第5話 世界を救う人
この世界で初めて出会った人間は、初めて出会った美少女悪魔のお母さんだった。
年齢そのものは前世の俺の守備範囲よりはちょっと上だったが、外見の若さは完全に守備範囲内だったので俺の脳内でヒロイン認定をしたいぐらいだ。既婚者だけど。
「どうも初めまして。クラウスさんの娘さんとユリーシャさんのお母さん。ミスリルとクリスタルで出来たペンダントをやっております、元人間のオリハル・コンノと申します。以後お見知りおき下さい」
「あたしはクラリス。お父さんと一緒にこのデビローネ家に仕えています。よろしくね」
「これはこれは御丁寧に。私はアリシア・デビローネ。気付かれたかもしれませんが、人間ですわ」
俺がとりあえず挨拶をすると、食事の支度に行きかけていたクラリスはわざわざ立ち止まって挨拶を返してくれた。その後すぐに行ってしまったけれど。
そして、アリシアさんはやはり人間だった。ここに来るまでにはやっぱり何かしらドラマがあったんだろうか。ちょっと気になるけど、今は後回しだ。
しかし、今日1日でやたらと人の名前が出て来たな。俺、人の顔と名前を覚えるのは苦手なんだよな……ちょっと整理しとこうか。
まずは俺を拾ってくれたユリーシャ。うん、流石に彼女の顔と名前は一致するな。
次がユリーシャの弟のゼブ。ゼブ……何だっけ? ゼブリーズな訳無いし、ゼブ……ルディア? よし、自信が無い。とりあえずゼブって呼んどけば大丈夫だろう。
後、名前だけ出て来たユリーシャのお兄さんが居たっけな。えっと確か……ベル……坊ってアホか。うん、もう忘れた。ベルなんとかさんでいいや。何かあったらユリーシャのお兄さんって呼んどこう。
大人の皆さんは大丈夫だな。執事がクラウス、メイドがクラリス、ユリーシャのお母さんがアリシア。…………俺って、未成年の男だけ名前覚えられないんだろうか。
「皆さんに名乗ってもらっておいて何ですが、よく皆さん俺が元人間である事を信じてくれましたね? 実は俺の本体は遠くに居て、このペンダントを通して喋ってるだけかもしれないのに。正直に言って、そうじゃないっていう証拠も用意出来ないんですけど……」
「わたしは、オリハルさんが嘘を吐いているような気がしなかったから。それだけじゃダメかな?」
「ユリーシャ…………」
何か無条件で信じてくれてる子が居る。本当にいい子だなこの娘は。だが悪魔だ。
……でも、よく考えてみたらアリシアさんの娘なんだから、人間と悪魔のハーフって事になるのか? まだお父さんを見てないから断言は出来ないけど。
そんな事を考えていると、今度はゼブが理由を教えてくれた。
「僕は姉さんを信じただけだよ。……って言いたい所だけど、ちゃんと理由もあるよ」
「理由?」
「うん、さっきチャイムの事は話したよね? アレ、姉さんが帰って来た時は何回鳴ったと思う?」
「チャイム? 人数分だけ鳴るって言ってたな。……って、もしかして2回鳴ったのか?」
「そうだよ。もちろん、ただの通信の魔道具で話してるだけだったら結界は反応しないよ」
「もっとも、私共を見てお分かりになりますように、人間以外にも反応しますのでオリハル様が元人間かどうかまでは断定出来かねますが……元の種族が何だったか等、取り立てて気にする事でもございませんしな」
「私はクラウスから報告を受けていましたからね。家の者を信じるのは当然の事です」
ユリーシャみたいに無根拠で信じてくれる方が勿論嬉しいけど、3人のように根拠があって信じてくれてる方が安心出来るな。全員が無根拠だとね、何か怖いじゃないスか。
──さて、まだユリーシャに拾ってもらって2時間ぐらいしか経ってないんだけど、こんな姿の俺をここまで信じてくれる人達に応えるなら……やっぱり、全部話すのが筋だな。
「……本当にありがとうございます、信じてくれて。皆さんには、俺の事を全部お話しします」
「全部って、どうしてその姿なのかも?」
「ああ、やっぱりそこから話した方が分かりやすいと思うし。まず最初に言っておきますと、俺はこの世界の人間ではありません。全く違う世界から転生して来ました」
俺は最初から全てを話すつもりで、こう切り出した。
