第六話 そうね
「ん……」
眠っていたアスカが、目を覚ます。
アスカの視界に映るのは、薄暗いフロアの天井と、二十匹の『オーク』。
『グルルルルルルル』
「やばっ……!」
アスカは慌てて起き上がろうとするが、動けない。
なんとアスカは、そのフロアの中心にある土で作られた台の上に、鎖で大の字に拘束されていたのだ。
「げげっ……!」
『グルッグルッグルッグルッ!』
「ちょっと! 離しなさいよ!」
暴れるアスカだが、無情にも鎖の音だけがフロアの中に響き渡った。
『オーク』達がその姿を見て、ニヤニヤと笑っている。
「まさか、拘束されるとは……」
拘束されているという事は、すぐに殺されるわけではなく、きっと拷問だろう。
アスカはPTを組んだ際に、ゼイに伝えておいたある言葉を思い出した。
――もし万が一、私に何かあってはぐれたりしたら、狩人協会に助けを求めに行きなさい。
同時にアスカは、眠らされる前に見たゼイの状況も思い出す。
ここに二十匹の『オーク』がいるので、残りの十匹の『オーク』はゼイといるだろう。
さすがにゼイ一人で、十匹の『オーク』を相手にするのはきつい。
もし奇跡的にこの部屋まで来たとしても、まだ二十匹の『オーク』がここにはいる。
「……助けが来るまで、なんとか耐え切ってみせるわ!」
きっとゼイは、今頃助けを求めに狩人協会へ行っているはずだ。
アスカはそう確信したのか、『オーク』達を睨みつける。
するとアスカの元に、一匹の『オーク』が近寄ってきた。
その『オーク』が、アスカに《魔法の香水》をふりかける。
次に別の『オーク』が、モンスターの『スライム』を手に持ってアスカに近寄ってきた。
「『スライム』? 何をするつもりよ、こいつら……」
『スライム』は緑色で、ドロドロとした半流動体のモンスターだ。
溶けたゴムのように定まった形はしておらず、ウネウネと動いている。
そんな『スライム』を、『オーク』はアスカの足元へと置いた。
すると次に、その『オーク』はアスカのブーツを脱がし始めたのだ。
「ちょ、ちょっと待って……!」
アスカは何をされるか分かったのか、突然焦りだした。
『グルッグルッグルッグルッ!』
『オーク』達が、再び笑い出す。
すると『スライム』が体の一部を触角のように伸ばし、アスカの足裏をねっとりと舐め回すように刺激しだしたのだ。
「あっ……! ちょ……あはっ、あっ……あはっ!」
『グルッグルッグルッグルッ!』
「だめっ……あはははははははっ!」
まさかの、くすぐり拷問。
アスカが笑い声を上げ暴れるが、『スライム』は動きを止めない。
「あはっ! あはっ! やめてっ! 許してっ!」
『グルルルルルルル』
『オーク』が、アスカのわき腹を指差す。
「くふっ……ふーっ! ふーっ! 待っ……」
『スライム』は再び体の一部を伸ばし、それをアスカの服の中へとゆっくり進入させていった。
「はあっ……!」
アスカが全身に鳥肌を立たせながら、小刻みに震え体をよじっている。
そして『スライム』は、アスカの足裏とわき腹を同時に刺激しだした。
「あはははははははっ!! そっ、そこっ、ぐりぐりしちゃ、だめっ!」
アスカが暴れるたびに、部屋の中に《魔法の香水》の匂いが漂う。
『オーク』達はアスカを、香水の匂いを撒き散らす道具として扱い、遊んでいるのだ。
続けて『オーク』が、アスカのわきを指差す。
それに気づいたアスカは、悲痛の表情を浮かべた。
「やめてっ! おっ、お願いっ! わきはっ、弱いのっ!」
『スライム』はまたも体の一部を伸ばし、嫌がるアスカのわきも刺激しだしたのだ。
