《記憶 1》
(序章)― 2 ―
自己満です。
稚拙な文章です。
『見つけたですの。お兄ちゃん』
「……?」
ぼんやりと声が聞こえた。
そんな「聞き覚えのない声」の横で「聞き覚えのある声」がする。
◆◆◆
「……で、隼人。あんたは夏休み何処へ行きたいのよ?」
放課後、
帰りのバスの中で吊革につかまり、
『高宮隼人』十六歳(高校一年)は、
聞き覚えの無い声の影響か、
何となく、窓の外の流れる景色をぼんやりと眺めていた。
そんな隼人の横で、
同じく吊り革につかまり『夏休みに行きたい場所』を訊いてくる幼馴染の
『小城咲乃』十五歳(高校一年)。
「って、ちょっと聞いてんの? 隼人」
「え?……あ、ああ。えっと、ゲーセン? とか?」
隼人は、思い浮かんだ事を適当に答えた。
《てか、これは今行きたい場所だった。てへっ》
「はぁ? 何で、夏休みに行きたい場所がゲーセンなのよ。そんなの、いつでも行けるじゃない」
確かに。
しかし、隼人にとって、咲乃の言い方は、いちいち鼻につく。
だがそれは、今に始まった事ではない。
「うっせーな。 んじゃ、お前は何処に行きたいんだよ」
今度は隼人が、咲乃に聞き返す。
「わ、私? ……私は『三人』で海に行きたいなーって。新しい水着を買ったから、……ちょっと着てみたいし」
そう言うと隼人をチラチラと見る咲乃。
彼がどんな反応をするか楽しみにしている。
だが隼人は、
「え? お前が水着?……てか、やっぱ『イケメン』なら、ふんどしだろ? 『男らしい』咲乃なら、きっと似合……」
バキッ!
「痛ってぇ。何すんだよ『イケメン』」
いつもの軽いジョークだった。
だが、左頬を殴られた。
しかもグーで。
別々の高校に進学してから、久しぶりに再会した幼馴染みの咲乃。
今は髪が伸び、少しは女の子らしくなっている、いや、かなり可愛くなっている。
が、中学卒業まで、男子のような短髪で、強気で勝ち気で、負けず嫌いで、おまけに行動力もあり面倒見も良く、どの男子生徒よりも性格が『男』らしかった為、いい意味で『イケメン』と言うあだ名を付けられていた咲乃。
他校の生徒たちからも、「可愛い感じの『男子』」と勘違いされ、告られた事、三年間で六十回以上。(隼人調べ)
もちろん全て女子。
隼人からは、羨ましいと言われていたが、咲乃は複雑な心境だったのは言うまでもない。
「『ふんどし』なんて穿くわけないでしょ! ほんと、バっカじゃないの!」
ジョークだとわかっていても、好きな人―――隼人から、
遠回しに『男』と言われると、やはりショックだ。
……そんな咲乃の気持ちには全く気付いていない隼人は、
自身の左頬をさすりながら「昔も、よくやり合ったなぁ」と、懐かしさに浸った。
もちろん隼人は『女』を殴るような奴ではないので、
正確には「やり合った」ではなく、「咲乃を怒らせて一方的に殴られていた」と、言う方が正しい。
《それにしても。ジョークだって知っているくせに、本気で殴りやがって。相変わらず手加減を知らねえな……》
「で、どうすんのよ隼人。あんたは海行くの? 行かないの?」
怒りがくすぶっているのか、咲乃が不機嫌な声で訊き返す。
「んあ? ああ、仕方ない。行ってやるよ。どうせ俺は夏休みも暇だしな」
自棄糞とも、取れる態度で海に行く事を承諾する隼人。
だが、「それにしても」と付け加え、咲乃に向けた視線を下から上へと何度も動かす。
「な、何よ。人のこと、じろじろ見て」
「あ、いや。別に何でもねーよ。ただ、お前の……」
「ただ、私の?」
咲乃は「ハッ」となり、急にどぎまぎする。
(も、もしかして私の髪が伸びて「可愛くなった」って言い出したりして。
それとも、昔より胸が少しだけ大きくなったのに気付いて「お前の水着姿を見るのが楽しみだ」とか?