いきなり言って大丈夫かどうか不安だったけど、聞いてもらうだけでも意味があると思ったんだ。
しかしその反応は、俺が全く予想していないモノだった。
「──もしやそれは、我々のような存在や魔法が想像上の産物でしかないという世界の事ですかな?」
「え? ええ、そうです。まさか俺のような存在を他にご存知なのですか?」
クラウスの説明は、どう聞いても自分の前世の世界だとしか思えなかった。だから、自分の話はそっちのけで質問してしまったのだが、俺はその答えに更に驚愕させられた。
「勿論ですとも。何故なら、大きな意味では我々はほぼ全員がその世界から転生した者達なのです」
「な、なんだって〜!?」
その後クラウスから聞かされた話を要約すると、この世界も元々は人間しか居なかったらしい。そして俺達が居た世界から転生した者は、総じて人間ではない存在に転生したそうだ。悪魔然り、龍人然り、エルフやドワーフと云われるような存在も全てだ。異形の存在として転生して来た者達はこの世界で子を成し、繁栄して来た子孫がユリーシャ達だという。その歴史を紐解くと非常に長く、地球で人類が発祥したのとほぼ同時期だというから驚きである。
転生者がちょくちょく現れるから、文明がよくあるファンタジー作品よりかなり進んでいるんだろうか。
「──しかし、オリハル様のように生物以外の物として転生をした例は初めてお聞きしました」
「そうですか。話を戻しますけど……元の世界で30年生きた俺は瀕死の重傷を負い、その時に神のような存在に話し掛けられてこの世界に転生しました。そしてこの世界に危機が迫っているという話をし、俺に3つの力を授けたのです」
「3つの力?」
「ああ、1つは『材質変化』で、ひのきになったり銅になったりミスリルになったりクリスタルになったり出来る力だ。もう1つは『形状変化』で、自由に形を変える事が出来る。2つ共使うには魔力が必要なんだけど。最後は『魔力操作』で、魔力を想像通りに操れる力だ。これだけは魔力が無くても使える」
「え? じゃああのソナーは……」
「その能力で1ヶ月間集め続けた魔力を出来るだけ薄くして飛ばしただけで、俺自身は魔法を使えないどころか魔力も全く無い、元々は何の才能も無いただの人間なんだ」
「オリハルさん…………」
ユリーシャは今までの俺の行動の秘密を知ってショックを受けたのだろうか、顔を背けて何事か考え込んでいる。
あのソナーを普通の魔法使いが再現するのは考えていた以上に難易度が高いみたいだし、多分元人間の凄腕の魔法使いだったんだと思われてたんだろう。それが中身はただ30年生きただけのおっさんだったんだ。そりゃショックも受けただろうし、幻滅もされただろうな。
「最初は草原でひのきの棒として転生させられた俺は、魔力を集めて銅の剣になりました。それから魔力を1ヶ月集め続けた後、あのソナーを飛ばしたんです。それから更に3日後、ソナーを感知したユリーシャが拾いに来てくれました。この世界に来て初めての話し相手でした」
その後は大雑把に今までの経緯を説明した。ユリーシャとの話の流れでペンダントになった事も含めてだ。
そこまでの会話が理解出来たかどうかは分からないが、ゼブが話を切り出した。
「転生がどうとか能力がどうとかっていうのは、僕にはよく分かりません。そんな事よりオリハルさん、神様がこの世界に危機が迫っているって言ったんですか?」
「うん、確かに言ってた。ただ、具体的な事は何も言ってなかった。だから、これから調べなきゃいけないんだけど……クラウスさん、アリシアさん、何か心当たりはありませんか?」
「そうですな……国同士のいざこざと言ったレベルの事でしたらいくつか出て参りますが、世界の危機となりますと私めの拙い知識では……」
「そうね……私もちょっと思い浮かばないわね。この国の魔王様かウチの主人、或いは母国のお父様なら何か知っているかもしれないけれど……」
何か知っているとすればこの2人のどちらかだろうと思ったんだけど、特に思い当たる事は無いみたいだ。
プラスに考えれば、誰も気付いていないぐらいだからまだ全然ヤバくないんだと考える事も出来る。気付いた時には手遅れになるような危機でない事を祈るばかりだが。
