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「本物」meets「隊長」

「簡単な仕事なんだ。だれでもやれるから大丈夫なんだよ」


 工場につくと工場長との面接が始まった。

 1人1人別々で面接すると思っていたんだけど、みんな一緒に面接した。

 工場長が仕事は簡単だというのだけれど、妙に慎重な話し方をしているのでなんか裏がありそうな気がしてならない。

 とても穏やかな感じのおじさんで良い人そう。

 でも、なーんか隠してそうなんだよなあ。


 説明を聞いていると、随分昔から長く続いている工場らしい。

 そこまで大きなところではないのだが、あちこちのお店に商品を並べているようだ。

 あの「本物」4人は僕がちゃんと言った通り、大人しく「普通の人のふり」を続けていた。

 身なりを整え、背筋を伸ばし、きちんと椅子に座っている。

 黙っていれば4人共「見た目」はかわいいから心象は悪くないはずだ。


 よし。これなら、なんとか採用してもらえそうだぞ。


 そう思った時、ふいに沙織がおどおどとした様子で手をあげた。


「あ…あのっ…あのウゥゥう…あの…」 


 あからさまに挙動不審な感じで、沙織がなんとも言えない声を発した

 おいおい、ここまで順調なんだから余計なことを言わなければ良いんだけどなあ。

 せっかくうまくいってたのに…

 僕は横目で沙織が何かやらかさないかと注意して見ていた。


「何か質問ですか?」


 工場長が優しく沙織に尋ねると、沙織の「普通の人のふり」が崩れ「本物」の病んだ笑みを浮かべた。


「あのっ…仕事のマニュアルみたいのはありまするかwwwwwwwwwwwwww心配だから家で仕事の内容を覚えてきたい…うひひい…」


 沙織が良く分からない敬語のようなもので、不審者のごとく聞き取りづらい小さな声でそう言った。

 おお、沙織にしては少しやる気が出てきたのかな?

 めずらしく積極的な行動だ。


「ああ、残念だけどそういうのはないんだ。明日持ち場に行ったら直接教えてもらって下さい」


 工場長は沙織のおかしな様子を見ても優しく返事をしてくれた。

 こういう心の広い大人が工場長で本当に助かるな。


「わ…わかたwwww」


 沙織は残念そうに短く返事をすると小さく会釈した。


「じゃあ、みんな、明日9時、10分前にはここの部屋に来てね。あんまり早く来てもタイムカード押せないから、そんなに早く来なくてもいいよ。今日は解散。明日から頑張ってね」


 そう言うと工場長はみんなに帰るように促した。

 なんとなく僕達はお礼を言ってそのまま席を立ち、入ってきた所に戻っていった。


 あれ?全員採用されたのか?

 ずいぶんあっさりと決まったが、アルバイトの面接とはこんなものなのかな?

 この間のプールバイトの面接は厳しかったが、働く場所によって色々変わってくるのだろうか?

 しかしまだ働いたわけでもないのに、緊張していたのかめっちゃ疲れた。

 みんなも初めてバイトの面接を受けてぐったりしているようだった。


「沙織、何でさっき、あんな質問したんだ?」


 気になっていたので工場を出る時に沙織に聞いてみた。

 沙織が僕以外の人に質問をするなんて見たことがなかったからだ。


「いやwwwwwwwwwだってwwwwwwwwwww家で全部記憶したら楽だしwwwwwwwwwwwwwチート最強wwwwwwwwwwwwwwwwwwそれにwwwwwwwwwwwwww」


 沙織は透き通るような美しい顔に病んだ笑みを浮かべ、そして、こう続けた。


「みんなで何かするの苦手だから先に覚えたかったwwwwwwwwwwwwwwwwクビになると差身と離れてしまうwwwwwwwwwwwwwww」


 なるほど。しっかり働けるように、沙織は沙織なりにちゃんと考えていたのか。

 沙織が学校の勉強を完璧にこなす理由の1つに「もし分からないことがあったら先生や周りのクラスメイトに聞かなくてはならなくなる」というものがあるのだが、周りと馴染めず自分だけ仕事ができなくってクビなるのを未然に防ぎたかったのだろう。

