第3話 魔法都市
デビルスブルク。
最初にユリーシャからその町の名前を聞いた時はありもしない顔がひきつった感覚がしたものだが、実際の町並みを見てみるとそれは杞憂だったのだと思う。
いや、ね。ぶっちゃけナメてましたんですの事よ。ソナーで測った町の規模や人口からするとそんなに発展してない村みたいなのを想像してたんですのよ。
言い訳が許されるなら、生物の数を把握するので精一杯で、建物の作りを把握する余裕が無かったんです。もう1つ言っておくと、あのソナーで測れたのはこの町のごく一部だったんです、ハイ。
「はあ……何て言うか、凄いな。ユリーシャ」
「ふふっ、オリハルさんは人間だったんでしたっけ。それなら確かにこの町並みには驚くかもしれませんね」
町? 村? とんでもない。……魔法都市。そう呼ぶのが相応しいだろう。
地面は多分土魔法と水魔法を使ったのか、俺の前世と同レベルに綺麗な石畳と、完全に整備されてそうな用水路が敷かれている。
更に、一体いくつの魔法を組み合わせてるのか想像も付かないが、エアカーみたいなのまである。ユリーシャに訊いてみたらまんまエアカーだった。
極めつけは建物だ。前世の大都市には及ばないが、中規模の都市部と同等ぐらいの大きさの建物が並んでいる。それでいて店の種類はよくあるファンタジー世界と大差がないから不思議なモノである。
ああ、住人? 当然みんな悪魔とかそういう類いの方々でしたよ。実はこの世界って人間自体存在しないんじゃないだろうな?
「どうです? 大きいでしょう? このデビルスブルクは人口約5万人も居る都市なんですよ!」
「ああ、驚いた。俺のソナーで引っ掛かったのはせいぜい2000人ってトコだったしな」
ごく一部しか測れなかったってのもあるが、人が上の階にも沢山住んでいるのも理由に入るだろう。
俺のソナーは自分の体のてっぺんから飛ばしたから、高さ50cmの高さを這うように飛んでいっただけだ。元からそれより上の位置に居る人には当たらないし、しかもこの都市はなだらかな丘になっているようで、それなら益々当たらない。
そう考えると──
「俺のソナーがそもそも気付かれにくい上に、この都市の形からすると当たる範囲も狭いのに、その範囲にたまたま魔力に敏感なユリーシャが居たのは物凄い幸運だったんだな」
「んっ……そ、そうですよ。拾ってあげたんですからもっと感謝して下さいね」
「そりゃ勿論。感謝してもしきれないよ。拾ってくれて本当にありがとうな、ユリーシャ」
「う…………もう、ズルいわ銅の剣の癖に」
もう照れまくりだなこの悪魔。
ふははは! 俺の半分程度しか生きていないような女子などチョロいわ! いや、この娘ったら時々怖いから下手に出てたら勝手に照れまくっただけなんだけどね。
それはそうと、俺は魔力が切れた時にはふやけた新聞紙の棒みたいにふにゃふにゃな状態で止まってしまったんだが、町に着く頃にはちゃんと真っ直ぐな状態に戻っていた。戻るのにまた魔力を使い果たしてまたジト目で見られちゃったけどね。
……いや、言いたかったのはそういう事じゃない。俺はここに着いた時には魔力が0だったんだって事が言いたかったんだ。すまん、まだ結論じゃないな。
ユリーシャに連れられて魔法都市に着いてからまだ5分ぐらいしか経っていない。なのに魔力がもう50は溜まっている。
これはまだ仮説だが、生物が周囲に居れば居る程魔力は溜まりやすいんじゃないだろうか。いや、この都市の生物がアレだからかもしれんが。
「ところでユリーシャ」
「なんですか、オリハルさん?」
「今、俺はどこに連れてかれてるんだ?」
「武器屋さんですよ」
「え!? 俺、売り飛ばされるの!?」
「え? だってわたし剣なんて使わないし」
ユリーシャさんひでえ! ユリーシャさんってばマジ悪魔。
いや、確かにあの野郎には『世界がヤバい』とか言われて来たから、戦える人に使ってもらいたいのは確かなんだけど、かといってこの世界で初めて会った子とこんなに早く離ればなれになるのは寂しいじゃないスか。
何より、売り飛ばされちゃったらまた話し相手が居ない生活に逆戻りだ。しかも今度はおちおち魔法の実験も出来なさそうじゃないですかやだー。
かくなる上は、多少恥ずかしい台詞を吐いてでも口説き落としてやる!
