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「本物」の重労働部屋へ

 篠宮隊長は顔色一つ変えず、僕を引き連れてカツカツと工場内を歩いて行く。

 僕は黙ってその後をついて行った。


 さっきの様子を見て、嫌な予感しかしなかった。

 女性であんなことになっているのなら、男性である僕は何をさせられるのだろうか?


 狭くて急に階段を降りていくと、急に異常な熱気が僕を襲った。


 なんだこれは?外より暑いぞ??


 階段を降りていくごとにその熱気が強くなっていった。

 そして階段の下には沙織達が入っていった部屋よりもかなり広い部屋が広がっていた。

 学校の体育館くらいだろうか?いやもう少し広いかもしれない。


 そこにはサウナのような湿度がある重たい空気が充満していた。

 古びた壁や天井、そこに使い古した釜などがざっくりと配置してある。

 一体、いつの時代の工場なのかという感じだ。

 外は連日猛暑だというのに、もうもうと湯気が立ち上り人間が働く場所とは思えない温度になっていた。

 数名の男性がパラパラと散らばって働いている。

 窓は一切なく、換気扇がいくつか回っていた。

 給食で使うような大きな釜で何かを煮ている人、何か大きな台のようなものを洗っている人、とにかくそこら中でお湯を煮立てたりしているようだ。

 密閉された部屋でそんなことしているものだから、室温が人間が働くどころか生きていくことができるとは思えないレベルだ。 

 沙織達が入っていった所はエアコンがついていたようで涼しかったが、ここにはそんなものは存在しなかった。


「差身、ここだ。見ての通り人手が足りない。頑張ってくれ」


 篠宮隊長は僕にそう一言言うとカツカツと、何かを大きな釜で煮ている作業員の所に歩いて行った。

 僕はあまりのことに何も言えなくなっていた。


「おはよう、健二さん。新入り連れてきたよ」


 篠宮隊長は何かを煮ている作業員の人にそう声をかけると少し笑った。

 でも、篠宮隊長の目は笑っていなかったように見えた。

 健二さんと呼ばれた人は額から大汗をかきながら、慣れた手つきで釜の中の物をボートのオールのようなものでかき混ぜていた。

 年齢は60歳位は越えているであろうか?

 若くはないががっしりと絞まった体で屈強な労働者に見えた。

 健二さんは手を止めずに、そのままこちらを見ると豪快に笑い出した。


「おお、おはよう!副工場長。何やらせればいい?」


 健二さんは口は悪いが人間的にはとても良さそうな人だった。

 体は丈夫そうではあるが決して若いとはいえない人が、良くこんな所で働いているなと驚いた。

 僕はもうこの時点で頭がボーっとしてきている。

 脱水症になって倒れそうだ。


「ああ、いつも通り雑用からやらせる。健二さん、忙しいだろうから、最初は私がやっとくよ。午後から手が空いたら色々頼みます」


 篠宮隊長と健二さんは気心が知れている仲のようで、雑な会話の中にも信頼関係が見て取れた。


「ああ、分かった。じゃあ、午前中は何もしないよ」


 健二さんはそう言うと、また作業に集中し、篠宮隊長は片手を上げて「ああ」と返事をした。


「ほら、差身。仕事するぞ。ついて来い」


 篠宮隊長がボーっとして立っていた僕にそう声をかけた。

 意識が遠くに行っていた僕はちょっとビクッとしてから「はい」と返事をしついていった。


 これはプールバイトの時よりもまずいかもしれない。

 朝早くからめっちゃ泳ぎこんでからの救助訓練でプールの営業前にはすでに死んでいた。

 あの時も暑かったけど、シャワーも浴びれるし水分も取ることができた。

 リーダーも体育会系で厳しかったが、みんなが体調を崩さないように気を使ってくれた。

 働いているというよりは、スポーツをしているというか、何か部活をしているような感じであった。

 しかし、ここはどうなのだろう。

 いわゆるブラック企業と呼ばれるところよりも酷いのではないだろうか?

