第17話 巨獣魔道士
俺は一瞬頭が真っ白になった。
ただでさえ残りの魔力でダーティラットを倒せるかどうか分からないってのに、まさかこいつらが再登場するとは全く想像だにしてなかった。これはまずい。非常にまずい。
……いや、でも落ち着け。落ち着いて見てみればまだそんなに悲観する程ヤバくもない。こいつ等だって無傷じゃない。言ってみれば津波に飲まれた後更に生き埋めにされたようなモノなのだ、無事なハズが無い。
現に、こいつ等は武器を持っていない。厄介だったゾウの剣もサルの剣もゴリラの棍棒も無い。イノシシの兜だけはあるが、まあ他の武器よりは脅威度としては低いだろう。
「はぁ……また貴方達ですか。見た所武器も無いみたいですが、武器も無しにボク達に勝てるとでも?」
ローシェルが二丁拳銃を抜き、油断無く相手に銃口を向けながら鋭く言い放つ。その表情からは疲労の色は全く見えない。魔力は気休め程度にしか回復してないってのに、全く大したポーカーフェイスだぜ。
「よく言うよ。ダーティラット様と戦ったんだ、余力なんてほとんど無いだろう?」
「ええ、それが何か? 武器の無い貴方達なんて余力が無くても倒せる雑魚じゃないですか」
「こいつ……っ! お前はオイラが殺すッ!!」
おお、おお、ローシェルの奴、煽りおるわ。案の定、1番気が短そうなサルがブチ切れとる。
サルの尻尾が淡く光を帯びたかと思うと、サルは尻尾を地に叩き付けて地面を砕いて威嚇する。剣を降るのにも尻尾を使っていただけあってか、尻尾がかなり鍛えられているようだ。剣が無くても中々の破壊力がありそうで、おじさんはちょっと心配になっちゃうよ。
そんな事を考えていた瞬間、フェリスが動いた。
「──グラウンドアッパー!」
「ふんぬっ!!」
フェリスが地面から土の拳を空に突き上げるように放った先にゴリラが居た。あっぶねえ、サルの尻尾の一撃は囮だったのかよ。俺1人だったら完全に不意を突かれてたわ。
空中に居たゴリラは両手を組んで振り下ろし、フェリスが放った土の拳と激しく打ち合い、弾かれるように元の立ち位置へと戻った。
「え、えエルフちゃん、ぼぼぼくを見て欲しいんだなっ!」
「──スプラッシュランス!」
「ナメんなよクソガキ!」
「えいやっ!」
「でゅふっ!?」
それを好機と見たのか、イノシシが相変わらずキモい事を言いながらフェリスに突進する。そこへローシェルが二丁拳銃の銃口をくっつけるようにして前方に突き出して水で槍を創り出してイノシシに攻撃する。すると更にそこへサルが割り込み、ローシェルの腕を下から蹴り上げた。
そして自分で避けるしか無いと判断したフェリスは回るような動きでイノシシの突進を回避し、更にそのまま俺を振り回して叩き込んだ。強烈な一撃が兜の上からとはいえ叩き込まれ、イノシシは吹き飛ばされつつも何とかたたらを踏みながらも堪える。
「くっ──アクアセイバー!」
「あぐっ!? クソがあああああっ!」
「調子に乗るなよ小僧、叩き潰してやる!」
「──暴風の矢!」
「ッ!? グファ──ッ!」
腕を蹴り上げられたローシェルは、その勢いのまま跳び上がって宙返り。そのまま空中で二丁拳銃から水の刃を放出して振り下ろし、サルの左腕を斬り飛ばす。斬られたサルが怨嗟の叫び声をあげる中、ゾウが鼻を勢いよく振り上げ、ローシェルを叩き潰さんと襲い掛かる。
しかしそこへ、風が渦巻く矢が飛来。ゾウを数十m吹き飛ばし、ゾウはこの高台から落ちて行った。よし、一時的かもしれないが数的不利は無くなった。今の内に一気に──
そう思った瞬間。山羊野郎が生き埋めになっていた所の瓦礫が、突如として発生した竜巻によって空高く舞い上がった。どう見ても自然に発生したモノじゃあない。だとすれば、考えられる可能性はただ1つ。
「何だありゃ──ヤバい! ローシェル、フェリス、下がれ!」
「は、はぃ……きゃぁっ!?」
「ええ、──うわぁっ!? が、ぐ、あぁっ……!」
「ブハハハハハハ! させぬわ! お前達はここでダーティラット様に消されるのだ! ワシ等と一緒になあ!!」