きゃっ! どうしよう!)
咲乃が顔を朱色にしながら、恥ずかしい妄想をしていると、
隼人が、頬を掻きながら、
「あ、いや。その……男っぽいお前でも、似合う水着が売っていたんだな。って、思って」
「……はァ?」
もちろん、ジョークである。
「うあっ! ゴメン! 殴らないで!」
顔面を守るように両手を顔の前に出す隼人。
だが拳は飛んで来なかった。
「あ、あれ? 殴って来ない??」
隼人は、顔の前に出した両手を戦々恐々と下げながら、咲乃を見る。
しかし咲乃はバスの車窓の方へ向いており、
隼人を殴る気配は微塵も無い。
「はぁ……少しは自信あるんだけどなぁ……」
咲乃は、決して大きいとは言えない胸の膨らみを片手で押さえ、
寂しそうに呟いた。
「へ? 自信? 何が?」
「えっ? な、何でもないわよ、人の気も知らないで、スケベっ!」
バキッ!
「うはっ!……いてててっ。つーか、スケベってなんだよっ!」
「そのままの意味よっ!」
(変な期待しちゃったじゃないのよバカっ。でも相変わらずで少し安心したわ……)
やはり鈍感男・隼人は、久しぶりの再会でも平常運転だった。
咲乃も、隼人がそんな気の利いた事を言えるような奴ではないのは、
十分わかっていた、だが、それでも少しくらい期待するのが、乙女心ではなかろうか?(多分)
◆◆◆
隼人を殴ってから、そのまま会話が途切れてしまった。
中学時代はそれでも全く不安は無かった。毎日顔を合わせ、会話をする事が出来たから。
しかし今は違う。今日みたいにいつまた偶然再会できるかわからない。
そんな事を考えている咲乃と、
車窓の外の流れる景色をぼーっと眺めている隼人。
二人を乗せたバスは、次の停留所へ向かい街の中を走る。
『次は◯◯前』
車内アナウンスが流れた。
この次のバス停で降りる隼人。
もう少し隼人と一緒に居たい咲乃。
車窓のガラス越しから射す西日が、
吊り革を握り立っている二人を照らす。
乗客の数はこの時間帯にしては珍しく少ないが、
座席はそれなりに埋まっている。
(はぁー。何やってんのよ私。せっかく隼人と久しぶりに再会したのに……そもそも隼人が悪いのよ……)
長い沈黙が続く中、バスが赤信号で停止した。
車窓の外の景色を眺めながら隼人が口を開く。
「そう言えば、海に行くって言ってるけど、お前、部活は?
『八女』(八坂百合女子高)って、女子テニスの強豪じゃん。
しかも、一年なのにレギュラーなんだろう? 夏休みは合宿とかで忙しいんじゃねーの?」
隼人は、バスに乗ってすぐに聞いた咲乃の話しを思い出し、
いつも暇な自分と違い、テニス部で忙しいはずの彼女に気を使った。
しかし、返って来た答えは意外なものだった。
「いいのよ別に。合宿は行かないし……」
部活の話が出たとたん、急に暗い表情になる咲乃。
何となくこれ以上は聞きづらい雰囲気になり、隼人は話題を変えようとする。
こういうのには敏感だ。
「そ、そっか。まあ、お前がそう言うんじゃ、心置きなく海に行けるな」
「………うん」
「あ、そうだ咲乃。海に行く話し『統真』にはしたのか?
