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「本物」の職人への道

 僕は健二さんの所に行くと、健二さんは「おはよう!」と豪快に声を掛けてくれた。

 健二さんは給食で使うような大きな釜にお湯を煮立たせていた。


 最近健二さんの荒っぽい職人言葉にも慣れてきた。

 口は悪いがその言葉は全て温かいものだということに最近気がついた。

 口調が荒いだけで優しいのだ。

 僕が作業しているところにも顔を出し様子を見に来てくれたりする。

 気を使ってもらって申し訳ない。


「おい、おまえ、今日から佃煮作らせろって、副工場長が言ってたぞ。とりあえず覚えろ」


 何だ?健二さんがやってる仕事を覚えるのかな?

 急過ぎていまいち何をするのか飲み込めないが「はい」と返事をした。

 僕は何をしていいのか分からないので、その場で立ち尽くした。


「そこにある袋2つ持って来い」


 近くにある台車に乗せてあった袋を健二さんは指差した。


「はい!」


 あれか。とりあえず、1袋ずつ持ってくるか。

 最初は重たく感じた袋も、今は慣れたのでひょいと担いで持ってきた。


 工場での働き方はとにかく体を動かさないといけない。

 それが一体何のためにやっているのか理解するよりも前に、まずは体を動かして目の前の課題をこなすことが重要なのだ。

 考える前に手を動かし、ただ目の前の作業を完璧にこなす。

 だから健二さんがこれから僕に何をさせるのか分からないけど、そこはこだわらないでどんどん体を動かした。


「封切って2つとも全部放り込め」


 健二さんは続けてそう言った。

 僕は「はい!」と返事し、何が入っているのか分からないが僕は封を開けると、中身を全部釜の中に放り込んだ。

 中身は乾燥した小魚だった。

 僕にはそれが何という魚なのかは分からない。

 工場仕事のコツは掴めてきているのもあって、その空き袋をさっと片付けると、すぐに2袋目も釜の中に放り込んだ。


「おい、これ混ぜとけ」


 健二さんがいつも使っているボートのオールのような大きなしゃもじのようなものを僕に突きつけた。


「どうやって混ぜるんですか?」


 僕はそれを反射的に受け取ったが、どうして良いのか分からなかった。


「グルグル良く混ぜりゃあ良いんだ。下から上にも混ぜるんだぞ」 


 健二さんがそういうので僕は「はい!」と返事をすると、釜の中を下から上にかき混ぜた。


「おい、うずができるようにしろ。横にもグルグル回せ」


 良く分からなかったが、健二さんがいつもやってる動きを思い出しながら、なるべく真似してやってみたところ特に注意されなかった。

 しかし、釜の前は熱い。

 熱気と湿気が荒れ狂うこの人間が仕事する場とは思えない調理場。

 その中でもここは一際酷い。

 異常な室温にも慣れてきたとはいえ、釜の前は熱気が唸るように襲い掛かってくる。

 そして、この釜の中をかき混ぜるのは、見た目よりも力がいる。

 重いのだ。

 ひと混ぜひと混ぜが体全体の力を使わないといけない。

 グイグイと体中の筋肉を軋ませる。

 僕は無我夢中でかき回し続けた。  


「そろそろ旨そうになってきただろ?これくらいだ。これくらいなんだ」 


 ああ、何となく分かる。

 さっきはカラカラに乾燥した小魚がおいしそうに、ふんわり真っ白に煮上がっていた。

 このままご飯にかけても良さそうだ。 


「そしたら、横の釜にこの網で全部移せ」


 ああ、それでこんな近くの釜もお湯だけ煮立たせておいたのか。

 僕は近くにあった網じゃくしで、今小魚を煮ていた釜から小魚を取り出し一旦ザルに移すと、横の釜に小魚を移した。


「おい、柄杓で上白糖2杯、水飴5杯、醤油2杯入れろ。最後にみりんを少し入れとけ。甘いのは先に入れろ。醤油は後だ」


 分かる。僕は振り返ると、後ろにおいてある樽を見た。

 あの樽の中に入ってる奴を、健二さんはいつも入れていたよな。

 樽を開けると砂糖が入っていた、

 それを柄杓で2杯入れると、横に置いてある一斗缶から水飴をすくい上げ、また釜に入れる。

 そして、醤油、みりんを少し入れるとおいしそうな香りが漂ってきた。


「おい、水飴が偏っちまうから、グルグル混ぜておけ」