「少なくともそこのクソガキはオイラが直接殺したかったけど、勝てないならしょうがない。オイラと一緒に死ね!!」
「2人共! 今助けに──」
「かか、可愛い女の子と一緒に死ねるなら本望なんだな、ハァハァ」
どう考えてもダーティラットの仕業としか思えない竜巻を警戒して2人に声を掛けたのが仇になっちまった。俺の声に気を取られたローシェルはサルの尻尾で殴られた上で首を絞められ、フェリスはゴリラに組み敷かれ、同時に俺はフェリスの手から弾き飛ばされてしまう。
その様子を見て駆けつけようとしたユリーシャだったが、そこへイノシシが相変わらずキモい事を言いながら立ち塞がる。
ふと見れば竜巻はその規模を拡大し、山のようになっていた瓦礫を1つ残らず巻き上げていた。アレはどう見てもヤバい。あんなの食らったらとてもじゃないがダーティラットと戦える状態じゃなくなる。下手をすればユリーシャ達が死ぬ──
だが今は誰1人動けない。俺は1人では動く事すら出来ない。魔法では味方を巻き込んじまいそうだ。どうする? ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい──!
その時、ふと俺の脳裏に洞窟でのユリーシャとの冒険の様子がまるで走馬燈のように過る。……そうだ、あの時も周りを見て超電磁投射槍を思い付いたんだ、何かあの初めての戦いの中にヒントは何か見出だせないか。皆を守る為にも、一挙一動を余すところ無く全て思い出せ! ……ちくしょうダメだ、何も思い付かねえ! 本当にこの不便過ぎる体が恨めしい……せめて動ければ……動、く……いや、動かす──そうか!
「レビテーション──自分発射!」
「ブハハァ──ッ!?」
「フェリスッ! そいつへのトドメは任せる! 俺をローシェルの所へ投げろッ!」
「ぇ、はい! たあああああっ!」
「その汚え尻尾を離しやがれ! ──エアロブレード!」
「ぎゃあああああああっ!!? オ、オイラの尻尾がああああ!」
「トドメです」
「フザケんなお前等! 絶対許さ──」
自分で動けないなら魔法で自分を動かせばいい。思い付いてみれば滅茶苦茶単純な事だった。
俺は自分を浮かび上がらせ、1番近くに居たフェリスを助ける為に自分を矢に見立てて棍の先をゴリラに向けて発射。棍がゴリラの脇腹に直撃し、ゴリラは不意に襲った激痛にのたうち回る。
その隙にゴリラに組み敷かれてたフェリスには起き上がってもらい、俺を投げてもらう。今度はローシェルを助ける為に。ローシェルの方は尻尾が首に絡みついていたので風を圧縮して作った刃を放ってサルの尻尾を切断する。
左腕に続いて尻尾も斬られて激昂するサル。しかしそこへ、ローシェルが冷静に水の剣を横薙ぎに振り抜き、サルの首を斬り飛ばした。
「ローシェル! 俺をイノシシの奴の方に向けてくれ!」
「はい、こうですか?」
「吹っ飛べ──スプラッシュキャノン!」
「ささ、さあ、ぼくと一緒に死の──ぐほぉあああっ!?」
「ブハー、ブハー、な、何なんだそのふざけた武器は……」
「あたし達の……とっても頼りになる仲間だよっ──烈風拳!!」
「ブグハアアアアアッ!!?」
サルの首が飛ぶのと同時に俺は地面に落ちた。そこでローシェルに声を掛けて俺を拾い上げてもらい、今度は棍の先をイノシシの方に向けてもらう。
ユリーシャはやはり弓で近接戦闘をするのは難しいのか、イノシシに対して攻めあぐねていた。そこへ、俺が放った水の魔法が鉄砲水のように押し寄せ、イノシシを崖下まで押し流した。これで残るはゴリラのみとなる。
ゴリラはこの段になってようやく俺という異質な武器の存在に気がついたようだったが、もう遅い。ダーティラットには大したダメージを与えられなかった烈風拳だが、今のコイツにトドメを刺すには十分だ。フェリスの渾身の一撃がゴリラの顔面に炸裂し、ゴリラは首の骨が折れたような凄い音を響かせつつ錐揉み回転をしながらこの高台の上から落ちて行った。
俺は再度竜巻の様子を確認する。──って、マジでヤバい! もうこっちに凄え勢いで向かって来てる!
