第九話 それほどでも
アスカの鬼のような形相が、【狩人雑誌】に掲載された翌日。
今日は狩人協会で、レベル20くらいの【狩人】達を対象にした、モンスターの狩り方講習がある。
ゼイは約束通りクラウと共に、その講習へと参加していた。
講習の内容は、【狩人精霊】で記録された戦闘の映像を大きなスクリーンに流し、狩人協会の職員が狩り方の説明をするといったもの。
狩人協会にある大きな部屋の中で、【狩人】達は椅子に座って講習を受けるのだが、ゼイの隣にはもちろんクラウが座っていた。
「クッ、クラウさんの腕が当たって……」
「んっ? 何か言った?」
「なっ、なんでもありましぇん!」
並べられている椅子と椅子との間隔が狭いせいで、ゼイとクラウはほぼくっつくような感じになっている。
そのせいでゼイは緊張をしているのか、ガチガチに固まっていた。
「あっ、ゼイ君、『ゴーレム』よ」
「はっ、はひっ!」
「……どうかした?」
クラウが、ゼイの方へと顔を向ける。
しかしゼイは、顔と顔との距離が近い為、クラウの方を向けないでいた。
そんな中スクリーンには、最近ロードの町近郊にある遺跡で暴れているという、『ゴーレム』の映像が流れている。
「……見える」
「えっ?」
「いっ、いえ、何でもないです」
ゼイは《心眼》の効果で、映像に映る『ゴーレム』の攻撃エフェクトが見えていた。
「……これなら、行けそうだな」
「行けるって……ゼイ君、『ゴーレム』は五人ぐらいのPTで戦うのがセオリーなのよ?」
「いっ、いや! 例えばですよ例えば!」
「君っ! うるさい!」
「うっ……!」
狩人教会の職員に叱られ、ゼイは顔を真っ赤にして黙り込んだ。
†
――場面は変わり、ロードの町外れにある広場。
アスカが一人で、戦闘訓練を行なっていた。
天気は晴天、時刻はお昼過ぎ。
ゼイの参加している講習も、そろそろ終わる時刻だ。
「こんにちはー」
そこにフルンが、眠たそうな顔をしながらやって来た。
フルンも、戦闘訓練には参加しないが、いつもこの広場へとやって来ている。
「あれっ? ゼイさんは?」
「今日は、いないわよ」
アスカは発言と共に、凄まじい剣技をフルンに見せ付けた。
「……怒りのテーマは、終わったんじゃないんですか?」
「別に、怒ってないわよ!」
アスカが動きを止めて、フルンを睨みつける。
「あいつは、今日クラウさんと一緒に講習へ行ってるから」
「えええええええっ!? デートですか!?」
「……デート? ただの講習よ」
「むきー! カテナさん、それをデートって言うんですよ!」
「……あっ、そう!」
アスカは再び発言と共に、凄まじい剣技をフルンに見せ付けた。
「……怒りのテーマは、終わったんじゃないんですか?」
「だから、怒ってないってば!」
するとそんな二人の元に、一人の男が近づいてきたのだ。
銀髪でミディアムヘア、瞳の色は青色。
フルンと同じく手に杖を持ち、白いシャツと紺色のズボンの上に、これまた紺色のローブを羽織っている。
どことなく気品が感じられる、高身長の美青年だ。
「こんにちは、レディ達」
「……あんた、【奇術師】ね?」
「えっ? カテナさんの知り合いですか?」
「いや、知り合いではないけど……」
二人とも面識はないようだが、アスカは男について何かを知っているようだ。
「いきなりで失礼。いかにも俺は、世間から【奇術師】と呼ばれています。俺の名前はアーロン・ザックス、二十歳。お二人と一緒で、【狩人】です」
アーロンが二人に、【狩人記録】を提示する。
アーロン・ザックス
性別 男
レベル 20
戦闘能力 B
補助能力 C
戦闘感覚 B
身体能力 C
スキル 《全属性》
魔法 《攻撃魔法クラス6》
E 《ウィザードロッド》(魔杖) 攻撃力 32
E 《導師のローブ》(ローブ) 防御力 60
「《攻撃魔法クラス6》!? すごいですね……」
