第三話 居候少女とママン
自己満です。
稚拙な文章です
同じく、三ヶ月前―――。
俺が目を覚ましてから三日が過ぎた。
◆◆◆
「では、ハヤお姉さま。行ってきます」
「んんっ」
《おう、気を付けてなっ》
カーテンを閉めきっているにもかかわらず、
この二階の部屋は、朝の日差しのお陰で薄明るい。
そんな部屋の中、筆記用具の入った鞄を持ったリリアを見送る俺。
「あ、それとハヤお姉さま。くれぐれも外には出ないで下さい。私もなるべく早く診療所から戻りますから」
「んっ」
《……わかった》
俺はコクリと頷いた。
これからリリアは、師事しているベル婆さんの診療所へ、治癒魔法を学びに行く。
ベル婆さんは、村人たちの診察の合間に、リリアに治癒魔法の手ほどきをしているらしい。
更に、昼頃になるとリリアは、
ガレッグたちの稽古場まで『お弁当』を届けに行くとも言っていた。
何でも、それら全てがリリアの日課だとか。
ちなみに、リリアは学校には行っていない。
本来ならリリアは中学生……確か、俺の二つ下で十四才。
学校へ行くべき年齢なのだが、このデアノル村には学校は存在しない。
一応、村の近くの街(徒歩で二日かかるとか)には学校が有るらしいけど。
と、言ってもこの異世界『ティエ・ラ・タナ』……いや、この『シュヴェルトラウテ王国』では、
貴族以上の身分か、裕福層、学業や運動に秀でている者しか学校には入れないらしい。
無論、この国の民であることが大前提だ。
また『魔法学校』と言うモノも有るが、
コッチは当然の如く『魔力と素質』それと、一般的な勉強が多少、出来ないと入れない。
一般的な勉強とは、普通の四教科(国語・数学・理科・社会)。
ともあれ、何とも選民思想チックな匂いがする国だ。(選ばれた人を特別扱いとか……)
でも、ガレッグがチラッと言っていたが、
先代の国王が亡くなり、跡継ぎが『息子の王子』か『娘の王女』かの、後継者争いの渦中、
王女が掲げた『平等』宣言の中に『いかなる身分の者、他国の出身者でも、平等に学校へ……』と言うものが有ったらしい。 宣言の中の、いくつかある項目の内の一つらしいが。
しかし、結局、王位は兄である王子が継承した事で、その案は白紙になったとか。
《学校くらい、誰でも行けるようにしてやればいいのに》
昨夜、リリアが、元『王立魔法学校の教師』だったエマから、
真剣に勉強を教わっている姿を見た俺は、そう思った。
ちなみに、エマは教師であるのと同時に優秀な魔道士だったらしく、ベル婆さんと違い『四元素系属性魔法』と言うものが使えるらしい。
ただ、ベル婆さんの使える『魔神系属性魔法』と言うものは使えない為、
魔神系属性しか使えないリリアには、魔法の類いは一切教えていないと言っていた。
て言うか『四元素系』とか『魔神系』とかって何だ?
まるで漂白剤の『塩素系』や『酸素系』みたいだが、って関係ないか。
それに、同じ『魔法』と名が付いているけど……もしかして種類が違うのだろうか?
ん~。まったく分からん。
「……それと、家の中なら安全ですが、くれぐれも戸締りは確りと―――」
リリアが念には念を入れるが如く、部屋のドアを開けながら、俺に言った。
「んっ」
《お、おう。てか時間は大丈夫か? リリア》
俺は部屋の壁に掛けられている、丸い時計に目配せをする。
それに気付き、時計を見るリリア。
「あっ! そうでした!」
慌てて、階段を降り、家を飛び出すリリア。
俺の心配をしてくれるのは有り難いが、少々、過保護ではなかろうか?
