第四話 市場(前編)
自己満です。
稚拙な文章です。
同じく三ヶ月前―――。
俺が目を覚ましてから五日が過ぎた。
◆◆◆
この日、村の中心にある広場にて、
三日間、開催される『市場』(初日)に来ていた俺。
実はちょっと、乗り気じゃなかったり。
ちなみに、この村の広場、俺が想像していた以上に広い。
例えるなら、東京ドーム三個分くらい。
いや、ただ言ってみただけ。
まあ、そのくらい広いってこと。
その無駄に広い……ではなく、広大な広場だが、
中央には、立派な『時計塔』が建っており、
周りには『王都ヴェル』や、
隣国のベルムヴィーゲ 帝国の『帝都クゥインオルス』からやって来た行商人たちの様々な露店が、
所狭しと軒を連ねていた。
店の数は多いのか少ないのか、俺には全く分らないが、
市場は、この村の住人や、
近隣の街(歩いて数日かかる)や、王国、帝国からの旅行者や冒険者、
商人など、方々からやって来た買い物客で賑わっており、活気に満ちている事は容易に理解できた。
ぶっちゃけ、此処に来る迄はショボい市場を想像していた俺だったが、
いい意味で裏切られたわけで……。
そんな活気を目の当たりにし、
月に一度のこの市場が、この村、ひいては両国間にとって『一大イベント』だと言う事を実感した。
ただ残念だったのは、俺のモヤモヤした気持ちと同じくらい、
空がどんよりと曇っている事。
そして……。
◆◆◆
「うおー! 前回よりも人が増えてるぞ!」
まるで子供のようにはしゃぐアベルト。
今日は、革製の鎧ではなく『ごく普通の村の少年』風? の格好をしている。
もちろん、あの立派な剣も帯剣していない。
「あっ、アベルト。そんなにはしゃいだら他の人の迷惑になりますよ」
買い物前にもかかわらず、何故かパンパンに膨れ上がったリュックを背負った、
『いつもの格好』のフリームが、アベルトに注意するも、
「大丈夫だって! ―――おっと」
まったく聞く耳を持たない。
てか、前を見て歩けよアベルト。
「そうよアベルト、気を付け……って、ちょっと待って!」
『オシャレで可愛い普通の服』に身を包み、ショルダーバッグを肩から斜めにかけ、丁子色の髪をピッグテールにしたリリアを無視し、
「おーい、三人とも。早く来いよー!」
と、元気いっぱいに走り出すアベルト。
アレはまるで、興奮を抑えきれない散歩中の『犬』だな。
ルックスはいいのに、中身の方は少々残念なヤツだ。
そうだ! 今度、犬を飼う機会があったら『アベルト』と名付けよう。いつになるか分からないけれど。
そんな事を考えながら、
俺は、ふと硝子細工のような工芸品が並べられた、
店の前に立ち止まり、そこに置いてある、大きな鏡を覗いた。
鏡には、エマが『王立魔法学校の教師』だった頃に着ていたと言う、
露出の高い、小悪魔的で異性を誘うような感じの女魔道士風の―――青みがかった銀髪をツーサイドアップにした、金色の双眸の『魔女っ娘』ぽい姿の美少女(俺)が映っていた。
「………」
《……てか、このミニスカート。今にもパンツが見えてしまいそうなんだが。て言うか、絶対に見えているよな? コレ。 エマは「私も、若い頃に穿いていたし、絶対に見えないから、大丈夫よっ」とは言っていたが……本当に大丈夫か? 実は見えていて、その事に若い頃のエマが気付いていなかった。と言うオチじゃないだろうな?》
俺は鏡の前でくるっと回り、自分の後ろ姿を確認した。
白い柔肌の太股の所が、かなり際どいが、中身が見えていないのは、どうやら本当だった。
しかし、どうも落ち着かないのも事実だ。
スカートの裾を気持ち下げる俺。
何となく、クラスメートの女子たちが、階段を昇るとき後ろを抑える気持ちが分かったような、分からないような……。
それはそうと、本当に、こんな格好で教壇に上がっていたのかエマは?……うーん。それはそれで、ちょっとだけエマの授業を受けてみたかったかも。
って、何を考えているんだ俺はっ!
