第8話 はじめてのたたかい《後編》
まずは、わざわざ俺達に助けを求めて来た奴を“形容しづらい”の一言で済ますのは申し訳無いので、もう少し詳しく表現してみようと思う。
といっても何とも言いようが無かった訳じゃない。ただ一言で表現しようにも相手がちょっと特殊な姿をしていたので種族名が分からなかっただけだ。
ベースとなっているのは多分ケンタウロスだとは思う。だが俺が知っているケンタウロスとはかなりの違いがある。まず、半人半馬なのは確かだが頭は馬であり、しかもユニコーンのような角まで生えている。
他の違いとしては、よく絵で見るケンタウロスの馬の部分の色は茶色や黒がほとんどなのだが、こいつは白くて青いたてがみをしている。後、人体の部分にはちゃんと服を着ているのも違いとして挙げられるだろう。まるでフュージョンしたサイ●人みたいな服だけど。
装備もケンタウロスのイメージにある弓矢ではなく、人間の上半身ぐらいなら何とか隠せそうな大きさの盾と、確かアールシェピースとかいうタイプの槍だ。柄の部分が剣と同じぐらいしか無くて、四角錐状の刃の部分がユリーシャの身長と同じぐらいある。
そんな奴が座り込んだ状態で周囲に電気のバリアを張り巡らせ続けている。体も相当傷付いているし、恐らくもうあのバリアを張る事しか出来ない状態なのだろう。
「待っててねお馬さん、後はこいつを倒すだけだから」
「お、お馬さんって…………」
そうだな、ユリーシャの言う通りだな。もう、そうとしか言いようが無いよな。お馬さん(仮名)は絶句してるけど。
そして、もう1つもユリーシャの言う通りだ。後はこの、他の奴よりちょっと強そうな虎のリカントを倒すだけだ。
「後はオレを倒すだけ、か。まあいい、我が部下をわずか10分足らずで全滅させた貴様に敬意を表し、オレから名乗らせてもらおう。──オレの名はジャガーノルド。ここから東の大森林にある国“ビーストフォレスト”の特攻隊長だ」
何と、ここでまさか敵から名乗られるとは思わなかった。しかも「オレから」という事は、こちらにも名乗れという事だよな。……まあいいや、この場の対応はユリーシャに任せよう。
「……わたしはユリーシャ・デビローネ。西の魔法都市デビルスブルクからやって来た魔法使いよ。えっと、ジャガーノルドとか言ったかしら? 話が出来るのなら、大人しくここから撤退してもらえない? 魔物とはいえ、言葉が通じる相手をホイホイ殺す趣味は無いわ」
「それは出来ん相談だな。部下を全て失っておきながらオレだけが無事でおめおめと逃げ帰るなど、部下に申し訳が立たん」
「あ、そう……じゃあ、死んでも文句は言わないでね」
ユリーシャは冷たい声でそう言うと、左手を前にかざして最初に出したのと同じ大きさの火の玉を5つ出現させた。
何だかんだ言いながらも最初に30体に囲まれた時と同レベルの対応だ。……やっぱりユリーシャもこいつがタダ者じゃなさそうなのは感じ取っているんだろう。
「……ユリーシャとやら、貴様何か勘違いしていないか? オレは別に貴様に一矢報いよう等というつもりは毛頭無いぞ? 死ぬのは貴様だからな」
ジャガーノルドと名乗ったリカントはそう返すと、鉤爪を突き出して臨戦態勢に入る。
何だこいつ、こっちの魔法を全然警戒していないような構えだぞ? 隊長だからなのか? ……なんて事を考えていたら、お馬さん(仮)から通信魔法が来た。目の前の奴は口を開いてないから、別に喋らなくても通じるみたいだな。こちらとしては好都合だ。
『リカント達をあっさり倒して調子付いてるかもしれんが、そいつだけはナメてかかるんじゃないぞ。私の傷の大半はそいつにやられたモノだ』
『つまりあんた自身が奴をナメてた訳だ。大丈夫だ、俺達もこいつが普通じゃなさそうなのは解る』
『多分そいつはリカントの上位種のソルジャーリカントだ。気を付けろ、そいつは魔法を切り裂くぞ』
『え──』
お馬さん(仮)の声に返答を返す暇も無く、事態は動き始めてしまっていた。そのソルジャーリカントとかいうリカントの上位種が地面を蹴り、一足飛びにこちらとの間合いを詰めて来る。
