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帰ってきた「本物」たち 

「帰ってきたぜwwwwwwwwwwwww誰が『本物』なのか、教えてやるよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwニャンパスwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww何言ってるか分からねえ奴らは読まなくていいぞwwwwwwwwwwwwwww」


 

 なあ、沙織…

 いったい、どこの何に向かって騒いでるんだよ…

 


 透き通った真夏の空はどこまでも高く、見上げるとその青が強い陽射しとともに僕の目を焼きつくす。

 にじむ汗、気温の上昇。時々吹き抜ける強い南風。昼間から私服で出歩く爽快感。

 それら全てが僕の胸を高鳴らせていた。

 だがそんな爽やかな夏の雰囲気も、沙織が形容しがたい狂い振りで全部ぶち壊した。


 沙織は急に立ち止まり気味の悪い笑みを浮かべ、虚空に向かって手を振りながら騒ぎ始めたのだが、僕はそれを冷静に見ていた。

 沙織の透き通るような白くて繊細な肌が光に溶けていく、そしてその長い髪が艶やかに風になびいていた。

 こうして見ると本当にキレイだ、スラっと伸びた手足、完璧なボディーバランス、神々しい。

 しかし、その目は…常軌を逸していた…

 黙っていればすぐにでもトップモデルになれる容姿を持つ沙織だが、いつも通り病んだ目つきでわけの分からないことを喚き散らしていた。

 大興奮で手のつけようがないが、今更これくらいのことで僕が動揺するはずがなかった。

 沙織の本気はこんなものじゃない。

 僕の心は沙織の「本物」に耐えられる、沙織が何をしようと動じないように凍りついているのだ。


 高校生活初めての夏休みに入って2週間。

 沙織以外にも「本物」の友達ができた高校生活も一段落である。

 良く死ななかった。生きていることが奇跡だ。

 というか、何故警察はこいつらを捕まえないのか?