 人見知りが激しいので分からないことを聞けずオロオロしてしまうことも十分ありえる。

 沙織にとって僕以外の人達と話すことは、とても恐ろしいことなのだ。


「ああ、そうか。ちゃんと近くにいるから、何かあったら相談しに来るんだぞ」


 僕がそう言うと、沙織は安心したように病んだ目つきで僕を見つめた。


 これはもしかすると、沙織が成長するチャンスではないかと思った。

 だったらちゃんとフォローして、僕がいなくても1人で普通の人ができることをこなせるようになってもらおう。

 この工場でまあまあ働けるようになったら、沙織も僕から離れて自分がやりたいことを見つけられるかもしれない。

 沙織もいつまでも僕とくっついていないで、自分の夢を抱いた方が良いのではないだろうか。

 沙織の世界は家族と僕しかいない輪の中にある。

 最近はその輪の中に「本物」の友達が増えたとはいえ、まだまだ沙織の世界は本当に小さい。

 僕とべったりしていたら沙織が駄目な大人になってしまいそうだ。

 昔からそれを心配してはいるのだけれど、逆に沙織が僕から離れてしまうことなんて想像がつかない。

 それはそれで、凄く寂しい気がする。

 でも、だからといって、どうしたらいいのか僕に良く分からない。


「もちろんwwwwwwwwwwwwwそして差身が襲われないように常に警戒は怠らないwwwwwwwwwwwww」


 何故か得意気に沙織がそう言った。


 あーあ、駄目だ。

 頭がおかしい。

 若干成長したなと感心したのだが取り消しだ…


 まったく工場で襲われるわけがないだろう?