「そう、ですか……心当たりはありませんか……」
「ご期待に添える事が出来ず申し訳ございません」
「私もごめんなさいね。だけど、1ついいかしら?」
「はい、何でしょう?」
「貴方は今まで退屈な思いをしてきたんでしょう? この世界に愛着が湧いた訳では無いと思うんだけど、何故来たばかりの世界を救おうと思っているの?」
「それは──」
アリシアの疑問は最もだなと思う。
さて、何て答えようか。確かに、まだ俺はこの世界に愛着を持った訳では無い。
ユリーシャが可愛いと思ったからですと答えようかとも一瞬考えたが、人間だった時は30歳だという事も伝えてしまったので、それを言ったらロリコン認定されそうな気がしたので止めた。ロリコンですと開き直る勇気は俺には無い。
「──そんな大それた理由じゃないです。俺には、何もやる事が無いからですよ。この姿だと睡眠も食事も何も出来ませんからね、その神のような存在に与えられた使命を果たすぐらいしかやる事がありません」
これも本音だ。
普通の生活で行う行動を何一つ必要としないこの姿では、何か目標を持たないと気が狂いそうだった。例えその目標が危険を伴うモノであったとしてもだ。
「──それに、まだ短い時間しかお話をしていませんが、こんな姿の俺の言う事を信じてくれたあなた方のような人達が住む世界なら守りたい。そう、思ったんです」
「ありがとう、気持ちは嬉しいわ。でも、これからどうするつもりなの? 文字通り1人では何も出来ない貴方がどうやって世界を救うつもりかしら?」
「それは……勿論、自分の体1つ満足に動かせない俺1人では世界を救える訳がありません。まずは俺と一緒に世界を救おうと思ってくれる人を探します。そして、その人と旅をして世界に迫っているらしい危機が何なのかを突き止め、救います」
何だかアリシアに試されてるような気がした俺は、せめて言葉だけでも決意を伝えられるように強く言い切った。自分で言った話に重大な穴がある事は分かっていたが。
それを指摘したのは、さっきからずっと黙り込んでいたユリーシャだった。他の人も当然気付いたと思うんだが、敢えて黙っていたような気がする。
「──オリハルさん。その、肝心な『一緒に世界を救う人』はどうやって探すつもりなんですか?」
「うっ……出来ればそれまでの間だけでもこの中の誰かに手伝って貰えたらな、と。それがダメなら、最悪ユリーシャのお父さんに事情を話して連れてって貰えたら……」
「……つまり、オリハルさんはわたし達の中には『一緒に世界を救う人』は居ないと思ってるんですね?」
「え? いや、それは、その……」
自分が想定していた以上に突っ込んだ指摘をされて初めて、俺がユリーシャ達をそのメンバーから除外していた事に気付いた。
そうだな、何故除外していたんだろう。巻き込みたくなかったから? それなら最初から全てを話さなければ済む話だ。結局の所、ユリーシャ達の事を信じてなかったんだろうな。
前世の価値観で考えれば、世界を救うだなんて公言したらドン引きされるだけだろうし、ユリーシャ達を前世の人達と同類だと思っていたって事なんだろう。きちんと世界の危機について、分からないなりにも真剣に考えて答えてくれる人達だってのにな……自分が最低の人間に思えてしょうがない。
「……もしかして、一緒に来てくれるのか?」
「質問に答えて下さい」
「うっ……すまん、正直言って居ないと思ってた。ユリーシャには人が居る所まで運んでくれただけでも充分感謝してるし、この上あての無い旅にまで巻き込む訳には行かないと思って……」
「そんな遠慮は余計です。世界に危機が迫っているなら、本当ならオリハルさんじゃなくてわたし達こそが動かなきゃいけないんですから」
何てしっかりした娘さんなんでしょう。おじさんちょっと感動しちゃったよ。
気持ちはとても嬉しい。しかし前言を撤回するようで申し訳ないが、こんな弱冠16歳で色々と人目を引きそうな美少女を実質1人で旅に出すのはやっぱり心配だ。おじさんは動けないから、いざという時にキミを守ってあげられないんだし。
……よし、やっぱり何とかして断ろう。どれだけ危ない旅になるか分からないから、もし彼女を死なせでもしたらこの家の人達に申し訳が立たない。