 人間の命というのは1度消えたら蘇らないんだよ…


 子供の時から毎年夏休みはやってきたが、どことなく今までよりも高校生の夏休みは楽しみが大きく広がった気がする。

 なんだろう。この高揚感は。

 沙織が僕を家まで迎えに来て、こうして街を歩いているなんて、10年以上続いているいつものことなのに、何故か今日はすごく新鮮だ。

 子供の頃からずっと一緒なので沙織といるのも日常化しているが、高校生になったことで僕達の関係も変わっていくような予感がしていた。

 最近たまに沙織とどう接していいのか分からなく時がある。

 僕だけが変に意識しているだけで、沙織は全くそんなこと考えていないのだろうか。

 もちろん、そんなことは僕も沙織も口にしない。少なくとも僕にはそれが何だか気恥ずかしいのだ。

 見た目はどんどんキレイな大人になっていく沙織ではあるが、頭の中はずっと昔と変わらない子供のまま。 

 そう…沙織は基本子供の時と何も変わっていない…

 沙織の「本物」レベルは際限なく高まっているが、本質は極端な人見知りで僕以外の人とは関わるのが苦手な怖がり。


 沙織は子供の頃から「本物」の愛で僕を包んでくれている「本物」である。

 そして僕を毎日24時間体制で殺しにくる張本人だ。

 今や僕を襲ってくる「本物」も4人となり、その主犯格と言っても過言ではない。

 主犯格と言ってもみんな「自由」過ぎて好き放題やりたいことをやるだけだから、4人一緒に何か仕掛けてくることなんてまずないのだが。

 もし…もしもだ…この「本物」達が団結したら…

 それこそ、下手なテロ組織や一個小隊よりも、極めて恐ろしい存在になる。

 凶悪な破壊力で何もかも破壊し尽くすだろう…

 その場の勢いだけで後先考えずに突っ込んでいくだけに本当に手に負えない。

 死を覚悟なんていう生ぬるいものじゃない、一旦爆発するとこの「本物」達は死すら気にせず暴れまくるのだ… 


「おい、沙織、どこ見て、誰に向かって叫んでるんだ?」


 何もない虚空に向かって騒ぎ続ける沙織を窘めるようにそう声を掛けた。

 猫が見えない何かを見つめてるというレベルではない、完全に「本物」が何かと交信してるようにしか見えない。

 電波、いや、もう沙織にしか見えない何かが実在しているとしか思えないほどだ。

 常識では計り知れない、いや、ある意味ミラクルとも言って良いだろう。

 沙織の「本物」は今加速していた。


差身さしみwwwwwwwwwwwwwwそれは我々を作った神とあの狂った連載アンドあの狂った事件を知ってる奴らに言ってるんだよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 おぞましい笑みを浮かべながら、沙織がこちらを見てそう言った。

 いくら見た目が美しくても、目が「本物」の病んだ状態では完全にホラーだ。

 挙句に訳のわからないことを言い出したが、毎回毎回こんな感じなのでもうどこまでが普通でどこまでが狂っているのか僕の中で判断しきれなくなっている。

 

 うっ、頭が痛い…

 急に強い頭痛が僕を襲った。

 

 あれ?何か僕は忘れていたことを思い出しそうだ…

 ああ…随分前に何か事件があった気もするんだけど、駄目だ、封印されたかのようにそれを思い出すことができない…

 何か「リアル」で異常なことがあったような…


 普通に歩いているだけでも街の空気を変えるほどの存在感をもつ沙織だが、しゃべると人見知りの引きこもりが抱え込む闇を放出させ「本物」の暗黒オーラを漂わせてしまう。

 普段抑圧されている分、発散するときの沙織のパワーは凄まじい。

 ちなみに、「差身さしみ」というのは僕の本名、下の名前である。

 

「おまえ、何言ってるんだ?あ、あ、あああ、ああ、頭が痛い…」


 僕はしゃがみこんで頭を押さえながら沙織を見上げた。

 沙織は平然とただ満足そうに僕を見下ろしていた。

 

「大丈夫だ、差身wwwwwwwwwwwwwww神は我々を1から蘇らせようとしているwwwwwwwwwwww我々は2015年の夏くらいには完全復活wwwwwwwwwwwwwwww今、神から私の脳に直接声が届いたwwwwwwwwwwwwwwwwwうひいいいいいいいwwwwwwwww」


 駄目だ、完全に狂っていやがる…何言ってるか全然意味不明。

 どうして沙織とずっと付き合っているのか分からなくなる時がある。

 そして、もう10年以上前から気がついていたんだけど、沙織を現実世界に引き戻すことなんてできるわけないのだ…


「ニャンパスwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww復活だあああああああああああああああああああああああああwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織は空に向かって大きくそう叫ぶと、少し大きめのカバンから金属製の黒い何かを取り出した。

 あれは!米軍御用達の短機関銃M3!

 颯爽とM3を手に取り、ガッと歩幅を広げ腰を落とし構えた。

 武器の扱いに手慣れたその様子は、百戦錬磨の血を血で洗ってきた傭兵そのものであった。

 沙織の背後に暗黒オーラが漂う。黒く黒く、呪いのような黒さだ。

 