 どんな変質者だって、こんな大勢の人がいる場所で変なことはしてこないはずだ。

 みんなまじめに働いてるんだから、何も事件なんて起こるわけがないよ。


 そう、まだこの時はそう思っていた。


 今、考えたらこの「本物」の4人を全員連れてきた時点で、まともな終わり方をするわけがなかったのだ。  


 翌日、僕達は工場前に待ち合わせ、昨日面接を受けた部屋に向かった。

 何だか緊張して良く寝れなかったせいか、いつも学校に行く時間と同じくらいなのに眠い。

 他の「本物」4人はというと、どこかに遊びに行くような感じで楽しそうにしていた。 


「おい!差身!おまえ、昨日、ガルフレを何でやらなかったのだ?みんなでやるって約束したのだ!」


 朝からかなっちが怒っていた。

 確かに最近沙織が始めたソーシャルゲームをみんなでやると約束したが毎日やるとは言っていないぞ…

 昨日は面接を受けた後、どっと疲れてしまい、早々に眠ってしまったのだ。

 まだ何もしていないのに、お金を稼ぐって大変だと感じている。 


「ごめん、昨日は疲れて寝ちゃったんだよ。でも、どうしてガルフレやってないって知ってるんだ?」


 良く分からないままスマホではなくPCだけで、そのソーシャルゲームをやってるのだが、何がおもしろいのか理解しがたい。

 そして、どうやってかなっちがそれを調べているのかも全然分からない。

 最近、犯罪めいた手口で僕の私生活を覗かれるのも、合法的に覗かれるのもあんまり変わりがない気がしてきている。

 どちらにしても24時間「本物」達に監視されていることには変わらないのだ。

 はっきり言って、それは僕が「本物」達に囲まれすぎて色々麻痺しているからそう思うのだろう。

 もしかすると僕よりも僕の毎日を知り尽くしている「本物」達。

 今、現在進行形で「絶対に」あってはならないことが連続して起こっている日々、盗撮や盗聴くらいで悩んでいたら、きっと僕は発狂してしまうはずだ…


「うるさいのだ!そんなことはどうでもいいのだ!みんなでレベルを上げて強い部活作りをするのだ!」


 かなっちはそう訴えるのだけれど、正直ゲームにそこまで熱くはなれない。

 発案者は沙織だったものの妙にかなっちがやる気になっていて、このソーシャルゲーム内での部活動の部長にもなっている。

 沙織が言うにはまだ始めたばかりなのに、かなっちの力でかなり強い部活動になってきているらしい。

 かなっちはネット上で人を集めたりするのが得意なようだ。

 沙織がネットでも現実でも常にソロプレイヤーであるのに対し、かなっちは学校に通うのも難しいところがあるんだけどネット上でのコミュニケーション能力は高いそうだ。

 全部沙織が言っていたことで僕は確認していないんだけど、有名なゲームで上位にいるなら間違いないのかもしれない。


「かなっちさん、差身さんは昨日かなり疲れてしまってベッドの下で眠り込んでしまったんですよ」


 今日は紙袋をかぶっていない清城京が、かなっちをなだめるように優しく微笑みながらそう言った。

 赤いリボンとキレイな金髪をなびかせ、どこか艶やかにかなっちの顔をを覗きこんだ。


「ひいいいっ!!!!!!」


 清城京は「一見」上品で優しそうな雰囲気ではあるのだが、かなっちは何かを感じ取ったのか露骨に怯えていた。

 どうもこの2人は仲が悪いというわけではないんだけど、お互いに牽制しあっているところがある。


 清城京の育ちが良さそうな立ち振舞。

 だが、頭の中は大変なことになっている「本物」だ。





 いや、4人共頭の中は大変なことになっているか…





 3年以上僕のことを遠距離盗撮スナイパーし続け、どう調べたのか僕と同じ高校に進学してきた「本物」なのだ。

 沙織はその存在に気がついていたのだが、僕の前には一切姿を表さなかった。

 今まで何年にもわたって溜め続けた抑圧が、清城京の性欲大爆発に繋がっていると思う。

 最初は僕の顔を見るだけで叫び逃げようとしていた清城京。

 しかし日に日に清城京の行動は大胆になってきている…


「おい清城京…なんで、それを知っているんだ…カーテンは閉めてあったはずだぞ…」


 僕は真顔で自分の心が折れないようにそう言った。


 清城京…頼む…分かってはいる…分かってはいるんだ…

 分かってはいるんだけど、頼むから当たり前のように、僕の部屋の中を見ていることを言うのは止めてくれ…

 なんだか、凄く苦しいんだ…

 おい、もう、遠くから遠距離盗撮スナイパーしてるだけじゃないだろ…

 どうやって僕の部屋の中を見ているんだ!!!!!!!


「おい!金髪リボン!いい加減、盗撮は止めるのだ!立派な犯罪なのだ!」


 かなっちが震えながら清城京に向かってそう怒った。

 融通が効かないかなっちではあるが、この「本物」達の中では1番モラルというものがある。

 しかし、清城京はかなっちのことなど気にも止めず、得体のしれない暗黒オーラを発しながら僕の背中に抱きついてきた。 

 そう、それは、沙織とは違う、殺戮ではなく強い性欲だけに塗れた暗黒オーラ。


「後ろ…後ろ…私の定位置…」


 清城京が何かをつぶやいている。

 なんだか清城京の指先がいやらしく僕の体に絡んでくる。

 おい…一体そんな触り方、どこで覚えてきたんだ!


「あああああっ!!!!差身さんの背中!!!!!!イイッ!!!!!!…差身さん、気にしなくても大丈夫ですわ。あと最近、買ってきたものを自分の部屋以外の場所に隠すのはやめた方がいいかもしれませんわ…お友達から借りたものも…」


 清城京は僕の背中に顔をこすりつけた後、僕の耳元でとんでもないことを言いやがった。 

 まさか…あれが見つかったのか!?

 あの…僕も男なので…性的なものにも興味があって…

 自分の部屋に置いておくと沙織とかに見つかると思い、ちょっと違う部屋に隠しておいたんだけど…


「そうだぞ、差身wwwwwwwwwwwwwwwwwwどこに隠したって無駄だwwwwwwwwwwww」


 沙織が全てを知っているかのようにそう言った。


 僕は思い当たる全ての、性的なあれを思い出したが、まだそうだと決まったわけではない。

 あいつらが妄想しているだけで、実際には何も見ていないかもしれない。

 全てを見られているという恐怖と、つい興味が湧いてしまった性的なものを知られたかもしれない恥ずかしさ。

 僕は平静を装った。

 まだだ…まだ、少なくとも詳細が知られたというわけではない… 


「差身さん、あんなDVDや、ネットであんな動画見なくても、いつでも私が…私が差身さんの性奴隷に…差身さんの性欲を全部…私にぶつけても構いませんですのよ…妊娠したい…差身さんの子を産みたい…」


 清城京はぎゅっと僕の背中に抱きつきながら甘ったるい声でそう言った。


 背中から呪いを感じる…

 背中から清城京の強い呪いと性欲を感じる!!!!!

 なんで分かるんだ!

 何で僕がネットでどんな動画を見ているのか分かるんだ!!!!


