「本物」のソルジャー
昼休みが終わり「本物」達と別れ持ち場に戻ると、篠宮隊長はいなくて健二さんが何かのダンボールを運んでいた。
さっきまであちこちでお湯が沸かされていたが、午後は火は落とされて熱気が和らいでいた。
仕事が一段落したのだろうか?
全体的に穏やかな雰囲気になっていた。
僕は午後の仕事の内容が分からなかったので健二さんの所に行った。
「すみません。午後は何をすれば良いですか?」
僕がそう言うと、健二さんは豪快に笑った。
「さっきやってた奴の残りやっとけ。もう、それで終わりだ。15時までに終わらせろ。終わったら15時前でも帰っていいぞ」
「あれ?もう、それだけなんですか?」
午後はさらにキツイ重労働があると覚悟していたので、拍子抜けしたのと同時に正直助かったと思った。
やれる所までやろうと思ってはいたが、どこまで体がもつか自信がなかった。
「ああ、午前中に1日分の仕事やっちまってるんだよ。良く一気にあそこまでやったな」
健二さんは感心したようにそう言った。
「ああ、そうなんですか…」
確かに無駄なくきっちりと篠宮隊長は仕事を教えてくれた。
それこそ軍隊式でキビキビとだ。
仕事は時間までに終わらせないといけない。
でも変に時間配分を気にして時間ギリギリで終わるよりも、最初に一気にやってしまった方があとが楽かもしれない。
篠宮隊長はそんなことも考えていたのだろうか?
「昔はもっと仕事は多かったよ。ここも大勢で働いてた。でも、最近は暇なんだ。若い人が減って高齢化してるから日本人全体の食う量が減ってるんだ。午後から作るものもないんだ」
健二さんは腕組みをして何かを噛みしめるかのようにそう言うと、ポンと不意に僕の肩を叩いた。
「副工場長も若いのが入ってきて楽しそうにしてたな。残りは慌てないでゆっくりやっとけ」
健二さんは豪快に笑いながらそう言うと、またダンボールを運び始めた。
僕はさっき作業していた場所に戻ると仕事を再開した。
バットと呼ばれるプラスチックの長方形の容器を洗う仕事だ。
この中に健二さんとかが作ったものを詰めて運ぶのだ。
ここの工場はあまりオートメーション化していなくって、このバットを洗う仕事も全て手で洗う。
人の手で調理し、冷やして殺菌し、それを人の手で混ぜ合わせ、それを人の手でパックに詰める。
そしてまたこうして人の手で汚れたものを洗っている。
工場はただの箱で、作業するスペースの確保しているだけだ。
沙織達がいた所にはパック詰めするための機械があったけど、それもそんなに大きいものかと言われればそれほどでもない。
手作りだ。良くも悪くも完全に手作りだ。
この工場には大勢の人達が働いているけど、これって全部機械でやったら良いのでは?と思った。
今日見た様々な仕事も詳しくはわからないけど、今どき人の手でやる仕事ではない気がした。
だけど、そのおかげで僕達も全員揃ってアルバイトをすることができたのだ。
ありがたい話ではあるんだけど、この工場の人件費をすぐにでも半分以下にできるのではないだろうか?とも思う。
残りの仕事はそんなに急がずにやったんだけど、15時前に終わってしまった。
沙織達を工場に置いて行くと、想像を絶する大変なことになりそうなので、さっきの休憩所で休むことにした。
誰もいない休憩所でお茶を飲むとそのまま横になった。
9時から15時。学校と同じくらいの拘束時間なのに、めっちゃ濃密で、あっという間だった。
今日やった仕事がグルグルと浮かんでは消えた。
お金を稼ぐのは大変だ。
こんなに働いても5000円にもならない。
だけど、こんなことに負けていたら、将来もっと稼ぐ時も何か理由をつけて逃げてしまう気がする。
それこそエヴァのシンジくんと同じで「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ」なのである。
その時、何故か沙織のことが頭に浮かんだ。
沙織は本当にずっと僕と一緒にいるつもりなのだろうか?
沙織と将来一緒に暮らすことになったら、僕が全力で守らなくてはならない。
何かあったら僕が頑張らないといけない。
ああ…でも…実際にはどうなってしまうのだろう…
いつの間にか僕にすっかり飽きてしまって、どこかに行ってしまうかもしれない。
沙織のことだから、どうなるか分からない。
ああもう…先のことも今のことも分からない。
駄目だ、だんだんわけが分からないことを考え始めてきた。
疲れと眠気で、夢と現実の中間くらいにいるせいか、良く分からないことが浮かんでくる。
帰ったらすぐに寝よう。明日も仕事だ。
そう呆然とした状態で寝転んでいると、休憩所に誰か入ってきた。
反射で起き上がり入り口を見ると、それは篠宮隊長だった。
「おつかれ。仕事は終ったみたいだな。どうだ?明日も来れそうか?」
篠宮隊長は表情を崩さず厳しい視線で僕を見ていた。
でも、さっきよりもどことなく穏やかな感じがした。
こうして落ち着いてみると、バタバタしていて気がつかなかったけど篠宮隊長はかなりキレイだった。
だけれども、一番楽しい時であろう篠宮隊長と同い年くらいの女性達とは違っているように見えた。
戦場で戦い続けている軍人のようにどこか冷めたような…耐え難い現実に自分の心が壊されないように頑張っているような…
篠宮隊長の心は良くも悪くも強く凍りついているように見えた。
「はい。今日やったことは覚えたので、明日は少し早くできると思います」
僕はちゃんと立ち上がってそう返事をすると、篠宮隊長は1つ頷いた。
「そうか。体はどうだ?結構キツイだろ?」
篠宮隊長は僕は気遣っているようではあるが、その言い方は素っ気ないというか乾いた感じがした。
もしかすると篠宮隊長は特に厳しく接しようとしているのではなくて、単にそういう口調でなってしまうだけなのかもしれない。
今まで自分を押し殺して頑張り続けて、毎日この工場で働いてきているのではないのか?
そうならなくては、この戦場のような工場で生き抜けなかっただろう。
「はい。仕事は大変ですが、これに負けたら駄目だと思うので頑張ります」
僕がそう言った時だった。
篠宮隊長の表情が一瞬崩れた。
僕はあまり大したことを言ったつもりはなかったのだけれど、篠宮隊長は思いがけない言葉を聞いたように意表を突かれ驚いたような顔をした。
でも、それはすぐに終わってしまって、また元通りの厳しい目つきに戻った。
「ふーん。おまえ、良いこと言うじゃん」
篠宮隊長はそれだけ言うと休憩所を出て行った。
バタンと扉が閉まると同時に、僕は横になり目を閉じた。
あれ?篠宮隊長は何の用事があってここに来たんだろう?
僕の様子を見に来たのか?
そう思ったがあまりの疲れで、どろんとしてきて考えられなくなってしまった。
このまま少し寝よう。
沙織達が戻ってきたら起こしてくれるだろう。
僕の意識はなくなり真っ暗になった。