「も、もうちょっと一緒に居たいな〜ユリーシャちゃん」
「な、何ですか急にちゃん付けなんかして……」
「さっき言ってた凄い幸運、最早アレは運命なんじゃないかと、そう思っていたのは俺だけだったのかな……」
「うっ…………でも、ちゃんと剣として使ってくれる人の所に行った方がオリハルさんとしても本望なんじゃないですか?」
ユリーシャちゃんゴメン。マジ悪魔とか言っちゃってゴメンなさい。いや事実悪魔なんだけど。
まさか俺の為を想って言ってくれてたなんて。おじさんちょっと感動しちゃったよ。でもね、それは違うんだ。
「それは勿論そうなんだけどね。でもユリーシャ、キミは俺をただ魔法が使えるってだけの銅の剣だと思ってないかい?」
「えっ? 十分凄いと思いますけど、それはどういう……」
非常に不本意だが、魔力が足りない以上仕方がない。
俺は『材質変化』と『形状変化』を使ってひのきの棒になった。その変化を目の当たりにして、ユリーシャの表情が驚愕の色に染まる。しかしどの表情も可愛いなこの娘。
「えっ、えっ、ええっ? 銅の剣だったオリハルさんがひのきの棒になっちゃった!」
「今はまだ魔力が回復してないからこのぐらいしか出来ないけど、魔力さえあればどんな武器にだってなれる。それこそ本当にオリハルコンの剣にだってなれるし、全然違う武器にだってなれるんだ」
「そ、それは凄いですね……。一体いくらで売れるんだろ?」
「あ、あれ? それでも手放されちゃうの、俺?」
「……えっ? や、やだな、冗談ですよオリハルさん。確かに簡単に手放すのはちょっと勿体ないかも」
嘘だな。絶対に金の計算をしていたぞこの娘。一瞬悪い顔になったもん。
もしかしたらひのきの棒になったのは正解だったかもしれん。オリハルコンやミスリルになってたら絶対売り飛ばされてたな。魔力足りんから無理だけど。
ちなみにここまでのやり取りはデビルスブルクの往来のド真ん中を歩きながら行われている。しかも俺と話す時は律儀に正面に持って話し掛けてくれる。ホンマにユリーシャちゃんはええ娘やでえ。
だが、いくらファンタジーな世界だからといっても、流石に剣および棒と喋ってる姿は奇異なモノとして映るのか、結構な量の視線が俺達に注がれていた。
だが、ユリーシャは特にそれに対しては反応を示さない。俺との会話ではよく照れたりしてるので、羞恥心が無いなんて事は無いと思うんだが…………ひょっとしてアレか? 美少女だから普段から注目を浴びてて慣れてるとか?
