第三十七話 罰ゲームね
アスカがムスッとした表情で、一人『ガルーダ』討伐の依頼を受ける。
ゼイは苦笑いをしながら、クレスとミスティーと共に『ナーガ』討伐の依頼を受けた。
狩人協会の職員が、困った表情を見せながらこう切り出す。
「本当は初【狩り】で、『ナーガ』討伐とか駄目なんだけどねぇ……」
「二人の強さは、私が保証します」
「ジョワユーズさんが言うなら、大丈夫でしょうけど……レベル21の彼も、いることだし……」
バルの時もそうだったが、狩人協会は初めての【狩り】に高難度な依頼を進めたりはしない。
しかし、伝説の【狩人】であるアスカの太鼓判もあり、クレスとミスティーは見逃してもらった形だ。
「まったく……私は低難度の依頼から、ちゃんとこなしてきたんだからね!」
「まぁまぁ! しかしアスカは、ほんとに凄いのねー」
「アス姉は、やっぱ有名人なんだな!」
クレスとミスティーが眺めるのは、大勢の【狩人】達。
アスカを一目見ようと、周りに人だかりができていたのだ。
「おいおい、アスカ・ジョワユーズだ」
「ってことは、あれが四人の悪魔……?」
当時は【狩人】ではなかった、四人の悪魔の存在。
よほど有名だったのか、【狩人】の間にも知れ渡っているようだ。
そんな中ゼイが、そそくさとアスカへ歩み寄る。
「じゃあアスカさん、夕方ぐらいにまたここで」
「『ナーガ』の鱗、忘れずにね」
「はい。アスカさんも、気をつけて」
「こっちの台詞よ。誰に向かって言ってんだか」
「……はは」
アスカはゼイと会話を交わし、一人『ガルーダ』討伐へと向かった。
「じゃあ俺達も、出発しましょうか」
「『ナーガ』がいる湿地帯の近くには、毒蛇の『ヨルムンガンド』も群れで生息している。気をつけてな」
「了解です!」
狩人協会の職員から情報を聞き、ゼイが力強く頷く。
こうしてゼイ達も、『ナーガ』討伐へと向かった。
†
「……ここね」
アスカが到着したのは、パライスの町から馬車で南西に一時間。
海沿いにある、辺りに何もない広々とした小高い丘の上だった。
海風が吹き渡り、アスカはなびく髪を手で押さえている。
『キュロロロロロロロ!!』
そんなアスカの前へ、咆哮を上げた半人半鳥型のモンスターが、まるで餌でも見つけたかのように現れた。
その強さ故に、人々から神鳥と呼ばれる『ガルーダ』だ。
『ガルーダ』は、鷲の頭、鈎爪、翼、クチバシを持ち、身体は人間の姿をしたモンスター。
身長は二メートル程あり、巨大だ。
しかしアスカは、冷静に剣を構える。
「……久々に、アスカ・ジョワユーズで暴れてみますか」
鷹の姿をした【狩人精霊】は、アスカが静かに微笑んだのを見逃さなかった。
†
――同時刻、パライスの町から馬車で西に一時間。
ゼイ達三人は、湿地帯の前に広がる森の中で、蛇型モンスターである『ヨルムンガンド』の群れに囲まれていた。
その数、およそ三十匹。
『ヨルムンガンド』は、体長三メートル程はある大蛇で、牙に毒を持っている危険なモンスターだ。
しかし次の瞬間、ゼイは驚くべき光景を目の当たりにすることとなる。
「はいはーい、準備運動ターイム!」
「ゼイ兄! ここはあたし達に任せといてくれぃ!」
なんとクレスとミスティーが戦闘態勢を取り、『ヨルムンガンド』の群れに突撃をしたのだ。
『ヨルムンガンド』と同じく、蛇の姿をした【狩人精霊】が二人の後を追う。
「ミスティー! よろしくねー!」
「ほーい! 《スピードボディ》!」
ミスティーはクレスに、移動速度が上がる時空魔法をかけた。
ゼイの《神速》や《限界突破》とは違い、単純に移動速度が二倍になる魔法だ。
ただし魔法なので、無理やり身体能力を上げているわけではなく、そのせいで対象の体に支障が生じることはない。
一足早く群れの中へと到着したクレスに、『ヨルムンガンド』からの攻撃が仕掛けられる。
「きたよー! 後ろの奴によろしくぅ!」
「ほいっ! 《スローボディ》!」
ゼイも以前かけられたことのある、対象の移動速度が下がる《スローボディ》。
クレスは目の前にいた一匹と、動きが遅くなったもう一匹を、なんなく斬り捨てた。
アスカ程ではないが、クレスの動きや剣技も立派なもので、次々と『ヨルムンガンド』を倒していく。
「楽勝楽勝!」
「クレ姉! 三匹目にかけるぜー!」
「りょうかーい!」
クレスがこんなにも余裕な様子でいられるのは、やはりミスティーの補助があってこそだ。
ミスティーはがむしゃらではなく、ちゃんとクレスの動き、『ヨルムンガンド』の動きを見て、ピンポイントで魔法をかけていた。
かける時はかける、かけなくていい時はかけない。
精神力温存も、完璧である。
立ち位置的にはヒーラーのミスティーだが、さすがは四人の悪魔の一人。
動き自体はアタッカーそのもので、前衛に出て『ヨルムンガンド』の攻撃も避けつつ、華麗に魔法をかけているのだ。
すばらしい連携を見せる二人に、ゼイが驚いた表情を見せる。