 沙織はこの手の武器関係は何故か大量に持っている。

 どうやら沙織のパパの仕事絡みで手に入れているらしいんだけど、あの人もヤバいだけではなく「本物」なんだよな…

 お金持ちの「本物」ほど手に負えないものはないということを先日味わったばかりだ。

 会う度に沙織をまだ襲わないのかと聞いてくる。

 多分、沙織がこのままだと大変なことになるので、一生僕に沙織の面倒をみさせたいのだろう。


 沙織の目のあたりに黒い影が浮かび凶悪に光り始めた。

 悪魔だ…悪魔が現代兵器を持って目の前に立っている…

 知能の高い悪魔が人を殺す兵器を持っている…


 沙織はかなり頭が切れる。

 学業の成績も超優秀で本当は僕と同じ高校に通うレベルではないのだが、僕と同じ高校ではないと怖いから進学しないというので同じ高校に通っている。

 沙織は手慣れた手つきでM3に弾倉をかっちりはめると、そのまま空に向かって乱射し始めた。


 ズバババばあばババばあばバババッ場bげsぽhげwぴおえghげ」pwq」げpwくぉgへqwぽえgqhげあ@ぺあgじょえあgpげじゃげ@えgwj@


「みんな殺してやるのんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww殺すのんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織はM3を興奮した、いや、完全に発狂した笑みを浮かべ楽しそうに乱射し始めた。


「きゃああああああああああははははははっははは、にゃんぱすwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 

 僕はいつも通り本能で危険を察知しとっさに地面に伏せると、頭をカバンで隠しながら銃声音が鳴り止むのを待った。

 死なないように身を隠すことに関してはあらゆる訓練された兵士よりも僕の方が速い。

 沙織はこうなったら誰にも止められないのだ。

「本物」に短機関銃。どんな危険人物に武器を持たせるよりも危険極まりない組み合わせだ!

 そこには理念も思想もなく、ただ本能があるのみ、気分によって撃ちまくっているだけ。

 そう、沙織の心の中に潜む叫びが、破壊衝動を生み出すのだ!

 

 死にたくない!死にたくないんだ!早く!早く終わってくれ!!!

 おい!警察!なんでいつも来てくれないんだよ!!!!


 しばらくして銃声がおさまると、うつ伏せになっている僕を沙織が蹴飛ばして仰向けにした。

 沙織は非力なのでそこまで力が強くないのだけど、僕は死にたくないので大人しく蹴られた方向に転がった。

 沙織を見ると新しい弾倉をM3にかちりとはめ込み、不敵な笑みを浮かべていた。

 そして、僕の上に片膝をつき、銃口を目の前に突きつけた。


「差身wwwwwwwwwwwwwww口を開けろwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 僕は大人しく口を開けると沙織はM3を肩にかけ、どこに身につけていたのか器用にコンバットナイフを取り出し、僕の口の中にナイフを突っ込んできた。

 ぎりぎり切れないように、少しでも僕が歯向かうとすぐに殺せるように…

 沙織の美しい目は「本物」の愛でいっぱいになっていた!!!!!!!


「おいwwwwwwwwwwwwwww差身wwwwwwwwwwwwwwwwww私のことが好きか?wwwwwwwwwwwwww直ぐに返事をしろwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 駄目だ。逆らうと本当に殺される。

 沙織は小刻みに震えながら僕をじっと見つめていた。


「あいっ!ぼくはさおりのことがすきでふっ!」


 口が切れないように喉の奥からなるべく大きな声でそう返事をした。

 沙織は小刻みに震えたままニヤリと笑った。


「ツインテール、金髪リボン、かなっちより好きか?wwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「もちろんでふっ!!!!!!」


「ああああ?聞こえねえよwwwwwwwwwwwwww」


「さおりをいちばんあいしていまふっ!!!!」


「もう一度wwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「さおりをいちばんあいしていまふっ!!!!」


「もう一度だwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「さおりをいちばんあいしていまふっ!!!!」


 僕が精一杯の声でそう言うと、安心したように沙織はナイフをどこかにしまいこんだ。


「そうだろう、そうだろうwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織は僕の顔を舐めるように撫でながら言った。


「差身、24時間、私のことを忘れないように怯え続けろwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織はいつもの決めゼリフを満足そうに言うと、性欲にまみれたおかしな表情に変わっていった。


「ああああ…差身、差身、愛してる…あいしているのんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww差身好きだああああああああああああwwwwwwwwwwwwwあああああああああああっ!!!差身ポーションがうまいのんwwwwwwwwwwwwwwwwwww」 