あいつの学校、県内でNo.1の進学校だから夏休みも講習で忙しいかも知れないぞ?」
突然、もう一人の幼馴染である『中丸 統真』の話しが出て戸惑う咲乃。
「えっ? ……えっと、話してない。ていうか統真の番号知らないし、私、ラインしてないし」
首を横に振りながら連絡をしていないと答える。
それを聞いた隼人は「はぁぁ」と、ため息をつき、
「おいおい。それで『三人』で海に行くって、お前……。
俺と偶然遭遇しなかったら、どうするつもりだったんだよ」
「う、うん」
隼人に言われ、苦笑いをする咲乃。
だが、実は、統真の連絡先は知っている。
もちろん咲乃はラインもやっている。
更に言うと、夏休みに海へ行く計画を考えたのは統真だった。
ではなぜ、咲乃は隼人に嘘をついているのか?
女心は複雑だ。
「まあ、いいや。統真には俺から連絡しとく。―――として、それはそれで咲乃。俺と連絡先交換しようぜ」
と、言うと隼人はポケットからスマホを取り出した。
「えっ? な、何よ、いきなりっ」
「いきなりって、何だよお前。俺の携帯番号とメアド知らないじゃん。俺も咲乃の知らないし」
「……わ、私は知ってるわよ、あんたの連絡先くらい、あっ!」
「はあ? 何でだよ?」
「………」
うっかり口が滑った。
どんなことを言って誤摩化したら良いのか分からず、咲乃は再び黙ってしまった。
隼人の連絡先を聞いたのは統真からで、
海に行くのも統真の提案で、
咲乃が隼人の事を好きなのを統真は知っていて、
隼人に女らしさをアピールするなら、水着、ひいては海で「もちろんプールでも良いけど、海の方がロマンチックだよ」と、そして水着は流行のモノで勝負して、
など、よく分からないアドバイスをしてくれて―――とは言えず。
「まあ、俺の連絡先を知っている事に関しては、別にいいんだけど。てか、知ってんなら連絡してこいよ。俺とお前の仲じゃん」
怪訝な顔をする隼人。
「そ、それは、その、いつか連絡しようと思ってたし……」
「ふーん。なるほどな」
「ほ、本当なんだからっ。べつに無視とかじゃないし、あと部活が忙しかったり……」
「はいはい。わかった、わかった」
違う。
本当はすぐに隼人と連絡を取りたかった咲乃。
実は、中学を卒業してからの3ヶ月間、隼人に電話しようと毎日寝る前に携帯を握っていた。
しかし、いつも寸前のところで発信ボタンが押せずにいたのだ。
ちなみに、隼人の連絡先を咲乃に教えたのは統真だ。
高校に入って、隼人が携帯を買ってもらったのを統真から聞かされた。
余談だが、中学を卒業するまで携帯を買ってもらえなかった隼人。
しかし、父親のパソコンや、タブレットを毎日借りて使っていたので、
友人たちとの情報は共有出来ていた。
その後、高校に入り、初めて携帯を手にする。
が、買って早々、隼人の携帯の着歴は、
ほぼ毎日かかってくる知らない番号からの着信で、埋め尽くされる。
当然そんな怪しい番号は、無視していた。
勿論、着信拒否だ。
だが、実はその番号、
咲乃の携帯番号で、
スマホの機能をよく分かっていない彼女が、
知らないうちに隼人へ発信していた。
と―――言うオチなのだが。
どんだけ機械音痴なのだろうか。
「それじゃ、咲乃。アドレス帳に登録するから、お前の番号教えて」
「う、うん……し、仕方ないわね」
隼人に促された咲乃が、嬉しそうな顔で、ナイロン製のスクールバッグからスマホを取り出した、その時。
バスの運転手が、クラクションを激しく鳴らす。
何事かと、乗客たちが騒ぎだす。
『こっちですのっ。お兄ちゃん』
「え?」
声のしたバスの前方を、弾かれたように振り向く隼人。
《女の子?》
隼人の目に映ったのは、小学校低学年くらいの少女だった。
しかも、車道の真ん中に立ち、
バスが近づこうとも微動だにせず、じっと隼人を見つめていた。
ぶつかる!
そう思った瞬間、
バスは、少女を避けようとし、バランスを崩し
―――横転した。
◆◆◆
読んで下さりありがとうございます。
ちょくちょく修整してます。