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第零譚 敗北の勇者


 統歴四○六年。

 

 激しい爆音が鳴り響く。

 豪華な玉座と禍々しい造形物が立ち並ぶこの部屋は所々が崩壊していた。


 その部屋には傷だらけの人間四人と、埃一つなく平然と玉座に座る禍々しい存在。


 人間よりもはるかに大きい手足。身体の二倍程はある、どす黒く染まった漆黒の翼。鋭い牙に尖った耳。見つめてしまえば、深い闇の底に連れて行かれそうな程に黒い眼。

 存在そのものが悪と呼べるであろうそれは、人々の希望である彼等を目の前にしてなお微動だにせず不敵に笑っている。


「どうして何も効かないんだ!」


 数々の死闘を乗り越えてきたと感じさせる、屈強な身体を持つ女戦士が悔しそうに叫ぶ。


「私達の全ては……全ての行いは、無意味だったんですか……?」


 身体中が傷だらけで、自慢の長杖を悔しそうに握る女僧侶はその場に崩れ落ちる。


「僕等人間は……魔族にとって虫ケラと同等だという事なのか……」


 両腕と左足が曲がってはいけない方向に曲がり、武器を持つ事も立つ事もできず、諦めの表情を見せる男盗賊。


 人々の希望である彼等の表情は、絶望に満ちていた。

 これまで幾度となく死闘を乗り越えてきたにも関わらず、人類の倒すべき敵には一切攻撃を与えられない現実に打ちのめされていた。


 だがしかし、この状況で一人、諦めない男がいる。

 彼を一言で表すなら『光』。戦士のようにずば抜けたちからもなければ、僧侶のような回復魔法も使えないし、盗賊のように疾く動く事もできない。だがそれでも、彼には勇気がある。希望がある。

 それが資格。それこそが『勇者』の証。


「諦めるな! まだ戦いは終わっちゃいない!」


 暗闇に一筋の光が差し込んだような感覚を女戦士たちは感じる。


 いつもそうだった。何度も諦めようとした彼女達を奮い立たせたのは彼だ。希望を見せてくれたのは彼だ。――勇気をくれたのは彼だと。

 なればこそ、自分達がここで諦めるわけにはいかない。彼の勇気に応える為にも。


「……ッ! ああ、そうだ!」

「終わってなどいません……!」

「僕等はまだ戦える!」


 彼女達は再び奮い立つ。

 彼の言葉によって。彼の勇気によって。


「皆! 行――」


 刹那。彼の隣に立つ何かの血潮が辺りに飛び散る。

 そこにいたはずの女僧侶の姿は、肉片へと変わっていた。


「は……?」


 三人の思考は停止した。何が起きたのかわからなかったのだ。

 悪である存在は動いてなどいない。それなのに女僧侶は死んだ。


「何を……したんだ……?」


 そしてまた一人、彼の目の前で男盗賊が肉片へと変わる。男盗賊の血潮が彼向かって飛び散る。


「……嘘、だろ?」

「……お前は逃げろ」


 思考が追いつかない彼に対し、女戦士は一つの答えに辿りつく。いや、無理やり答えを出したと言った方が近いだろう。

 彼をこの場から逃がす。それが彼女の辿りついた答え。


「お前さえ生きていれば何とかなる! この世界を救うんだろ! ならとっとと逃げて強くなれ!」


 女戦士は彼の前に立ち、両腕を広げる。

 その姿に彼は驚きを隠せなかった。


「何を言ってんだ! この――」


 しかし、彼女の行動は悪の存在によって、無駄であったと知らされる。

 彼の目の前には、女戦士のものであったであろう左腕が転がっていた。


 それでも彼は諦めなかった。

 その足掻きは痛々しくとも、見苦しくとも、無様であろうとも、彼は決して諦めなかった。

 例え、彼が死んでも、また新たな『勇者』が生まれる。それならば、やるべき事はただ一つ。


「この命にかえて、お前に報いる!」


 それは『勇者』にのみ認められた禁じ手。

 自らの命と引き換えに、対象を滅ぼす禁断の魔法。


「エゴ・イプセ・サクリフィキウム」






――この日、世界は希望を失った。


 だが、これより後。新たな希望により、悪の存在――魔王は滅ぼされる。

 この出来事は後世に語り継がれるのだが、それは誤った伝説として人々の記憶に刻まれる事となる。


 これから始まるは、世界を救う物語。


 勇者の存在が消えた世界。

 そこで起こる、魔王を倒した元勇者と、二度目の転生を果たした元勇者の戦いの物語だ。


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