第一話 伝説の狩人
〔ギルド【ドブネズミ魂】所属のPT! 巧みな連携で『ミノタウロス』を撃破!〕
「うおおおおおおおっ! 『ミノタウロス』を討伐かぁー!」
天気は晴天、穏やかな気候。
大きな平原に涼しげな風が吹き渡り、草木を揺らしている。
そんな場所に、なぜか男性の声が響き渡っていた。
〔今回の見所は、アタッカーが攻撃を受けた直後、瞬時に回復魔法をかけた彼だ!〕
「ナイスタイミング! しびれるねぇー!」
〔大剣使い待望の、《ツヴァイハンダー》新発売! これで君も、一流の【狩人】になろう!〕
「新しい武器、そろそろ欲しいなぁ……でも今週号は、やっぱこれだな!」
声の正体は、雑誌を読みながら歩いている一人の少年。
少年は雑誌の巻頭記事を見直し、驚いた表情を見せた。
「ほえええええええ……」
雑誌の巻頭記事には、金髪の美少女が写る画像と共にこう書かれている。
〔【剣聖】アスカ・ジョワユーズ! ソロで『レッドドラゴン』を討伐!〕
†
――人間とモンスターが共存する世界、【ランド・ランド】。
共存するといっても、モンスターは基本的に人間よりも強力な存在だ。
一部のモンスター達が行う悪行に、人々は長年悩まされてきた。
だが近年、狩人協会という組織が世界各地に設立され、【狩人】と呼ばれるモンスター退治専門の職業が生まれたのだ。
その【狩人】へとなった者達が、モンスターを剣と魔法で【狩り】することにより、この世界の人々は平和な生活を送っている。
†
雑誌を読んでいる少年の名は、ゼイ・デュランダール。
黒髪で、ミディアムヘア。
瞳の色も黒色で、眼鏡をかけている。
十七歳で、彼も新米の【狩人】だ。
「……ここか」
するとゼイは、とある洞窟へと到着した。
背中に担ぐ大きなアイテム袋に雑誌を入れ、安物の武器、《ロングソード》を鞘から取り出す。
ここは、通称『オーク』の洞窟。
ゼイは『オーク』というモンスターの討伐依頼を受け、【狩り】に来ていたのだ。
まだ早朝だからか、ゼイ以外の【狩人】は誰も見当たらない。
「よしっ、行くか……!」
ゼイは緊張をしているのか、強張った表情で洞窟の中に入った。
なぜか一匹の兎も、ゼイの後を追い洞窟の中へと入っていく。
薄暗く、ひんやりとした空気の洞窟内部。
ゼイは最初の通路を抜け、小さなフロアへと辿り着いた。
『グルルルルルルル……』
なにやら、唸り声が聞こえる。
ゼイがいるフロアの、その先にある通路からだ。
「……いた!」
通路から迫り来るシルエットに、ゼイが脅えた様子を見せ後ずさりをする。
そのシルエットは近づくにつれ鮮明になり、ゼイの二倍くらいはある巨体な姿を現した。
モンスターの、『オーク』だ。
浅黒い肌、血走り濁った瞳。
『オーク』は人間型のモンスターだが、下顎がせり出して牙がはみ出ており、完全に人間とはかけ離れた容姿をしている。
そして歩くたびに地響きを起こし、手には大きな金棒を持っていた。
ゼイは一心不乱に剣を構えるが、手の震えが止まらない。
「落ち着け、こういう時はモンスターも空気を呼んで待ってくれるはず……!」
しかし『オーク』は、構わずゼイに襲い掛かってきた。
「ですよねえええええええ!!」
『グオオオオオオオ!!』
そのまま『オーク』の持つ金棒が、絶叫するゼイ目掛けて振り下ろされる。
「うわっ!」
ゼイは間一髪で、その攻撃をかわした。
金棒は地面に叩きつけられ、洞窟内に轟音が響き渡る。
攻撃の衝撃は凄まじく、土の地面は砕け洞窟の天井からは土煙が降り注いだ。
そんな『オーク』が見せる、非常に重たい攻撃。
ゼイの防具はこれまた安物の《皮の鎧》なので、『オーク』の攻撃を一撃でも喰らうと致命傷は間違いない。
「くっ……! 今日こそ【狩人精霊】に、良いところを見せないと!」
ゼイは『オーク』の存在に注意をしつつ、自身の真上へと目を向けた。
上空には、一匹の小さなコウモリが飛んでいる。
そのコウモリは、なぜかゼイと『オーク』の戦闘を、まるで観戦しているかのような動きを見せていた。
実はこのコウモリ、【狩人精霊】と呼ばれる精霊なのだ。
【狩人精霊】とは、【狩人】が【狩り】へ出向く前に狩人協会から手渡される精霊。
今はコウモリの姿をしているが、場所によって姿かたちを自由自在に変える能力を持っている。
先程ゼイと共に洞窟へ入った兎が【狩人精霊】であり、コウモリへと姿を変えていたのだ。
そしてその目で見た【狩人】達の戦闘を魔法の力で映像として記録し、【狩人】達は【狩人精霊】を狩人協会に持ち帰った後、活躍に応じた報酬を貰える仕組みになっている。
『グオオオオオオオ!!』
『オーク』は金棒を構え直し、再びゼイに襲い掛かった。
「ソロで『オーク』を倒したりなんかしたら、きっと……!」
ゼイも震える手で、再び剣を構え直す。
最初とは違い、真剣な眼差しを見せながら――。
「――やっぱだめだぁ!」
一瞬だった。
先程見せた威勢は、どこへいったのか。
ゼイは『オーク』の容赦ない攻撃を、ゴロゴロと転げ回り必死にかわし続けた。
そんなゼイに、攻撃をする余裕はありそうにない。