 発情した沙織がギュウギュウと僕に抱きつきながら性欲をまき散らしていた。

 あちこち舐めたりされたあと、僕の首のあたりに噛み付いたまましばらく動かなくなった。

 これを途中で止めたりすると、沙織の性欲が大暴走するので僕は一切抵抗しない。

 僕が殺されるだけではなく、この辺一体が大変なことになるのだ。

 10代の性欲をみくびってはいけない。


「ハア…ハア…ハア…差身…差身…あああんっ!」


 少しすると沙織は満足したのか僕から離れて、肩で息をしながら自分の着衣を整えた。

 沙織の蒸気した顔を見ていると、僕がなにか過ちを犯したような感じだが、僕は一切何もしていない。

 ただ、沙織が好き放題暴れているだけだ。 

 もう、壮大なる自慰行為である。性欲が4次元的すぎて革命的だ。


「おい、お前のせいでプールのバイトが駄目になったんだからな。金貯めないとみんなで旅行に行けないだろう?早く面接に行くぞ」


 沙織の暴走が完全に停止したのを確認した僕は沙織にそう声を掛けた。

 実はこれから僕と沙織は「本物」の友達と待ち合わせて、バイトの面接に向かう途中なのであった。

 夏休み中にみんなで旅行に行くので、自分達の力でお金を稼ごうということなのである。

 今日は余裕を持って出発したのだが、また何が起きるかわからないのでさっさと面接しに行きたいところだ。


「そんなの私のパパに払ってもらえばいいwwwwwwwwwwwwwwwwwww差身、もう暑いから帰ろうwwwwwwwwwwwwwwww」


 確かにそれは可能だろうし、沙織のお父さんには全く負担にならないだろう。

 そもそも僕達はゴールデンウィークに行った沙織のお父さんが所有する南の島に行くのだ。

 最終的には沙織のお父さんにかなり面倒を見てもらうことになるだろう。

 だけれども、なるべく迷惑をかけず、自分の力で遊びに行きたかったのだ。

 高校生になったのだから、それくらいのことはしなくてはいけないと考えていた。 


 それに自分でお金を稼いでみたかったというのもある。

 高校生になってやってみたかったことの1つがアルバイトだ。

 今までは勉強して親からお小遣いをもらうだけだったが、高校生になるとアルバイトができるので自分の力でお金を稼いでみたかったのだ。

 もちろんアルバイトばかりして勉強していなかったら、将来大変なことになると思うんだけど、学業に負担がかからない程度に実際に働いてお金をもらうということを経験してみたかったのだ。 

 

 まあ…それから、もう一つ…

 アルバイト中はさすがに沙織をはじめとした「本物」達に追われることもないだろうと考えていた。

 夏休みはあの「本物」達がさらに野放しになる。

 学校が休みなので授業がないからだ。

 授業中はあの「本物」達も教室の中で座っている。

 ただでさえ「自由」な「本物」達が更に「自由」になってしまう。

 だから僕はこの間まで秘密裏に僕達が住んでる横浜を抜けだして都内でバイトをしていた。

 ここまでくれば絶対見つからないし、アルバイト先に来てまで大騒ぎしないだろうと考えたのだ。

 と考えていたんだが、あいつらは県をまたいで追ってきたんだよなあ…

 いったい、どうやって調べたんだよ…どうせ、ストーカーしてたかなんかだと思うが… 

 詳細を話すと長くなると端折るが、あいつらのせいで僕はバイトをクビになったので、今回はみんなでバイトをすることにしたのだ。

 みんなで同じ所で働けば、僕の仕事の邪魔をすることもないだろう。

 また、黙ってどこかでバイトを始めたら、あいつらは執拗に突き止め追ってくる。

 24時間、世界中どこに逃げても、あの「本物」達から逃げ切ることはできないのだ。


「じゃあ、沙織はやめておくか?バイトが終わるまで家で待ってても大丈夫だぞ」


 体力のない沙織は体力を使いきったのか、この暑さで動きたくなさそうにしていた。

 しかし、沙織は死にそうな顔をして首を横に振った。

 