―――今朝は、俺の服選びで家中がドタバタした。
結果的に、この魔女っ娘スタイルになったが、
それまでエマとリリアの着せ替え人形状態だった俺。
「お出掛けするなら、可愛い服で(以下略)」と、リリアの発言が発端だった。
ちなみに俺に拒否権は与えられなかった。
それにしても、俺の体型(巨乳)にぴったりの服がコレしか無いとは……。
リリアの服の方が『普通』ぽくて、コレよりはマシだったのだが、
結果的に、どれも胸元がキツくて、俺には着れなかった。
て言うか。
《やっぱり、あの『無地で白いワンピース』の方が無難だったのではないだろうか?》
なんだかんだ言っても動きやすいし、スウェット感覚で気軽だし。
元々、エマのマタニティ服だから、ゆったりしていて、胸の締め付けもそんなに無いし。
今朝みたいに服選びで、ドタバタする事も無かっただろうし……。
モヤモヤした気持ちと、憂鬱な気持の織りなすハーモニーに包まれながら、トボトボと歩き出す俺。
と、その時。
「なあ、あの子、もしかして噂のハヤちゃんじゃないか?……」―――「へえ、あの子がガレッグさん所の……って、すっげー可愛いじゃん」―――。
そんな声と共に、市場でスレ違う村人らしき数人の男たちから熱い視線を感じまくる俺。
こんな格好をしているせいもあって、急に恥ずかしさが、こみ上げてくる。
なぜ、男たちは俺の事を知っているのか?
原因は、またもや数日前の『握手会』だ。
あれ以来、俺は、一部の村人たちにストーキングされるのと同時に、
どうやら、この村の有名人になってしまったらしい。(アベルト、フリーム曰く)
そのせいで、市場に来る途中の道では、
見知らぬ村人たち(男女半々くらい? もちろんリリア、アベルト、フリームの知り合いではない)から、必ずと言っていいほど、声をかけられた。
その度に、リリアが追い払って(?)くれたけど。
つーか。何で、男の俺が、男どもに、いやらしい目で見られなきゃなんねーんだよ。
まあ、道で女の人たちに声を掛けられた時は、ちょっと嬉しかったけどさ。
「あ、ハヤお姉さま。髪が……」
「ん?」
《髪? ……あっ。 本当だ》
右側の髪を束ねている赤いリボンが緩くなってる。
考え事をしながら、頭を触ったからか?
「動かないで下さい。今、結び直しますね」
そう言うと、俺の右側に回るリリア。
きゅっと、リボンが結ばれる音が聞こえる。
「これで大丈夫です!」
「んっ」
《……ありがとう》
「いいえ」
リリアが俺に微笑む。
そう言えば、この髪型……今朝リリアに、
「せっかく、お出かけするのですから、髪型も可愛くしましょう!」と言われ、
無理やり赤いリボンで、ツーサイドアップにされたんだっけ。
俺的には、いつもの髪型でも良かったんだけど……。
んー、どうも俺は、リリアの押しに弱い気がするなぁ。
「おーい、二人ともー。 何してんだよ! 早く来ないと置いていくぞー」
しびれを切らしたのだろうか、アベルトが俺とリリアを呼ぶ。
今更だが、今日、俺と一緒に来たメンバーは、
リリア、アベルト、フリームの三人。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
昨日、ガレッグが稽古から帰宅し、
彼の弟子であるアベルトとフリームを家に招き、俺に紹介してきた。
ちなみに、二人とも、リリアの幼馴染だ。
アベルトは『見習い剣士』で、十五歳になったばかり。
年齢は、俺(十六歳)の一つ年下で、十四歳のリリアの一つ年上。
容姿は―――背はそこそこ高く、体つきは、パッと見細いが、
意外と筋肉質な細マッチョ系? 髪は茶髪でショート。
肌は程よく日焼けしており、
顔は端正で、なんとなく女ウケけが良さそうな、スポーツマンタイプだ。
あ、スポーツマンと言っても、ダンサーやサーファーの様なチャラい系のイメージね。
更に、ガレッグからは、剣の腕は「資質にすぐれ、センスもあり、天才的ではあるが……」
と評されている。
ちなみに、その「あるが……」について、俺はすぐ理解した。
端的に言うと、アベルトは軽くKYだ。
空気を読んだり、深く考えてから行動をしない事が多い。
そして、考えるよりも先に体が動くタイプと言う印象も受けた。
端的の更に端的に言うと『バカ』なのかもしれない。
一緒に来たフリームからは「場をわきまえなかったり、考えなしの行動が多い」と言われていたし。
だが、真っすぐで、正義感が強く、とりあえず良いヤツなのは、わかった。
それと、ガレッグのもう一人の弟子フリームだが、
彼は『見習い魔道士』らしい。
年はリリアと同い年で十四歳。
剣士に師事する魔道士……。
俺は、それを聞いた時、不思議に思ったのだが、
実は、ガレッグ。
あの熊みたいに大柄で、まるで肉弾戦しか出来ないような風貌にもかかわらず、
頭脳系(?)の魔術もそつなくこなす『魔法剣士』らしい。
おまけに、エマと同じく『四元素系属性魔法』の『中級』以上の使い手だとか。
確か、歴代の『騎士団長』の中でも、『魔法剣士』は珍しく、
更にガレッグは、剣の腕も歴代の中でトップだったとか。
何とも器用な……。
そんな訳でフリームは最初、エマに魔法を教わっていたらしいが、
「実戦なら、経験豊富なガレッグに教わった方がいい」と言われ、
以降、ガレッグに師事することになったらしい。
ちなみにガレッグの現在の職業だが、
彼はエマと違い、無職だ。
主夫と、言うわけでもない。おまけに家事全般は壊滅的だし。
なんでも、騎士団の退職金(?)が、
かなり入ったため、普通に暮らしていれば一生、食うには困らないと言っていた。
想像つかないが『騎士団長』って、超エリート?
