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「本物」のデレの始まり

「おお、悪いな。ここだ。予定は狂ったがこっちも馴染みの店なんだ」


 めずらしく少し篠宮隊長は微笑んでいた。

 笑った顔は見たことなかったんだけど、それは普通の僕らより少し年上の女の子のものであった。


 そこは恐らく個人でやっているであろう小さい居酒屋で、僕はこういう所に入ったことがなかった。


「あの。僕はこういう所に入っても大丈夫なんですか?」


 つい何かの間違えで警察に突出されたりすると嫌だなと思い篠宮隊長に聞いてみた。


「ああ、大丈夫だろう。そういや、まだ未成年だったんだよな。酒飲まなけりゃ良いんだ。ジュースでも飲んで好きなものを食えば良い」


 篠宮隊長は「何だ、そんなことか」という感じでクスリと笑った。


「ここは良いぞ。マスターが釣りが好きで釣った魚を刺し身にしてくれるんだ。貴重な店だぞ」


 篠宮隊長がそう言いながら店の入口をガラガラと開くと奥の方に入っていった。


「やあ、マスター。2人座るよ」


 もう完全に馴染みの客なのだろう。

 知った様子で奥のテーブルに陣取った。


「おお、男連れとはめずらしいね!!ついに彼氏ができたのかい?」


 人が良さそうなマスターがからかうように篠宮隊長に言うと、篠宮隊長は顔を真赤にして「ああっ…」とつぶやき少しガタガタと震え始めた。

 でもすぐにマスターに向き直ると、顔を真赤にしたまま言い返した。


「ば、ばか!!!そんなわけないだろ!!!!きょ…きょう、きょ…今日は!!!仕事の話しで来たんだ!!!!」 


 息を切らしながらそう力説するとマスターは笑い出した。

 僕はこんなに取り乱すこともあるんだなって思いそれを見ていた。


「ははははは。そんな照れることないだろう。もう結婚したってそんなにおかしくない年なんだから、仕事だけしてたら婚期を逃しちゃうよ」


 そう言えば篠宮隊長は何歳なのだろう?

 色々工場内の仕事を取り仕切ってる割には若く見える。

 そんなに僕達と変わりないはずだ。

 そもそもいつから工場で働いているのだろうか?

 篠宮隊長のことは何も知らなかった。


 適当に飲み物と食べ物を頼むと、すぐに篠宮隊長の前にビール、僕の前には烏龍茶が運ばれてきた。

 篠宮隊長が「おつかれ」と良いジョッキを前に出したので、それに合わせて乾杯した。

 いつもと違い篠宮隊長は視線をハスに落とし何だかもぞもぞしていた。


「あの、篠宮隊長は今何歳なんですか?」


 僕がそう聞くと視線を上げてビールをぐっと一口飲んだ。


「ああ、私か?私は二十歳だ」 


「いつから工場で働いてるんですか?」


「15歳からだな。あの工場は私の祖父が作ったものなんだ。小さい時から工場には出入りしてたよ」


「ああ、そうなんですか…」


 あれ?15歳ってことは高校には行ってないのか?

 僕らくらいの年齢からずっと工場だけなのか????


「でも人材集約型企業というのは厳しいんだ。日本で人を集めて何かを作るのは限界に来ている。そして食べ物というのは腐る。日本人の食う量も減っている。飽食の時代が終ったんだろうな。それは単に高齢化だとかそういう問題じゃない気がするんだ…中国なんか見てみろ。食料が足りなくってあちこちから凄い量を輸入してやがる。でも、それもいずれ終わる。今の日本が等身大の日本の姿なんだろうな…これにあった経営をしなくてはならん…」


 話している内容は良く分からなかったんだけど、篠宮隊長がたくさん話し始めたのを見てちょっと驚いていた。

 あんまり話しをするタイプに見えなかったのもあるし、強く見えた篠宮隊長も不安を抱えていたり悩んでいることがあるんだなって思った。


 篠宮隊長はまた一口グイッとビールを飲むとふーっと大きく息を吐いた。


「私が中学生の時だ。本格的にうちの工場が傾き始めてな。私をかわいがってくれていた祖父も亡くなり、工場を引き継いだ私の父も頭を抱えていた。私は工場というのを家族のように考えている。死んだ祖父の魂もまだあの工場にいるんだと思う。だから私はすぐにでも工場の力になれるように高校には行かず工場で働き始めた。すぐにでも力になりたかったんだ。大学を出た後では遅い。その都度必要な知識は殆ど独学で覚えた。色々心を鬼にして工場の未来の為にやったこともある。何人かには泣いてもらった。この時代に適応できる工場になるようできることは全部やった。材料仕入れるところから、工場の作業効率までな。おかげで今はだいぶ持ち直した…」


 僕はそれを聞いて何も返事ができなくなっていた。

 僕達が高校に通いながら友達と遊び勉強して未来を夢見ている時、篠宮隊長はあの戦場のような工場で必死になって働き始めたのだ。

 こんな細い体であの砂糖袋を簡単に持ち運びできるようになるまでには、どんな地獄のような日々があったのだろう。

 体を壊しながらも休まず、体が慣れるか自分が壊れるかギリギリのラインで働き続けたのではないか?

 この冷めた厳しい目つきになってしまったのも良く分かる。

 そうでなくては生き抜けなかったのだ。


「悪いな。もう酔っているかもな。つまらないこと話しちまって…」


 篠宮隊長は真っ直ぐ僕を見ると自嘲気味に笑い、またビールをグイッと飲んだ。

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