「本物」のスカウト
「全く…酒がまずくなっちまうな…マスター、焼酎ロック、芋なら何でも良い」
篠宮隊長は席に戻ると一気にビールを飲み干し、ちょっと拗ねたように注文した。
めっちゃ僕の後ろから「本物」達の視線を感じる。
店全体にいつも通りの「本物」ワールドが広がっている。
お茶しか飲んでないはずの沙織が特に荒れ狂っていて収集がつかない。
「マスターwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwキスの天ぷら2人前wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww塩多めに乗せてwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
荒ぶる沙織がどんどん注文する。
あいつ全然食えないくせに勢いだけで頼みまくってるな。
あとでちゃんとフォローしてやらないとな。
明日は工場が終わったら遊んでやろう。
「すみません、みんながついてきちゃって…」
僕が平に謝ると呆れたように篠宮隊長は首を振った。
「仕方がない。こういうこともあるだろう。じゃあ、本題に移ろう」
篠宮隊長はしっかりと座り直した。
口をしっかり結びなおしてから話し始めた。
「差身、来月から、うちの社員になれ」
篠宮隊長は厳しい目線で僕を見ると1つ頷いた。
え?
僕はあまりにも唐突な話しに耳を疑ったが、篠宮隊長は真顔で僕を見つめていた。
「差身!おまえ、工場の社員になるのか?」
かなっちが後ろから僕の横に走ってきてそう聞いた。
突然のことで僕は何と言って良いのか分からなくなった。
「いや…僕は…短期バイトで入ってきたので…今週でアルバイトは終わりにするつもりだったのですが…学校もありますし…」
「何だ?金の問題か?最初から月給40万出してやるよ。その代わり週6死ぬ気で働いて、職人仕事も経営も覚えてもらうがな」
「いやでも…」
僕は特にまだなりたいものとかないんだけど、工場でずっと働くなんて考えてもいなかった。
それに高校を卒業しないと世の中生きていけないのではと考えていた。
せめて大学に進学して色々専門的な勉強をし、それからどうするかを考えたい。
「学校辞めて来月からうちで働けば良い。良く考えろ。早く仕事覚えれば、現場も経営も分かるエキスパートになれる。20歳超える頃には細かいことは差身の決断で決めてもらうことになるだろう。良く分からん会社に入って小間使いやらされたりするなら経営者になれ。そして良き職人にもなるのだ」
篠宮隊長は半分立ち上がって前のめりになり僕の肩を揺すった。
僕はそれを半分うなだれて聞いていた。
「それにだ。高校通って大学通って一体いくら金がかかる?高校3年間、大学4年間、合わせて7年。その間、年480万✕7年で3,360万円稼げる。工場がもっと上向いたらボーナスも弾もう。学校に行く学費もかからない。詳しいことは分からないが、学校行くのに一体何百万、何千万かかるんだ?学校で遊んで無駄金使ってるくらいなら、こっちの方がどう考えても断然良いだろう」
篠宮隊長は僕の横まで歩いてきた。
ああ、確かにそうだ。
篠宮隊長の言う通りかもしれない。
学校で授業を受け「本物」達と遊んでいるよりは、その方が早く立派な社会人になれるかもしれない。
一生涯で稼ぐ金額はどれくらいになるのか分からないけれど、今のうちから稼いだ方が多くの金額を稼げるはずだ。
「差身、良く考えろ。どっちが儲かると思う?豆1つにしたって中国からの輸入に頼っているが、我々でベトナムあたりにでもプランテーションをつくろう。その豆も目処が付いたら日本の同業者だけではなく、中国でもアメリカでも売ろうじゃないか。軌道に乗ったら金も入るが忙しくなるぞ。そこから、また色々事業も派生していくだろう」
篠宮隊長はそう言うと、僕の肩を強く抱きながら片方の手で僕の手を熱く握った。
顔を上げ篠宮隊長をを見ると、真剣な眼差しで真っ直ぐ僕を見ていた。
まだ良く理解していないけれど、何だか夢がある話しで聞いてて楽しくなってきた。
ちょっと僕の心が揺れ始めたその時だった。
「おっとwwwwwwそこまでだwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
沙織が僕の背後に周り、篠宮隊長から僕を奪い取るような感じで、僕を後ろから抱きしめた。
「ウヒヒヒヒィィィぃっぃwwwwwwwwwwwwwwwwwwwそれは駄目だwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww私が許可しないwwwwwwwwwwwwwwwwww」
沙織が篠宮隊長から更に引き離すように僕を引っ張った。
怪訝な表情を浮かべる篠宮隊長。
雲行きが段々と怪しくなってきた。
「何でだ?何故、おまえの許可が必要なのだ?」
ちょっとむくれたような感じで篠宮隊長が沙織を問い詰めると、沙織が病んで笑みを浮かべた。
「聞いて驚くなよwwwwwwwwwwwwwwww差身はwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
沙織はもったいぶったように少しためてからこう続けた。
「差身は私の彼氏なんだwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
誇らしげに叫ぶ沙織。
心の抑圧が爆発したのか僕をぎゅっと強く抱きしめてきた。