第三話 お礼!
ロードの町から、数キロ歩いた先にあるオリジンの村。
狩人協会から『ゴブリン』討伐の依頼を受け、ゼイとアスカはその村へと到着した。
ロードの町とは違い、建物は全て木造建て。
商店などもなく、いわゆる田舎な場所だ。
日も沈み、辺りは薄暗くなってきている。
「よっしゃー! 次は練習じゃなくて、ちゃんと映るわよー!」
「……ですねー」
アスカがいいシーンを撮ろうと笑顔で手を掲げるも、ゼイは勢いで依頼を承諾した為か渋々と手を掲げた。
ちなみに【狩人精霊】は、フクロウの姿になってオリジンの村にある木に留まっている。
すると二人の元に、小さな女の子と、その母親であろう女性が駆け寄って来たのだ。
「【狩人】さんですか!?」
女の子は笑顔で、二人に話しかけた。
ゼイも笑顔を見せ、女の子の前でしゃがみこむ。
「そうだよー。もしかして、君が依頼を?」
「うん!」
「そっか」
ゼイは返答を聞き、女の子の頭を優しく撫でた。
それと同時に、二人の元へ村中の人達が集まって来る。
「昨日この村に、五匹の『ゴブリン』が現れまして。なんとか村の男達が追い払ったのですが……」
女の子の母親であろう女性は、心配そうな表情を見せ話し出した。
昨日のことを思い出したのか、村人達がざわつく。
「それで娘が、【狩人】様に退治を頼もうって聞かなくて……」
「様とか、そんなに気を使わなくてもいいですよ。それに、俺達が来たからには安心してください」
ゼイは立ち上がり、女の子の母親を勇気づけた。
なにせここには、伝説の【狩人】もいるわけだ。
低級モンスターである『ゴブリン』相手なら、討伐自体は問題ないであろう。
そんな中アスカは、【狩人精霊】の位置を入念にチェックしていた。
「ちょっと! アスカさん!?」
「ごめんごめん! 大丈夫ですよ皆さん! この彼が、『ゴブリン』を退治してくれますから!」
「――まったく」
「なにさ、角度が重要なのよ!? 分かってないわね!」
「……分かりませんよ」
【狩人】の登場により、オリジンの村が賑わいだす。
ちなみに『ゴブリン』は、昨日のちょうど今くらいに現れたようだ。
それを聞いたゼイとアスカは、村人達に家へ帰るよう催促した。
同時に、決して家から出ないようにとも――。
村人達は家へと帰り、オリジンの村がシンと静まり返る。
「――さてと」
「……今日も、来ますかね?」
「きっと来るわ」
「ですよねー……モンスターの、群れか……」
「どうしたのよ?」
「えっと、ですね……」
ゼイは先程強気な発言をしたのにも拘らず、少し怖気付いた様子を見せていた。
それもそのはず、ゼイはモンスターの群れを【狩り】したことがないというのだ。
一対一と、一対複数。
アスカがいるとはいえ、戦い方もまた違ってくる。
ゼイが怖気付くのは、無理もない。
しばらくすると、静まり返った村へと近づく、無数の足音が聞こえてきた。
『ゴブリン』の群れだ。
緑色の肌を持った、醜い小人の集団。
ナイフを持つ『ゴブリンノービス』、弓を持つ『ゴブリンシーフ』、杖を持つ『ゴブリンメイジ』。
そして昨日とは違い、『ゴブリン』はどう見ても五匹以上はいたのだ。
「……多くないですか?」
「……十三……十四……十五匹いるわね」
アスカは冷静に、『ゴブリン』の数を確認した。
驚くべきことに、『ゴブリン』は昨日より十匹も多くオリジンの村へと現れたのだ。
『オーク』とは違い、素早い動きで有名な『ゴブリン』。
数が多いほど、厄介なモンスターである。
しかもその中に、一匹だけ他の『ゴブリン』達よりも大きな個体がいた。
『ゴブリンリーダー』だ。
「おおっ、『ゴブリンリーダー』もいるわね」
「『オーク』並の力を持ちつつ、『ゴブリン』の素早さも持っている、あの?」
「そうよ。あんたがあれ、倒しなさい」
「ええっ!?」
「じゃないと、私が脇役になれないでしょ?」
アスカはこれまた冷静に、剣を構えた。
ゼイも同じく、剣を構える。
『キキー!』
次の瞬間、『ゴブリンリーダー』の甲高い掛け声が村中に響き渡った。
それと同時に、部下の『ゴブリン』達がリーダを残し、一斉に二人の元へと走り出す。
「大丈夫、助言はしてあげるから」
「……はいっ!」
「他は大体私に任せて、あんたは特に弓と魔法攻撃に気をつけながらリーダーに向かいなさい」
アスカはニヤリと笑い、唇をペロッと舐めた。
そして迫り来る『ゴブリン』の群れへと、一人走り出したのだ。
「……よしっ!」
ゼイも恐れを振り払うかのように気合を入れ、アスカの後を追いかけた。
まず二人の元に、『ゴブリンシーフ』の攻撃である複数の矢が飛来する。
それと同時に、『ゴブリンメイジ』は足を止め杖を構えた。
『ゴブリンノービス』だけが、そのまま突撃を止めずに向かって来る。
「あんたがリーダーを倒した瞬間、私がポーズを決めるから! よろしくっ!」
アスカは話しながらも、余裕で矢をかわした。
そのまま『ゴブリンノービス』達に、次々と攻撃を与える。