……そういえば、前の通信の時に言いかけてた単語は上位種の事だったのか。
「……っ! ファイアボール!」
その速度に焦ったのか、ユリーシャは火の玉をそのまま放ってしまった。しかしその数は2つ。残りの3つは僅かに火の勢いを増したが、それだけでその場に留めた。
「そんな初歩的な魔法など……ふんっ!」
そしてそのリカントは、前評判通りに魔法をその鉤爪で切り裂いてみせた。火の玉は霧散し、辺りに火の粉だけが舞う。
まだ俺は通信の内容をユリーシャに伝えられていない。だがユリーシャは思った程の動揺は見せなかった。もしかすると俺が言うまでも無く、敵の雰囲気からそのぐらいはやるかもしれないと想定していたのかもしれない。
ユリーシャは火の玉を1つ追加し、合計4つの火の玉を正面と左右、そして頭上に配置した。
「む……っ!」
その瞬間、何かを察知したのかジャガーノルドは急停止。左の鉤爪を突き出し、右の鉤爪を奥に構えた。あの構えはひょっとして──
嫌な予感がした俺はこの場で初めて口を開こうとする。
「ユリーシャ、弱い魔法はまずい──」
「ファイアボール──分散!」
だが一足遅かった。既に魔法は放たれてしまった。
3つの火の玉が上と左右に分かれ、残りの1つが正面からジャガーノルドに向かっていく。ユリーシャは4方向からの同時攻撃なら防げないと踏んだんだろうけど、多分それじゃヤバイ。俺は敵に存在がバレるリスクも無視して叫んだ。
「ユリーシャ、全力で防御しろ!」
「──魔貫殺爪!」
「えっ……? ──っ!」
両手の鉤爪が淡く光輝いたかと思った瞬間、ジャガーノルドは猛スピードで突進。左の鉤爪で正面の火の玉を瞬時に貫き、そのままユリーシャに肉薄して右の鉤爪を突き出した。
ユリーシャは咄嗟に俺を横向きにして何とか鉤爪を受け止めるが、相手の力の方が遥かに上だ。彼女は数十m程も吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられてしまう。
「うっ……痛〜っ!」
「ユリーシャ、大丈夫か!?」
「うん、何とか……。この服のおかげかな」
俺を使って鉤爪を受け止める時に、どうやら自分の服にも魔力を流していたらしい。幸い壁に叩きつけられた時に頭も打ってないようだし、まだ戦えそうだ。
「いい剣だな、オレの攻撃でも折れないとは」
こちらの体勢を崩したので相手はすぐに追撃してくるかと思ったのだが、感心したように俺の事を褒める。
もしかすると、今の一撃だけでユリーシャを仕留められると思っていたのかもしれない。
実際、咄嗟に剣で受け止められずにまともに喰らっていたら一撃で殺されていたかも。その証拠に、俺の処女作の剣が5°ぐらい曲がってしまっている。すぐに『形状変化』で元に戻したけども。
「ええ、だってわたしの自慢の剣だもの」
「そうか……だが、残念ながら貴様の細腕ではその剣を使いこなす事は出来んなっ!」
俺の事を褒めたジャガーノルドはユリーシャにそんな事を宣告すると、攻撃を再開した。先程の突進攻撃程ではないが、かなりの速度だ。敵に吹き飛ばされたおかげで距離はそこそこ取れていたが、このままでは数秒程度で肉薄されてしまう。
ユリーシャは再び左手を前に突き出した。
「ファイアウォール!」
「ぬおっ!?」
突如足元から噴出した炎の壁に、流石の獣魔戦士族も二の足を踏まざるを得なかったようだ。しかし、その反応で確信も持てた。
気のようなモノを鉤爪に纏わせて魔法を切り裂いていたみたいだが、それを纏わせていない部分は魔法に弱いリカントという種の弱点を継いでいるという事に。
「そんな炎など……っ!」
「えいやっ!」
「ぐっ、味な真似を……っ!」
ジャガーノルドが炎の壁を切り裂いた瞬間、ユリーシャが俺を袈裟懸けに振り下ろして放った渾身の一撃が相手の胸の装甲を断ち切った。
だが残念ながら浅い。胸当ては完全に破壊出来たが、その下の肉体にはかすり傷程度しか負わせられていない。