「あはっ! あはっ! あはっ! いっ、息がっ、できなっ……!」
『グルッグルッグルッグルッ!』
「おっ、おっ、おかしくっ、なっちゃうっ、あはっ、あはははははははっ!!」
アスカが叫び、悶える。
さすがに最強の【狩人】も、拘束されてのくすぐりには勝てないようだ。
このままじゃ死ぬまで、ただ香水の匂いを撒き散らすだけの道具にされてしまう。
助けが来るまで耐えようとしていたアスカだったが、心が折れるのも時間の問題か。
そんな中、アスカはあることに気がついた。
自身の体から、湯気のような煙が出ていたのだ。
よく見ると、装備している《皮の鎧》が徐々に溶け出している。
なんと『スライム』の出す特殊な酸で、溶けていたのだ。
「やっ……やめっ……あははははははっ!!」
やがて『スライム』は、体をアスカの全身に伸ばし、刺激を与えだした。
アスカの《皮の鎧》が、ボロボロになっていく。
「あはっ! あはははははははっ! もっ、もっ、もうっ……だめぇ!」
『グルッグルッグルッグルッ!』
「もうっ、我慢っ、できなっ……」
粘っていたアスカだったが、どうやら限界が近づいていた。
涙が溢れ、情けなくも口からよだれを垂れ流す。
そんなアスカの全身を、容赦なく『スライム』が刺激する。
「あーっ! あーっ! あああああああっ!」
その時であった。
『グルッ、グルルルルルルル!』
『グルッ!?』
『オーク』達が、急に慌ただしくなったのだ。
一匹の『オーク』が、フロアの入口を指差す。
なんとその先には、傷だらけのゼイが立っていたのである。
「アスカさん!」
「あっ……あんた!」
二十匹の『オーク』が、一斉に武器の金棒を持ち出す。
『スライム』も状況を把握したのか、アスカの体から離れすぐさま逃げ出した。
「今……助けます!」
「他のオークは!?」
「倒しました!」
ゼイはそう答えた瞬間、『オーク』達に向かって走り出す。
『オーク』達も金棒を構え、攻撃を開始した。
『グオオオオオオオ!!』
「――アスカさんの攻撃に比べりゃ、遅い!」
ゼイが『オーク』達の攻撃をかわし、剣を振り反撃する。
『グオオッ!』
「うおおおおおおお!!」
しかし、一対二十。
どう考えても、多勢に無勢だ。
ゼイが『オーク』達の攻撃を、全てかわしきれるわけがない。
かわしきれない攻撃は、剣を使い必死にガードしているが、非常に重たい『オーク』の攻撃だ。
ゼイは衝撃で吹き飛ばされ、何度も洞窟の壁に叩きつけられた。
激しい痛みが、ゼイの全身を襲う。
「ハァッ! ハァッ!」
ゼイは息を切らしつつ、『オーク』に攻撃を続けた。
額からは鮮血、体のあちこちからも出血。
それでもなんとか、五匹の『オーク』を倒しきった。
しかしゼイは、先程まで十匹の『オーク』と戦闘をしていた経緯もあり、明らかにふらついていたのだ。
「逃げなさい!」
アスカの叫び声が、フロア内に響き渡る。
そんな中ゼイは、剣を構えたまま、大きく深呼吸をした。
「……もう少しで、何かが……」
「何をブツブツ言ってるのよ! 早く逃げなさい!」
アスカが再びそう叫ぶが、ゼイは耳を貸そうとせず、再び『オーク』達に攻撃を仕掛ける。
『オーク』達も、容赦なくゼイに攻撃を仕掛けた。
「あの馬鹿……!」
アスカがそう呟き、目を閉じる。
しかし数秒後、ゆっくりと目を開けたアスカが見た光景は、『オーク』達の攻撃を華麗にかわすゼイの姿であった。
「――見える!」
『グオオオオオオオ!!』
ゼイが攻撃をかわしながら、次々とオークを倒していく。
《エクスカリバー》の攻撃力もあり、攻撃が当たれば一撃で『オーク』は沈む。