俺だって、子供じゃない。身の危険を感じている事くらい自覚している。
眉間に皺を寄せ、二階の部屋の窓のカーテンの隙間から、
家の外の様子(門の方)を窺う俺。
まるで裕次郎がブラインドの隙間を覗くイメージで……。
◆◆◆
昨日のよく分らない騒ぎは、
俺の思いつきでおこなった『握手会』で、なんとか収束した。
だが、冷静に考えると『男として』何か大事なモノを喪失した。そんな気分になる。
つまり自己嫌悪だ……。
これが、俗にいう『黒歴史』と言うモノのだろうか。
早く忘れたい。
おまけに、その黒歴史のせいで、
今、少々困った事になっている。
原因は……今、俺がこの部屋から眺めている、あの連中だ。
と言うのも、どうやら昨日のあの一件で、数人の男たちが俺に対し、
付きまといや追い回し行為を始めたらしい……。
つまり、俺はこの村の一部の男たちからストーキングされる事になってしまった。
さっきまでは、ガレッグが居たから、ストーカーたちは大人しく姿を消していたが、
そのガレッグが、稽古場に向かったの知り、数分前から再び家の前に集まりだしている。
ちなみに奴らがストーカーだと判明したのは、ガレッグが俺にそう言ったから。
なんでも、早朝から家の前に集まっている集団にガレッグが気付き、
彼らと直接話しをしたらしい。
でも、ストーカーと言う単語は、ガレッグからは発せられてはいないが。
《てか、あの集団、面と向かってガレッグに『付きまとって、追い回している』……なんて、よく言えたな》
そう考えると、奴ら少し頭が……いや、だからと言って、油断をしてはいけない。
とりあえず家の中に居れば大丈夫だろう。
出かける間際、リリアと同じくガレッグも「家から出なければ大丈夫だ」と言っていたし。
更に「今後の事もあるから、後で俺がベル様に相談する」とも言っていた。
何か、お父さんぽい……にしても、今日も稽古って、
ドラ○ンボールの悟○じゃあるまいし、ガレッグは働いていないのか?
………まっ、どうでもいいか。
「ふぃ~」
《はぁ〜。あいつら早く帰ってくれないかなぁ》
何だか、パパラッチに付きまとわれている海外セレブの気持ちが、
わかるような、わからないような。
それはそうと、リリアもリリアで色々と忙しそうだな。それに引き替え、俺は
「………」
《……暇だ。暇暇暇暇!》
ベッドに飛び乗り、仰向けで駄々をこねる子供のように手足をバタバタする俺。
そして、我に返る。
《何だコレ。何で俺こんなバカみたいな事を……》
分らない。この体が原因なのだろうか、
意識を戻してから、何故か不可解な行動が多い俺。
………まっ、どうでもいいか。
だが今現在、暇なのには変わりはない。
いや、正確には暇になったと言うべきか。
実は今日、家の近所を散策する予定だった。
ガレッグたちから、何となくこの世界の話しを聞かされてはいるが、
実際、どんなものか、肌で感じてみたいと思ったから。
しかし……。
ストーカー集団のせいで散策は中止。
ホント迷惑な話しだよな。
という事で今日は家で過ごす。
てか、平日(と言っても、今日がこの世界の平日なのかは不明だが)の、この時間帯に家にいると無性に、風邪を引いて学校を休んだ日の事を思い出す。
一日中、だらだらとテレビを観ていたり、ネットで動画を観たり。
好きな時に寝て、好きな時に起きて……。
でも異世界、何となく『中世の西洋風ファンタジー』のような世界っぽいし、
それに、テレビもパソコンも、携帯も無さげだし。
《ん? テレビ? パソコン? 携帯?》
そう言えば、何でこんなところに居るんだろう俺。
確か、普通の高校生だったはず。
いったい、何が起こったんだっけ?