思わぬ反撃を受けたジャガーノルドは再び距離を取り、油断無く鉤爪を構え直す。
くっ、マズイな。今のでほとんどダメージを与えられなかったのはかなりマズイかもしれん。もう相手の隙を突くような攻撃は通用しないと思った方がいい気がする。
「ファイアボール!」
ユリーシャは新たに2つ出現させた火の玉の内、1つだけを放った。そしてその1つ目の火の玉がジャガーノルドの顔面に迫った瞬間、もう1つの火の玉を放つ。
「──加速!」
「ふん、甘いっ!」
1つ目の火の玉を隠れ蓑にして放たれた2つ目の火の玉は高速でジャガーノルドに迫るが、今回は火の玉を切り裂かずに回避した。多分、こっちが魔法を切り裂かれても差ほどショックを受けていないのを察して、わざわざ魔法を切り裂くのを止めたんだと思う。
やっぱりさっきのように1つ目の魔法を隠れ蓑にして本命の攻撃を当てる戦法はもう通じないと考えた方が良さそうだ。
となるとやはり今度は切り裂けない威力の魔法を使うか、見切れない程の速さの魔法を放つしか──
「疾空爪!」
「は、速っ──きゃあっ!」
「ユリーシャッ!」
ちくしょう、先手を取られた! 相手は2m超えの巨体に似合わない高速で動き回ってこっちを一方的に攻撃してくる。何とか俺を使って鉤爪そのものは受け止められているけど、……ってあああああユリーシャの柔肌のあちこちに生傷が! あの野郎大した威力じゃないが真空波も発生させてやがる!
ユリーシャは俺を使って鉤爪を受け止めるので精一杯で、この状況を打破出来るような魔法を使う余裕は無さそうだ。
くそっ、考えろ俺。こういう攻撃を仕掛けて来る奴を漫画ではどう対処していた? 俺からすれば魔法があるこの世界は漫画の世界みたいなもんだ。だったら漫画みたいな方法でも対処出来るハズ……っ!
……あった! ユリーシャは攻撃を防ぐので精一杯みたいだし、俺の集めた魔力を解放するなら今だ! 残った10万の魔力を全部ぶっ込んでやる!
「喰らえ! ファイアサークル!」
「うおっ!? ぐああああっ!」
ふっ、飛んで火に入る夏の虫とはこの事だぜ! ユリーシャの周りをぐるっと囲うように炎の壁を発生させてやった! 自分から焼かれに来るとはバカめ!
……だけど高速移動していたのが幸いしやがったのか、致命傷になる程の火傷は負っていないみたいだ。
息は荒げて焦げたような臭いもしているが、まだ終わってなさそうだ。ジャガーノルドはふらついてはいるが、こちらを睨み付けて来る眼光は鋭いままだ。
「ぐっ……今の魔法、使ったのは貴様ではないな? だが、あの化け物は雷系以外はほとんど使えんハズ──」
「……わたしの剣は魔法使いなのよ」
「何? バカな、その剣が魔法を使ったとでも言うのか?」
「──ユリーシャお嬢様の剣たる者、魔法を使う事ぐらい造作も無い事です」
「なっ……剣が言葉を話しただと!?」
「私はただの剣ではない。かつて神より呪いを受けこの姿になった、名を紺野織晴という元人間である」
敵が困惑している今なら名乗ってもいいかなと思い、名乗ってみた。ふっふっふ、驚いてる驚いてる。ふとユリーシャを見ると「また始まったよ……」みたいな目で見られてたけど、私は一向に構わんッッ!(意味不明)
いやだって、敵にわざわざ全部説明するのも面倒臭いし。
「……敵は小娘1人と侮ったのが仇となったか。オレもまだまだ修行が足らんな」
「悪いが俺達の勝ちだ。まだ何匹か生きてるかもしれない部下を連れてこっから出て行け」
「バカな事を。ダメージこそ負ったが貴様等を殺す力ぐらいはまだ残っているぞ」
ジャガーノルドはそういうと左の鉤爪を突き出し、右の鉤爪を奥に構える独特の構えを取った。さっきユリーシャの魔法を貫いた突進攻撃の構えだ。
マズイ、距離が足りない。多分あいつを倒そうと思ったら詠唱の必要な魔法を使わないとダメだと思うけど、さっきの技の速さからするとこの距離では詠唱が間に合わない。
「ユリーシャ、距離を──」