だとしたら、それくらいの退職金は出るだろうなぁ。
あ、それでフリームだが……。
彼は、ずばり『博士』と言うあだ名が似合いそうな少年だ。
真面目で、勤勉家で、物知りで、自分を「ボク」と言い、言葉使いも丁寧だ。
おまけに魔法を覚えるのも早いとか。
ただ、無意識らしいが、その頭の良さをひけらかす事もあるらしく、
あの薬草がどうとか、魔法の歴史がどうとか、そして、この世界の誕生がどうとか……。
アベルトからは「お前の話しを聞いていると、たまに頭が痛くなる」と言われていた。
それと容姿だが……彼に顔は無い。
いや、有るのだが表情は窺い知れない。
だって、尖がった黒い魔道士ぽい帽子を深く被り、
黒紺色の外套マントの襟を立てて、常に顔を隠しているんだよ?
分かりっこないって。
でも、皆フリームの素顔を見た事あるんだよな。
今度見せてもらおう、てか、ブサメンだったりして。
おまけに体は小柄で、全体的に細く、
マントから覗かせる手足も色白。
俺的には、もっとこう『男らしく』?
日焼けをしたり、体を鍛えた方が良いと思うのだが。
まぁ、きっと彼は『インドア派』なのだろう。
何となくガレッグ、アベルトとは対照的だ。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
ちなみに今日は、『特別』に稽古は休みだ。
月に一回(期間は三日間)の市場が開かれる初日だという事で、
ガレッグが昨日「明日は『特別』に稽古は休みにする」と言った。
本当はリリアと二人だけで来たかった俺。
だが、空気を読まないアベルトが「大勢の方が、絶対に楽しい」と、余計な事を言ったせいで、
ガレッグやエマが「二人がいるなら、安心」と、賛成した結果、
四人で来る事になってしまった。
本当に残念だ。
……でもまあ、過ぎた事を悔やんでも仕方ない。
それに、後々この二人……アベルト、フリームとは、別行動する予定だし。
あ、そう言えば、ガレッグとエマは大丈夫だろうか。
今頃は、俺の出待ちをしている『あまり賢そうではないストーカー集団』とバトル中―――じゃなかった、相手をして、色んな意味で参っていたりして……。
でも、そのお陰で俺は外に出る事が出来たんだけど。
家に帰ったら、二人にお礼を言わなきゃな。
まあ、この格好は不満だけど。
それと、お風呂の電球は……明日エマが市場に来て買うって言っていたから、
買って帰らなくてもいいんだよな?
でも、気を利かせて買って帰ろうか。
いや待て、エマは市場に来たがっていたから、余計な事はしない方が良さそうな気もする。
と、また考え事をしながら歩く俺を、リリアが呼ぶ。
「ハヤお姉さま~!」
「……んん?」
《……ん? あれ? ちょ、皆、歩くの早いぞ!》
俺は早歩きで、皆の居る所へ向かった。
―――が、
足元の小石につまずき、
「うにゃ!」
《ぶっ!》
転んだ。
って、これじゃまるで、『ドジっ子』じゃないか!