「おいwwwwwwwwww金髪リボンwwwwwwwwwww最初は私だwwwwwwwwwwww次は第2夫人のツインテールの番だwwwwwwwwwwwwwwwwwwww順番を守れwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織が興奮してきたのか狂った様子で楽しそうにそう叫んだ。


 最初、沙織とツインテールこと天使と僕が出会った時に、僕が天使に撃ち殺されそうになる事件とかがあったんだけど、その時に「第一夫人沙織、第2夫人天使」という約束を沙織と天使でしたらしい。

 単純に「沙織は僕が他の女子とセックスしても嫌じゃないのか?」と疑問だったのでそれを聞いたら「最初が私なら構わないwwwwwwwwwこの世の中を差身の分身で溢れさせるwwwwwwwwwwww」と狂ったことを言い出したのでそれ以上は聞くのを止めた。


「そう、全ては契約。沙織の次に私が差身の性欲を受け止める。何をされても良いように今から差身の趣味を押さえている」


 天使が無表情のまま感情がこもっていないような小さな声でつぶやいた。


「まて!何を知ってる!!!何を知ってるんだ!!!!」


 僕はそう言いながら天使をバッと見ると、天使は無表情でただ僕を見ていた。

 天使の目を見ていたら、だんだん焦ってきた。

 大人の嘘を見破っている子供のような目。

 真実を知っている「本物」の目!!!!!!

 何だか心の底まで見透かされているような感じ。

 なんだか僕が悪いことをしているような気持ちになってくる。


「差身の性欲を受け止めるには新妻プレイもかなり重要。でも、これはイメージプレイのみで。『寝取らレーゼ 旦那が留守の間に』は難しい。年上にも新妻にもなれない。私、妹キャラ。メイドとかならすぐにでも平気。『部屋にメイドさんがやってきた』は大丈夫」


 天使が僕の目を真っ直ぐ見ながら、僕のシークレットを交えつつ淡々と語った。

 僕はそれに対して何も言えなくなって凍りついた。


 駄目だ…完全にバレてる…こいつらみんな知ってる…

 僕は動揺した素振りを見せないようにしつつも観念した…

 全部見られてるっぽい…


 違うんだ…年上好きとかメイド好きというわけじゃないんだ…

 一応全部見たかったんだ…

 一通り経験したかったんだよ…

 そういう趣味というわけじゃないんだ!!!!!


「そもそも、あんなのよりも私の方がずっとキレイなのですわ…差身さん…あんな豚みたいな女のどこが良いのですか…私に欲情しないであんなメス豚でえええええええええっ!!!」


 急に清城京はそう叫ぶと、僕の体に爪を立て強く掴んだ。

 混沌…カオスだ…ケイオス、ケイオス、アイワナ、ケイオスだ…


「差身君、セックスできるのに何故オナニーするの?しかも年増で。あのメイド、間違いなく私達より10歳は年上。早く沙織を襲えばいいのに」


 天使はそう言うと僕に近づいて来て僕の腕を握り、沙織を早く襲えと言わんばかりに僕に沙織を触らせようと沙織の方に手を引っ張った。


「おおおおおおおおおおおおおおおwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwなあああああああああああああああああああwwwwwwwwwwwwwwwwwwwにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織は沙織で意味もなく大興奮していた。

 多分、オナニーという単語に反応しているだけだと思う。

 もう駄目だ、また収集つかなくなってきた…


「ああああああああああっ!!!!あのメス豚殺したい!!殺したい!!!何であんなので差身さんがああああああああああああああああああああっ!!!!」


 清城京が抑えきれなくなったように叫び始めた。

 僕の背中でだいぶ常軌を逸してきた清城京が、僕がガクンガクン揺れるくらい強く、引っ掻き回すように僕を抱きついたまま揺さぶった 


「差身wwwwwwwwwwwwwwwせめて私達で逝くんだwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwどんな動画が必要なんだ?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織が気味の悪い病んだ笑みを浮かべながら、どこから取り出したのかコンバットナイフをちらつかせてきた。


「おい!!!お前達!差身の何を調べたのだ!私はまだ聞いてないぞ!」


 かなっちが慌てたように3人に問い質した。 


 おい、聞いてないってなんだ?