ものすごく大事な事を忘れているような、そんな気がする。
でも、まったく思い出せない。
誰かと、バスに乗っていたのは確かなんだけど……。
それで、気が付いたら森の中で倒れていて。
んー。……ダメだ。思い出そうとすると頭が痛くなってくる。
なので、考えるのも止めよう。
それに腹も減ったし。
と―――その時、
『ぐぅ~っ!!!!!!!!!』
物凄く大きな音と共に俺の腹が鳴った。
そして、何故かめちゃくちゃ恥ずかしくなる。
《そう言えば『おなら』をした時も、周りに誰もいないのに恥ずかしくなる。 もしかして、俺が意識していないところで、この『少女』が恥じらっているのか?》
いやいや、まさか。
『ぐぅ~!!!!!!』
と、また俺の腹が鳴った。
《そう言えば……朝飯まだだったなぁ》
よし、台所へ行こう。
《迷わず行けよ、行けばわかるさ(?)何か食べ物が有るはずだ》
俺は、カーテンの隙間を埋め、部屋を後にし階段を下り、一階のリビングへと向かった。
何故リビング?
それは、台所とダイニングへ行くには、リビングを通った方が近いから。
◆◆◆
「あら。ハヤちゃん、どうしたの?」
階段を下り、リビングに入るとエマが声をかけてきた。
今日は、診療所の手伝いが休みで、家に居たんだっけ。
ストーカー集団の事で、失念していたぜ。
だが、これはラッキーだ。
何か美味しい物を作ってもらおう。
俺はニコッとしながら、
お腹をさすり、可愛らしく「腹ぺこ」のジェスチャーをした。
「あ、わかったわ! お腹がすいたのね?」
「……ん」
《うん》
俺はコクリと頷く。
《すんなりと伝わったな。よし!》
「じゃあ、ちょっと待ってて。 今、何か作るから」
そう言うと、リビングにある『禍々しくも美しい』大きな振子時計を布で磨いていた手を止め、
台所へ向かうエマ。
何を作ってくれるのか楽しみだ。
あ、そう言えば―――。
台所へ向かうエマの後姿を見ながら、俺は昨日のあの不思議な声を思い出す。
《確か、この振り子時計を見た時、あの声がしたんだっけ》
俺は『禍々しくも美しい』立派な振り子時計へ視線を向けた。
だが……何も聞こえない。
やはり気のせいだったのだろうか?
◆◆◆
数分後、エマに呼ばれ、美味しそうな匂いが漂うダイニングへ移動した。
テーブルの上には、目玉焼き、生ハムとチーズとレタスのような葉と、
タマネギやらのサラダのような物、そして湯気の立ったスープと、
薄くカットされ、こんがりと焼かれたフランスパンぽいトーストが置かれていた。
これらすべて、俺の居た世界の食材と似ている。
だが、やはりと言うか、当たり前と言うべきか、
若干違うところもチラホラ。
まあ、そんな事はどうでもいい。
てか、旨そうだなー。
エマも、リリアも料理が上手いし。
これは期待が膨らむ。
「んんんーっ!」
《いただきまーす》
ダイニングのテーブル席に着いた俺は、
目玉焼きに自家製のタレのようなソースをかけ、
既にトーストの上に乗せておいた生ハムとチーズのサラダの上に、目玉焼きを乗せる。
そして、その上に、もう一枚トーストを乗せ、
挟む―――つまり、サンドイッチの完成だ。
それを見たエマが、手に持つ陶磁器のようなマグカップに、飲み物を注ぎながら、
「あら、珍しい食べ方ね。でもそれ、朝とか時間の無い時にいいかも! 今度やってみようかしら?」