 砂糖や水飴が入った釜はさっきの何倍も重かった。

 ただひたすら僕は釜の中を混ぜ続けた。

 これも「いつまでこんなことが続くんだ?」と考えたらいけない。

 やってればそのうち終わるのである。

 7~8割の力で手を止めないとやることが、どうも作業が効率良く進むポイントのようだ。


 仕事だから一生懸命やらなくてはならないんだけど、慌てないことが重要。

 急ぐけど、慌てない。

 正確にやるけど、慎重になり過ぎない。

 この微妙なバランスが工場で働く秘訣かもしれない。 


 どれくらい混ぜただろうか。

 健二さんがザルを持ってきて、それを空いた樽の上に置くと僕の肩をポンと叩いた。


「これで良い。全部ザルに上げろ」


 僕は網じゃくしで茶色く煮上がった小魚をすくい上げた。

 できたての小魚の佃煮はたまらなくおいしそうな香りがした。

 ザルに上げると静かに湯気が立ち上り、ふんわり柔らかくそれは輝いていた。


「いいか、これがちりめんじゃこだ。このリズムでやるんだ。このリズムでやればうまいのができる。このリズムより短くても長くても駄目なんだ。煮詰まっちまったり、味がしねえのになる。もう、覚えただろ?今度は1人で作ってみろ」


 そう言うと健二さんは豪快に笑っていた。


 それから昼休みまでみっちりと佃煮を作った。

 他の佃煮も作り方を教えてもらったが、健二さんの教え方は何というかざっくりしたものであった。

 ただ、確かに健二さんが言う通りに作ると、おいしい佃煮ができ上がる。

 僕も作り方なんか分からないので、健二さんのやり方をひたすら真似し覚えた。


 1通り作り終わり休憩に行こうとすると、健二さんが声を掛けてくれた。 


「どうだ、覚えたか?」


「はい、なんとか。忘れてることもあるかもしれませんが、大丈夫だと思います」


「そうか、慌てんな、ゆっくり覚えてけ。分からなくなったら聞いた方が良い」


「はい」


 僕がそう返事をすると、健二さんは感慨深そうに2回頷いた。


「おまえでも早いな。俺なんか、佃煮作らせてもらうのに3年以上かかったぞ。よっぽど副工場長に気に入られてるんだな」


 そう言って健二さんは豪快に笑うと、僕の体を叩き去っていった。


 休憩所に行くと先に「本物」達が集まっていた。

 初日は死んでいた「本物」達も仕事や工場自体に慣れてきたのか元気そうにしていた。


「差身wwwwwwwwwwwwwwwww遅かったなwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 お茶を飲んでいた沙織が病んで笑みを浮かべながらそう言った。

 本当にキレイになのにちょっとでもしゃべると全部が崩れるよな…


「ああ、今日初めてやる仕事があったんだよ」


 僕はそう言うと沙織の横にどっしりと座った。

 今日も良く働いた。残りもしっかりやらないとな。


 すると休憩所の入り口扉が開き誰か入ってきた。


「おい、差身いるか?」


 不意に篠宮隊長が現れ僕を呼んだ。


「はい」


 僕は返事をして何の気なしに篠宮隊長の所まで歩いて行った。


「おい、今日仕事が終わったら付き合え。話がある」


 篠宮隊長のキビキビとした口調で仕事の指示をするように言った。


「ああ、はい、分かりました…」


 何となく篠宮隊長の勢いに押されて返事をしてしまったのだけれど、特に予定があるわけでもないので問題はない。


「じゃあ、あとでな。着替えたら休憩所で待ってろ」


 篠宮隊長はいつも通り厳しい目線を僕に送ると、踵を返しカツカツと戻っていった。


 なんだろう?

 仕事の話しではあるんだろうけど…

 若干の疑問を抱きながらも、元いた場所に戻ろうとした時。

 振り返ったら「本物」達全員の目に黒い影がかかり凶悪な光を放っていた。


 な…なんだ?この殺気は???

 おい、急に何があったというんだ????


「『寝取らレーゼ』許すまじwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織が呪いのかけるように何かをつぶやくと小刻みに震え始めた…

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