第五話 棒読みすぎでしょ
ゼイとアスカが、初めて一緒に【狩人雑誌】を見た日。
あの日から、二週間が経った。
この二週間、二人はPTを組んで、ほぼ毎日【狩り】三昧。
そして二人は、あれから数えて二冊目の【狩人雑誌】を、アスカが拠点にしている宿屋の部屋で見ていた。
「……載ってる」
「やりましたね! アスカさん!」
「やったわー!」
今週号の、丁度真ん中あたりのページ。
そこに、ついに二人の活躍が載っていたのである。
〔レベル10達成! ゼイ・デュランダール、『スケルトン』十匹の群れを圧倒!〕
〔ゼイの師匠、カテナ・レーヴァテイン! 見事なサポート!〕
もちろんアスカの画像は、肩の上に剣を載せて、後ろを向き微笑んでいるシーンだ。
前髪で目が隠れ、見事にアスカが望んでいたシーンである。
「これよこれ! しびれるわー!」
「俺の方が画像も大きいし、かっこいいですよー!」
「馬鹿ねー! 私は小さいからいいのよー!」
「クラウさんが【狩人雑誌】を渡す時、いつも以上に笑顔だったのはこの為かー!」
ゼイは、戦闘の活躍としては初掲載。
アスカも、カテナ・レーヴァテインとしては初掲載。
二人のテンションは、上がりまくりだ。
「あんたも、レベル10達成おめでとう!」
「ありがとうございます! アスカさんのおかげですよ!」
「クラウさんに、いいアピールになったんじゃなーい?」
「いやいや! まだまだですよ!」
ゼイは【狩り】に行かない日も、アスカとの戦闘訓練、それにアスカ流トレーニングを欠かさず行っている。
徐々に力をつけ、ついに今日レベル10になったのだ。
「どれどれ、【狩人記録】見せてみ?」
「ふふふ、いいですよー!」
ゼイは満面の笑みを見せ、アスカに【狩人記録】を見せ付けた。
ゼイ・デュランダール
性別 男
レベル 10
戦闘能力 E
補助能力 F
戦闘感覚 B
身体能力 E
スキル なし
魔法 なし
E 《エクスカリバー》(長剣) 攻撃力 255
E 《騎士の鎧》(軽鎧) 防御力 72
「おおーっ! 戦闘能力と、身体能力も上がってるじゃん!」
「でしょでしょー! アスカさん、次のシーンはどうするんですか!?」
テンションが上がっているゼイは、そのままアスカを次の【狩り】に誘い出す。
「……そうねぇ?」
するとアスカが、徐にゼイを見つめだしたのだ。
「なっ、何ですか……?」
アスカに見つめられ、ゼイが少し照れた表情を見せる。
そんな中アスカは、少し考え込んだ後こう切り出した。
「――よし、次のシーンのテーマは、ピンチよ!」
「えっ?」
「私がわざとモンスターに捕まるから、あんた助けに来なさい!」
「えええええええっ!?」
ゼイはさすがに、驚きが隠せないようだ。
「そこで私が師匠として、あいつ……いつのまにこんなに強く……って顔をするわ!」
「……師匠の驚きが、思わず顔にでちゃったってシーンですね?」
「それよ!」
提案を聞き終えたゼイが、ため息をつく。
「……でも、モンスターに捕まるとかできるんですか?」
「じゃーん! これよ!」
「それって、モンスターの意識を惑わす事ができるっていう、《魔法の香水》ですか?」
「そうよ。『オーク』はね、この香水の香りが大好きで、香水を奪う為に人間を捕らえて身包みをはぐ習性があるのよ」
「……って事は、次の狩りは?」
「『オーク』よ!」
「……ですよねー」
二人が出会った、通称『オーク』の洞窟。
ゼイがあの時戦闘をした場所は、洞窟の入口付近。
いわゆる見回りの『オーク』と、戦闘をしたわけだ。
もちろん洞窟の奥に行けば、『オーク』の群れが存在する。
「さすがに『オーク』の群れは、俺一人じゃきついんじゃ……」