「いやいや、それほどでも」
フルンが驚いた表情を見せ褒め称えるも、アーロンはどこか余裕な感じでそれを受け流した。
「でも、なんで【奇術師】って呼ばれているんですか?」
何も知らないフルンが、続けて質問をする。
するとアスカが、アーロンの変わりに答えだした。
「魔法に、火、水、風、土、雷、白、黒、無の属性があるのは、知ってるわよね?」
「はい」
「で、いくら《攻撃魔法クラス6》でも、普通は一つの属性しか得意にはなれないじゃない?」
「ですね、私は白属性が得意ですし」
「この人はスキルの《全属性》で、名前の通り全属性が得意なの。だから世間から、【奇術師】って呼ばれてるのよ」
「えええええええっ!?」
再びフルンが、驚いた表情を見せる。
「で、その【奇術師】さんが、私達に何の用?」
アスカは真剣な眼差しで、アーロンに問い掛けた。
するとアーロンが、涼しい顔をしながらこう答える。
「昨日【狩人雑誌】を見て、ぜひ俺もPTへ入れてもらいたいと思いまして」
「へー、そうなんだ。あんたもあいつのファンなの?」
「……あいつ? ああ、オーク三十匹の……。いえ、俺はカテナ・レーヴァテインさん、あなたとPTを組みたくて」
「えええええええっ!?」
これまたフルンが、驚いた表情を見せた。
「彼も凄いとは思いますが、俺はあなたの剣技に一目惚れしましてね」
「……ふーん」
「伝説の【狩人】アスカ・ジョワユーズを彷彿させるあなたと、ぜひPTに」
「……まっ、いいんじゃない?」
「ちょ、ちょっとカテナさん! まずリーダーのゼイさんに聞かないと!」
「私はあいつの師匠よ?」
「知ってますけど! もうっ!」
まさかの、急展開。
こうして三人は、新たなPTメンバー登録の為、狩人協会へと向かった。
†
――再び場面は変わり、狩人協会。
ゼイが狩人協会を後にしようとしたその時、丁度アスカ達三人が到着をした。
「あれっ? カテナさんとフルン。それと……きっ、【奇術師】のアーロン・ザックスさん!?」
「こんにちは、ゼイ・デュランダール君だっけ? 知ってくれていて、光栄だよ」
「そりゃ知ってますよ! でもなんで、二人と一緒に……?」
「ゼイさん! 実はですね――」
フルンがゼイに、今までの経緯を説明する。
ついでにこのPTのルール、シーンのこともアーロンに説明をした。
「いいね、戦闘も楽しくなりそうだ」
「こちらこそ歓迎ですよ。これからは、モンスターも強くなってきますし」
「じゃあ、決まりってことでいいかな? ゼイ君」
「はいっ! よろしくお願いします! アーロンさん!」
そのまま四人は、PT登録のためクラウの元へと向かう。
「クラウさん! 先程はごちそうさまでした!」
「あらゼイ君……んっ? 【奇術師】のアーロン・ザックスさんとご一緒?」
「はいっ! PT登録をお願いします!」
「はじめまして、ミス・クラウ」
「あらあら、お師匠さん、ヒーラーさん、【奇術師】さんと、ほんとPTらしくなってきたわね。この次は、ギルド開設かな?」
「いやいや、俺がギルド開設なんて、まだまだですよ!」
一緒に講習へと参加した為か、以前より少し距離が近づいた感じのゼイとクラウ。
フルンはそれを見て、すかさず反応をした。
「ゼイさん、ごちそうさまって何ですか!?」
「えっ? ああ、さっき講習が終わってから、クラウさんにお昼をご馳走になっちゃって……」
「なっ、なんですってえええええええ!? むきー!」
顔を真っ赤にしたフルンが、両手でゼイをポコポコと叩きだす。
「……はい、PT登録しておいたわよ」
「あっ、ありがとうございます! 後ですね、『ゴーレム』討伐に行こうと思っているんですが……」
「ええっ!? ……確かに依頼はあるけど……。まぁ丁度講習もあったし、アーロンさんも加わったことだし……」
「いいですよね!?]