と、セルフツッコミをしてみた。
て言うか、地面にぶつけた鼻が痛い。
「だ、大丈夫ですか、ハヤお姉さま!?」
涙で視界が滲む俺のもとに、リリアが駆け寄ってきてくれた。
その声に気付いたのか、アベルトとフリームも駆け寄って来た。
てか、キミらは来なくていいよ。 リリアがいるから、もう大丈夫だから。
「よかったぁ……お怪我が無くて。 起きれますか? ハヤお姉さま」
「んっ!」
《おう!》
リリアがしゃがみ、俺にハンカチを渡してくれた。
俺は上半身を起こし、地面にぺたりと座りながら、
そのハンカチで涙を拭く。
「うううっ」
《ありがとう、リリア》
ごしごしと涙を拭く俺に、アベルトが、
「おいおい、大丈夫かハヤ? びっくりしたぜ。まったく」
そっぽを向きながら、偉そうな態度で言った。
って、お前、どこ見て言ってんの?
そんなアベルトの横でフリームが中腰になり、
「怪我が無くて何よりですハヤ」
と、深く被った帽子と、マントの襟で顔は見えないが、
安心した表情を俺に向けている……気がした。
そして、フリームは、そのままアベルトの方へ向き、
「……それにしてもアベルト。もう少しゆっくり歩いたらどうですか?
ハヤだって、リリアだって、色々とお店を見ながら歩きたいと思いますよ」
そっぽを向いているアベルトを諭す。
「そうよ。アベルト」
リリアがフリームの意見に賛同する。
「はあ? べつに俺は……って、そうか。ハヤの記憶が戻るきっかけになる『物』が、
有るかもしれないしな!」
アベルトが、納得した表情を浮かべる。
だがしかし、『記憶が戻る』事は無いな。
そもそも俺は記憶喪失じゃないし。
「まあ、それは、無くもないですが―――いや、ボクが言いたいのはそう言う事ではなく、女の子は、たとえ買い物をしなくても……」
「よし、わかった! それじゃ、早く行こうぜ! って、おい皆、あれ見みろよ! すっげー! 帝国の大道芸かな?」
と、足の長さが数メートルもある、ピエロみたいなモノを指差し、
話しの途中のフリームを尻目に、再び、はしゃぎながら歩き出すアベルト。
てか、最後まで話しを聞いてやれよ、お前……。
「あ、アベルト。まだ、ボクの話しは終わっていま―――」
「………」
《フリームも気苦労が絶えなさそうだな》
そんな、俺とフリームの横で、
リリアがアベルトの後ろ姿を微笑ましく見つめている……?
「………?」
《何で?》
◆◆◆
数分後。
相も変わらず、歩くスピードを俄然落とさないアベルト。
それに喰らい付くように歩く俺たち三人。
途中、俺は何度も転びそうになったが、何とか踏ん張った。
ちなみに現在、俺たちはこの『市場』の案内図が置いてあるという、
中央の時計塔を目指している。
案内図を見た後は、この男どもとは別行動だ。
《てか、普通、案内図って、入口とかに在るもんじゃないのか?》
俺がそんな疑問を抱いていると、
「なあ、フリーム。いつも思うんだけど、何でこの市場の案内図って入口に置いて無いんだ?」
「はー。そうですねー。言われてみれば、確かに。……それについては、ボクもアベルトと同じ疑問を持たざるを得ないです。リリアはどう思いますか?」
「え? 私? ……ん~。確か入口って『南』だけじゃなくて、各方角にもあって―――だから、複数個所に設置するのが大変で―――わかり易い場所で、目立つ時計塔の前に設置したとか。かな?」
何やら、リリアが正解ぽい事を言った。
「ああ~。それ有り得るな」
「一理ありますね」
俺も、納得。
まあ、あくまでリリアの推測だが。
でも、多分この市場の運営は……、
運営A 『て言うかさー、案内図を描いたんだけどぉー、何か~入口がやたら多くて、その数だけ作って設置するのって超ダルくねえ?』
運営B 『あー、だったら、どの方角からも目立つ、あの時計塔の下に案内図を設置したら良くねえ? もしかしてオレって天才?』
運営A 『おっ、それいい~。やっぱお前、パネーわ』
と……。
それで『案内図が見たかったら、時計塔まで見に来いっ』
と言うスタンスなのだろう(推測)
てか、それって完全に運営側の手抜きじゃん。
まあ、この世界、コピー機や印刷機みたいな物も無さげだし、
だから、パンフレットも作れないだろうし、
市場を開くのは三日間だけだし、
コスト削減として、その考えに至るのも分らなくはないけど。
それにしてもこの広場……本当に東京ドーム三個分の面積があるんじゃないのか?