見とれるような速さ、凄まじい剣技。
そんなアスカは、一瞬で四匹の『ゴブリンノービス』を仕留めたのだ。
「――速い!」
ゼイも驚いた表情をしつつ、何とか矢をかわし、『ゴブリンノービス』の一匹に一太刀を入れた。
さすがは攻撃力255の、《エクスカリバー》だ。
安物の《ロングソード》とは切れ味が違いすぎ、ゼイはまるで空気を斬ったかのような感覚に、これまた驚いた表情を見せた。
『ゴブリンノービス』は一太刀で真っ二つになり、その場に倒れこむ。
「……すごい剣だ」
「――魔法!」
「はっ……!」
《エクスカリバー》に見とれていたゼイは、アスカの叫び声で我に返り、『ゴブリンメイジ』の魔法攻撃を間一髪で避けた。
火属性の、魔法攻撃だ。
ゼイの体をかすめる、小さな火球。
一瞬だけ回りの温度が上がる現象に、ゼイが冷や汗をかく。
「ボーっとしない!」
「すっ、すみません!」
「まったく!」
アスカはゼイを叱りつつ、四匹の『ゴブリンメイジ』をこれまた一瞬で仕留めた。
やはりゼイとは、桁が違う強さだ。
すると戦闘を傍観していた『ゴブリンリーダー』が、手に持つ巨大な斧を構え出す。
「行くわよ! 『ゴブリンシーフ』は私に任せて!」
「はっ、はい!」
「リーダーは『オーク』と違って動きが速いから、気をつけてね!」
『キイイイイイイイ!!』
『ゴブリンリーダー』は咆哮を上げ、接近するゼイに攻撃を仕掛けた。
「横斬り!」
「よっ!」
アスカの一声を聞き、ゼイが『ゴブリンリーダー』の初撃を華麗にかわす。
「縦斬り! くるわよ!」
ゼイは『オーク』と戦闘をした時のように、アスカの的確な助言を聞きながら、それに合わせて行動をした。
アスカは助言をしながらも、残りの『ゴブリンシーフ』を軽々と倒しきる。
「避けてからの――」
「――攻撃!」
「そう!」
ゼイの攻撃で、『ゴブリンリーダー』の斧を持つ右腕が吹き飛んだ。
『ギャアアアアアアア!!』
「――いける!」
『ゴブリンリーダー』は叫び声を上げよろめき、体制を整えようとした。
ゼイが勝利を確信し、追撃を加えようとする。
しかし、その時だった。
『……キ?』
『ゴブリンリーダー』はゼイに対して後ずさりを始める中、何かに気がついたのだ。
村の入口辺りにある茂みから、顔を覗かせる小さなシルエット。
なんとその場所に、依頼主の女の子が隠れていたのである。
「……あっ」
女の子は『ゴブリンリーダー』に見つかり、怯えきってその場に座り込んでしまった。
体を激しく震わせ、カチカチと歯を鳴らす女の子。
『キイイイイイイイ!!』
ゼイ達との戦闘を諦めたのか、『ゴブリンリーダー』は女の子の元へと走り出した。
アスカが異状に気がつき、声を上げる。
「――あの子! しまった!」
アスカは超人的な反応速度を見せ、すぐさま女の子の元へ走り出すも、位置的に間に合いそうになかった。
『ゴブリンリーダー』の拳が、無情にも女の子へと叩きつけられようとしている。
アスカが諦め目を閉じた、その時だった。
「きゃっ!」
女の子の声と同時に、『ゴブリンリーダー』の大きな拳が地面に叩きつけられ、村中に轟音が響き渡る。
アスカは走るのをやめ、悲痛な表情を浮かべながら土煙が上がるその場を見つめた。
やがて土煙が晴れ、アスカの表情が驚いたものへと変わる。
なんとゼイが女の子を抱いて、『ゴブリンリーダー』の攻撃を避けていたのだ。
「……あいつ! 振り――」
振り上げ。
一部始終を見たアスカがそう叫ぼうとした瞬間、ゼイは手に持つ剣で『ゴブリンリーダー』の胴体を真っ二つにした。
『ゴブリンリーダー』は断末魔も残せず、そのまま息絶える。
「……まさか」
ゼイの反応速度に、アスカは驚きを隠せなかった。
そのままアスカが、女の子を抱えるゼイを見つめる。
確かにゼイの方が、アスカより『ゴブリンリーダー』との距離は近かった。
しかしどう考えても、普通の反応速度ならゼイが女の子を助けられるわけがなかったのだ。
そしてアスカの助言より、ゼイはこれまた速く動いていた。
アスカが驚くのは、無理もない。
何はともあれ、二人は全ての『ゴブリン』を倒しきった。
「アスカさん! ポーズポーズ!」
「……あっ、そうね!」
笑顔のゼイに促され、アスカは遅れて肩の上に剣を載せて、後ろを向き微笑んだ。
ゼイもその様子を見て静かに微笑み、そして腕に抱いた女の子に目を向ける。
「大丈夫? ケガはない?」
「うん! ありがとうお兄ちゃん!」
「モンスターがいる時は、家の中にいないとだめだよ」
「ごめんなさい。これをね、置いていたのを忘れてて」
すると女の子は、ゼイが身に着けているウィッグに綺麗な一輪の花を付けた。
「お礼!」
「ははっ、ありがとう」
「さすが、【狩人】さんだね!」
笑顔になった女の子につられて、ゼイも満面の笑みを見せる。
「あいつ……速かったな」
そんなゼイの様子を、アスカはポーズをやめて見つめていた。
やがて村人達が、村の外へと集まりだす。
そしてオリジンの村に、歓喜の声が響き渡った。