「……分かったわ。でも、気をつけてね」
「はいっ! ありがとうございます!」
†
こうして四人は、『ゴーレム』討伐の依頼を受け、狩人協会を後にした。
『オーク』の洞窟よりもさらに先、大きな平原に草木がなくなり、荒野になる場所がある。
そこに存在する、これまた大きな遺跡。
『ゴーレム』はそこで、日々暴れているという。
四人はその荒野に入り、遺跡へと向かっていた。
兎の姿で付いて来ていた【狩人精霊】が、サソリの姿へと変わる。
そんな中、ゼイとフルンとアーロンは横に並んで歩いているが、なぜかアスカは三人の少し後ろを歩いていた。
「そうだカテナさん、今回のシーンはどうします?」
ゼイが振り向き、アスカに問い掛ける。
「……そうね、今回は倒した『ゴーレム』の上にみんなで乗って、ポーズでも決めましょうか」
「……はぁ、了解です」
いつもとは違い単純なシーンの説明に、ゼイはキョトンとした表情を見せた。
「……何で私が、イラつかなきゃなんないのよ」
アスカが独り言で、そう呟く。
「……そうだ!」
何かを思いついたのか、アスカはニヤリと笑った後、他の三人と一緒に並んで歩き始めた。
それと同時に、フルンがゼイへと問い掛ける。
「ゼイさんゼイさん、『ゴーレム』って、普通は何かを守護したりしてる存在ですよね?」
「うーん、作った主人の命令を聞いて、動く者らしいけどね」
「モンスターではないんですか?」
「……よく分かんないや」
ゼイは苦笑いをして、フルンの質問を受け流した。
すると、アーロンがこう続ける。
「フルンちゃん、正解だね。これから退治する『ゴーレム』は、今から行く遺跡を守っているんだよ」
「へー、そうなんですか」
「その遺跡は、はるか昔、魔法使いで栄えた場所だったらしい。滅びた後に他のモンスターが近寄ってきて、『ゴーレム』が動き出したって話だよ」
「ほほー」
「きっと、遺跡を守れって命令がしてあったんじゃないかな。今はそのおかげで、他のモンスターは近寄れないみたいだけどね」
「でも、人間に手を出して……」
「そう、だから狩人協会が動き出したわけだよ。可哀相かもしれないけど、人間に手をだしたら、ほってはおけないよね」
その時だった。
「すごーい! 誰かさんとは違って、詳しいのね!」
アスカが、急にアーロンを褒めだしたのだ。
誰かさんと言われたゼイは、少しムッとした表情を見せた。
そんな中アーロンが、いつも通り涼しい顔で答える。
「いやいや、それほどでも」
「凄いわよ! 私、そんな話知らなかったし!」
「こんな話でよければ、いつでも」
「お願いするわ!」
いつもとは違う雰囲気のアスカに、フルンがツンとした様子で反応をする。
「なんですか、あの態度。ちょっとイケメンがPTに入ったからって。ねっ! ゼイさん!」
するとゼイは、アーロンに対抗してやろうかとばかりに語りだした。
「みんな! 俺、さっき『ゴーレム』との戦闘の講習を受けてきたんですよ! 『ゴーレム』の範囲攻撃魔法、《ストーンミサイル》には要注意ですよ!」
「はいっ!」
「OK、ゼイ君」
「……ふんっ」
ゼイの助言に、フルンとアーロンは普通に返事をしたが、アスカは鼻で笑う。
そうこうしている内に、四人は遺跡へと辿り着いた。
遺跡の敷地内なのか、荒野の地面が急に石畳に変わる。
そこにはボロボロに壊れた宮殿のような建物が、数多く建ち並んでいた。
「ここが……遺跡か……」
ゼイがそう呟いた、その時である。
『オーク』とは比べ物にならない程の大きな足音が、地響きと共に聞こえだしたのだ。
「……ゼイさん!」
「……くるぞ!」
フルンが、ゼイに抱きつき怯える。
ゼイはそれと同時に、剣を構えた。
「……あれが、『ゴーレム』」
「そうみたいね」
アーロンが冷静に杖を構え、アスカもこれまた冷静に剣を構える。
四人の前に、小屋程はある巨大な泥人形、『ゴーレム』が現れた。