「で、でもユリーシャ、学校とか仕事はいいのか?」
「学校は3日前に卒業しました。それにこの家、パパが凄く稼いでますから。女のわたしに仕事なんてありませんよ」
「……でもここに来る前、剣なんて使わないからって俺を売ろうとしたじゃない? ユリーシャには戦いは……」
「オリハルさん、魔力さえあればどんな材質のどんな武器にもなれるって言ってたじゃないですか。弓とか杖ならわたしだって使えるよ」
「え、え〜と……ひ、1人で旅に出るだなんて、家の人が許さないんじゃない、かな……?」
「〜っ! もう、さっきから何なんですかオリハルさん! わたしと一緒じゃ嫌なんですか!?」
よし、拗ね始めたな。もう一押しで「もういいです!」って言わせられるハズだ。上手い事断った後の事はまた考えよう。
そう思っていた所にアリシアが割り込んで来た。あ、マズイかもしんない。
「違うわユリーシャ、彼は貴女の事を心配してるのよ。そうですわよね、オリハルさん?」
「え? な、何の事ですか? アリシアさん」
「オリハルさん、わたしの事を心配してくれてたんですか? そんなの気にしなくていいのに……もうっ」
ちぃっ! 一瞬で機嫌が直りやがった! それどころか嬉しそうな声出しやがって! か、可愛いじゃねえか……。
「ユリーシャは魔力の総量だけならウチの主人やこの子の兄のベルディオスよりも上なのよ」
「戦いだって、魔法は学校で1番の成績だったんだからそうそう足手まといなんかにはならないわ」
学校での成績が優秀だったからといって、それが社会で通用するとは限らないのが世の常だ。
だから、いくら親が許していても正直安心出来ないのが本音なんだけど、ここまで強く志望するんだから決意は本物なんだろうし…………。
「どれだけ危ない旅になるか予想も出来ないんだぞ? 当然、下手をすれば死ぬかもしれない」
「そんなのは、オリハルさんだけに世界を救う役目を背負わせる理由にはなりませんよ。それを言うならオリハルさんは魔力が無いと何も出来ないんですから、むしろわたしが行く理由が1つ増えましたよ」
「──分かった。そこまで言うなら……ユリーシャ」
「はい、オリハルさん」
「俺と一緒に、世界を救いに行ってくれないか?」
「──はいっ!」
最後にもう1度だけユリーシャの決意の程を確認して、俺はユリーシャと共に世界を救う旅に出る事を決めた。
そして同時に、この娘の事は将来誰かと幸せな家庭を築くであろうその時まで、俺が必ず守り通す決意も固める。こんないい娘、絶対に死なせる訳には行かない。
「オリハルさん、ちょっと頑固な所もある娘ですが、宜しくお願いしますわね」
「はい、アリシアさん。娘さんの旅路は、俺が全身全霊を懸けて必ず守り通します」
「ふふ、お願いね。……でもちょっと残念だわ。貴方が普通の生き物だったら世界を救った後も娘の事をお願いしますのに」
「いや、申し訳ありませんが、体を動かせない俺では娘さんの守り神になるのが精一杯ですよ」
「ちょ、ちょっと止めてよママ! オリハルさんも何を言ってるの!?」
俺とアリシアが大人特有のお世辞な会話をしていたらユリーシャが真に受けて慌てふためいていた。もう、そんな慌てなくても冗談ですよってに。
……と、ユリーシャとの話も一段落した所で、ゼブか羨ましそうにボヤき始めた。
「いいなぁ〜僕も行きたいなぁ〜」
「いや流石にお前はダメだろ」
「そうですな。ゼブルディア様はまだ若過ぎるかと」
「え〜! じゃあいくつになったらいいの?」
「そうだな……じゃあこうしよう。お前が今のユリーシャより1つ早い15歳になる時にまだ世界が救えてなかったら、でどうだゼブ?」
「う〜ん……分かった! 絶対だよ!?」
「ああ、約束だ! ただし、迎えに来た時に弱かったら連れてくの止めるからな?」
「うん! 修行して待ってる!」
よし、何とか宥められたかな。約3年もあればそれまでに世界の危機も何とかなるだろう、多分。
ダメだったらちゃんと戻ってテストして、新戦力ゲットだぜ! ってなるかもしんないし、全く悪い話ではないな。
……あれ? 今気付いたけど、俺ってば行こうとしてるのが男だったら全然反対してなくね?