第八話 大丈夫
『リザードマン』討伐の為、大きな森の中を歩くゼイとアスカとフルンの三人。
時刻はまだ夕方前だが、陽の光が密集した樹木により遮られ、森の中はかなり薄暗い。
ちなみに今回の【狩人精霊】は、蛇の姿で付いて来ている。
「……ゼイさん、なんか不気味な所ですね」
「……だね」
「きゃっ!」
フルンが時折聞こえる野鳥の鳴き声で驚き、その度にゼイの腕に抱きつく。
しかしフルンは驚いているにも関わらず、なぜかいつも笑顔だ。
「すみません、えへっ」
「……はは」
「ゼイさんゼイさん、『リザードマン』って強いんですか?」
「戦ったことはないけど、俺の知ってる限りでは『リザードマン』はね――」
ゼイがフルンに、今回の討伐相手、『リザードマン』の説明をする。
『リザードマン』は、トカゲに似た人型のモンスター。
身長は人間とさほど変わらず、『オーク』のように怪力でもないが、『ゴブリン』よりも素早く仲間との連携攻撃で有名だ。
三人がしばらく歩いていると、前から他のPTと思われる五人の男達が歩いてきた。
よく見ると、五人共傷だらけだ。
「大丈夫ですか?」
すぐさまゼイが、男達へ声を掛ける。
「……ああ、俺達には『リザードマン』はちょっと早すぎたぜ。一旦町に戻る」
「フルン!」
「はいっ!」
ゼイの呼びかけと同時に、フルンは手に持つ杖を掲げた。
「《ワイドヒール》!」
フルンが回復魔法の《ワイドヒール》を唱えると、杖の先から出た青白い光が五人の男達を包みこむ。
すると男達の傷は、みるみると治っていった。
「おおおおおおおっ、まるでお風呂に浸かった時のような心地よさ……。ありがとよ、ヒーラーさん」
「どういたしまして!」
フルンが笑顔で、ピースサインを見せる。
「あんたらも、『リザードマン』退治か?」
「はい」
「気をつけな、やつら五十匹ぐらいいたぜ」
「そっ、そんなにですか!?」
ゼイは男達の言葉を聞いて、驚きを隠せなかった。
三人は男達と別れ、さらに森の奥へと進んだ。
男達の言葉を聞いて、ゼイとフルンの表情に緊張感が増す。
すると二人とは違い、冷静な様子のアスカは突然歩みを止めた。
「くるわよ」
「えっ?」
アスカは『オーク』の洞窟で不覚を取ったことにより、いつも以上に集中しているようだ。
『リザードマン』の気配を感じ取ったのか、徐に剣を構えだす。
「……どこですか?」
ゼイとフルンは、キョロキョロと辺りを見渡した。
しかし、どこにも『リザードマン』の姿はない。
シンと静まり返った森の中に、風に揺れる葉の音だけが聞こえる。
そんな中ゼイが、とりあえず剣を構えたその時だった。
三人の前に、『リザードマン』の群れが現れたのだ。
男達が言っていた通り、五十匹はいる。
全員が長剣を持ち、すでに戦闘態勢に入っているようだ。
『キュルルルルルルル』
「フルン! 俺の後ろに隠れて!」
「はいっ!」
「馬鹿ね!」
フルンに向けて、アスカが剣を振りかざす。
「ちょっと! カテ――」
ゼイは声を上げ、アスカの攻撃からフルンを庇おうと、二人の間に入った。
アスカの剣が振り下ろされ、その場に鈍い音が響き渡る。
ゼイはその音と同時に閉じていた目を、恐る恐る開いた。
なんとアスカは、フルンの背後にある茂みから出てきた『リザードマン』を仕留めていたのだ。
『キュル……』
「――えっ!?」
フルンのすぐ傍で倒れる『リザードマン』を見て、ゼイの顔が青ざめる。
それと同時に、『リザードマン』達は一斉に三人へと向かいだした。
「モンスターの攻撃だけじゃなく、気配も読めるようになりなさい!」
