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第一譚 ただいま、異世界

 

 俺は死んだ。確かに死んだ。


 魔王との決戦――それは酷いものだった。

 共に数々の死闘を乗り越えてきた仲間たち。それが一瞬で肉片に変わってしまった。

 守りたかったもの全てを魔王に奪われてしまった。


 俺は改めて己の無力さを知った。

 大切な仲間を――愛する人を護れず何が勇者か。


 だから俺は使った。あの魔法を。禁断の魔法を。

 自分の命で償えるとは思ってなかった。ただ、どうしても報いてやりたかった。

 自分の命と引き換えに、奴に傷を負わせることが出来るのならそれでいいと思った。


 そして俺は死んだんだ。

 体内部からの爆発によって――。


「それなのに何なんだ、この状況は」


 目の前に広がるのは、かつて目にした光景。


 王都トゥルニカ。かつて俺が転生した場所でもあり、勇者としての命を受けた場所でもある。


 石造りの住宅が立ち並び、中世のような街並みが広がっている。

 商店街には人々が右往左往しており、商人たちの活気づいた声が響き渡っていた。


 何もかもが懐かしいこの光景。

 だが待ってほしい。


 俺は死んだ。間違いない。

 でも実際こうして生きている。ということは、つまり……夢か。

 なるほどな。とりあえず確かめる為に頬でも抓ってみるとしよう。


 しかし、頬を抓っても痛いだけで終わった。

 やはり俺が抓っても無駄なのか。もしかすると、自分を傷つけまいと防衛本能が反応してしまうのかもしれない。

 となると、誰かに殴ってもらうしかないが……。


「あの、すみません」


「あん? なんだ小僧」


 とりあえず近くに居た筋肉質の商人に声をかける。できるだけ強く殴ってもらった方が夢から覚めると思うし、力がありそうな人に頼まないとな。

 というか小僧てお前。俺は二十三だぞ。小僧はないだろ。


 俺は息を吸い込んで時を待つ。

 ここぞという時でないとダメだ。強く、大きく。


 そのベストなタイミングを迎えた俺は口を開ける。


「ヘイ、マッスルメェン! その筋肉は見せかけかい! 見せかけじゃないなら俺を殴――」


 俺が言葉を言い終わる前に男の拳が眼前に迫る。

 その瞬間、世界が止まったかのようにゆっくりと動いて見えた。


 数々の修羅場を潜り抜けてきた俺にとって、こんな拳を避けるのは造作もない事だが、今は殴ってもらわなければ困る。


 だけど、なんだろうな。もの凄い違和感を感じる。これを受けちゃいけないって俺の体が悲鳴上げてる気がするんだよな。


 しかし、時すでに遅し。


「おう」


「ありがとうございます!」


 素早く懐に入った商人の渾身の右ストレートが俺の顔を捉え、後方へと飛ばされる。


 痛い。めちゃくちゃ痛い。

 俺、こんなに体弱かったっけ……。


 それにおかしい。なんでこんなに痛いのに目が覚めないのか。

 普通これぐらいの痛み受けたら目が覚めるはずなんだが……。


「ったく。こんな街中でふざけてんなよ小僧」


「だから俺は二十三だって……あれ?」


 俺は自分の服装を見てみる。

 質素なズボンに布の服、ボロボロのローブ。


 あれ。決戦の時こんなに勇ましい恰好で戦ってたっけ俺。


 俺は数秒固まった後、すぐ近くの小川を覗き込む。


 そこに映っていたのは見知らぬ青年の顔。

 雪のように白い髪。空のように青い瞳。


 誰だこの男、俺知らない。


 落ち着け、落ち着くんだ俺。現状を整理しよう。


 俺は死んだ。これは間違いない。

 目覚めると王都。俺が知らない男になってる。


「おいどうした小僧? 顔色悪いぞ?」


「あの、今って何年ですかね?」


「……は? 何言ってんだお前。今は勇歴五○年、魔王が滅ぼされた四○六年からちょうど五十年目だろうが」


 どうなってんだ……。


 まさかとは思うんだけど……いや、それにしてはおかしいしな……。


 信じたくないが、この感じはあの時と同じように思える。

 俺が死んで、この世界に生を受けたあの日と同じ。


「二回目ってそんなんありかよ……」


「なんだって?」


「なんでもないっすよ……」


 俺は手を天に掲げ、眩しく輝く太陽の光を遮ってこう呟いた。


「……ただいま。異世界」


 雲一つない青空を見上げながら、俺はそのまま地面に倒れ込んだ。


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