「みんな、急いで俺の後ろに隠れて俺を支えてくれ! あの竜巻は俺が何とかする!」
3人も当然あの竜巻には気付いていたのか、全員真剣な表情で俺の元に集まってくれる。
さて、どうする? 俺自身を“材質変化”と“形状変化”で盾にするか? いや、瓦礫は雨霰のように降って来る事が予想されるので盾で全て防ぐのは無理だ。土魔法でドームでも造るか? ……ダメだ、耐えきれなかったらドームが崩れて生き埋めになる。だったら──
「──プラズマフィールド!」
俺は“形状変化”を使って前世の家のドアの大きさぐらいのミスリル製の大楯を生成。ひのきだった部分を“材質変化”させると魔力の消費量が増えてしまうので、盾の裏板及び取っ手に変化させた。そしてその上で洞窟で最初に出会った時にヴォルトが使っていた魔法を俺なりの解釈で再現して発動。残り全ての魔力を込めて、全力でユリーシャ達を護りきってみせる──!
夥しい物量の瓦礫を含んだ竜巻が俺達を抹殺せんとしてまるで生き物のようにこちらが構えている所に集中的に降り注ぐ。対するは俺が今まで溜め込んでいた全魔力を注ぎ込んで作り出したドーム状の超高温の領域。そのあまりの高温によって電子と陽子が分離してスパークを発生させ、降り注ぐ瓦礫がその領域に触れた瞬間にそれを木っ端微塵に粉砕していく。
しかしダメだ、物量が多過ぎる。粉砕しきれなかった瓦礫がプラズマフィールドを突破し、盾に次から次へと衝突する。
「ダメだ、魔法だけじゃ防ぎ切れない瓦礫が俺にぶつかって来てる。絶対に俺の陰から出るんじゃないぞ!」
「わ、凄い衝撃が来る。オリハルさん、大丈夫?」
「俺の事は気にするな、後で魔力を分けてもらえれば直せる」
ぶつかって来ているのはごく普通の何処にでも転がっていそうな岩石だ。だがそれでもこれだけ大量にぶつけられればミスリル製の大楯であっても傷が付くし打痕が出来たりもする。
しかしユリーシャが口で言っている程衝撃を受けた様子は無い。これはひょっとしてあれか、全く想定してなかったがひのきの裏板が緩衝材の役目を果たしているのか?