「そうはさせん」
くっ、今度は付かず離れずの距離を保ったままこっちに鉤爪を向け続けて来やがる。詠唱をするか魔法を使った瞬間の隙を狙うつもりなんだろう。
向こうから仕掛けて来ないのは、技がカウンター向きだからというのもあるんだろうが、単純に放っても避けられるのが分かっているんだろう。ぶっちゃけこっちとしてはまたさっきの高速攻撃をされるのが1番マズイ訳だが、向こうは俺の魔力がもう空だなんて思ってもいないんだろうな。向こうから突っ込んでもまた炎の壁で焼かれると思っているハズ。
だからこその膠着状態なんだけど……正直不利なのはこっちだな。俺の魔力の問題もあるが、それより──
「はあ、はあ、はあ……」
「大丈夫か? もう体力が……」
「ま、まだ大丈夫。まだあいつを倒すだけの魔力は残ってる」
ユリーシャの体力がもう限界に近い。4時間ぐらい歩き通しでそのまま戦闘に入り、しかも命の危険が高い相手との実戦による緊張感とダメージ。俺1人だったらとうに体力が無くなって殺されている。
くそっ、このままじゃ初陣でいきなりやられて冒険終了だ。もう魔力も尽きた俺には考えるぐらいしか出来る事は無いんだから、何か今の状態でも勝つ方法を……。
『──もういい、逃げるんだ。そもそも奴の目的は私だ。私を殺すのを邪魔しなければ見逃して貰えるかもしれない』
『なっ…………バカな事を言うな! ここであんた1人助けられないようでは、俺達の目的は到底達成出来ない!』
『私を助ける為に戦って死んでしまったら、その目的とやらも達成出来なくなるぞ』
『うぐっ……でも、それじゃあ……?』
『どうした? 初対面の私の事など気にせず早く逃げろ』
『……ありがとう、お前のおかげで思い付いた』
膠着状態ではあるがこちらが不利なのを見かねたのか、お馬さん(仮)が俺達にもう逃げるように提案してきた。
最初は意地だけを張っていたんだが、お馬さん(仮)の姿を見て打開策を思い付いた。ユリーシャにまだ魔力が残ってるなら出来るハズ……。
「ユリーシャ、残った魔力を俺に預けてくれないか? 勿論最低限は自分に残してくれていい」
「え? ………………うん、分かった」
俺の突然の提案にユリーシャも少し困惑しただろうが、少し考えただけで俺に託してくれた。……残ってた魔力は50万ってトコか。それだけあれば何とか出来そうだ。
まずは『形状変化』で体積も変えずに短い槍に変化。ユリーシャは驚いたみたいだったが、すぐに槍の持ち方に変えてくれた。
「ユリーシャ、俺をあいつに向かって投げてくれ! ユリーシャはただ思いっきり投げてくれればいい」
「えっ? 投げるの?」
「ふっ、ふはははははっ! 剣が変化したから何かと思えば投げるだと? そんな攻撃でオレを倒せる訳無いだろう!?」
ユリーシャへの頼みが聞こえたらしく、ジャガーノルドは哄笑した。ちくしょう、バカにしやがって……計算通り。
「……だったら受けてみろよ。それでお前は終わりだ」
「いいだろう。今度は貴様もへし折り、小娘を貫いてくれる」
俺の挑発に乗ったジャガーノルドは、足を止めて先程の突進攻撃の構えを取り直す。
──さて、ぶっつけ本番だけど、上手く行くかどうか……。
「頼むユリーシャ!」
「はいっ! やああああっ!」
俺の合図でユリーシャは俺を槍投げの要領で敵に向かって投げる。残り約15m。こっからは時間との勝負だ。
「サンダーインフルエンス!」
「その程度、小癪な! ──魔貫殺爪!」
俺が帯電状態になったのを見て、ジャガーノルドも必殺技を放つ。残り10m。
だけど俺がやろうとした事はこれで終わりじゃない。敵の体に向かって魔力で電気の道を作って、そこに乗った上で更にユリーシャがやってたように魔法を加速させる。つまり──
「──超電磁投射槍!」
「──────ッ!」
魔法への追加術式を発動させた次の瞬間、俺は300m程離れた洞窟の壁に突き刺さっていた。……良かった、どうやらぶっつけ本番だったが成功したみたいだ。