と、言って陶磁器のマグカップを俺の前に置く。
「ん、ん!」
《ぜひ!》
俺がコクリと頷くと、エマがニコッと笑った。
《確かにサンドイッチなら、忙しい朝や、食事時間の短縮にもなる》
で、味の方だが、予想通り最高。
舌鼓をうつ俺。
パンを口に含んだまま、スープをふーふーしながら飲んでいると、
エマがダイニングの椅子に腰掛け、俺と向かい合い、頬杖をつく。
「ところで、ハヤちゃん」
「……ん?」
《ん?》
「昨日から気になっていたんだけど、リビングの『あの時計』に見覚えがあるの? 何だかチラチラと見ているし、かと言って時間を気にしている感じでもないし」
「ん?………ん?」
《見覚え? まったく無いよ》
エマの質問にそう答え、
首をふるふると横に振る俺。
《てか、そう言う意味で見ていた訳じゃないんだけど》
そもそも、俺が見ていたのは、
恐怖体験の確認(?)をしようとしていたわけで……。
それを見たエマは少し残念そうな顔をする。
「そう……」
恐らく彼女は、
俺があの時計を頻繁に見ているのに気が付き、
『もしかしたら見覚えがあって』俺の記憶が戻るきっかけになるかもしれないと、思ったのだろう。
「そうよね。見覚えあるはずないわよね。だってこれは……あ、それじゃあ『魔法器具』って覚えているかしら?」
俺の知らない単語が出てきた。
ただ、名前からして魔法の器具なのだろう、と直感した。
《って、そのまんまやないかい》
「ん、ん……」
《ゴメン、知らない……》
俺は再び首を横に振る。
そして、エマから魔法器具の事を聞かされた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
この世界では、『時計』はもちろん、
所謂、機械や精密機器などの類いは魔力を動力原にして動くらしい。
総じて『魔法器具』と呼ばれている。
つまり電池や電気の代わりに『魔力』や『魔蓄石』と言う『魔力が蓄積されている石(?)』みたいなものを使い機械を動かす。
いかにも異世界ファンタジーにありがちなベタな話しだ。
それにしても、精密機器なんて、この世界にも有るのかぁ。
きっとそのうち、魔法器具で作られた人造人間が未来からやってきて、
I'll be backと言って、人類のリーダーとなる人物の母親を殺しに―――無いな。
と、そんな、何かの映画のパクリは置いといて。
魔法器具と言うものは、この世界では広く普及しているらしく、
値段もピンキリで、気軽に買えるものから超高級品な代物であると聞いた。
更に、『構造が単純』だったり『小さい物』『生活必需品、量産が可能なモノ』等は、
お手頃価格で売られていたり、国から支給されたり、購入する際の補助金なども出るらしい。
ちなみに時計は、結構なお値段の部類。
だが、生活必需品のため、国からの補助金が適応されるらしく、
主な産業が『畜産農業』で、貧乏ではないが、お世辞にも経済的に発展している感が全く無いこのデアノル村でさえ、魔法器具の時計は全世帯が持っているとか。
ただ、この家の時計は、そんじょそこらの一般的な時計とは違うらしい。
確か先代の国王様から賜った、世界にただ一つの『一点もの』だとか。
で、何故この家にそんな激レアな時計があるのかだが、
なんでもエマが嫁に来たとき、実家から持ってきたらしい。
もしかしてエマの実家は金持ちなのか?
それとも王族と親交があるとか?
