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「本物」の労災隠し

 病院につくと健二さんは色々世話してくれた。

 救急で運ばれたわけではないので、他の患者さんと同じように待つことになった。

 それについても健二さんは早くしてくれと言ってくれたんだけど、どうも無理な相談だったようだ。 


「悪いな。救急車でも呼べばよかったな。死ぬことはねえ。少し待つか」


 健二さんと僕は病院の待合室のソファーに座った。


 相変わらず足に酷い痛みが広がっている。

 足の痛みよりも健二さんに世話になりっぱなしで、そのことの方がずしりと心にのしかかっていた。

 ただでさえ人手が足りないのに、僕を心配して真っ先に病院に運ぶことを優先してくれた。

 どうお礼を言って良いのか分からない。


「今日は忙しいのにすみません。迷惑ばかりかけてしまって…」


 そんな言葉では足らないんだけど、健二さんに謝らなければと思いそう言った。

 僕がそう言うと健二さんは気にするなと言わんばかりに笑いながら首を横に振った。


「良いんだ。最初は皆なんかやらかすんだ。お前よりも若いのが来て何かやらかしたら助けてやれ。今までずっとそうやってやってきたんだ。仕事っていうのはそういうもんなんだ」


 健二さんの言葉が身にしみる。

 もうすぐ工場を辞めるわけだけど、どう考えてもこの恩を返すことができない。

 本当に申し訳ないですとしか言えない。

 僕が社会に出て会社で後輩ができたら、ちゃんと面倒見なきゃなって思った。

 ここで受けた恩を忘れず、健二さんが言った通りにしようと胸に刻んだ。


 診察が終わると健二さんの運転する車に乗り工場へ戻った。

 結局、僕は予想通り足先を骨折していた。

 でも、手術するとかそういうことはなくて、そこまで大事には至らなかった。


 工場に戻ると仕事を終えた「本物」達が待っていた。

 皆心配そうな顔をして僕を出迎え、口々に「痛くないか?」とか「歩いて帰れるか?」など声をかけてくれた。

 こうやって声をかけてくれる友達がいて、心強く僕はとても嬉しかった。


「差身wwwwwwwwwww大丈夫か?wwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織が心配そうな顔をしているので、安心させるために笑いかけた。


「ありがとう。折れてて痛いけど、このまま固定してれば治るんだって」


 僕がそう言うと、安心したように沙織は病んだ笑みを浮かべた。


「そうかそうかwwwwwwwwwwww差身wwwwwwwwwwwwwwwwww労災の申請をするぞwwwwwwwwwwwwwwwまさか保険証を使って治療費払ってないだろうな?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 労災?何か聞いたことあるけど…

 何か僕は間違えたことをしたのか???

 仕事中に僕のミスで怪我をして、保険証を使って病院で治療したのはまずかったのだろうか?


「ああ、保険証使ってお金払ったけど、なんか駄目のか?」


 僕がそう言うと沙織が一瞬驚いた顔をしたが、何か物知ったような感じで首を横に振った。


「私はアルバイトをする前に色々調べたwwwwwwwwwwwwwwwチート最強wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww仕事中に怪我をしたら治療費は工場が払うwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww労働基準法にそう書いてあったwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww間違って保険証を使った場合でも訂正できるから大丈夫だwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww着替えたら事務所によって帰ろうwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 ああ…そういうものなのか…

 沙織は調べ物とかは徹底的にする方だから、沙織がそう言うなら労働基準法にそう書いてあるんだろうな。

 多分、仕事に関する色んな事を調べたんだろう。

 工場には悪い気もするけど、考えてみたら仕事中の事故だしそういうものなのかもね。


 沙織に言われるまま着替えた後と「本物」達と一緒に事務所に寄った。


「すみませんwwwwwwwwwwwwwwww労災の申請をしたいんですがwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww差身が骨折したwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織が事務所の入口でそう言うと、何というか事務所にいる人達全員が僕達と目を合わせず気まずそうにしていた。

 露骨に招かざる客といった感じだ。

 ああ、なんか、労災というのは、工場にとって良くないものなんだろうな。


 すると奥の方に座っていた事務所の中で一番偉そうな男の人がこちらにやってきた。


「本当に折れてるの?」


 その人は訝しげに僕達を見ながらそう言った。 

 何というか工場で一緒に働いている人達とは雰囲気が違っていた。

 あからさまに僕が怪我をしていることに対して、面倒くさそうな対応であった。


「はい。今、病院でそう言われました」


 僕がそう答えるとその人は呆れたような顔をした。


「最初に言ってくれなきゃ駄目だよ。もう遅いんだ。お金も払っちゃったでしょ?それじゃあ働けないだろうから明日から来なくていいよ」


 その人はそう冷たく言い放つと元いた席に戻ろうとした。

 それを見た沙織の目つきが怒りに満ちた。


「おい待てwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww私の知っている労働基準法と違うぞwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwこのことを労働基準局に言いつけるぞwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwそれでも良いのか?wwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織が事務所全体に聞こえるように大きな声でそう迫った。

 事務所にいる人達も我関せずという感じで、ひたすら小さくなっている。 


「そんな言い方ないのだ!差身は一生懸命働いていたのだ!酷すぎるのだ!」 


 かなっちが目に涙を溜めながら必死にそう訴えた。


「言いたければ言って来ても良いよ。だいたい本当に工場で怪我したのかい?証拠はあるのか?」


 その人が振り返りそう言うと清城京がビクンッ!とキレ始めた。


「なんですって!!!そんな言い方ってないですわ!!!!!差身さんは頑張って働いて怪我をしたのに酷い!!!!」


 清城京がそう叫ぶと天使が前に出てきた。


「労災隠し」


 天使がそうつぶやくと、その人はビクッとしたが、急に怒りだした様子でこっちを向き直した。


「労災隠しではない!良いからもう帰れ!お前達、明日から全員来なくていい!」


 その声を聞いてヒートアップしてきた沙織が、怒りでグチャグチャになった病んだ笑みを浮かべた。


「ほおwwwwwwwwwwwwwこの工場は我々に喧嘩を売ってきているということだなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 今にもその人を殺しかねない様子の沙織がそう怒鳴り返す。


「うるさい!帰れと言ってるだろう!」


 その人は僕達をそう怒鳴りつけると、事務所のドアをバンッと閉めた。


 その時、「本物」達の心の中で何かが吹っ切れた!!!!

 4人の目に黒い影がかかり凶悪に光り始めた!!!!!

 殺意に満ちた暗黒オーラが悪魔のように立ち上っている!!!!!

 普段は押し隠している「本物」達のドロドロとした心の抑圧の矛先がこの工場へ向けられたのだ!!!!

 この空間に、強い呪い、恨みが広がっていく!!!!!


 ああああ、これはまずい…

 こいつらなんかする!!!

 こいつらなんかするぞ!!!!!!


「許すまじwwwwwwwwwww腐れ工場許すまじwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織の怨念のこもった声。

「本物」達の殺意が今まさに燃え上がっていった。

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