1つの発動させた魔法に対して、更に魔力を追加してその魔法に変化を与える。ユリーシャが火の玉で色々なバリエーションの攻撃をしていたのはそういう事なんだろうと当たりをつけてやってみたんだが、当たってて本当に良かった。
この技の欠点を挙げるとするなら、速過ぎて自分でも何が起きたかさっぱり分からんのが問題だな。後、今回は大丈夫だったが、ちょっとでも威力が強過ぎたら壁にめり込んで誰にも取り出して貰えなくなる所だった。もし次があったらもっと気をつけて使おうそうしよう。
──さて、自分の魔法の感想を考えてる場合じゃない。ジャガーノルドはどうなった? 撃った俺自身が認識出来ない程の速度の攻撃だったんだから、まさか避けたなんて事は無いと思うが……ここからじゃあ遠くて全く分からん。
そうして5分程やきもきしていると、ユリーシャが拾いに来てくれた。流石に疲れが顔にも出ている様子だけど、だからこそわざわざ拾いに来てくれたのが嬉しかった。
「ぐっ、があっ……く、はあっ、はあっ……!」
様子が見える所まで戻って来てみれば、仰向けに倒れて血塗れになったソルジャーリカントが居た。
し、しぶてえ……鉤爪は両方ぶっ壊れてる上に、腹に俺が貫いたであろう穴まで開いてるってのにまだ生きてやがる。
「はあっ、ぐっ……くそっ、オレの敗けだ。殺せ……っ!」
何こいつ、武人なの? 集団でお馬さん(仮)を襲った奴にしては言う事が潔過ぎるだろ。
どうしようか。ユリーシャの柔肌を傷付けた罪だけで殺すのはちょっとやり過ぎかと思うし、お馬さん(仮)はちゃんと助ける事が出来たみたいだし、殺す程でもない……か?
「…………断る」
「がっ、く……な、何?」
「最初に言ったじゃない。言葉が通じる相手をホイホイ殺す趣味は無いって」
「それに、別に情けを掛けようって訳じゃない。ただもう俺達にはお前にトドメを刺す余力も無いってだけさ」
その理由は半分本当で半分嘘だ。ユリーシャにはもう走ったりする気力も無いみたいだし、俺を使ってもトドメを刺す体力が残ってるかは分からん。一方、俺は実はさっきの攻撃でもまだ20万ぐらい魔力が余っていたんだが、出来ればまた次に何かあった時の為に取っておきたい。こいつはすぐには脅威にはならないだろうし、それに──
「本当にトドメを刺さんのだな? オレ達リカントは殺されない限り死なん。必ずや傷を癒し、貴様等を殺しに行く…………後悔するぞ」
「──後悔はしないさ。例えここで見逃した事で後に再戦する事になったとしても、お前程度にやられるようじゃ到底世界は救えやしないしな」
「ぐふっ……ふふっ、ふははははっ! 世界を救うと来たか! 成程、ならばオレごときに殺されていては話にならんな!」
これまで見てて感じたこいつの性格からすると、何となく完全な敵同士にはならないような気がした。流石に漫画の読み過ぎだとは思うけど、その内仲間になっても可笑しくないとさえ思うぐらいだ。
あの実力なら前衛として申し分無いと思うし、後は生存フラグがあるかどうかだけど──
「だから、俺達はトドメは刺さない。まあ、お前達が襲った奴がお前を許すかどうかは知らんがな」
「──奴を倒したのはキミ達だ。そのキミ達が生かす事を選んだのなら、私に奴の生殺与奪権は無いよ」
「……だそうだ。お前の傷が何日で癒えるかは知らんが、その後すぐに俺達を追って来るか、国に帰るかは好きにしろ」
「………………」
襲われた張本人であるお馬さん(仮)がどうするかは流石に予想出来なかったんだが、どうやら俺達に代わってジャガーノルドにトドメを刺すつもりは無いようだ。
……と思っていたのだが、実際の所はそれも間違いだった。
「キミ達に頼みたい事があるんだが、聞いてくれるかい?」
「ああ、明日からで良ければ聞こう」
「なら丁度いい。私はこれから転生する。それで、明日生まれるであろう私の生まれ変わりを世話してやってくれないか?」
「はあ?」
彼は彼で命の期限が目前に迫っており、彼もジャガーノルドにトドメを刺す余力は残されていないのであった。