「……はっ、はい!」
「まったく……!」
アスカがそう言い残し、迫り来る『リザードマン』の群れへ一人走り出す。
「しまった、つい助言を……」
もう癖になっているのか、アスカはゼイにしないと言っていた助言をしてしまった。
アスカは反省した表情を見せながらも、五匹の『リザードマン』を一瞬で仕留める。
さすがは【剣聖】だ。
その五匹の『リザードマン』達は、断末魔も残せず斬り刻まれた。
そんな中、アスカの攻撃を抜けた何匹かの『リザードマン』が、ゼイとフルンの元へと向かってくる。
『キュルルルルルルル!!』
「――見える! フルン、こっちへ!」
「はっ、はいっ!」
ゼイはフルンを誘導しながら、なんとか『リザードマン』の攻撃をかわし、剣を振り反撃した。
『キュル!』
「よしっ! 一匹仕留めた!」
しかし今まで戦ってきたモンスターとは違い、『リザードマン』達は上手く連携をとって襲ってくる。
数匹での同時攻撃、仲間を囮にしての攻撃、背後からの攻撃。
攻撃パターンも、数多い。
「――後ろに赤いエフェクト!? フルン!」
「きゃっ!」
「ぐあっ!」
ゼイがフルンを庇い、右腕を負傷する。
負傷したゼイの右腕からは、激しく血が吹き出した。
「くっ……!」
「ゼイさん……! 《ヒール》!」
すぐさまフルンが、回復魔法の《ヒール》をゼイにかける。
瞬時にゼイの出血は止まり、負傷箇所の傷は塞がっていった。
「……ありがとう」
「いえ、それより足を引っ張ってすみません」
「気にしないで、これぐらいはやれるようにならないと――ね!」
ゼイがそう言って、再び『リザードマン』に攻撃を仕掛ける。
「《バリアシールド》!」
同時にフルンは、物理防御力が上がる補助魔法の《バリアシールド》をゼイにかけた。
杖から出た青白い光が、円形になってゼイを包み込む。
「うわっ!」
「《ヒール》!」
ゼイが攻撃を喰らうと、フルンがその傷を治す。
『リザードマン』達と同じく、ゼイとフルンも連携を取り戦闘を行なった。
「これが補助魔法か。一撃くらった程度じゃ、傷がつかなくなった……!」
「えへへっ!」
「……しかし、助言をしながら戦うのって、こんなに辛いものだったのか」
ゼイは戦闘の最中、アスカは普段こんな感じで戦っていたのかと、思い知らされていたのだ。
伝説の【狩人】であるアスカの凄さに、ゼイは改めて気づかされた。
「それと、なんだこの感覚……」
続けてゼイは、攻撃や防御を繰り返すうちに、不思議な感覚に陥ってしまう。
「先読みに……体がついていかない!」
フルンに助言をしつつ、連携攻撃をしてくる『リザードマン』達との戦闘。
ゼイはスキルの《心眼》で『リザードマン』の攻撃が先読みできても、自分自身の身体能力がついていけていなかったのだ。
時間が経つにつれ、ゼイの表情が徐々に曇り始める。
「《神速》は、どうやったら発動するんだ!?」
もう一つのスキル《神速》は、《心眼》とは違い常時発動するパッシブスキルではないみたいだ。
これが、幼い頃からトレーニングをしていたアスカとの差。
さすがに身体能力は、短期間でそこまで上がるものではない。
「うおおおおおおお!!」
『キュルウウウウウウウ……』
しかしゼイは、何とか襲ってきた全ての『リザードマン』を倒しきった。
フルンの回復魔法、補助魔法がなければ、正直危なかったであろう。
息を切らすゼイに、フルンが笑顔で抱きつく。
「やりましたね! ゼイさん!」
「……《神速》は、火事場の馬鹿力的なスキルなのかな?」
「えっ?」
「いやっ、なんでもない。ありがとうフルン」