──刹那、色々と今後使えそうなアイデアが頭を過ったが、今はこの攻撃を凌ぎ切る事だけを考えよう。と言ってもプラズマフィールドを作るのに魔力を全部注ぎ込んじまったから、ぶつかって来る瓦礫に対する心の準備をしながら堪えるしかないんだが。後は“魔力操作”の能力で少しでも魔力を集めて回復するぐらい──と、瓦礫の嵐を堪えながら“魔力操作”で魔力を集めようと能力を発動させた瞬間。
周囲に魔力が嵐のように吹き荒れ空間に満ちている事で初めてこの能力の効果範囲を知覚した。感知するだけならもっと遠くの魔力も感知出来るが、操作出来る魔力としての距離は約11m。これを広いと見るか狭いと見るかは正直難しい所だが、この範囲ならただ遠くの魔力を感知する時以上の情報が俺に入って来るようだ。
中でも非常に有益なのが、自分で発動したプラズマフィールドの状態を確認出来る事だった。それで解ったのは、どうやらこの魔法の半分ぐらいが無意味だという事だった。つまり、全く瓦礫が当たっていない領域が半分ぐらいある。
と、そこで俺はエルフの里での作戦会議の時に話してた内容を思い出した。結界を必要な部分にだけ張って魔力を節約するという話だ。その話を踏まえ、俺は“魔力操作”でプラズマフィールドの半分を削り、その分を使って超高温の領域の威力を上げた。
すると予想通り、ミスリル製の大楯に降り注ぐ瓦礫の量が激減する。ユリーシャ達にとって単に俺を支えるのと、俺越しに瓦礫の衝撃が来るのに備えて支えるのとでは疲労度がまるで違うだろう。これで何とか凌ぎ切れそうだ──
「──来たれ土の精! 我が魔力に応え、空高く顕現し天に集え! 其はやがて星の如く大いなる石となり、彼の地に在る敵を圧し潰せ──『餌』の分際で我に手傷を負わせおって……死ね! ──巨岩隕とし!」
「な──アレはヤバ過ぎる! みんな、多少のダメージは覚悟するしかない! 急いで崖まで走って飛び下りろ!」
「「──身体強化!!」」
「ぇ……ぁ…………足が……竦んで……」
「──ユリーシャッ!!」
「──っ! ……でもダメ、間に合わない! オリハルさんを背負ってそんなにスピードは出せない!」
「だったら俺の事は気にするな! とにかく急いで離れるんだ!!」
──と思っていたところへ、最悪のタイミングで山羊野郎が追撃の魔法を詠唱した。まだ瓦礫の嵐も続いており、この場を離れる事も難しいこの局面で先刻ローシェルが迎撃したモノよりも更にデカイ巨岩が上空に出現。俺達を確実に圧し潰すべく落下を始める。
アレはいくらなんでも俺の超高温の領域では防ぎ切れないだろうから、回避するしかない。そう思って声を掛け、ローシェルとフェリスは身体強化魔法を使って離脱出来たのだが、ユリーシャが迫り来る岩のあまりの巨大さに気圧されてしまい動けなくなってしまう。それは何とか一喝して気を取り直したが、鉄製の玄関ドア程のサイズになっている俺を持って移動するには重過ぎて速度が出せない。
だったら簡単な話だ。俺の事は放っておけばいい。この身体ならきっと死んだりはしない気がするし、俺の事は戦いが終わってから回収してくれればそれでいい。今はあいつを倒す為にも魔力がまだ残っているユリーシャを守るのが最優先だ。
「……嫌よ」
しかし、未来の救世主様は俺が生き埋めになる提案を断固拒否した。だが他に打開策なんて思いつかない。一体どうするつもり──
「は? ユリーシャ、何を言って──」
「──プラズマフィールド! これでいいでしょ、さあ早くペンダントに戻って!」
「え、あ、ああ、はい」
「──身体強化──風纏い!」
──なのかと思ったら、ユリーシャはいとも簡単に俺のプラズマフィールドを再現してみせた。それを俺の魔法に重ね掛けする事で、瓦礫がほぼ全て消滅するようになる。
そして俺はユリーシャに言われるがままにペンダントに戻り、それを素早く首に掛けたユリーシャは身体強化魔法と風属性魔法の重ね掛けを発動。一気にその場からの離脱を図る。
「──ウオオオオォォォォオオオオッ!! 逃がさんぞ貴様等ァ!」
