第二話 いやいやいやいや!
「【狩人】最強に飽きた!? たったそれだけの理由ですか!?」
「――そ、先週ソロで『レッドドラゴン』を倒した時にね」
「そういえば、今週号の【狩人雑誌】にでかでかと載ってましたね……」
時刻は、既にお昼過ぎ。
ゼイとアスカは『オーク』の洞窟を後にして、狩人協会があるロードという町に戻っていた。
二人がいるのは、とある豪華な一室のテーブル席。
ここはアスカが現在泊まっている宿屋の部屋であり、二人はそこで食事をしながら話し込んでいた。
ゼイもそうだが、【狩人】は基本的に住居を持たない。
【狩り】に行くたび、色々な場所を転々とするからだ。
宿屋などに拠点を置き、日々活動するのが常識なのである。
「――で、それと同じ【狩人雑誌】に載っていた、あるPTの記事を見て……」
「そう! あの絶妙のタイミングで回復魔法をしている彼を見て、私は決めたの!」
「……脇役になろうと」
「それよ!」
レベル40の【狩人】、アスカ・ジョワユーズ。
驚異的な戦闘能力を持ち、世間から付けられた二つ名は【剣聖】。
レベル30以上の【狩人】は彼女しかおらず、【狩人】達にとっては伝説の人物だ。
そんなアスカは最強の自分に飽き飽きし、今週から脇役になろうと決めたのである。
しかもただ脇役になるだけではなく、脇役だけがだせる味のあるシーンを演じて【狩人精霊】に映りこみ、それが【狩人雑誌】に掲載されることが目的だ。
ちなみに【狩人】レベルとは、【狩人精霊】の戦闘記録で狩人協会に見極められ、【狩人】達に与えられる個人個人の力量数値である。
レベルは一応1から50まであるが、普通の【狩人】ならレベル30が限界。
アスカのようにレベル30以上を目指すとなると、ソロで『ドラゴン』などを討伐する活躍が必要だ。
「……ずいぶん、マニアックですね」
「文句ある? まぁずっと活躍記事を載せられてましたから、あんたには分からないわよねぇ?」
「うっ……しっ、しかし、本当にアスカ・ジョワユーズさんなんですか?」
「何よ、今更」
「いえ、確かに的確な助言は助かりましたけど、アスカ・ジョワユーズといえば、金髪でセミロングの青い瞳。武器も装備も、そんな貧相なわけが……」
「……はいはい」
するとアスカは、自分の頭に手をやり、黒髪でショートボブのウィッグを取り外した。
そして目の中から、黒色のカラーコンタクトレンズを取り外す。
まとめていた金髪の髪をほどき、ゼイにその姿を見せた。
金髪でセミロングの、青い瞳。
間違いなく、【狩人雑誌】で誰もが見たことのあるアスカ・ジョワユーズだ。
そしてアスカは、ゼイに【狩人記録】を見せ付けた。
【狩人記録】とは全ての【狩人】が持つカードであり、自身のレベルやステータスが記されている。
ゼイはアスカの容姿と【狩人記録】を見て、開いた口が塞がらなかった。
アスカ・ジョワユーズ
性別 女
レベル 40
戦闘能力 A
補助能力 A
戦闘感覚 A
身体能力 A
スキル 《絶対剣感》《全剣技》
魔法 なし
E 《ロングソード》(長剣) 攻撃力 38
E 《皮の鎧》(軽鎧) 防御力 28
「ステータスオールA!? A、B、C、D、E、Fの順で高いんですよね? 初めて見ました……」
「レベルやステータスは、更新時魔法でカードに記されるからね。イカサマはできないわよ」
「分かってます……やっぱり、スキルもあるんだ……」
「まぁね」
「《絶対剣感》って、どんなスキルなんですか?」
「あれよ、どんな剣技でも認識しちゃうの。だからオマケに、《全剣技》で扱うこともできるわ」
「ほえええええええ……」
「で、容姿は脇役っぽく装飾品ショップで変装したの。武器と装備は、あえて安いのを買っただけ」
「……はぁ」
「ちょっと、聞いてる?」
「きっ、聞いてます!」
アスカに言い寄られ、ゼイがあたふたとした様子を見せる。
元々アスカは、強さだけではなく美少女としても有名だ。
ゼイは本来の姿へと戻ったアスカに、ついつい見とれてしまっていたのである。
「脇役っぽくなるために、あんたみたいな眼鏡も考えたけどね。さすがにそれは狙いすぎかなと思ってさ」
「色々と、考えているんですね……」
「当たり前じゃない。そうだ、あんたの【狩人記録】も見せてよ」
「ええっ!?」
「早く!」
再びアスカに言い寄られ、ゼイは渋々と【狩人記録】を提示した。
ゼイ・デュランダール
性別 男
レベル 5
戦闘能力 F
補助能力 F
戦闘感覚 C
身体能力 F
スキル なし
魔法 なし
E 《ロングソード》(長剣) 攻撃力 38
E 《皮の鎧》(軽鎧) 防御力 28
「ふーん、戦闘感覚はCか……。っていうか、あんたステータスも容姿も地味ね」
「ほっ、ほっといてください!」
「とりあえず、これあげるわ」
「こっ、これは……!」
驚いた表情を見せたゼイに、アスカから高価そうな武器と鎧が差し出される。
「これは聖剣と呼ばれる《エクスカリバー》と、防具ショップで買える軽鎧じゃ一番高価な《騎士の鎧》……!」
「私が先週まで使ってたやつよ。あげるわ」
「いやいやいやいや!」
「あげるって言ってるでしょ?」
「でもこれ、攻撃力255と防御力72ですよ!?」
「うるさいわね! ――さてと、次は奢ってあげるから、装飾品ショップに行きましょ」
