「本物」の衝撃
「なんだと!?」
篠宮隊長は声を裏返し、真実なのかどうか確認するかのように僕の目を見た。
篠宮隊長は全く予期していなかったのだろう。
沙織が言ったセリフに強い衝撃を受けているようだった。
「うひひひひひひぃぃぃぃぃwwwwwwwwwwwwwww驚いたかwwwwwwwwwwwwwwwwww差身は私のものなんだwwwwwwwwwwwwwwwwwwwだから私の許可なく学校を辞めたり工場に就職するなどあってはならないwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
興奮した沙織が僕の後ろで狂ったように笑っていた。
僕のことを私の所有物だと言わんばかりにガッチリと後ろから抱きしめ、「どうだ見たか!」と高飛車にそう言い放った。
すると篠宮隊長は急に沙織を憐れむような顔で見た。
首何度か横に振り、他の「本物」達を見た。
「おい、おまえたちの友達がとうとうおかしくなっちまったぞ…始めから頭おかしいとは思っていたが完全に壊れたか…一緒に病院に連れてってやれ…」
残念そうに篠宮隊長がうなだれた。
「にゃんぱすwwwwwwwwwwwwwwww待って隊長wwwwwwwwwwwwww私は正常だwwwwwwwwwwwwwwww」
沙織が慌てたのか僕の首から手を解き、僕の体を乗り越えるように篠宮隊長にそう言った。
もう分かんないよ…
沙織が正常なのかどうか…
あああああ、何が正常で何が正常じゃないんだ!!!!!
これは沙織の正常であって、普通の人からすると正常じゃなくて…
でも正常じゃないやつほど自分が正常だっていうらしいしな…
駄目だ!!
僕の心が侵食される!!!
本能的に気がつかないようマインドセットされている部分に触れないで!!!!
「そんなわけないだろう?差身がおまえみたいなおかしいのを選ぶはずがないだろう?確かにお前はキレイだが、おまえと付き合ってしまうほど差身も迂闊ではないはずだ」
迂闊…
そう、何となく幼い頃からの成り行きでこういうことになっているが、第3者から見ると沙織と付き合っていることは「過ち」に見えるんだな…
たしかに、なんかとんでもない間違いを犯している気もするんだよ…
それはもう小さい頃から…
ヤバい…自分の判断で行動しているはずなのに自信がなくなってきた。
そもそも僕は沙織と何で一緒にいるんだ?
本当に自分で決めたことなのか?
あれ?僕は本当に僕なのか?
僕は本当に差身なのか?
あああああああああああああ、頭の中が狂ってきた!狂ってきた!!!
「隊長。差身と沙織は10年以上付き合ってる。幼馴染み。そして私は第2夫人…」
天使が淡々とそう言うと、篠宮隊長の顔色が変わった。
「え!本当におまえたち付き合っているのか?あと第2夫人ってなんだ????」
いや、隊長…
ひとつひとつ片付けよう…
これ以上、この「本物」達が織りなす狂った世界にいると駄目になるよ…
もう引き込まれてる感じもするんだけど、さらっと流した方が良いと思うんだ!!!!
「おい、差身。おまえまさか、こんなのと本当に付き合っているのか?」
篠宮隊長は少し震えながら信じられない様子で、そっと慎重に僕にそう聞いてきた。
「あ…はい…ずっと付き合っています…」
僕はそう言ってしまうことで何か事が大きくなるような気がしたんだけど、そう言うしかないので恐る恐る返事をした。
「なんでだ!!!なんでそんなことしてるんだ!!!!どう考えてもこんなのと結婚したらおまえ一生苦労するぞ!!!!」
急に怒りだした篠宮隊長はテーブルにあった焼酎を一気に飲むとガンッとテーブルに置いた。
篠宮隊長はちょっと酔っ払っている感じもする。
少し取り乱し方が変だ。
これはあんまり刺激しないように気をつけなくては…
「ええ…結婚していませんが、もうかなり苦労はしています…」
そっと僕が小さくなって篠宮隊長を怒らせないように気をつけたんだけど、みるみるうちに篠宮隊長がヒートアップしていくのが分かった。
「もういい!こいつとも別れろ。おまえの人生に何のプラスにもならない。ただの足かせだ!!」
篠宮隊長は僕の腕を強く引っ張ると、沙織が奪い返すように僕の首を後ろから抱えて引っ張り返した。
「隊長wwwwwwwwwwwwwww私は足かせじゃないwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww差身は私が好きなんだwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
沙織がそう言い返すと篠宮隊長は腕組みをして、いつも通りの厳しい目線を送ってきた。
「おい、沙織!おまえ差身が優しいのは知っているよな?こう考えたらどうだ?差身はおまえが可哀想でずっと一緒にいるんじゃないのか?」
篠宮隊長がそう言うと僕を抱えていた沙織の手の力がふっと弱まった。
そのまま沙織は僕から手を離しゆっくりと立ち上がった。
「そんなことないwww私は差身のことが凄く好きだからwww差身も私が凄く好きなんだwww」
いつもより「w」の数が少ない。
めずらしく沙織はしょげた感じで言葉に詰まっていた。
「それはどうやって確認した?おまえは差身に頼りっぱなしで甘えているだけなんじゃないのか?」
篠宮隊長が更に沙織に問い質すと、沙織は何も言い返せずに押し黙ってしまった。
「そwそれはwww」
篠宮隊長は何も言い返せない沙織を見たままうんと1つ頷いた。
「私は差身を1人前の男にしたい…」
篠宮隊長がそう言うと「本物」達全員が、隊長を見上げたまま動かなくなった。