「このままじゃ【狩人精霊】に、俺の死体姿が記録されそうだ……」
――いざとなったら、逃げよう。
恐らくゼイの脳裏に、そのような諦めの言葉がよぎったその時だった。
「縦振り!」
女性の声が、洞窟内に響き渡る。
「よっ!」
ゼイは女性の声を聞いて、今までとは違い反応良く『オーク』の攻撃をかわした。
「そのまま懐に入って! 攻撃!」
再び響く女性の声と同じように、ゼイが『オーク』の懐へと入る。
そしてゼイは手に持つ剣で、『オーク』のわき腹に一太刀を入れた。
『オーク』のわき腹から、鮮血がほとばしる。
『グオオッ!』
「……やった!」
「ぶん回しくるわよ! 背後に回って!」
「――攻撃! ですよね!?」
「そう!」
幻聴じゃない。
ゼイの言葉に、確かに返事が聞こえた。
すかさずゼイが『オーク』の背後に回り、再び攻撃を加える。
『グオオオオオッ!』
「よしっ!」
「気を抜いちゃだめよ!」
女性の助言もあって、ゼイはまるで『オーク』の動きを予測しているかのように行動をした。
そんなゼイの速さに、『オーク』はまったく付いていけていない。
『グオオオオオオオ!!』
「『オーク』が振り向くわ! そこで止めよ!」
「うおおおおおおお!!」
ゼイは『オーク』が振り向いた瞬間、力込めて渾身の一撃を仕掛けた。
脳天から下腹部までを、剣で一線。
ゼイの全身に、『オーク』の返り血がバシャバシャとかかる。
『……グ、オオ……』
『オーク』はそのまま力尽き、その場に倒れ込んだ。
ゼイが息を切らしながら、その様子を見つめる。
「……やった、勝った……あれっ?」
するとゼイは、キョトンとした表情を見せた。
それもそのはず、倒れた『オーク』の背後に、一人の少女が立っていたのだから――。
少女は肩の上にゼイとお揃いの《ロングソード》を載せて、なぜか後ろを向き微笑んでいた。
ゼイが首をかしげながら、少女に声を掛ける。
「……あのー、何やっているんですか?」
「えっ? 何って、よくあるじゃない。脇役が後ろ向きで、微笑んでいるシーン」
「シーン?」
「そう、シーン」
「……はぁ」
「分からない? 主人公がモンスターを倒して、地味に活躍した脇役が――」
「あぁ、その脇役の目が前髪で隠れていたりしたら、もっと渋いみたいな?」
「そう!」
少女は凄く嬉しそうな笑顔を見せ、ゼイに駆け寄ってきた。
黒髪でショートボブ、瞳の色は黒色。
鎧もゼイとお揃いの《皮の鎧》で、下に黒いスパッツを穿いている。
見るからに、地味な少女だ。
「あんた、なかなか分かってるわね!」
「……【狩人】ですか?」
「そうよ。あー、今のシーン、練習にしてはもったいなかったなぁ!」
「練習……? まぁ、助言はありがたかったですけど……」
「私はね、【狩人雑誌】に載りたいの!」
【狩人雑誌】とは、ゼイが洞窟へ入る前に読んでいた雑誌の名前。
狩人協会が一週間に一度発行している、【狩人】達の活動が載せられた雑誌だ。
【狩人精霊】の映像を画像にして活躍を伝えられたりする、いわゆる【狩人】達の愛読書。
少女の言葉を聞き、ゼイも同じように笑顔を見せる。
「【狩人雑誌】……わっ、分かります! 俺もそれに載りたくて!」
「おっ、あんた気があうわね! あんたは何? 有名にでもなりたいから?」
「……まぁ、それもありますけど、見てもらいたい人がいるというか……」
「ははーん、気になる女の子でもいるわけね?」
「……そんな感じです」
ニヤニヤと笑う少女に言い寄られ、ゼイの顔は赤らんだ。
「あんた、レベルは?」
「あっ……5です」
「レベル5!? ソロで『オーク』を【狩り】するレベルじゃないじゃない!?」
「はは……今日は【狩人雑誌】の締め切り日だし、ちょっと焦って背伸び【狩り】しちゃって……」
「長剣を使ってるんだから、せめて盾を装備しなさいよ! 私は機動性重視で、盾は装備しないけどさ!」
「俺も、そんな感じです……」
「まったく……まぁおかげで私は、いいシーンの練習になったけどね」
「助言、ありがとうございました!」
すると少女は、一瞬考え込むような仕草を見せた。
しかしすぐさま、ゼイの左肩を叩く。
「――よし。ねぇあんた、私とPT組まない?」
「えっ?」
「さっきのあれ、なかなかの戦闘センスだったわよ!」
「……ありがとうございます」
「お互い【狩人雑誌】に載るためにさ、協力しましょうよ!」
「おっ、俺は別に構わないですけど……」
「決まりね! よろしく!」
「よっ、よろしくお願いします!」
ゼイはいきなりの提案に驚いた表情をしつつも、PTを組むことを承諾して少女と握手を交わした。
「俺の名前は、ゼイ・デュランダール。十七歳です」
「私は、アスカ・ジョワユーズ。十九歳よ」
「えっ?」
「何?」
「あの……伝説の?」
「そうよ」
洞窟内に、沈黙の空気が流れる。
「えええええええっ!?」
少し間が開いて、ゼイの叫び声が洞窟内に響き渡った。
なんとこの少女は、【狩人】レベル40、先程ゼイが【狩人雑誌】で見た伝説の【狩人】アスカ・ジョワユーズだったのだ。