「いやだwwwwwwwwwww差身がいないと怖いんだwwwwwwwwwwwwwwそれに差身のはじめてが奪われるかもしれないwwwwwwwwwwwwwwこの間、金髪リボンが差身を薬で眠らせ恋人達のホテルに運び込んだ時は危なかったwwwwwwwwwwwwwww」


 ああ…そんなこともあったな。

 あの時は沙織に本当に殺されるかもしれないと思った日の1つだな…

 金髪リボンこと清城京を縛り付けて撃ち殺そうとしてたからな…

 清城京も性欲が爆発して、ついに僕を拉致したんだよな… 

 

「はじめては私だwwwwwwwwwwwwwwwwwwだが、まだしないのだwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwもう少し溜めるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 

 ああ、ずっと溜めておいてくれ…お前がもっと精神的に成長してきたらにしよう…

 ナイフや銃を突きつけながら襲われるのは僕も嫌なんだ…

 何故沙織はこれだけ長く一緒にいるのに不安になるのか。

 そして、何故不安になる度に僕を殺そうとするのか… 

 

「沙織、行くぞ。みんな、待ってるから」


 僕は衣服を整え立ち上がると、沙織の手を握り出発を促した。

 沙織は慌てたように僕の手を握り返した。

 それは知らない土地に連れて来られた小さな子供が、はぐれてしまわないように母親の手を握るのと似ていた。


「うひひひひいいいいいい、ああ、分かったwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織は嬉しそうに気味の悪い笑みを浮かべながら頷いた。

 その病んだ女神のような笑顔は太陽の強い光に溶け込んでいった。


 今まで沙織は僕以外と学校外で会うことなんてなかったのだが、不思議なことに高校生になってから知り合った「本物」の友達とは仲良くしている。

 多少ではあるが、沙織も少しずつ世の中というものに慣れてきたのだろう、大変良いことだ。

 ただ、あれなんだよな。

 類は友を呼ぶではないが、4人共「本物」過ぎてしゃれにならない。

 それぞれ個性的すぎるだけではなく、僕を追いかけまわし真剣に逃げないと死ぬ危険性すらある。

 全員基本「本物」過ぎて学校でも孤立したソロプレイヤーだ。

 この先社会に出てやっていけるのか見ていてとても不安である。

 最近は4人がちゃんと大人になるまで見ててやらねばと兄のような気持ちになっている。  


 今日これから面接を受けに行く会社は学校の近くの食品工場だった。

 4人一緒に高校生を雇ってくれる短期バイトはなかなか見つからなかったのだが、大丈夫だというところが見つかったのだ。

 時給は安いし大変かもしれないけど頑張って働くつもりだ。

 僕は初めての、いや2度目のアルバイトに緊張しつつもやる気に満ち溢れていた。

 

 工場付近の公園まで歩いて行くと、例の3人が先に集まっていた。

 ちょくちょく会ってはいるので、僕達は簡単に挨拶を済ませた。


「じゃあ、行こうか。時間がないぞ」


 面接時間に遅れてはならない。しっかり働くことをアピールするのだ。

 ところが僕がそう言うと、急にかなっちが慌てて工場に行こうとする僕の腕を引っ張り引き止めた。

 ショートカットのかなっちは長身の沙織と違って小柄でかわいいのだが、頭が良い割に融通がきかないところがある。

 そして、臆病なのにそれを見せないように頑張っている。


「お、おい、差身!」


 かなっちはいつもと変わらずどこか怒っているかのように僕を呼び止めた。

 僕の腕を握るかなっちの手は震え、その大きな目が真剣に僕を捉えていた。 


「どうした、かなっち?」

 

 だいたいかなっちがこういう時は、なにか不安があるときだ。

 そういう時は、なるべく話を聞いてあげることにしている。

 かなっちは僕達と知り合うまではほとんど学校に来ていなかったが、だんだん登校するようになってきた。

 僕達と話しているうちに僕達には打ち解け始め、学校にも通えるようになってきたのだ。

 それまでは誰とも話しができなかったので、学校に行くのもとても苦痛だったんだと思う。

 その芽を摘み取ってはいけないのだ。


「私達の説明はしないのか?」


 かなっちが怯えたような表情でそう聞いてきた。



 え…一体何の話だ?



