雨は好きですか
恋愛短編、21作目です。
6月。
世間では梅雨と呼ばれ雨が多く降る時期。今日もその例に洩れず、週の始めだというのに朝から大粒の雨が降っていた。
最寄り駅まで自転車通学の俺にとっては、迷惑この上ない。
俺はそんな事を1人、バスの最後尾の席で雨降る外を見ながら心の内で文句を言った。
「……」
バスが停留所に止まり乗客が乗り込む。
全ての乗客が、バスに入る直前で傘を閉じ、バスに乗り込むと同時にICカードを機械にタッチし、座る座席を探し顔を動かす。
全ての乗客が、まるで機械かのようにほぼ同じ動きをする。
「寝よう……」
バスの終点は俺の目的地の最寄り駅。寝過ごす心配がないため、俺は窓縁に肘をつき、寝始める。
「あれ……桂木先輩ですよね?」
バスが動き出してから数分後、俺は自分の名前を呼ばれゆっくりと目を開けた。
目を開けると俺の1個前の座席に座り、顔を俺の方に向けている女子生徒と目が合った。
「やっぱり桂木先輩ですよね!」
元気な声。
もちろん声のボリュームは周りに迷惑にならない様に、小さくはなっているが元気が伝わってくる。
そして、俺はそんな元気な後輩を1人知っている。
「……木下か」
「覚えててくれたんですか!」
「こんなにうるさい後輩は、木下ぐらいだからな……」
中学時代。俺はバスケ部に所属していた。
そして、目の前の木下は俺の2個下の後輩としてバスケ部に入部した。
「あっ!桂木先輩と私、同じ高校ですね!」
木下の制服を見ると、確かに俺が通っている高校の制服だった。
「あ、でも、先輩、バスケ部にいましたっけ?」
木下は何が楽しいのか、ひたすら俺に話し掛けて来た。
俺は周りを見渡してから、木下に言う。
「ずっとそうやって後ろを向いてるつもりなら隣に来い」
木下は俺に言われ、自分がどこにいて、どのような状態で会話をしているのかを思い出したようだった。
「ご、ごめんなさい……隣……いいですか?」
「バスが止まってから動けよ」
「あ、はいっ!」
「先輩っていつもバスなんですか?」
「今日は雨が降ってたからな……いつもは自転車で駅まで行ってる」
「だから会わなかったんですね!」
耳元で木下の元気な声を聞きながら、俺はげっそりしていた。
「あれ?先輩、具合い悪いんですか?」
「……木下のせいだよ」
「えー」
木下は中学の時から、何故か俺に付きまとって来た。
俺はどちらかと言うと、静かなタイプ。だから、木下のテンションに着いていけず、よく俺はげっそりしていた。
「ねぇ、先輩!」
「なんだよ……」
今止まった停留所から終点の停留所まで、後約30分。
それだけの時間を、木下と2人というのは俺の体力がもたない気がする。
「メールアドレスを交換しましょう!」
「中学の頃に交換しただろ……」
「消えました!」
木下のテンションに呆れながら、ズボンのポケットから携帯を取り出す。
メアドを教えず、駄々をこねられるよりかはマシか──と打算した結果だった。
「ありがとうございます!先輩!」
俺は自分のメアドが載っているページを出し、携帯を木下に渡す。木下は俺の携帯の画面を見ながら、それを打ち込んでいく。
そしてそれは、別に何が意図があった訳でもなく、本当に偶然だった。
「ん?木下、彼氏いるのか」
「え?」
木下がメアドを打ち終わりホーム画面へと戻ると、そこには木下と俺の知らない男とのツーショットがあった。
別にそれがどうこうではなく、俺はそれを見て思った事を純粋に口にした。
「まぁ木下も高1の女子高生だし彼氏の1人ぐらいいても変じゃないか」
あの木下がなぁ──と、考えに耽っていると木下から制止の声が出た。
「ち、違います!これは彼氏とかじゃなくてっ!」
「分かった分かった」
俺は口でそう言いながらも、他人に彼氏がいるとバレた事に対して恥ずかしくなり否定をしている木下を微笑ましく思った。
「本当に彼氏じゃないんですって!」
「分かってるよ」
そうこうしてるうちにバスの終点に。