「何かさっきから視線を感じるんだけど、ユリーシャって普段から注目されてるの?」
「え? 何言ってるんですか、やだな〜オリハルさん。銅の剣になったりひのきの棒になったりしながら喋ってるオリハルさんが注目されてるに決まってるじゃないですか。わたしの事なんて誰も見てませんよ」
「そうなのか? その注目されてる俺と喋ってる事でユリーシャが変な子みたいに見られてたらどうしようかと思ったんだけど、それなら大丈夫か」
「へ? …………あ、や、ぁぅ…………もうっ、ひのきの棒は黙ってて下さいっ!」
自分が注目されてる可能性を考えてないだけだった。慌てふためくユリーシャちゃんマジ可愛い。もうニヤける顔も無いから堂々と萌えられるし、俺今初めてこの体の便利さに気付いたかもしれん。
でもいじり過ぎると本当に売り飛ばされるかもしれんし、俺は大人しく黙っておく事にする。
そうこうしている内に、俺を腰のベルトに通して提げたユリーシャは賑やかな街並みから一本外れた道に入った。人目は一気に5分の1ぐらいには減っただろうか。
そんな道に入った所で、ユリーシャはまださっきの恥ずかしさが残っているのか、赤みが引いていない顔のままで俺にこんな話をしてきた。
「オリハルさん、もっと別の物になってもらう事は出来ませんか?」
「えっと、姿を変えて欲しいって事か?」
「はい。出来れば装飾品とかがいいんですけど」
「出来ない事は無いけど……あ、まさか、価値のある装飾品になった所を売り飛ばすつもりなんじゃ……っ!」
「ち、違いますよ! …………ああ、その手もありましたね」
しまった、要らん知恵を与えてしまった!
またユリーシャが悪い顔になったが、すぐに普通の顔に戻って話を続けた。
「もう、最初から冗談ですって言ってるじゃないですか。そうじゃなくて、通信の魔道具になりすまして欲しいんです」
「ああ、成程ね。それなら誰も居ないのに喋ってても変な子には見えないもんな」
「ああ、わたし、何だか急に炎の上級魔法を練習したくなってきたなぁ〜」
「わ〜!? ゴメンゴメン。いいよ、まだ魔力が回復してないからちょっと借りないとダメかもだけど。どういうのになればいいんだい?」
「出来れば、オリハルさんが喋る時に光る物だと嬉しいです。民間の通信用の魔道具は光るので」
成程、逆に言えば、軍事用には光らない奴もあるのか。当然といえば当然かな。逆手に取る奴も居るかもしれんが、民間用のを使っていれば民間人ですとアピール出来る訳か。
「了解だ。問題は何になるかだけど……指輪、イヤリング、ペンダント……この辺かな?」
「そうですね、何でもいいですよ。貴金属で身に付ける物なら大体が商品化してます」
「そりゃ凄いな。だったら──」
指輪……はダメだな。光るのは楽かもしれんが、サイズを合わせるのが面倒だ。
イヤリングは……いや、止めとこう。ユリーシャには勿論似合うだろうが、男の手に渡った時の事を思ったりすると凄く嫌だ。何が悲しくて男の耳元で囁かなきゃならんのか。それに片耳だけのイヤリングになっちゃうだろうし。
ああ、魔力の節約の為、人に合わせてホイホイ姿を変える気は無いからな。戦闘になったら別だけど。
となるとペンダントだが……まあ、これならいいだろう。戦闘になったらペンダントの部分を握って貰えれば武器に変化するのも楽だろうし、ペンダントが武器に変化ってちょっとカッコいいんじゃね?
「──ペンダントになるよ。じゃあ、悪いけど少しずつ魔力を流してくれ」
「うん。じゃあ、流すよ?」
「お、おお……!」
おお、何だこれ! むず痒いというか気持ちいいというか。
例えるならば、そう! 頭を撫でてもらっている時に急に血行が良くなった時みたいな……すまん、よく分からん。
つーか俺、何も考えずに頼んじゃったけど、ユリーシャにちゃんと魔力があって良かった。いやね、どう見ても悪魔だから訊くまでもなく魔力あるに決まってるよな、なんて思っていたのも事実なんだけどね。
──さて、魔力を貰えた事だし、いっちょ気合いを入れて全力でペンダントになってみましょうかね。
『材質変化』開始。更に同時に『形状変化』開始。