しかもその速度は、『ゴブリンリーダー』を倒した時のような凄まじい速度だ。
『オーク』の攻撃を、かわしては斬り、そしてまた、かわしては斬る。
ゼイはただそれだけを、華麗に繰り返していた。
はたから見れば、まるでダンスを踊っているかのように――。
そしていつの間にか、『オーク』は最後の一匹になっていた。
「うおおおおおおお!!」
ゼイの攻撃を受け、最後の一匹である『オーク』が、その場に倒れ込んだ。
「……まさか」
アスカが驚いた表情になり、ゼイを見つめる。
ゼイはそのままふらふらになりながらも、フロアの中で何かを探しだした。
「ありましたよ……アスカさん」
フロアの隅に掛けてあった鍵で、ゼイがアスカの拘束を解く。
「……あんた、ボロボロじゃない」
「アスカさんも……まぁ、無事でよかっ……」
ゼイはそう言い残し、アスカの膝元に倒れこんだ。
「……三十匹の『オーク』に、勝っちゃったよ……」
アスカは気を失ったゼイを見ながら、思わずそう呟いた。
二人の上空で、分裂していた【狩人精霊】が合体し、一匹に戻り出す。
静まり返るフロアに、コウモリの姿をしている【狩人精霊】の羽音だけが聞こえる。
「……ありがと」
アスカはその羽音に掻き消されるくらいの小さな声で、ゼイにお礼の言葉を囁いた。
†
――一週間後。
二人は【狩人雑誌】を貰いに、狩人協会のクラウに会いにきていた。
「こんにちは! クラウさん!」
「こんにちは、ゼイ君。だいぶ良くなったわね」
「はい!」
「先週傷だらけで戻ってきた時は、ほんとびっくりしたんだから……」
ゼイは傷もほぼ治り、元気な姿に戻っている。
「カテナさんも、気をつけてくださいね」
「はい……ご迷惑をおかけしました」
「はい、今週号。それと、ゼイ君……」
「はい?」
「レベル15よ、おめでとう」
「えええええええっ!?」
ゼイとアスカは、クラウの言葉を聞いて同時に驚いた表情を見せた。
レベル10から、いきなり5アップのレベル15だ。
「おっ、俺が……? マジですか……?」
「本当よ。【狩人記録】、渡してくれる?」
「はっ、はい!」
クラウはゼイから【狩人記録】を受け取り、以前と同じように一旦奥の部屋へと行き戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「……どうも」
「……ゼイ君? どうしたの?」
ゼイはクラウから更新された【狩人記録】を受け取るも、驚いた表情のまま固まっている。
「じゃ、じゃあまた来ますね! 御機嫌ようー!」
アスカが固まるゼイの腕を引っ張り、そのまま二人は狩人協会を後にした。
クラウは二人が帰った後に、ゼイが【狩人】として登録している情報を見つめる。
「……レベル10から、たった一週間で15……」
するとクラウは、急にハッとした表情を見せた。
別の資料を読み出し、何かに気がつく。
「これって……ゼイ君……!」
†
――再び、狩人協会を後にしたゼイとアスカ。
アスカが拠点にしている宿屋の部屋で、二人はいつも通り【狩人雑誌】を読んでいた。
「うおおおおおおおっ!!」
ゼイが、叫び声を上げる。
なんと【狩人雑誌】の巻頭に、二人が載っていたのだ。
〔ゼイ・デュランダール! 師匠救出に『オーク』三十匹を一人で討伐し、レベル15に!〕
〔その師匠カテナ・レーヴァテイン! 弟子の強さに驚愕の表情!〕
「やったー! 二週連続ですよ、アスカさん!」
「……そうね」
「アスカさんも、いい表情じゃないですか! 演技うますぎですよー!」
「……そうね」
はしゃぐゼイは、アスカの画像は演技ではなく素の表情だと、気がつきもしなかった。