「大丈夫よ、いざとなったら私が助けてあげるから!」
「……はぁ」
「あんたもレベル10でしょ! もっと自信もちなさい!」
アスカは笑顔で、ゼイの背中を叩いた。
ただ『オーク』と戦闘するだけであれば、レベル10になったゼイからすればいい経験になるだろう。
しかしアスカの提案もあり、ゼイは少し複雑な気分になった。
†
二人は狩人協会から『オーク』討伐の依頼を受け、ロードの町から広がる平原を少し歩き、『オーク』の洞窟前へと到着する。
天気はゼイの心境を表したかのように、曇り空。
宿屋で話し込んだのもあり、時刻はもう夕暮れ時だ。
【狩人精霊】も、兎の姿で付いて来ている。
するとアスカは、自分の体に《魔法の香水》をつけはじめた。
モンスターの意識を惑わす香水と言われるが、人間が嗅いでもいい香りがする。
アスカから漂ういい香りに、ゼイは少しドキッとした表情を見せた。
「――んじゃ、行くわよー!」
「……はい!」
ゼイはあの時と同じく、『オーク』との戦闘に再び腹をくくる。
こうして二人は、洞窟の中へと進入した。
【狩人精霊】が、コウモリの姿へと変わる。
今回は入口付近に『オーク』の姿はなく、二人はどんどん洞窟の奥へと進んだ。
「いないわねぇ」
「……他の【狩人】も、いませんね」
「『オーク』は、新米の【狩人】キラーって言われてるぐらいだしねぇ」
「知ってますけど、いちいち言わないでくださいよ!」
「高レベルの【狩人】は、そもそも『オーク』とか狩らないからねぇ」
余裕な様子のアスカとは違い、ゼイはすでに剣を構えながら歩く。
二人が通路を抜けて、少し大きなフロアに到着したその時だった。
『グルルルルルルル』
《魔法の香水》の香りに釣られたのか、唸り声を上げた『オーク』の群れが現れたのだ。
「……アッ、アスカさん」
「ほえー、三十匹はいるわね」
二人がいるフロアの先の通路から、『オーク』が次々と現れる。
少し大きなフロアの半分が、すぐさま三十匹の『オーク』達で埋まった。
全員が手に大きな金棒を持ち、戦闘態勢をとっている。
「大丈夫よ、とりあえず私が倒すから。一、二匹だけ残すわね」
「……はぁ」
「その後捕まるから、よろしく!」
アスカは剣も持たず、『オーク』の群れへと歩み寄った。
「きゃー、助けてー、殺されるー」
「……棒読みすぎでしょ」
アスカの雑な演技に、ゼイが呆れた表情を見せる。
しかし、その時だった。
一匹の『オーク』が、アスカに小さな玉を投げつけたのである。
その玉がアスカの体に叩きつけられると、割れた玉の中から真っ白な煙が出たのだ。
「……やばっ、これは《眠り玉》!」
「アスカさん!」
行商人がよく人々に売っている、補助アイテムの《眠り玉》。
普通なら【狩人】ではない人々が、モンスターから逃げる際に使う物だ。
この玉の中から出る煙を吸うと、人間や低級モンスターなら、たちまち眠ってしまう。
さすがは、行商人に悪行を働くことで有名な『オーク』だ。
このアイテムを奪い、効果を理解し、使いこなしていたのである。
アスカは演技をしていて、完全に油断をしていた。
そのままその場に倒れこみ、ぐっすりと眠ってしまう。
「アスカさん! 起きてください!」
『グルルルルルルル!』
ゼイが急いでアスカに駆け寄ろうとするが、十匹の『オーク』が立ちはだかった。
「くっ……!」
『グオオオオオオオ!!』
『オーク』達が雄叫びを上げて金棒を構え、ゼイを威嚇する。
残りの二十匹の『オーク』は、アスカを抱え洞窟の奥へと消えていった。
するとコウモリの姿の【狩人精霊】が二匹に分裂し、一匹はアスカの方へと飛んでいく。
「……くそっ、どうすれば……くそおおおおおおお!!」
ゼイの虚しい叫び声が、洞窟内に響き渡った。