TIME LIMIT
【赤毛のジュディ】
それからの事はあまりに理不尽で、話しをする気にもならないし、大体が、全く誰にも話を聞いてもらえない状態でした。
よく聞く、女子高生の罠にはまり、電車の中で痴漢の罪を被らされたサラリーマン、という典型的な冤罪ドラマを思い出しました。
法を振りかざす相手は真犯人であって、善良な市民ではありません。
これも冤罪事件には違いないのでした。
彼の試験結果が早急に厳しく採点されました。
ヒアリング90点、筆記85点でした。
彼にとっては自己採点からしたらごく妥当な結果でしたが、ああでもないこうでもないと、次から次へ矢のように尋問され、嘘をつくな、周りの回答用紙を盗み見ていた事は、彼女、ジュディ(Judie)が全部見ていた、と頭ごなしに犯人扱いで、罪を認めさせようとするばかりでした。
ジュディっていうんだ、等とポーッとしている場合ではありません。
こっちは退学がかかってるんだ!
「早めに回答が終わったから、顔を上げたら彼女と目があった。
余りに可愛いので見惚れてしまいました。
恥ずかしいので余所見をして誤魔化そうとした。
事実、彼女と目があってから回答用紙には何も記入していない」
大筋ではこれが真実で、馬鹿正直とは思いましたが、隠し事をすると辻褄が合わなくなるので止むを得ず全部話してしまいました。
しかしながら、そんな与太話誰が信じるか、と講師と留学生に囲まれ、胸ぐらをつかまれるほどの勢いで責め立てられました。
哀しかったのは、ジュディが唯一の目撃者で、絶対にカンニングに間違いないと主張して譲らなかった事です。
私に見惚れててぇ?
周りを見る事で誤魔化したぁ?
あり得ません!ってね。
いい加減頭に来て彼も半分は切れてましたが、それでも必死になって無い知恵をふり絞って抵抗し、漸くふたつの提案をしたのです。
「俺の周りにいた奴の回答を 早急に採点してください。カンニングしたんなら、答えは自ずと似ているはずですよね」
「もし、それでも判らなければ、全く同じレベルの、全く違う内容の試験をもう一度受けさせて下さい。それなら、判りますよね」
現行犯逮捕だから直ぐに罪を認めると思っていたのに、全くガンとして罪を認め様とせず、取り調べが平行線のまま暗礁に乗り上げて来たので、講師も冤罪疑惑が頭をよぎって来た様です。
講師が学科長に相談に行き、暫く擦った揉んだの挙句、学科長も立ち会いの上でなら、と、とうとう再試験が決定したのでした。
都会の大学に比べれば、まだまだ緩い処が地方の大学の魅力な訳です。
早速再試験方法が検討され、2時間後に実施される事になりました。
それもこのまま控え室で全員に監視されながら。
しかも、万全を期すために、2回。
2回?
流石に2回はキツいべさぁ。
ヒアリングも筆記も、本試験の予備に候補として作成していた、全く同等レベルの試験問題です。
とにかく、やるだけの事はやって、準備も含めて再試験が終わったのは、夜の9時をとうに回っていました。
早々に採点が始まりました。
際どいレベルの解答は、頭っから間違いにされる勢いです。
一回目再試験結果。
ヒアリング 85点、筆記90点。
二回目再試験結果。
ヒアリング95点、筆記95点。
圧勝。
現行犯逮捕という事で流石に強気だった講師たちも、その結果に落胆の色を隠せず、犯人扱いしたジュディに責任を転嫁し始めました。
日本では、冤罪は、許されない事です。
何らかのペナルティは覚悟しといてとジュディが叱責されている様です。
もちろんアメリカ人は自分の非を死んでも認めない国民性なので、真っ向から大口論になっているみたいだけど。
それは、俺のせいじゃない。
それに、一留学生のバイトの試験官の失敗など、大学は全く関知する気もない様でした。
学科長に呼ばれました。
「君は、英検は?」
「2級です」
「留学経験は?」
「ありません」
「大変優秀な成績だ。これからも頑張って下さい」
「はぁ?」
「いいですか、大学の試験はね、疑わしきは罰するが大原則です。問答無用なんですよ。」
「はい」
「くれぐれも試験中には、怪しい行動は慎んでください」
「はい」
で、終わった。
それだけかい?
ひとこと謝れよ。
校舎を出ると、空一面、降り注ぐような満天の星空だった。
真っ暗な田舎だからこその得点。
これだけは都会では味わえない。
長い一日だったなぁ〜
両手を高く上げて、思いっきり伸びをする。
空気もうまいさぁ。
大学の正門を出たところで、後ろから呼び止められました。
振り返ると、ジュディが走って追いかけて来たのでした。
その姿は、まさしく彼が一目惚れした可憐な美少女でしたが、今の今まで彼を一方的に犯人扱いしていた張本人なので、何とも寂しく、哀しい、醒めた気分でした。
「待ってください」
正しい日本語だ。
「まだ何か?」
「私も帰ります」
「はぁ」
「少し、お話し、出来ますか?」
「はぁ?」
二度と顔も見たくね〜よ、とはもちろん言わず、並んで歩き出しました。
(つづく)