 どう見たって過酷な労働条件で働かされている。

 時給も決して高くはない。


 だけど、僕も1度やると決めた以上、しっかり最後までやり切りたい。

 これは僕だけの問題ではなくって、あの「本物」達にも良い見本を見せたい。

 特に沙織だ。沙織に家に引きこもっていないで頑張って働くということを教えないといけないと思う。

 ここで僕がくじけたら、みんなもここでのアルバイトを辞めていくだろう。

 それが絶対的に間違いかというとそうではないのかもしれないんだけど、一度決めたことはやり遂げなくてはならない気がする。

 まだ、僕は社会で働いたことはないが、ちょっとくらい苦しいことがあっても、それに負けないで乗り越えることが重要な気がしていた。 

 そういうことを「本物」達に教えないといけない。


 少し歩くとさっきの場所より比較的涼しい所にすのこが敷いてあり、その上に米袋くらいの大きさのものが置いてあった。それは砂糖が入った袋で、袋を良く見ると「20kg」と書いてあった。


「おい、差身、ここに砂糖袋何袋ある?」


 篠宮隊長はすのこの前に立ち、僕を見たまますのこの上を指さした。


「はい、グラニュー糖と書いてあるのが3つ。上白糖と書いてあるのが2つです」


 僕がそう言うと篠宮隊長は少し笑った。


「よーし、朝来たらまずここに砂糖を運ぶんだが、ここにグラニュー糖は70袋、上白糖は30袋置いてあれば良い。いくつ運んでくれば良いか分かるか?」


「ええと…グラニュー糖は67で、上白糖は28です」


「よし、良くわかったな。そこにある台車を持ってこい。倉庫に行くぞ」


 篠宮隊長は近くにあった古いどっしりとしたカートのようなものを指さした。

 この工場でさっきから色んな人達が、これに重たいものを乗せて運んでいた。

 これは台車と呼ばれているのか…覚えておこう…


「わかりました」


 僕はそれを押しながら、わけもわからず篠宮隊長のあとに続いた。

 一旦工場の外に出て少し歩いていくと倉庫に辿り着いた。 


「ここのボタン押せばシャッタが開く。出る時は閉めろ。電気のスイッチは中だ」


 篠宮隊長がシャッターを開け倉庫内のスイッチをつけると、真っ暗な倉庫が明るくなった。

 そこには山積みになった様々な袋が倉庫いっぱいに広がっていた。


「いいか、グラニュー糖と上白糖はこのあたりに積んである。見本を見せる」


 篠宮隊長はそう言うと手慣れた様子で、山積みになっている砂糖袋を台車の上に10袋乗せた。

 ほいほいほいとリズム良く、学校で先生がプリントを配るように、楽々とこなしていた。 


「最初は1回10袋にしておけ。慌ててやっても運べなかったり、崩れて怪我したら話しになんないからな」


 篠宮隊長は自分で台車を押すと、さっきのすのこの所へ移動し、台車からすのこの上に砂糖を下ろし始めた。最初からすのこの上に置いてあった砂糖は端の方に寄せてスペースを作り、空いたスペースに手際よく砂糖袋を重ねた。


「先入れ先出しだ。残ってた奴は一番上に積んでおけ。持ってきた奴はすぐ使っちまうから、適当に積んどけ。ここに運んできた古いのがいつまでも使われないままにならなければ良い。あとグラニュー糖と上白糖を混ぜるなよ?じゃあ、残りは差身がやってみろ」


「はい、分かりました!」


 何だ、これなら大丈夫そうだ。

 僕は台車を押しながら倉庫へと向かった。

 篠宮隊長は僕の様子を見るように、後ろから歩いてついてきた。


 倉庫前につくと、さっき篠宮隊長がやっていたことを思い出しながらシャッターを開けた。


 ボタンを押してシャッター開けて…

 倉庫の電気をつけて…


 倉庫内の電気をつけると、砂糖袋が置いてある場所へと向かった。

 そして、重なっている砂糖袋を台車に積もうと砂糖袋に手をかけた時、ちょっと考えが甘いことに気がついたのだ。

 軽くペットボトルのお茶でも手に取るような感じで持ち上げようとしたんだけど、全く砂糖袋が動くことがなかった。

 仕方がないのでもう一度砂糖袋を持ち直した。

 全身の筋肉がきしみ、息を止めた状態で、体全体を使って何とか持ちあげる。

 なんとか「うーーーーん」と唸りながらも全力を尽くしたんだけど、筋力が足りなくって、つい台車の上にどんと落とすようにおいてしまった。


 なんてことだ。めっちゃ重いぞ…


 普通の女性にしか見えない篠宮隊長が軽々と積んでいた砂糖袋は、僕にはとんでもなく重く扱いづらい代物だった。

 僕は一息つくと息を整え、2つ目の砂糖袋を手に取った。 

 全身を使って砂糖袋を持ち上げ、何とか台車に積んだ。


「おい、差身。日が暮れるぞ」 


 篠宮隊長が厳しい表情で僕を見た。


 確か全部で運ぶ砂糖袋は95袋。篠宮隊長が10袋運んだから残り85袋。

 85袋✕20㎏=1700㎏

 まずい…これはまずいかもしれないぞ…


 一瞬途方に暮れたがこんなことに負けてはいられない。

 僕は3袋目の砂糖袋にてをかけた。

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