あ、でも旦那のガレッグは、元騎士団長だし。
王族との親交……有り得るな。
今度、それとなくジェスチャーで聞いてみよう。
それと、魔法器具についてもう二つ、知った事がある。
一つ目は、やはり俺の予想通り、
この世界にはテレビやパソコン、ゲーム機や携帯電話、
車、電車と言った類は無い。
いや、多分、魔法器具として作れるとは思うが、存在していない。
もしそんな物も作れたら、未来から I'll be backって、
……もうその話はいいか。
実は、魔法器具の話しをエマから聞いた時、
少しばかり『そう言う物』を期待したんだけど、やはり無いらしい。
二つ目は、
魔法器具というものは『魔王の秘宝』を研究し、それを基にして作られはじめたらしい。
『魔王の秘宝』か……何だか『禍々しくも美しい』そうな呼び名だ。
ただ、世間一般では、『魔王の秘宝』と言うものは、
『魔王の持っている宝物』程度しか思われていないらしい。
―――しかし本当は、
『古代魔王が死んでー、その姿がアイテムとかに変わってー、しかも、特別な人間と会話も出来るんだよー』
……と、つまり古代魔王の死体(?)だと、後に『グレ』から聞かされるのだが―――。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
一通り『魔法器具』について、エマから話しを聞いた俺。
陶磁器のマグカップに注がれた飲み物を、ゴクゴクと飲み干す。
《お? これコーヒーかと思ったら……コーヒー牛乳?》
そんな俺を見ながら、エマが唐突に、
「そうだわ、魔法器具で思い出した。最近、お風呂の明かりが切れかかってきたから、明後日、買おうかしら」
俺に向かい、ニコッとする。
《あー。確かに、風呂の電球みたいなヤツ切れかかっていたなぁ。 風呂に入っているとチカチカする事もあるし。って、あれも魔法器具だったのか》
俺の居た世界の電球に良く似ていたから、全く気にも留めなかった。
《てか何で買うのが明後日なんだ? 今日にでも買いに行けばいいのに》
俺がそんな疑問をいだいているとエマが、
「そう言えば、ハヤちゃんは知らなかったわよね? 月に一回、『王都』や隣国の『帝都』から来る行商人たちの事」
「……んん?」
《行商人? ああー。物を売り歩く商人の事かな?》
こう言う世界には、定番の職業(?)だよな。
「それで、その行商人たちが明後日来るのよ。そして三日間、この村の広場で市場を開くの。
当然、この村では手に入らない物も買えるし、もちろん『魔法器具』もね。
でも……なんと言っても『王都ヴェル』や『帝都クゥインオルス』でしか売っていない物まで買えるのが、一番の魅力なのよねぇー」
何やらエマが、ウキウキしだした。
この村では手に入らない物……王都や帝国でしか売っていない物……かぁ。
何かエマのウキウキする気持ちも、わからないでも無い。
エマの話しは更に続く―――。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
何でも、この村は……王国の首都・ヴェルからは遠いが、
隣国の帝国領へは、結構近いらしい(歩いて半日で帝国領)
その為、二つの国の商人たちは、交易やお互いの交流を深めようと、
このデアノル村で月に一度、三日間だけ市場を開くとか。
開催地に選ばれている理由は、帝国領に近いのと、
村が、『大きな街』とタメを張ると言っても過言ではないほど広いから。
ただ、主な産業が畜産農業のためか、
土地が広いわりには、意外にもデアノル村の人口は少ないらしい。
更にこの村。
・服屋、
・玩具屋
・武具屋
・魔法器具屋
・本屋(魔書店含む)
・冒険者ギルド
・教会、
・銀行
と言ったものは無い。
勿論、教育施設も。
一応、『学校以外のモノを村にも作ろう!』 と言う声は上がっているらしいのだが、何だかんだで、未だに実現していないみたいだ。
まぁ学校はともかく、月一で市場が開かれるから、然程不便は感じないのだろう。
でも、銀行は必要な気もするが……。
と思ったら、この村の人たちはタンス貯金が当たり前らしい。
それはそうと、結構な『田舎』だったんだな、ここ。
全然、知らなかった。
ガレッグたちからは、世界全体の話しや、
この世界の常識ばかりを聞かされていたからなあ。
きっと、この村の事は俺の記憶には関係ないと思ったのだろう。
しかもこのデアノル村は『王都ヴェル』―――日本で言う『東京』かな?