「説明ってなんだ?」


 全く何を言っているのか分からなかったので、かなっちに優しく聞き返した。 


「だから差身はダメなのだ!私が今まで見てきたマンガやアニメは、登場人物が理解しやすいように1人1人登場するものなのだ!こんなのラノベ書き始めた中学生以下の展開なのだ!読み手には伝わらないのだ!私はモブキャラじゃないのだ!」


 急にかなっちはそうガーっと色々主張し始めた。

 良く分からないがアニヲタのかなっちにとって大切なことなのだろう。

 とりあえずちゃんと聞いてあげないとな…

 

「いいか!これじゃ最近のネタが尽きたのに無理やりアニメ化して失敗したのとおなじになるのだ!私達もキルミー…」


「ああああっ!!!駄目だ!かなっち、それ以上は駄目だ!」


 僕は何かに指示されたかのように、とっさにかなっちの話を遮った。

 あれ…なんでこんなこと言ったんだ?

 あああ…でも、言わないといけなかった気がする…


「何が駄目なのだ!他にも例えば新作の方のエウレ…」


 自分の発言を遮られたので、両手を上げてかなっちが怒りだした。

 小さい体をいっぱいに動かし、バタバタとアピールしてくる。

 かなっちも頭は良いんだけど視野が狭いところがあって、自分の主張が通らないとすぐ怒るんだよな。


「駄目だ、かなっち!それも駄目だ!自分でも良く分からないんだけど、それ以上は駄目なんだ!」

 

 うっ…また、頭が痛くなってきた…

 何か…何かを頭の中に…指令…封印…

 何か思い出してしまいそう…


「大丈夫。これはテスト。私達を作った神は1から作り直すつもり」

 

 小さく冷静で単調で感情のこもらない声。

 沙織にはツインテールとあだ名を付けられた天使あまつかが間に割りこむようにすっと入ってきた。

 いつも通りのツインテールと無表情。

 かなっちと同じくらいに小さいが、めっちゃ影が薄いというか他人に興味がないようなところがある。

 天使の冷めた目が瞬きもせずかなっちを見ていた。

 無言の迫力にちょっと怖気づいたかなっちではあったが、気を取り直して反撃の体制を整えた。

 

「神ってなんだ!何を言ってるのだ!」

 

 かなっちがそう言って怒ったのだが、天使は全く動じることなく無表情のままかなっちを見つめていた。 

 僕にも天使が何を言っているのか全く分からなかった。

 もう、この流れになってきては放っておくしかない。

 どうにもならないのだ。「本物」を制御する方法などこの世に存在しないのだ。 


「神が私の脳に直接語りかけてきた。大丈夫。それにこんな異常な作品を楽しく読む人はこんなことくらい気にしない。私達は神によって蘇った…」


 天使の「本物」の迫力と発言に押されてきたかなっちは、親がいなくなった子猫のようにガタガタと震え始めた。 

 そりゃ真顔で神とか言われたら普通は怯えるよな。


「お前たちおかしいのだ…何で神が脳に語りかけるとか言ってるのに誰も何も言わないのだ…」


 かなっちが何かを受信してしまうという天使の「本物」ぶりに勢いをそがれたのか、若干声のトーンが弱ってきた。


「おいwwwwwwwwwww私なんかいつでも神とやり取りができるぞwwwwwwwwwwww神に話しかけることもできるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 沙織が病んだ目つきで気味の悪い笑顔を浮かべながら、いつも通り意味不明なことを言い始めた。