「イェイ!」
ミスティーがゼイに、ピースサインをしたその時だった。
「――こらぁ! ミスティー!」
そう叫んだクレスに、『ヨルムンガンド』の攻撃が直撃しようとする。
「あっ! ごめーん! 《ストップボディ》!」
次の瞬間、ミスティーは数秒だけ対象の動きを止める魔法を『ヨルムンガンド』にかけ、クレスの窮地を救ったのだ。
「……まったく。それにしても、数が多いわねー。《マインドブレイク》!」
同時にクレスは、対象を混乱させる魔法を唱え、動きが止まっていた『ヨルムンガンド』を軽く斬りつけた。
すると動き出した『ヨルムンガンド』は、クレスではなく他の『ヨルムンガンド』を攻撃しだしたのだ。
「それっ! それっ! それっ! 行きなさーい!」
クレスに斬られた『ヨルムンガンド』達が、次々と同士討ちを始める。
そのまま二人は、その状況を利用しつつ『ヨルムンガンド』を倒し続けた。
『ヨルムンガンド』も、決して弱いモンスターではない。
しかし二人は、なんと無傷で討伐を果たしたのだ。
「ミスティー、罰ゲームね」
「……うう」
クレスが笑顔で、ミスティーに刀とアイテム袋を手渡す。
二人の間には、戦闘でミスをしたら相手の持ち物を持って歩くというルールがあるようだ。
「……凄いな」
ゼイが二人を見つめ、再び驚いた表情を見せる。
こうして三人は、そのまま森の奥へと進んだ。
――それから、二十分後。
三人は引き続き、森の中を歩いていた。
するとミスティーが、ムスッとした表情を見せこう切り出す。
「おーもーいー! 休憩したーい! お腹すいたー!」
「罰ゲームでしょー。がんばりなさーい」
「……はは。じゃあ少しだけ、休憩しようか」
「わーい! さすがゼイ兄だぜー!」
笑顔になったミスティーは、持ち物を地面に置き、その場に座り込んだ。
ゼイとクレスも、その場に腰を下ろす。
しばしの休憩中、ゼイは二人に語りかけた。
「それにしても、二人の連携は凄いの一言ですね」
「ありがとー」
「ゼイ兄! あたし、そんなに凄いか!?」
「うん。動きを止めれるなんて、ほんと凄いよ」
「えへへー」
ゼイの言葉を聞いて、ミスティーが顔を赤らめる。
そのままゼイは、【狩り】は活躍すればするほど、報酬などが上がるということを二人に伝えた。
それを聞いたクレスが、笑顔で反応する。
「じゃあじゃあ! 活躍した分ホリィが貰えるのね!」
「そうですね」
「いいじゃんいいじゃーん! さっ、『ナーガ』討伐行くわよー!」
「えー!? もう行くのー!? もうちょっと休憩したーい!」
嫌がるミスティーの言葉も虚しく、三人は再び歩き出した。
――それから、十分後。
三人は森を抜け、深い霧がかかる湿地帯へと到着した。
地面は歩くたびに足首まで泥に沈むほど、かなりぬかるんでいる。
『キシャアアアアアアア!!』
そんな三人の前に、咆哮を上げながら現れるコブラの姿をしたモンスター。
獰猛で、人々から邪神と恐れられる『ナーガ』だ。
『ナーガ』は体長六メートル程はある、かなり巨大なモンスターである。
そんな中クレスは、ゼイとミスティーより一歩前に出てこう切り出した。
「よっしゃ! 報酬は私が頂いちゃうわよー! ミスティー、武器を渡して!」
「……あっ」
「なにしてんの!? 早く!」
クレスの問いかけに、ミスティーが青ざめた表情を見せる。
「……休憩した場所に、忘れちった」
「えええええええっ!?」
なんとミスティーは、先程休憩をした場所に持ち物を忘れてきたのだ。
ミスティーがその場所に戻ろうと、後ろを振り向き走り出す。
「待ってて! すぐ戻るから!」
しかし『ナーガ』は、それを見逃さなかった。
走り出したミスティーへ、迷わず襲い掛かったのだ。
「げげっ!」
ミスティーがそれに気がつき、驚いた表情を見せる。
地面のぬかるみを物ともしない、『ナーガ』の驚異的な速さ。
逆にミスティーは、地面のぬかるみに足をとられ、その場で転んでしまった。
「わっ……ぶっ!」
「――あの馬鹿っ!」
クレスがミスティーの救出に向かうが、同じく地面のぬかるみに足を取られ間に合いそうにない。
ミスティーが諦めて、目を閉じたその時だった。
「《限界突破》!」
禁止されていた《限界突破》を発動させたゼイが、ミスティーを抱きかかえ『ナーガ』の攻撃をかわしたのだ。
バルとの戦い時に見せた、走るのではなく、まるで飛んでいるかのようなゼイの動き。
ミスティーはゼイの横顔を見上げ、同時に顔を真っ赤にした。
そのままゼイが、ミスティーをクレスの元へと連れて行く。
クレスはその光景を見て、キョトンとした表情を見せた。
そしてゼイは、二本の剣を構えこう切り出したのだ。
「クレスさん、危険ですからここは俺に任せてください」
「……うっ、うん」
「安心してください、報酬は差し上げますから」
ゼイは笑顔を見せ、そのまま『ナーガ』へと飛び掛かった。