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「本物」の修羅場へ

「隊長wwwwwwwwwwwwwwwwwwwもう疲れたwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織が若干息を切らしながら、篠宮隊長にそう訴えた。


 篠宮隊長のあと続いて僕達は工場の中を歩いていた。

 他の工場はどうなのか知らないけど、急な階段も多く人が移動するためのエレベータはなかった。


 沙織の「本物」が爆発している時はどこまでも暴れまくるが、通常時の沙織は全く体力がない。

 典型的な引きこもりだから、普段は体力を使うようなことは一切やらない。

 まあ、これだけ細かったら、筋力なさそうだしすぐにバテるよな。


「おい、沙織とか言ったな。まだ持ち場にすらついてないだろ?働かない奴を置いとくわけにいかないから、無理なら今のうちに辞めて帰るか?」


 篠宮隊長はカツカツと歩きながら、沙織を一瞥しそう言った。


「ご、ごめんよ、隊長wwwwwwwwwwwwwwちゃんと働くから許してwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwやる気はありますwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織は病んだ笑みを浮かべながら、しんどそうに隊長のあとをついていった。


 でも、沙織の気持ちも少し分かる気がする。

 工場なんて入ったこともないし、自分が死ぬまでに工場で働くことがあるとは考えてもいなかった。

 こうして歩いているだけでも、わけもなくプレッシャーがかかる。

 事故が多発する交差点で信号待ちしたり、霊柩車に1日に何度もすれ違ったりすると、何とも言えない嫌な気分になってくるがそれに似ている。

 イメージ的にも過酷な労働を強いられる場所だという先入観がある。

 世の中、裏表があるとしたら、まさに工場は裏側だ。

 実際にこれから何をするのか良く分からない。

 そもそも高校生5人一緒に働けるバイトを探し続けたんだけど、他は全部断られたのにこの工場はすんなりと面接の日時が決まり即決で採用された。

 考え過ぎかもしれないけど、とんでもないことさせられるのではと心配になってしまう。


 篠宮隊長のあとについて長く暗い通路を歩き続けると、殺風景な広くて天井の高い部屋に辿り着いた。 

 その大きな部屋の入口前で篠宮隊長は立ち止まった。


「よーし、女はここだ。できた商品をパックに詰めたりするんだ。あとはここのチーフに教わってくれ」


 もう中ではバタバタと全身真っ白な作業着を着た女性達が、物凄い勢いで働いていた。

 何か重たそうなものを運んでは下ろしている人、ベルトコンベヤーで流れてくるものに大勢で次々と何か作業をしている人達、大きな声で何か指示を飛ばす人、何かの機械音が大きく殺風景な部屋に広がっていく…

 まともな神経でやれることではない気がした。

 どれもこれも単純作業をとんでもない速さでこなし続けている。

 それはもう戦争のような騒がしさで、一体何がどうなっているのか訳が分からなかった。

 正直、一瞬にして僕にこの仕事ができるかどうか不安が渦巻き始めた。


「地獄だwwwwwwwwwwwww」


 沙織がかなり引きつったような顔をして病んだ笑みを浮かべた。

 そして、僕を見ると首を振った。

 あからさまに「もう帰ろう」とサインを送っている。


「おい!話が違うぞ!誰にでもできる簡単な仕事じゃなかったのか????」


 かなっちがバタバタしながら僕の手を引っ張り、不安そうに涙目になりながら僕にそう抗議した。


 体を酷使したり単純作業を繰り返すのかなとはなんとなく想像していたけど、予想以上の慌ただしさだ。

 クビになったプールバイトも営業時間前の練習でかなり泳ぎこまされ死にかけたが、それとはまた別次元でこれからやっていけるのか自信がなかった。


「おい、お前達、無理だと思うなら教えるだけ無駄だから今すぐ帰っても良い。いいか、誰でも仕事はできる。できるようになるまで頑張れるやつだけが1人前に働けるようになるんだ。どこ行ったって楽な仕事なんてないぞ。やりたい奴は中に入れ。駄目だと思ったら帰るんだ」


 みんな篠宮隊長の迫力に押し負け静かになった。

 ようやく「本物」達も遊びではなく仕事に来てるんだということを自覚したようだ。

 僕も働くということを甘く考えていたのかもしれない。

 そうなのだ。頑張らないと立派に働くことなんてできるわけがないのだ。


「私、やる」


 天使は感情のこもっていない声でポツリとそう言うと、いつも通り表情を変えずに大変なことになっている部屋の中に入っていった。

 それは覚悟を決めたというよりも、余裕があるというか平然とした様子だった。


「よーし、他のやつは帰るか?」


 篠宮隊長がそう言うと、沙織が大きく目を見開き慌てたように天使を見た。

 その美しい目の瞳孔は開ききって固まっていた。

 そして、ガタガタと小刻みに震え始めると、大きく口を開けた。


「まてwwwwwwwwwwwツインテールwwwwwwwwwwwwww差身は渡さんwwwwwwwwwwwwwwwww私もやるぞwwwwwwwwwwwwwwww約束が違うwwwwwwwwwww抜け駆けするなwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織は小走りで天使を追いかけ部屋の中に入っていった。


「私もやります!」


 それを見た清城京も一瞬怖い目つきで沙織と天使の方を見ると急いで部屋に入っていった。


「待つのだ!私もやるのだ!わあああああっ!!!!!」


 かなっちも目にいっぱい涙を溜めたまま部屋の中に走りこんでいった。 


 ああ、みんな入っていったな…

 ここからは別れて働くから、沙織達のことは沙織達に任せるしかないな…

 何も事件が起きないことを祈ろう。

 沙織もこれで少しは成長できるといいんだけどな。

 みんなうまくやってくれ…


「よーし、次はお前だ。行くぞ」


 篠宮隊長は厳しい表情を崩さず僕を見ると、すぐにカツカツと歩き始めた。

 ついに1人になってしまい少し心許ないが、自分で決めたことだから頑張るしかない。

 僕は暗い廊下を篠宮隊長のあとをついて歩き出した。

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