第2話 悪魔に拾われた剣
我輩は剣である。銘はまだない。
……と、こんなアホな事を考えてしまうぐらいには時間が経っていた。大体1ヶ月ぐらいだろうか。
某喋る剣は今の俺と比較にならないぐらい永い刻を過ごしていただろうと思うが、一体どうしていたのだろうか。やがて考えるのを止めたんだろうか。
それに比べたら僅か1ヶ月の事とはいえ、時々生物が近くを通ったりしなかったら気が狂いそうな1ヶ月だった。まあ、おかげさまで特に意識しなくても常時周囲の魔力を集められるようになったが。
今の魔力は大体43000ってトコ。溜めれる量にはまだまだ余裕がありそうだ。って言っても、まだこの程度の魔力では大した事は出来ないだろうけどな。せいぜい中規模クラスの魔法を2、3発使ったらもう無くなりそうだ。
「にしても、この1ヶ月間全く人が通らなかったんだけど、転生して来た場所が悪過ぎるんじゃねえのか?」
何か対策を立てないと、このままじゃ一生ボッチのままな気がしてきた。どうしようか。
「──思い付いた。が……一か八かだな」
今俺が思い付いた策はこうだ。
この1ヶ月で溜めた魔力を全部使って全方向に魔力のアクティブソナーを飛ばす。
俺の存在を能動的にアピールする訳だ。もし1ヶ月分全部使ったその範囲ですら足りなかったらと思うと恐ろしいが、これ以上何もしないのも退屈過ぎてもう耐えられそうにない。
「でも、ただ単に飛ばすだけじゃ不安だな。普通に飛ばすよりも薄く強くして、少しでも遠くに届くように──」
今となっては、もう『魔力操作』の能力をショボい等とは全く思っていない。あの野郎がどこまで想定してこの能力を設定したかは知らんが、この能力が無かったら俺はとうに拾ってもらうのも諦めて考えるのを止めていたかもしれない。
さて、魔力の波を出来るだけ薄く強くして、その薄さを保ったまま全魔力を注ぎ込む。この能力があるからこそ実現可能な精度だと思う。そしてこれをそのまま──
「行っけええええ! シン・アクティブソナー!」
全方位に放出した。
その速さは、目測では秒速10mってトコか。
さて、次回が無い事を祈りたい所だが、ダメだった時の為に今回のソナーの範囲を把握しておこう。
10秒……15秒……20秒……まだ弱くなった感じはしないな。このまま数百mぐらい行けると有難いんだけど……。
「おいおい、自分でやっといてなんだけど、10分を超えたぞ俺のソナー。……13分半か」
え、え〜と……は、8.6km!? 我ながらものっそい遠くまで飛んだなこれ。
さて、ただ距離を測っただけじゃない。ソナーだから当然色々なモノが探知出来る。おかげさまで色々な事が分かった。
この世界の太陽も東から昇ると仮定して、南東の方角に3kmぐらい行った所には洞窟があるみたいだ。流石にその内部の隅々まではソナーも飛ばなかったが、生物らしき反応がざっと300ぐらいある。
次に北北東の方角には7km行った辺りから森が広がっているようだ。こっちにも生物の反応があるが、50ぐらいしか引っ掛からなかった。
それから、1番期待出来そうなのがここから西に4kmの所。どう見ても町です本当にありがとうございました。実際見えた訳じゃないけど。数は2000ぐらいかな?
何はともあれ、これで何の反応も無かったら、次は西だけに絞ってソナーを飛ばすとしよう。方角が決まっていれば4日ぐらいで同じ規模のが撃てるだろうしな。
ちなみに今居る草原には生物は居ないみたいだ。……って、あれ? あの藁人形みたいなのは生物じゃないのか? どう見ても動いてたけど……え、やだ何それ怖い。
「さあて、少し希望が見えてきた事だし、反応があるかどうか楽しみにしつつ4日間魔力を溜めるとしましょうかね」
やっぱり人間には目標ってモノが必要不可欠だな。
西に4kmの所にある町の人間に自分の存在を知ってもらう。
そんな目標だが、今までよりは遥かに気分が楽だ。これまでは正直何をしていいか分からなかったからな。
1日目。
周りを今まで唯一見掛けていた藁人形みたいな生物に囲まれた。その数は約20。
知性は無いと思っていたんだが、俺が飛ばしたソナーには気付いたらしい。ソナーに引っ掛からなかったけど、一体どこにこんなに居たのやら。
だが銅の剣が飛ばしたとは思わなかったようで、しばらく俺の周りをうろうろしていたが、やがて居なくなった。やっぱりあまり賢くはないみたいだ。
2日目。
この世界に来て4回目の雨が降った。
銅がそう簡単に錆びたりする事は無いと思うが、万が一錆びたとしても『材質変化』で何とかなる。
ちなみにこの体、非常に鈍いが触覚がある。だから、雨は正直かなり鬱陶しい。と言ってもどうしようもないんだが。
早く誰かに拾ってもらって雨風をしのげるようになりたいものだ。
3日目。
遂に、今までに無かった変化が表れた。
待望の人間が現れたんだ! 第一村人発見! 100mぐらい遠くにだけど!
