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第百三十八譚 王子の頼み


「私はロベルト――『ロベルト・テラ・ラングフォード』。キテラ王国の第一王子です」

「おっ、王子!?」


 俺は思わず声を上げる。


 護衛も付けず、いかにもみすぼらしい恰好をしたこの人が王子? いやいや、そんなはずは――とは言ったものの、人を見かけで判断するのは良くないと学んでいる。

 本当に王子なのかもしれないし、王子になりすましている別の人間かもしれない。

 

 王子だとするならば、森の中で言っていた「国を変えたい」って言葉もしっくりくるけど……。


「……おや、ロベルト王子だったのかい。こんなに大きくなって見違えたね」


 婆さんの突然の言葉に、またしても俺は驚く。

 しかも、ロベルトさんも豆鉄砲を喰らった鳩のように驚いていた。


「私をご存じで……?」

「ま、憶えてなくて当然さね。あたしゃ王子が二つの時に国を出たからねぇ」

「婆さんってキテラ王国にいたのか!?」

「てめえは黙ってな! いちいち口挟むんじゃないよって何度言ったらわかるんだい!」


 そういえば、さっきから軽くスルーしてたけど婆さんがキテラ王国に名を馳せたとか白の魔女だとか言われてたけど、そんなに凄かったのかこの婆さんは……。

 確かに、幻術魔法を使えるなら有名になれるだろう。

 でも、どうして婆さんはわざわざその地位を捨ててこの森にやってきたんだろうか。


「……あたしゃあの国に嫌気がさしてんだ。それこそ今の王子みたいにねぇ。あの国がどうなろうとあたしの知ったこっちゃない事だし、あの国を救う義理も無い。言っちゃなんだけどあたしゃあの国が滅んじまえばいいとさえ思ってるのさ。この話を聞いてもまだ頼む気かい?」


 婆さんの威圧がかった声に、ロベルトさんはしばらく黙り込む。

 だが、しばらくするとロベルトさんは立ち上がり、婆さんの側まで歩いて深々と頭を下げた。


「あの国の落ち度は私の落ち度……、民や黒妖精の方々には償えきれないほどの事をしてしまっているのも重々承知しております。ですが、父う――陛下が玉座に座っている限りキテラ王国は何も変わらない……。我が国汚点の奴隷制度さえ、私の権限ではどうする事もできないのです」

「今更人間が何を言っている! 私たちを散々物扱いしてきたお前たちが今更何を!!」

「メリア、やめな。今は静かに話を聞いておやり」


 怒声を飛ばしながら立ち上がろうとするプルメリアさんを、婆さんが声で静止させる。

 プルメリアさんは苦悶の表情を浮かべながら、黙って座りなおす。

 なんだかんだ言って、プルメリアさんは婆さんには逆らえないらしいな。頭に血が昇った時はどうだかわからないけど。


「……黒妖精の女性の言葉は尤もです。私たちがしてきた罪は消えない。それこそ一生償っていかなくてはならないと思っています。しかし、償おうにも今の体制が続く限り不可能だ! だからこそ、私は国を変えたい! 民が幸せに――この大陸に住む人々が幸せに暮らせる国であってほしいのです!」

「随分と立派じゃないか。でもね、理想だけじゃ何も変えられないのさ。大体、どうやって今の体制を変えるつもりだい? そこら辺きちんと考えてあんだろうね?」

「策はもう決まっています。夜に紛れ、陛下を殺害した後に国民全員にそれを知らしめ、新体制を伝えるつもりです。若者たちは現在の体制に納得していない者が殆どなので、若い衆の合意は得られるはずです。しかし、年配の者たちには今の体制についての関心があまり感じられません。さらに、私のような若い者が国を引っ張って行くにも抵抗を感じる者が多いはず……」


 ロベルトさんの熱弁に、俺は聞き入ってしまっていた。

 婆さんも同じなようで、時折相槌をしながら、納得しているような表情で話を聞いていた。


「そこで、白の魔女であるシルヴィア殿にお力をお貸ししていただきたいのです」

「つまり?」

「キテラ王国の元最高位魔術師であるシルヴィア殿も私たちに加担していたと知れば、彼らの不安などを取り除くことが出来ると考えたのです」


 その言葉の後、しばらくの静寂がおとずれた。


 だが、この空気に耐えられなかったのか別の何かなのかはわからないが、婆さんが急に笑い声を上げた。

 遂に壊れたんじゃないかと心配になった俺だが、婆さんはロベルトさんを見て愉しそうに笑いながら口を開いた。


「爺婆には婆をってかい? 中々面白いじゃないか、乗ったよその話。力を貸そうじゃないか」


 婆さんの言葉を聞いたロベルトさんは、嬉しそうに目を輝かせてもう一度頭を下げた。


「それで? 詳しい話を教えてもらおうじゃないかい」

「わかりました」


 ロベルトさんは小さく頷き、その問いに答える。


「私のもとに集まった勇士の数はおよそ五千……、残りの五万は陛下の意に従っている者と国に残っていない者の二通り――国にいない兵士は四万ほどなので、実際は一万人を相手にすることになります」

「なんだい、たかが倍の数しかいないのかい。張り合いがないねぇ。これじゃあ運動にもなりゃしないじゃないか」

「はっはっは、冗談きついぜ婆さん。一万人をたかがだなんてどうかしてるぞ」

「さっきから自分は関係ないみたいな顔して聞いてやがったけど、てめえも連れてくからね。ちゃんと覚悟決めな」

「やっぱりそう来るかぁ……」


 どのみち、この作戦には乗るつもりだったんだ。

 俺自身、奴隷制度ってものが好きじゃないし、聖王とのつながりも知っておきたい。


 あいつらと再会するの……少し遅くなっちゃうかもな。

 でも、あいつらならきっと許してくれるさ。


 だからもう少し――もう少しだけ待っていてくれ、皆。


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