まずは鎖の部分からいってみるか。材質は……試しにミスリルになってみよう。どのぐらい魔力を使うのか、これを機会に掴んでおいた方がいいハズだしな。……くっ、やっぱり銅になるのとは訳が違うな。まあ、銀を基に更に魔力を流して新しい金属に変質させなきゃならんから沢山使うのは当たり前なんだが。
しかし、60cmぐらいの鎖になるだけで草原に居た時の2週間分ぐらいの魔力を使ったな。
残るはペンダント本体だが、折角鎖をミスリルにしたんだし、それなりの材質のモノになるべきかな。
ふむ…………よし、ミスリルをフレームにして、クリスタルをメインにして造るか。
フレームのミスリルを……よし、出来た。後はクリスタルだな。石英の水晶を魔力で変質させて……うむ、完成だ。
全部であの時のソナー1発分ぐらいか。いや、結構使っちまったな。
「──お待たせ。こんな感じでどうだい?」
「………………」
「あ、あれ? どうしたユリーシャ? ひょっとして魔力貰い過ぎたか?」
「……えっ? ああ、ううん、魔力は大丈夫だよ。凄くキレイなペンダントになったから驚いちゃって」
中規模ぐらいの攻撃魔法1発分ぐらいは貰っちゃったからちょっと心配したんだけど、どうやら大丈夫みたいだ。
…………って、なんだこれ。魔力が……っ! ま、『魔力操作』オフ! はあっ、はあっ、はあ……。
ひ、久しぶりに『魔力操作』を意識的に切ったな。
あっ、ありのままに起こった事を説明するぜ! ミスリルとクリスタルで出来たペンダントに変化した瞬間から、物凄い勢いで魔力が流れ込んで来たんだ。10倍速とか20倍速とかそんなチャチなもんじゃあ断じて無え。もっと恐ろしいもんの片鱗を味わったぜ……!
──ゴホン。いや、つまりね? 都市に着いてから草原に居た時の10倍速で魔力が溜まっていってたんだけど、今の姿になったら更に10倍速になったんだ。
『魔力操作』をもう1回オンにする。ただし、いきなり100倍速だとビビるので20倍速ぐらいから。これでもちょっとアレだが、徐々に馴らしていこう。
「そっか、気に入ってくれたなら嬉しいよ」
「……じゃあ、着けるね。…………ど、どう、かな?」
ユリーシャはペンダントとなった俺を首に掛け、感想を求めてくる。…………いや、どうって言われてもな。
この位置だと見えるモノなんて、街の景色かユリーシャの服とか顎ぐらいしか見えないぞ。え? 胸の感触はだって? な、ななな、ナニを言っているのかな? つーかこの体は人間でいうと腿ぐらいの触覚だからな、あんまし分からん。
「ここからじゃ前しか見えないから何とも」
「…………あ、あはは、そ、そうだよね。じゃあ──」
ぶっちゃけ嘘でも褒めとかないと怒るかと思ったが、無理を言った事にすぐに気付いたのか、ユリーシャは思い直して両手を前に出した。
ん? 両手? 何をするんだ?
俺の灰色の脳細胞がその行動の答えを導き出す前に、ユリーシャは動いていた。
「ウォーターミラー」
目の前に等身大の鏡が現れた。
名前からすると水の膜で光を反射して鏡にしているんだろう。原理自体は単純だが、そう簡単な魔法ではなさそうな気がするけど……。
──って、それどころじゃないな。折角鏡まで用意してくれたんだし、ちゃんと感想を言わないとな。
まあ、本当は見るまでも無いんだけどね。元々黒い服に映えるように今の姿になったようなもんだし。クリスタルになったのも、光らなくても光ってるように見えるんじゃないかと思ったからっていう理由もあるしね。
「いやあ、我ながら素晴らしい出来映えだな。このペンダントは──っ!」
「たまには雷の魔法の練習でもしてみようかなぁ〜!」
「ひっ──! じょ、冗談、冗談だよユリーシャ。ホントに凄く似合ってる。照れ隠しに変な事を言っちゃうぐらいに」
「ぁ……え、えへへ。あ、ありがとうございますっ!」
いや、ホントに可愛いわこの娘。
ユリーシャが作った水鏡のおかげで喜ぶ顔も見えたし。同い年の転生者だったら絶対に恋に落ちてたね。こんな姿だから内心で萌える事しか出来ないけど、さ。
そんなやり取りの後、俺はユリーシャの胸元で揺られながらユリーシャの屋敷へと辿り着いた。
──ええ、“屋敷”ですが何か?