しかも1人だ。話をするにはとても都合がいい。
さあ、こっからが正念場だな。まずはあいつに向かってソナーを飛ばしてこっちに気付かせて、後はその場の雰囲気に任せよう。
そうと決まれば早速ソナー発射だ! 100mで方角も決まってるから、え〜と……大体300ぐらいでイケるか?
「ソナー発射!」
この世界に来て、10秒間経つのがこんなに待ち遠しくなったのは初めてだ。届け、そして気付いてくれ……!
「いよっし! 届いた!」
しかも気付いてくれたみたいだ。ちゃんとこっちに向かって来てくれている。
──って、あら? 後50mぐらいなのに立ち止まっちゃったぞ? そうか、俺は今ただの銅の剣だもんな。近くまで来たハズなのに誰も居ないから不思議に思っているんだろう。
だったらもう1回飛ばしてやろう。半分だから150……いや、また300にして今度は圧縮せずに飛ばしてやろう。気配が近い事をアピールするんだ。
……よし、成功だ。どんどん近付いてる。後10m……5m……
「魔力が飛んで来たのはこの辺りからだと思うんだけど、……誰も居ないみたいね」
「──────っ!?」
角がある……だと……!?
お、お、おちゅちゅけ。KOOLに……じゃなくてcoolになるんだ。深呼吸は出来ないけどしたつもりになって、……ふう、オーケイ、落ち着いた。
ま、まま、町は町でも魔族の町だった〜っ!?
いやまだだ、まだ判断を下すには早いぞ織晴よ。この世界の人間は角が生えてるのが普通かもしれないじゃないか。何か凄く悪魔の角っぽいんだけどね。
まずは相手を冷静に観察するんだ。……ふむ、身長は約160cm、歳は15、6の少女と言った所か。本来であれば獣耳とかが生えそうな位置に凄く悪魔っぽい紫色の角が生えていて、髪は肩にかかる程度の漆黒のショートヘア。
大人しそうに整った顔立ちをしているが、赤黒い瞳がどことなく危険な雰囲気を醸し出している。
服はいかにも中世の町娘が着ていそうな奴なんだが、色が黒い。ちなみに胸はBかCぐらいだろうか。で、腰の辺りから何か黒い悪魔の尻尾のようなモノが──。
……うん、ダメだこれ。状況証拠が何もかもこの娘が悪魔である事を示しちゃってるよ。
だが、背に腹は替えられん。約1ヶ月の時を経て折角見つけた話し相手なんだし、存分にお話ししようではないか。
「ここだ、ここに居るぞ」
「へっ? ど、どこ?」
おお、反応があった。何かもうそれだけで胸が熱くなるな。
そういや、この手の話だと言葉が通じない事が多いけど、何か普通に通じるな。いや、今の状況では非常に助かるからいいんだけど、ひょっとしてあの野郎、翻訳能力も本当は付けてくれてたんだろうか。
まあいいや、これは深く気にしたら負けだな。ナメック語以外全部日本語な世界もあるぐらいだしな。
とにかく今は1ヶ月ぶりの人間との会話に集中する事にしよう。俺の未来が掛かってるんだ。
「キミの近くに不自然に地面に突き刺さってる銅の剣があるだろう?」
「あ、はい」
「それが私だ」
「は?」
あ、あれ? もしかして何か言い方間違えたか?
一気に少女の表情が変なモノを見る目になっているぞ。何か上手い言い方を考えなくては。考える葦になるんだ!
──そうだ! 目の前で魔法を使えば!