木下は駅で友達と待ち合わせをしていたらしく、俺に対して彼氏の有無の説明をしたそうだったが、諦めて友達のもとへと渋々歩いていった
久しぶりに木下と会った翌日。今日も憂鬱になる程の大雨。
雨ということは自転車に乗れずバスに乗るしかない。つまり、木下と会うのはもう必然レベル。
そして、気が付いた時にはもう、木下が待っている停留所にバスが止まった後だった。
「先輩。隣、いいですか?」
「……好きにしろ」
「ですから、あれは彼氏とじゃないんですよ!」
「分かった分かった。あれはただの従兄妹なんだろ」
そうです──と木下は首が痛いんじゃないかと思ってしまう程首を縦に振る。
そもそも、従兄妹とは言え異性とのツーショットをホーム画面にしてる時点でそれは彼氏じゃ無かったとしても、片想いの相手だと言ってるような物だ。
それを指摘すると、木下は俺に詰め寄って来た。
「違うんです!好きだからこの写真を使ってるとかじゃなくて……分からないんです……」
「分からないって何が」
「その……画面の変え方が」
「……はい?」
詳しく聞いてみると、そのイタズラ好きの従兄妹によりホーム画面を変えられ、戻し方が分からず現在に至っているらしい。
そういえば……木下は重度の機械オンチだ。
携帯なんかは全く使えず、ストップウォッチすらまともに使えなかった中学の頃を思い出す。
そもそも、ストップウォッチは機械なのかという部分から議論を始めたいが。
「普通に俺のメアドを入力してたから、普通に使えるのかと思ってたんだが」
「高校に入ったら友達が沢山増えると思ったので、メールアドレスの入力画面まで行けるように、春休みに練習しましたから!」
威張られてもな……昔と全く変わらない木下を見ながら、俺は少し胸に痛みが走った気がした。
「先輩?どうかしましたか?」
「……いや、何でもない。画面、変えてやろうか?」
「え!本当ですか!」
どうやら、よっぽど画面の写真に不満があったらしい。変えてやると言った時の食い付き具合いが半端なかった。
「だって、この画面見た人全員、先輩みたいな反応するんです」
「そりゃそうだろうな」
変えたくても変えられず、それを見た友人に彼氏かと冷やかされる。だから、ここ最近は人前でなるべく携帯を開かないようにしてたらしい。
「お前も苦労してるんだな」
「そうなんですよ!」
木下に画面を何にするかと尋ねながら携帯を弄る。
人の写真ホルダなんて見る物ではないが、画面を変える以上仕方がない、と心の中で木下に謝りながらも操作を終える。
「ほら、出来たぞ」
「本当だ!変わってる!先輩、ありがとうございます!」
こんな事で感謝されてもな……木下の頭に手を置き、髪の毛をくしゃくしゃにして木下の感謝に答えた。
「あっ……それされるの、2年ぶりです」
中学の頃、これをよくやっていた。
何故か知らないが木下はこれをされると、とても嬉しそうにするのだ。それはもう、愛犬がご主人様に撫でられた時のように。
「ふふ……先輩のなでなで〜」
「……」
若干、気持ち悪いから人前では絶対にやらなかったけど。
「ねぇ先輩」
「なんだ?」
木下の頭から手をどけると、何かを思い出したかの様に木下は俺へと視線を向ける。
「先輩って……その、彼女さんとかいたりしますか?」
「いきなりだな」
木下もやっぱり女の子なんだな、と思いながら質問に答える。
「彼女とかは特にいないな」
彼女が欲しいとか思う時もたまにあるが、結局思うだけで特になにも行動はしない。その結果が今の状態だが、別に不満がある訳でもないし、当分は現状のままな気がする。
「へぇ……先輩、彼女さんいないんだ」
「なんだ木下。喧嘩を売ってるなら買うぞ」
「ち、違いますって!ただ、意外だなぁーって」
何が意外なのかは分からないが、悪意が無さそうだったのでこれ以上追求をするのをやめる。
俺は、俺ばかり不公平だと言うかの様に木下にも尋ねる。
「木下こそ彼氏とかいるのか?やっぱり、さっきの従兄妹か?」
「だから、あれは彼氏じゃないですって!」
頬を膨らませながら、否定をする。