やけに広すぎだろ。
俺の出任せも満更でもない。
―――そして俺たち一行は、再び時計塔を目指す。
その時だ、リリアが足を止め、
「ハヤお姉さま、見てください! この『ぬいぐるみ』すごく可愛いですよ」
『雑貨屋』らしき露店の前にある、カラフルな日よけ傘の下の台に積まれた、豚のようなぬいぐるみを、指差した。
《ん? どれどれ……。って、ちょっ!》
この、豚のぬいぐるみ、顔が皺だらけで、
不気味なんですけどっ! すっごくキモイんですけど!
―――にもかかわらず、
リリアは、豚らしき動物のぬいぐるみが積んである台の前にしゃがみ、
「わぁ、可愛い!」って、言っているし!
もしかしてこの子の感性って……。
「………」(じーっ)
《でも、女の子って、たまに意味不明に『可愛い』を連呼するよな。 アレはいったい何だろう……》
俺が何となく、リリアと、ぬいぐるみを見つめていると、
横からフリームが現れ、
「ほー。なるほど。
これは、ここデアノル村の名産であり、『西の大陸で最高級の豚肉』と謳われている、
『パッドル豚』のぬいぐるみですね。この職人、いい仕事をしてますね」
と、まるで、どこかの鑑定士のような口ぶりで、俺の知らない知識をひけらかす。
表情は窺い知れないが、なんとなく得意顔をしている気がして、少しうざい。
《てか、『ぱっぴる豚』って何だよ》
俺は、きょとんとして首を傾げる。
「へえ、良く出来ているな、あの旨い豚肉のぬいぐるみか。でもさー、何かコレ、
うちのベル婆さんみたいに、顔がしわしわだな。 ぶはははっ」
ぬいぐるみを片手に取ったアベルトが、
口を挟みながら笑い出す。
「ちょっと、アベルト。ベル様に失礼よ」
「えー、だってこの辺の皺なんて……超似てるぜ。それに婆さん今ここに居ないし、別に良いじゃん」
「全然、良くないわよ」
アベルトの発言を咎めるリリア。
その二人の後ろで、黒いとんがり帽子を深く被り、
黒紺色のマントの襟で隠れて、表情は見えないが、フリームも笑っている。
……気がした。
《仲良いな、あの三人》
そんなことを思いながら、ふと市場に来る途中で聞いた、
『アベルトとフリームが、ベル婆さんと一緒に住んでいる』と言う話しを思い出す。
確か、ベル婆さんのフルネームはベル・ノースで、
アベルトはアベルト・ノース。
そして、フリームはフリーム・ノース。
だが三人とも血は繋がっていない。
どういう事かと言うと、
アベルト、フリームの二人は生まれてすぐ、
ここ、デアノル村の『外れの森』に捨てられていたのを、
ベル婆さんに拾われたらしい。
それと、血が繋がっていない理由は、アベルトは人間族だが、フリームは違う種族らしい。
何族かまでは聞いていないけど。
「………」
《仲の良い幼馴染か……》
何故か親近感がわく俺。
懐かしさがこみ上げ、ノスタルジックな……。
《ん!? 何だこれ。あれ? 何か思い出しそう! やばい、やばい!》
頭の中がふわふわしだし、変な感覚に陥る俺。そんな俺の耳元で、
[ねえ―――聞こ―――えてる―――はずな―――のに無視―――しな―――いで]
「……んんっ!?」
《えっ?》
数日前にリビングで聞いた、少女の声が語りかけてきた。
俺はすかさず振り返り、その反動のまま辺りを見回す。
だが、やはり、誰も居ない。
そして、今回は寒気を感じない。
―――が、
寒気ではない、違うものを感じた。
その違うものは、俺たちを囲むように……。
「!?」
《!?》
いつの間にか人だかりができていた。
しかも人だかりの視線は、俺たち四人へ―――いや、違う。
俺に向けられている?
