時期が俺にもありました。
まさかシスターの口から神様知らない信じない、なんて聞けると誰が思っただろうか。
いや、確かにシスターの中にもそういう人はいると思うよ? 神様なんて信じないって考える人は少なくないだろうしな。
でも、だ。かつてシスターが神様の事を「得体の知れない何か」と言った事があるのだろうか。
俺は初めて聞いたよ。
「まあ、おかしいかもしれないけど……神に仕える身としては信じなきゃいけないんじゃないのか?」
「……神に仕える? 何を言っているのですか?」
セレーネは不思議そうに首を傾げながら話す。
おかしなことを言ったのかと先程の会話を思い出すが、俺は別におかしなことは言っていなかった。
「だってあれだろ? 回復魔法って神に祈りながらじゃないと発動できなかったんじゃなかったっけ?」
俺の言葉に、セレーネはこれまた不思議そうに首を傾げる。
「神に祈りを……? いえ、そのような事は一度もありませんが?」
「おいこのシスター大丈夫か」
こいつ本当はシスターじゃないんじゃないか等と考えていると、セレーネがゆっくりと立ち上がった。
「私はただ無心に――いえ、その人の事を想いながら魔法を発動しているだけです。そうしなければ上手く治療できない気がしますから……」
まっすぐに空を見上げるセレーネの表情は、この澄んだ青空とは違って曇っていたように見えた。
たまに思うんだ。なんでセレーネは時々悲しそうな顔をするんだろう、と。
俺はあの顔を知っている。あれは何かを諦めねばならない時や、何かを失った時の表情にそっくりだ。
かつて、俺もそう言った顔をした人間を何度も見てきた。魔族に家族を殺された者、戦いのせいで夢を諦めねばならなかった者、孤独を知った者。
セレーネはそんな奴等と同じ顔をしてる。
「……そっか。まあ、いいんじゃないか? そんなシスターがいても」
「は、はぁ……」
過去に何があったのか、それとも今の事なのかはわからない。
いつか話してくれる日まで待つことにしよう。
だって勘違いだったら恥ずかしいしな。普通に死ねる。
「それじゃあ、そろそろ出発するか!」
俺は勢い良く立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
「はい、行きましょう」
エルフィリムまではまだまだ距離がある。その間にセレーネともう少し仲良くなれたらいいかな。
命を預ける仲間として、な。
「ところで、セレーネって未婚だよな?」
「ええ、それは勿論ですが……どうしていきなりそのような事を……?」
「純潔も守ってるって事なのか?」
「はい、当然です。ですからどうしてそのような……」
「つまりセレーネは処――」
この後、俺は長杖で思いっきり叩かれ、数時間ほど口をきいてもらえなくなった。
どうやら少しだけ暴走してしまったらしい。
まったく、紳士ともあろう俺がこのような暴走を起こすとはな。少し冷静になろう。
しかしなぜだろうか、セレーネとの距離が遠ざかった気がする。
気のせいか? 気のせいだな。