 お前達、まさか、情報を共有化してるんじゃないだろうな…


「かなっちもセックスがしたいのかあ?wwwwwwwwwwwwwwwwwん??wwwwwwwwwwwwwwwwwww『かなっちほのぼの日記』のコメント欄に差身の趣味を全部書いてやるよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織がかなっちにコンバットナイフを向けながら嘲るようにそう言った。


「やめろお!!!!勝手に人のブログを読むな!!!最近、おまえたちのせいでPVが増えすぎてるのだ!!!!!」


 小さいかなっちもモデル体型で大きな沙織に負けないように、なるべく自分の体を大きく見せながら抗議した。


「日記に書いてある『私のことを理解してくれる大事な人』って誰だ?wwwwwwwwwwwwwwwwwwww『大事な人』が何で興奮するかは知りたいよなあ?あああっ??!!!wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織がそう言うとかなっちは急に顔を真赤にして動きが止まった。

 そして、数秒後に手を大きく振りながらびょんびょん飛び跳ねた。


「犯罪だあああああ!!!人のブログを読むなああああああああっ!!!!!」


 かなっちは恥ずかしのと怒りの混じったような様子で大騒ぎし、何故か僕を叩き始めた。


 ああ、疲れる。まだ、何も仕事してないのに疲れる。

 これではいつもと何も変わらない。

 まあでも仕方がない。この間みたいにバイト先に急に遊びに来て暴れられるよりマシだ。

 今、考えれば可能性がないわけじゃなかったんだけど、僕がバイトしていたプールに「本物」4人がお金を払って遊びに来たんだよな…

 リーダーには悪いことしたよな…


 そんな感じで面接を受けた部屋にみんなで話しながら行くと、僕達よりも幾つか年上の女性が腕組みをして仁王立ちしていた。

 真っ白な作業着を着て、僕達に厳しい目線を送っていた。

 あれ?この人誰だろう?と思ったけど、様子から察してこの工場で偉い人なんだと思った。

 さっきまで騒いでいた4人は急に静かになり、僕の後ろで小さくなっていた。

 基本的にみんな他人との接触が苦手だからすぐこうなる。 

 他人と関わるのが苦手だからといって、みんなで楽しく過ごすのが嫌いだということではない。

 だけれども、知らない人がいると、どうしても萎縮してしまうのだ。


「おはようございます!」


 僕がなるべくはっきりと挨拶すると、他の4人もその人に会釈した。


「新入りか?」


 その人は僕達を見ると、きっぱりとした口調でそう言った。

 物凄い上から目線。

 見た目は女性としては平均的な背格好で、沙織よりも身長は低いものの、目がキリッとしていて真面目そうな感じだ。

 昨日会った工場長と比べて、何というか厳しそうな感じだった。

 悪い人ではないかもしれないんだけど、キビキビとした感じから近づきがたい印象を受けた。


「はい、今日からよろしくお願い致します」


 僕がそう言って一礼すると、その女性は1つ頷いた。


「よし、聞いてるぞ。さっさと準備しろ。着替えてからタイムカード押すんだぞ」


 僕はすぐに着替えに行こうと思ったんだけど、他の4人は全く動かなかった。

 するとすぐに天使がその人の目をじっと無表情で見つめながら、その人の前まで歩いて行った。

 そして、その人の前に立つと、背筋を伸ばして警察や自衛隊みたいに敬礼した。


「イエス、隊長」


 天使がいつも通り表情ひとつ変えず、ポツリとそう言った。

 ああ、何となく分かる。隊長ぽい。

 突然のことで面食らったのか、その女性の人は眉をしかめたものの何も言えなくなっていた。

 それを見ていた沙織の目がランランと輝きだした。


「うひひひぃぃぃwwwwwww」


 沙織が病んだ笑い声を漏らした。


 獲物を見つけたような目つき。  

 何か興味があるものを見た時の目。

 喜んでいる時の沙織の表情だ。

 おどおどしながら僕の後ろで様子を伺っていた沙織が、いつも通りの「本物」の病んだ笑みを浮かべながら楽しそうに小走りで前に出た。


「隊長wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織もそう騒ぎながら素早く天使の横に並ぶと、同じく敬礼した。 