 

「ヤメロ!わけのわからないこと言うな!狂ってるぞ!」


 かなっちが騒ぐが沙織は不気味な笑みを浮かべたまま見下ろしていた。


「そう、私がこうして紙袋をかぶってるのも、全て神からの指示なのですわ」


 上品なワンピースを着ているのに、頭から紙袋をかぶっている清城京がおしとやかに言った。

 どう見ても猟奇的殺人者にしか見えないが、中身はキレイな長い金髪に赤いリボンをつけている育ちの良さそうな顔立ちの女の子だ。

 清城京は僕と沙織とは別な中学校で僕はずっと清城京のことを知らなかったんだけど、僕をずっとストーカーしていた「本物」だ。

 色々事情があって沙織が前に紙袋を被せたのだが、最近は必要ないのに紙袋をかぶると落ち着くようで時々かぶっている。

 

「おい!お前たち、なんかおかしいぞ!!!!神とか言うな!あと、金髪リボンは何で紙袋被ってるんだ!」


 3人の「本物」ぶりに動揺し震えるかなっちが、自ら自分を鼓舞し恐怖を振り払おうとそう叫ぶのだが、それを飲み込むように3人は平然としていた。


「心配しないで。神は私達のことを考え守っている…」


 天使がそう言いながらかなっちに歩み寄ると、かなっちはビクッとして後ずさりし始めた。


「そうだwwwwwwwwwwwww神は我々を復活させたwwwwwwwwwwwwww」


 沙織も「本物」の病んだ笑みを浮かべながらかなっちに近づいていくと、完全に怯え始めたかなっちはガタガタ震えながら更に後ろに下がった。


「紙袋は神が被れと私の脳に直接話しかけてきたのですよ」


 最強の遠距離盗撮者スナイパー清城京もかなっちを追い込むように詰め寄ると、かなっちは公園の周りを囲む柵まで追い込まれ座り込んだ。

 3人の「本物」はそれぞれの「本物」オーラを漂わせながら、かなっちをただ見下ろしていた。

 半分泣きそうな顔でガタガタと震えながら、かなっちは3人を見上げていた。


「お前達、変な宗教に洗脳されたのか!!!絶対に!絶対に!おかしいのだああああああああああああああああああっ!!!!!!」


 駄目だ収集がつかない。

 どいつもこいつもこれから面接に行くという自覚がない

 遊びに行くんじゃないんだぞ…どうせ遊びの延長線上でしか考えていないんだろうけどな…


「おい、もう行くぞ…面接では大きな声でハキハキと返事をするんだ。面接に落ちたら、一緒に働けなくなるんだぞ。バイトしたくないのか?」 


 僕はみんなを諭すようにそう言うと、かなっちが3人の間から逃げ出し、物凄い速さで僕の後ろに隠れるようにしがみついた。

 まあこれくらいなら、みんなで楽しそうに話してるから悪いことではないんだけど、このままだと全員面接で落とされる可能性すらあるな…


「かなっちさん、あなた、どうしていつも差身さんの後ろにいるのかしら!差身さんの後ろは私の定位置なのですわ!何年私が差身さんを後ろから見守ってきたのかご存知なのかしら…」


 紙袋越しでも清城京の目が暗黒の光で輝いているのが分かった。

 それを察したのか「ひいっ!」と叫んでかなっちは僕にぎゅっと小さくしがみついた。


「おい、清城京もそろそろ紙袋を脱ぐんだ。みんなバイトする気があるのか?」


 僕が清城京をなだめると沙織が病んだ目つきで笑い出した。

 

「バイトは興味ないwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwみんな差身が行く所についていくだけだぞwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww差身がバイトするからバイトするだけだwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


 駄目だ。もうバイトできないかも知れない。

 かなり気が重いが、4人を連れて工場へと向かった。

 その時は、まだあんな事件が起こるとは全く考えていなかった…

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