「いえ、私はヒーラーですから。でもカテナさんが、まだ二十匹程に囲まれてますが……」
「……あの人は、大丈夫」
「ほんとですか……?」
「俺の……師匠だからね」
そんな中アスカは、フルンに抱きつかれているゼイの姿を見て、同時にため息をついた。
そして剣を構え、残りの『リザードマン』達を睨みつける。
「さてと、そろそろ終わらせますか」
『……キュル!?』
「悪いわね。今日の私、なぜか苛立ってるの」
次の瞬間、アスカは凄まじい剣技を見せ、『リザードマン』達を次々と倒しだした。
その圧倒的な剣技に、『リザードマン』達は何もできず、ただただ斬り刻まれていく。
「……凄い」
「だろ?」
その光景を見て、フルンは驚き、ゼイは静かに微笑んだ。
『キュルルルルルルル……』
「……ふぅ」
アスカが最後の一匹を仕留め、剣を鞘に収める。
こうして三人は、現れた全ての『リザードマン』を倒しきった。
ゼイとフルンが、アスカの元へと駆け寄る。
「お疲れ様です、カテナさん」
「……あんた、何匹倒した?」
「えっ? 十匹程、ですかね……?」
「はぁ!? たったそれだけ!?」
「はっ、はい……」
「……まったく、まだまだね!」
そのままアスカは、ゼイとフルンを置いて一人で帰り始めた。
「……演技上手いんですね、カテナさん」
「はは、この前の演技も、凄く上手かったしね」
フルンはこれまた驚き、ゼイが笑顔を見せる。
するとフルンが、再びアスカの元へと駆け寄ったのだ。
「……何よ?」
「カテナさん、もしかして嫉妬じゃないですよね?」
「……はぁ!?」
「いえ、なんとなくそんな気がしただけです」
「馬鹿ね! 今回のテーマは怒りって言ったでしょ!?」
「分かってますってば!」
フルンがアスカの元を離れ、笑顔でゼイの腕に抱きつく。
「……よかった!」
「なっ……何が?」
「なんでもないですよ!」
†
――六日後。
三人は【狩人雑誌】の発効日に、狩人協会へとやって来ていた。
ゼイとフルンがクラウの元へと行き、アスカは少し離れた場所にいる。
「こんにちは! クラウさん!」
「こんにちは。はい、今週号」
「わーい!」
「あっ、こらっ! フルン!」
フルンは【狩人雑誌】をクラウから取り上げ、アスカの元へと駆け寄った。
「ムフフ、カテナさんのお怒りシーン、載ってますかねぇ?」
「……さぁね」
アスカが、ゼイの方へと目を向ける。
「じゃあゼイ君、明日講習ね」
「はっ、はい!」
「場所は――」
ゼイとクラウは、明日一緒に受ける講習がある為、念入りに打ち合わせをしていた。
するとそんな中、フルンが一人で【狩人雑誌】を見始めていたのだ。
「あっ、載ってましたよ! お怒りのカテナさん!」
「こらっ、フルン! アスカさんが拠点にしている宿屋で、一緒に見るのがルールなんだよ!」
ゼイはそう言いながら、アスカとフルンの元へ駆け寄ってきた。
「お待たせしました。じゃあ――」
「ルール? 私は今日はいいわ、帰るね」
「……えっ?」
「それじゃ」
アスカがそう言い残し、一人で狩人協会を後にする。
「……具合でも、悪いのかな?」
「……さぁ、分かりませんねぇ」
ゼイが心配した表情を見せるが、フルンは少し呆れ気味の表情だ。
【狩人雑誌】には、こう書かれていた。
〔レベルアップ速度の新記録を打ち立てた、ゼイ・デュランダールの師匠カテナ・レーヴァテイン!
まだまだねと言わんばかりか、『リザードマン』を圧倒!
なぜ彼女は、【狩人】登録をしないのか!?〕
鬼のような形相をしたアスカと、驚いているゼイの画像と共に。