ちなみに、車内なのは覚えているらしくボリュームは低めにして否定したが。
「じゃあ、好きな奴とかは?」
「えっと……」
すぐに否定しないのを見ると、好きな奴はいるらしい。見ていて、とても分かりやすい。
「好きな人は……」
木下が何かを決心したかの様な面立ちで俺を見た瞬間、バスが止まった。終点に着いたようだ。
「まぁ、木下の好きな奴も気になるが今日はここまでだな」
「はい……」
木下はそう呟き、友達が待つ場所へと歩いて行った。
ただ、その後ろ姿がとてもしおれているのは何か意味があるのだろうか。
木下の好きな奴を聞きそびれた日から週を跨いだ月曜日。土・日を含めた5日間は晴れていたというのに、今日は雨。俺は数日ぶりにバスに乗っていた。
バスに乗る以上木下と合わないと言うのは、まずあり得ない。それこそ、どちらかが学校を休まない限り。
「おはようございます、先輩!」
「あぁ……おはよう」
相変わらず、朝から元気な木下。既に俺の隣に座るのは決まっていたらしく、今日も俺の隣に座る。
もう、木下のテンションに慣れるというのは一生無理かもしれない。
「先輩、なんか失礼なこと考えてませんか?」
「そんなわけないだろ。木下は元気な子だな、と思っただけだよ」
てきとうに嘘を混じえながら、木下の追求を躱す。
そして次は俺の番。
「木下さん木下さん。木下さんの好きな人はどなたですか?」
前回の続きだ。
「な、急になんですかっ!?」
「特に理由はないけど、前回聞きそびれたからさ」
正直、ずっと気になってた。
もちろんこの『気になってた』は恋敵の相手がとかそんな理由じゃなくて、純粋に興味本位だ。
俺の中での木下は、異性の後輩と言うより手の掛かる妹の様なもの。それこそ、木下の相手が俺の知り合いなら手伝ってやろうくらいには思ってたりする。
「で、どこの誰なんだ?」
まぁ、割合で言ったら、面白そうだからの割合が1番多かったりするんだけど。
「そんなに聞きたいですか……?」
「聞きたいですね」
うーん、うーん──と言うかどうか悩んでる木下を横目に、木下の考えてみる。
俺と同じ高校ということは、学力的な意味では平均を上回るだろう。あくまで『学力』だけではあるが。
見た目もそこそこだと思うし、スポーツだって出来る……ん?思ったより、木下は優良物件だったりするのか?
「なぁ、木下。もしかして、木下ってモテるのか?」
「い、いきなりなんですか」
「いやまぁ……色々と思うところがあってだな」
木下は顔を俯かせながら、小さく呟く。
「モテるかは分かりませんが……何度か告白は……」
やはりか。
そんな木下が好きな相手……気になるな。
「うー、うー」
「なんで唸ってるんだ?」
「恥ずかしいからです!」
「何が?」
俺が首を傾げていると、木下は俺に理解させるのを諦めたのか溜息を吐く。
まぁ、そんな事より今は木下の好きな相手だ。
「木下。そろそろ吐け」
「嫌ですよ。そもそも、知ってどうするんですか」
「俺が知ってる奴なら、恋のキューピッド役にでもなってやる」
今考えた恋のキューピッド役。まぁ、実際やることになったとしても全く問題はないな。むしろ楽しそうだ。
木下はというと、それを聞き、1人ぶつぶつと何かを呟いていた。
「……じゃ、じゃあ」
「ん?」
木下は意を決した様子で俺を見る。
「恋のキューピッドになってくれるということは、私の恋が成就できる様に行動してくれる、という事ですか」
「まぁ、そーゆことだな」
それを聞き、木下は胸に手を置き深呼吸をして口を開く。
「そこまで言うなら教えてあげます。私の好きな人は──」
それを聞き、俺は空を見上げるしかなかった。
見上げる先には青空どころか、雲に隠れた空もなく、あるのはただのバスの天井でしかなかったけれど。
「私の恋が叶う様に、頑張って下さいね。せーんぱい」
木下のその勝ち誇った顔を左右に引っ張りながら、赤くなる顔をどう隠そうか必死に考え、そして諦め、ため息を吐くしかなかった──。
意見やご感想、お待ちしております。