「えっ?」
「あんたを、主人公っぽくするわよー!」
「えええええええっ!?」
そのままゼイは、渋々《エクスカリバー》と《騎士の鎧》を装備した。
もちろんアスカも、地味な姿へと戻る。
こうして二人は宿屋を出て、町の装飾品ショップに向かった。
†
ここロードの町は、【ランド・ランド】でも比較的大きな町だ。
建物もほとんど石造りで、立派な雰囲気。
色々な商店もあり、日々大勢の人達で賑わっている。
二人は装飾品ショップに到着して、店内へと入った。
「――この辺ね」
「アッ、アスカさん、俺そんなにホリィないですから!」
「奢ってあげるって言ったでしょ? PT組んでくれたお礼ぐらい、させなさいよね」
「いやいやいやいや!」
ホリィとは、【ランド・ランド】の通貨名だ。
恐らく新米【狩人】のゼイは、あまりホリィを持っていないはず。
逆に伝説の【狩人】であるアスカは、ホリィなど余るくらい持っているだろう。
「うーん……これにしよっか!」
「えっ?」
「金髪でミディアムヘアのウィッグ、瞳の色は……青かな!」
「まんま元のアスカさんじゃないですか!」
「文句ある?」
「……ないです」
「ほら早く! 着けてみて!」
ゼイが金髪でミディアムヘアのウィッグと、青色のカラーコンタクトレンズを身に着ける。
すると地味であったゼイの容姿は、《エクスカリバー》と《騎士の鎧》のおかげもあり、見た目だけは相当強そうな【狩人】へと変貌を遂げた。
「おー! いいじゃない! 主人公っぽいわよ!」
「……そっ、そうですかね?」
「――よし、次はあそこね」
「えっ?」
「狩人協会よ。PT登録しなきゃ!」
アスカが笑顔で、ゼイの背中を叩く。
二人はウィッグとカラーコンタクトレンズを購入し、装飾品ショップを後にした。
そしてそのまま、狩人協会へと向かい出す。
もちろん『オーク』の洞窟から、【狩人精霊】も鳩の姿に変わって二人に付いて来ていた。
†
――狩人協会。
町の中でも、お屋敷のような一際大きい建物にそこはあり、この世界の象徴ともいえる場所だ。
そして町と同じく、日々大勢の【狩人】達で賑わっている。
するとゼイは狩人協会に到着した途端、真っ先にある人物の元へと駆け寄った。
そこは【狩人精霊】を渡す場所、いわゆる換金所だ。
「こんにちは! クラウさん!」
「……ゼイ君!? イメチェンしたんだー。こんにちは」
「はは……いろいろありまして」
そこにいたのは、茶髪でロングヘア、緑色の瞳。
見るからに優しそうな顔をした、クラウと呼ばれる女性であった。
クラウの服装は、白いシャツの上に黒いベストを着て、これまた黒いタイトスカート。
大人な雰囲気を持つ、綺麗な女性だ。
ゼイが満面の笑みを浮かべながら、クラウに【狩人精霊】を手渡す。
アスカも遅れて、その場へと歩み寄った。
「お疲れ様。三日後には、口座にホリィが振り込まれるからね」
「よろしくお願いします!」
「……ははーん、ほほーん、ふふーん」
アスカがクラウを見るなり、ゼイの腰を肘でつつく。
「……あら、お連れさん?」
「はっ、はい! 今からPT登録しようとしている、アス――」
「はじめまして! こやつの師匠、カテナ・レーヴァテインです!」
「ええっ!?」
「ゼイ君、お師匠様がいたんだ。はじめまして、クラウ・リジール、二十二歳です」
「ちょっと! アス……カテナさん!?」
ゼイはクラウに背を向けた後、アスカに対し驚いた表情を見せた。
そのままアスカへと、小声で話し出す。
「なっ、なんなんですか? いきなり……!」
「馬鹿ね。偽名を使わないと、【狩人雑誌】に脇役として載れないでしょ?」
「……なるほど」
「私を誰だと思ってるのよ」
「失礼しました……」
ゼイは会話を終え、クラウにアスカとのPT登録をお願いした。
「――はい、PT登録しておいたわよ。これでカテナさんも、ゼイ君の【狩人精霊】に映るようになるわ」
「ありがとうございます! こやつの安全は、私にお任せください!」
「……はは、アス……いやカテナさん。このクラウさんは、俺が【狩人】レベル1からお世話になってる――」
「【狩人雑誌】に載って、活躍を見せたいあのお方ね!」
「ちょ、ちょっと! なに言ってるんですか!?」
「なにがぁー?」
アスカの言動に、ゼイが顔を真っ赤にする。
「クラウさん! 何かモンスター討伐依頼はないですか!?」
「えっ? ええ……そうね。オリジンの村から、『ゴブリン』討伐の依頼があるわ」
「そっ、それ行きます!」
ゼイは必死に話題を変えようとした結果、そのまま【狩り】の依頼を承諾した。
そしてクラウから、新しい【狩人精霊】を受け取る。
こうしてゼイとアスカは、急遽【狩り】に向かうこととなり、狩人協会を後にした。
†
ニヤニヤとした表情のアスカを、ゼイが睨みつける。
「――まったく、余計なことを言わないでください!」
「なによ、いいじゃない。クラウさんだっけ? スタイル抜群だったわねぇ?」
「……ですけど」
ゼイはこっそりと、アスカとクラウのスタイルを見比べた。
スタイルだけなら、完全にクラウへ軍配が上がる。
しかし次の瞬間、アスカの持つ剣がゼイの喉元へと向けられたのだ。
「どこ見てんのよ!?」
「すっ、すみませえええええええん!!」
ゼイの悲鳴が、夕暮れ時を迎えたロードの町に響き渡った。