その首都からも、相当離れているし。
どれくらいの距離かは知らないけれど、エマ曰く「乗合馬車でも、まる八日間」は、かかるとか。
村の近くには、店や教育施設などが色々と揃っている大きな街もあるが、
そこだって歩いて二日間(馬車で丸一日)だし。
つーか、全然近くないじゃん。
軽い旅行だよそれ……。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「でね、その市場に行けば、もしかしたら、
ハヤちゃんの、見覚えのある物が見付かるかも知れないと思うの。それに……」
エマが俺の格好、いや服を見る。
俺も、つられて自分の服を見た。
「女の子だもの、可愛い服も欲しいわよね」
そう言えば俺、目を覚ました時からずっとこの無地の白いワンピースだ。
かと言って、洗濯していないわけじゃない。
このワンピースは、もう一着あって、日替わりで着ている。
それと下着だが、今のところリリアから借りているので、パンツは毎日交換している。
ただブラジャーは……リリアの胸は控えめ過ぎで、
エマは、形も良く、まあまあの大きさのだが、俺と比べると小さくて、
と言うか、俺の胸が大きすぎてサイズが合わなくて―――つまり、ずっとノーブラ。
俺が、意識を取り戻し、目を覚ましたあの日、
何故かブラジャーをしていなかったのも、この理由からだ。
で、一つ誤解の無いように言わせてもらうが、
パンツは普通にパンツとして正しい使用法で使っている。
いくらリリアのだからって、かぶったり、くんか、くんか。なんてしてないから。ほんと。
ちなみに、今日の俺の下着だが、白と黒の細いボーダーのパンツで……って、どうでもいいか。
「んん、んん?」
《んー。べつに今のままでも動きやすいし、このままでもいいと思っているけど?》
だが、女の子らしさに欠けるのは事実。
やはり、もう少し可愛いのが欲しいな……って何、言ってんの俺!?
これじゃ、まるで女の子みたいじゃん。
俺は男だぞっ!
と、セルフツッコミをしている俺。それを、穏やかな瞳で見つめていたエマが、
「あ、そうだわっ!」
何かを思い付き、突然声を上げた。
「ハヤちゃんにお小遣いをあげなきゃ。取りあえず毎月『二万ルト』でいいかしら? そんなに多くはないけれど」
「……ん?」
《小遣い?》
予想外の提案に、俺は、サンドイッチをモグモグしながら、再び首を傾げる。
「リリアと同じ額よ。お小遣いがあれば、好きな服も買えるし。どうかしら?」
「ん……」
《小遣いか……考えてもいなかった》
て言うか、必要性を感じていないんだけど。
だって、今のところ衣食住には困っていないし……それに、
よくよく考えると、何処の馬の骨とも分からない、こんな俺に対し、
ものすごく良くしてくれているし……。
逆に、世話になってる俺が、家の事や、お手伝いとかをしなきゃいけないんじゃないのか?
……でも、小遣いかー。 欲しくない訳でもないのだが……
でもやっぱり、貰えないよな。
でも……。
俺は、口をモグモグさせながら葛藤する。
そんな俺を見ながらエマが、
「あら? どうしたの? もしかして、金額が少なかったかしら?」
と、訊いてきた。
「ん。ん」
《……やっぱり、小遣いは要らないよ》
俺は首を横に振り、小遣いをもらう事を断った。
別に真面目ぶった訳ではない。
何となく、貰い難いと言う心境からだ。
―――の筈が、
「そう? じゃあ、金額は『二万ルト』で決まりね。取りあえず、渡すのは『市場』が開かれる明後日でいいかしら? ”リリアと一緒に行って”可愛い服を買いなさい。それと、アクセサリーや小物も……」
「ん?」
《え?》
いや、いや。 小遣いは要らないって意味の返事なんだけど。
俺はエマの返答に、首をブンブンと横に振る。
「ん、んっ!」
《違うよ》
だが、しかし。
「あらダメよハヤちゃん。”リリアと一緒に行かなきゃ”迷子になってしまうわよ」
《いや、だから、そうじゃなくて、違うんだってば!》
だが、俺の伝えたかった事は、
結局エマには伝わらなかった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
読んで下さりありがとうございます。
ちょくちょく修整してます。
※この世界の西の大陸にある、シュヴェルトラウテ王国の通貨は『ルト』
『一ルト=一円』相当。
また、『通貨』は国によって変わる。
当然、通貨レートも変わる。
ちなみに、ベルムヴィーゲ 帝国の通貨は『フェル』
尚、市場では、両国の通貨の使用が可能。更に店によっては、両国以外の通貨も両替もしてくれるので、結果的に、他国の通貨でも両替すれば市場で買い物ができる。