「ほら、あの子……」―――「うっそーっ。超美人じゃん」―――「べっぴんじゃのう」―――「あんな美しい少女は帝都でも見かけないぞ……」―――「おい。お前、声かけてこいよ……」―――「バっカ、あんな可愛い子、俺らと一緒に冒険なんてするわけないだろ」―――「ママ、あのお姉たん、女神しゃまみたい」―――「ほう。まさかこんな田舎で、あのような美しい少女に……」―――「何処の街の子だ? やっぱり帝国と違って、シュヴェルトラウテ王国は美人が……」―――。
「!?」
《こ、これは視線を感じるってレベルじゃない。うううっ。恥ずかしくなってきた。しかも顔が熱いっ!》
思わず、うつむいてしまった俺。
そんな俺の耳に、リリアたちの話し声が届く。
もしかしたら、この人だかりの、ひそひそ話しを拾った例の『聴力』のせいだろうか。
「おい、リリア。 これって……」
アベルトが、この状況に気付き、
人だかりに背を向けているリリアの後ろを指さす。
「何よアベルト。またそうやって誤魔化し……あっ!」
リリアが振り返り、
人だかりに気付き驚く。
そしてフリームが、
「どうやら、この人だかり……ハヤを見ているようですね」
冷静に状況を判断する。
「やっぱ、そうだよなフリーム……よし! ここは、俺に任せろ!」
そう言うと、アベルトが俺に近付いて来た。
つーか、『俺に任せろ』って、いったい何をする気だアベルト。
次の瞬間、近付いてきたアベルトが俺の小さな手をぎゅっと握り、
力強く引っ張る。
「ん?」
《もしかして、俺の手を引いて、この場から離れる作戦か?》
―――と、思いきや、そのまま、俺を抱きかかえ、ってお前、これっ『お姫様だっこ』じゃねーか!
てか、スカート短いからっ! パンツ丸見えだからっ!
だが、アベルトの暴走は止まらない。
「もう大丈夫だハヤ。俺が絶対に守ってやる!」
端正で女ウケの良さそうな顔を俺に近付け、
意味不明な『呪文』を投下してきた。
「んっ!」
《えっ?》(ドキッ)
って、なに言ってんの、お前!?
全然、意味分かんないんですけどっ!
しかも、人だかりは俺のスカートの中身を見て「おお~」と言ってるし!
「ピンクの横縞だ」「うん。見事なピンクの横縞だな」とか、明らかにパンツの色を言ってる奴もいるし!
そのせいで、俺は恥ずかしさ倍増だし。
もちろん心臓バクバクだし。
ドキドキ止まらないし……。
「んんん! んっ!」
《お、おい。アベルト! 早く降ろせ! バカ!》
俺は必死に暴れ、お姫様だっこを拒否・拒絶・否定する。
が、アベルトはお構いなしに、再び意味不明な『呪文』をぶち込んで来る。
「心配しなくてもいい。俺が責任をもってハヤを……」
駄目だこいつ・・・早くなんとかしないと・・・。
そして、アベルトが俺をお姫様だっこをしながら、
人だかりに向かい、
「あー。すいません皆さん。俺たち、これから行くところがあるので、
ちょっとだけ道をあけてくれませんか?」
と、爽やかな笑顔を周りの人だかりに振りまきながら、
体をくるっと半回転させようと……って、ちょっまて、この状態でそんなことしたら……、
だが、そんな俺の言葉が届く筈も無く。
「んんんんんんんんんっ!」
《いやあぁぁぁぁっっ! らめぇぇぇぇっ!》
アベルトの腕に抱かれたまま俺は、
遥々お起こしの皆様に『白とピンクの横縞パンツ』を惜しげもなく、ご披露した。
それは、まるで羞恥プレイの如く。
恥ずかしさのあまり、俺は両手で顔を覆い隠す。
「うううっ」
《ううっ、アベルトに辱められた。もうお婿に行けないっ》
俺がそんなくだらない事を言っていると、
「あれ? あいつ、ベル様ん所のせがれでねーか?」―――「あんれまあー、本当だっぺ」―――「ベル様にはいつも世話さ、なってるかんなぁ……」
数人程の口から、ベル婆さんの名前がチラホラ聞こえはじめる。
かなり『田舎者』臭い口調だが、この村の住人だろうか?
って、今はそんな事どうでもいい!
それと、右に居るハゲ。俺のパンツを覗きながら言うな!
―――そして、人だかりの中の数人の村人らしき男女が、左右に移動し道を開けた。
何故かそれにつられるように、人だかりが、ササッと左右に割れる。
「………!?」
《へっ!?》
俺がその光景を、指の隙間から覗き、驚いていると、
アベルトが―――突然走り出す!
走る~、走る~、俺たち。 いや、実際走っているのはアベルトだけだが。
そんなアベルトの行動の一部始終を、唖然として見ていたのだろう、
リリアとフリームが我に返ったように叫ぶ。
「あっ!」
「えっ!?」
そして、俺とアベルトを追いかけるように、二人も走り出した。
走る~、走る~、俺たち。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
読んで下さりありがとうございます。
ちょくちょく修整します。