「……炎よ!」
「うわっ、な、何!? け、剣が喋って魔法を!?」
「私は元人間でね、今は銅の剣になっているが、こうして魔法を使う事も出来る。私がここからソナーをキミの町まで飛ばしたんだよ」
「そ、そうなんだ。ゴメンなさい、疑ったりして」
「いや、構わないよ。こんな姿だからね、信用を得るのは非常に難しいという事は理解しているつもりだ」
ぶっちゃけ俺ならソナーに気付いても近寄らないね。何かの罠だと思っちゃいそうだ。剣自体は落とし物を拾う感覚で拾ってやると思うけど。
そう考えるとこの娘めっちゃいい子やな。見た目は完全に悪魔で美少女だけど。
「……もしかして、誰かに拾ってもらいたくてソナーを飛ばしたんですか?」
「ああ、そうだよ、よく分かったね。話が早くて助かる」
「あの……わたしが気付いたんでいいですけど、多分ほとんどの人が気付いてませんよ?」
「え? マジで?」
「だってあれ、物凄く薄い魔力で撃ちましたよね? あれだと多分普段から魔力に敏感な人しか気付きませんよ? しかも1回しか飛んで来なかったので、気の所為だと思ってる人も居るハズです」
まさか、ちょっとでも遠くに飛ばす為に出来る限り薄くしたのが裏目に出てしまうとは。下手すると誰も気付かなかった可能性もある訳か……ふ、ふん、いいもん! 気付いて来てくれた子が居るからいいもん!
「ありったけの魔力を使ったからな、少しでも遠くに飛ばしたかったんだ」
「その姿ですもんね。凄く寂しかったんじゃないですか?」
「ああ、それはもう──っ!」
何だ? 今の感覚は? 凄く嫌な感覚が……って、うわ〜、何か凄く悪魔っぽい嫌らしい笑みを浮かべてるわ〜。やっぱりこの子悪魔で確定なのかしら?
「つまりあなたの心の平和は今、わたしの意思1つで決まっちゃうって事ですよね〜?」
「え、え? ちょ、放置? 折角見付けてくれたのに俺放置されちゃうの?」
「あら? 『俺』ですか。この剣本当に人間の男みたいな言い方をしますね」
「まだ信じてもらってなかった!? 名前だってあるんだ、紺野織晴っていう!」
「コンノさん? 何か変わった名前ですね」
「ああ、コンノは姓だ。名前はオリハル」
「そうですか、オリハルさんって言うんですね。オリハル・コンノ……剣ですか? 銅の剣なのに?」
「何かのギャグみたいな名前に聞こえるかもしれないけど本名だよ! ちくしょう今気付いたよ!」
まさかあの野郎がこの世界に俺を転生させたかった理由って、名前でギャグやりたかっただけなんじゃないだろうな?
しかし困ったな、これ以上はどうやったら信じて貰えるだろう? いや、もうこの際信じて貰えなくてもいいか。持って帰ってさえくれれば。
うわ〜、凄いジト目で見られてるわ〜。何かそのジト目も可愛いけど。……俺って実はMなんだろうか?
俺が困り果てて途方に暮れていると、突然悪魔のような美少女はジト目を止めて笑顔になった。
「……ぷっ、あはは! 冗談ですよ、もう。ちゃんと持って帰ってあげますよ、オリハルさん。……うふふ」
「え? ああ、うん?」
え〜と、つまり? 俺、自分の半分も生きてなさそうな外見の少女に弄ばれたの?
誠に遺憾な事ではあるが、今の姿では対等な扱いを望むのは無理があるか。むう、何か対策を考えておかないとな。
俺の体は少女の繊細そうな手によって掴まれ、土に刺さっていた刀身ごと抜き取られる。良かった、どうやら本当に持って帰ってくれるみたいだ。
「どうしたんです、オリハルさん? 急に黙っちゃって」
「……いや、こう見えても30年生きて来たからね。キミみたいな可愛らしい少女に弄ばれるのはちょっと」
「えへへ、ありがとうございます。あ、わたしったら自己紹介がまだでしたね、ユリーシャ・デビローネって言います。16歳です」
16だったか。俺の観察力も捨てたもんじゃないな。
よし、ちょっと驚かせてやるか。別に仕返しじゃないぞ。ただの礼だ。頼んでないのに名乗ってくれたからな。
「これはこれはご丁寧に」
「えっ、凄い! そんな事も出来るんですね! 可愛い!」
「か、可愛い!?」
『形状変化』を使ってお辞儀をしたら可愛いって言われた。
あれか、某アニメで言うと魔法の絨毯の仕草に近かったんだろうか。確かにあれなら可愛いと思う気持ちも分からんでもない。
ふむ、ならば──
「ふっ、このぐらい俺に掛かれば造作も無い事だ」
「わぁ、凄いです!」
「よし、今度はダンシングフラワーの動きを……あ」
「……あれ? どうしました? 急に固まっちゃって」
「魔力が尽きた……」
「………………」
うわ、折角褒めてくれてたのにまたジト目に逆戻りだよ……。
これ以上弱味を見せたら何言われるか分かったもんじゃないな。基本的に魔力を分けてもらわないと何も出来ないのは今は黙っておこう……。
そして30分後、俺はユリーシャが住んでいる町、デビルスブルクに到着した。
もう名前からして完全に悪魔の町ですよねこれ。