「副工場長だ!」


 当然ではあるがその女性の人は気分を害したようで、沙織に対して強くそう注意した。


「うほひひひひおぃぃぃwwwwwwwwwww隊長が仕事を教えてくれるのか?wwwwwwwwwww」


 何かを感じ取ったのか沙織がその女性に懐き始めた。

 最近、たまにこういうことがある。

 完全に全ての人達と接触しないのではなく、時々こうして沙織の方から近づいていくことがあるのだ。

 まあ…近づかれた側の人は「何だかおかしいのが話しかけてきたな」と思っているだろうが…

 昔に比べたら僕以外の人に警戒心を抱いていない。

「本物」の友達と遊んでいるうちに、沙織も成長してきたんだろうな。


「だから、副工場長だって言ってるだろ!」


 その人が声を荒らげて沙織を睨みつけると、沙織は小さく「うひひぃ」と笑った。 


「私は清城京と申します。隊長様のお名前は?」


 清城京もその人の前に来ると、そう言ってしおらしく頭を下げた。


「篠宮だ!隊長ではない!副工場長だ!」


 さらにその人は声を荒らげ清城京に注意した


「分からないことは篠宮隊長に聞けばいいのか?」


 全く空気を読まずにかなっちも隊長の前に来るとそう聞いた。

 比較的まともな神経を持つかなっちも空気読めない所があるから、ついこう火に油を注ぐような真似をしちゃうんだよなあ…


「だあああああああ、かあああああああああああ、らああああああああああああ!!!!副工場長だって言ってるだろおおお!!!!お前たちは馬鹿なのか!!!!」


 隊長はがそう怒りを露わにし「本物」達を怒鳴りつけると、4人は僕の後ろにまた小さくなって隠れた。


 篠宮隊長はかなり真面目な性格なのだろう。

 この「本物」達と真正面から取り合っていた。

 隊長…こいつらと真剣に取り合っていたら、多分数日で頭がおかしくなるから止めたほうが良いと思うんだ。

 多少の被害は覚悟しつつも自由にさせておくのが、様々な切り口から見て無難な選択だと思うんだ…


「ごめんwwwwwwwwwwww隊長wwwwwwwwwwwwwwwww真面目に働くから許して下さいwwwwwwwwwwwwwwwwwwクビになりたくないwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織が申し訳なさそうにそう言うと、篠宮隊長は呆れたような顔で沙織を見た。


「ああ、分かった、分かった。ちゃんと働くならなんでも良い。とりあえずさっさと着替えてタイムカードの前に集合だ!」


「はい!隊長!!!」


 4人は声を合わせた。


 更衣室で作業服に着替えると、タイムカードの前に集まった。

 全員真っ白の作業服を着せられた。

 頭も髪を全部帽子の中にしまい、靴も真っ白。

 清城京は露骨にこの作業着を嫌がっていたが、沙織は妙に喜んでいた。

 こうして何の特徴もない服装をすると誰が誰だか分からなくなる。

 ちょっとした服装や髪型も個人の特徴が現れるのだなと思った。 


「おい、これ、こういうの着てる人達いたよな?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織が不審な動きを交えながら、僕にそう言って笑った。


「ばか!沙織!色んなジャンルの色んな人達が頭に浮かぶけど止めるんだ!!!」


 僕の頭の中で色んな触れてはいけない人達が浮かんだ。

 駄目だ!ここはさらっと流して終わらせなくては!  


「なんでだ?wwwwwwwwwwwwwwww」


「何でって…僕達の神がそいつらから攻撃されたらマズイだろ?」


「ああ、大丈夫だ。我々の神は屈しない。逃げ回りながら我々を夏には復活させるwwwwwwwwwwww」


 沙織は沙織の頭の中に浮かんでいるだろう、全身真っ白の服装をした何かの動きをし続けながら、誇らしげにそう言った。


「いや…なんかすぐに捕まって大変なことになる気がするけどな…」


 沙織とどうでも良い話をしていると篠宮隊長が現れた。


「おい、着替えたか?」


 篠宮隊長は僕達にそう声を掛け、しっかり作業着を着ているかどうか見渡した。


「隊長wwwwwwwwwwwwww着替えたwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織がそう楽しそうに言うと、4人は篠原隊長を見て指示を待った。


「よーし、女と男で仕事違うから、ここから別れて行動するぞ」


 篠宮隊長は満足そうに頷いた。


 ついにこれから「本物」達とのアルバイトが始まる。

 これから工場で想像以上の過酷な重労働が待っているとは、そして工場が「本物」に震撼することになるとは、この時点では考えてもみなかった。

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