「なっ──ユリーシャ、危ないっ!!」
「えっ!? くっ、圧縮──巨人の一歩! ──きゃあああああっ!」
だがまだ離脱しきれた訳ではない。山羊野郎は何とその巨体を更に15m級まで巨大化させ、完全に巨人と言っていい程になり、その巨体でもって落下する巨岩に飛び蹴りを打ち込み、俺達の進行方向に向かって落ちるように軌道を変えてきた。
それがユリーシャの体の隙間から見えた俺はユリーシャに伝える事しか出来なかった。だけどユリーシャはそんな俺の言葉を聞いて迫り来る巨岩を一瞬確認すると、フェリスが身体強化の魔力を手に集中させていたのと同じ要領で脚に集中させ、爆発的な勢いで加速して高台から飛び出した。
しかしそれでも完全に避ける事は敵わず。直撃は避けたものの、巨岩が高台に衝突する余波で衝撃波や無数の破片がユリーシャの身体を打ち、彼女の口から悲鳴がこぼれる。
「ユリーシャ、しっかりしろ! このままじゃ頭から落ちる!」
「あ、うぅ…………」
即座にユリーシャに声を掛けるが、意識が飛んではいないものの朦朧とした状態でとてもじゃないが受け身なんてとれそうにない。人間の身体の中で1番重いのは頭だ。だから自分で体勢を整えない限り人間は放っておくと頭から落ちる。この世界の人間……いや、ユリーシャは魔族か、は地球の人間とは丈夫さが違うかもしれないが、かといってこのまま頭から落ちてしまったら無事で済むハズがない。
俺は咄嗟に周りを見回すが、ローシェルとフェリスは崖の麓に居てユリーシャが落ちている予想地点とはかなり離れている。となると俺が何とかするしかないんだが、さっきの防御で魔力はほぼ使いきってしまったので残っておらず、使える魔法が無い。
だけどそれで諦めちまったらユリーシャが死んじまうかもしれないって時に泣き言なんて言えない。使える能力は全部使って無理でも何とかするんだ! でも“材質変化”も“形状変化”も魔力が無きゃ使えない以上、今出来るのは“魔力操作”だけだ。だが普段やってる“魔力操作”では到底間に合わない。
だったらダンディな闇属性刀剣士さんが常日頃言ってるように、今この場で限界を超えるしかない! 周囲の魔力という魔力を無理矢理にでもかき集めろ──!
「うおおおおおお! ウインドディッシュ──!」
「あうっ! ……あ、ありがと……」
魔力が足りるかどうかも分からないままに、自分が想像した魔法が発動するように祈りながら俺は無我夢中で発声した。すると流石にイメージ通りとまでは行かないものの風が発生。
ユリーシャの落下速度を抑えると共に頭が真下になっていた姿勢を何とか水平まで持っていき、背中から地面に落ちるようにする事が出来た。それでも痛そうだったが、頭から落ちるよりはマシだと思うしかない。
「立てるか?」
「……痛っ! はあ、はあ……何とか……」
「──まだ生きていたか、魔族の小娘!」
「「────っ!?」」
全身に走っているであろう痛みを堪えながらどうにかユリーシャが立ち上がったかと思った瞬間、凄まじい地響きが俺達を襲った。
一瞬何事か解らなかったが、目の前には巨人と化したダーティラットが立ち塞がっていた。どうやらここまでジャンプして来たらしい。
今はヤバい、ヤバ過ぎる。今のユリーシャは立ってるのがやっとの状態だ。こんな状態では何か攻撃されるだけでもヤバい。俺の魔力もペンダントに戻った時に回収した分も含めてさっきの魔法に全部使っちまった。さっきのはその魔力だけでは出来ないと思うんだが、何故さっきそんな事が出来たのかを今考えてる時間は無い。
どうする? もう本当にお手上げなのか──?
「──マッドバインド!」
「あぐっ! ぁ……ぅ……っ!」
「さっきはよくもやってくれたな! 貴様も動けない状態で攻撃される恐怖を味わうがいい!」
元々ほぼ動けずに無防備な状態だったユリーシャに対して、山羊野郎は更に泥の魔法で拘束する。両足、両腕、更に首までをも拘束され、苦悶の表情を浮かべるユリーシャ。
ダーティラットは厭らしい笑みを浮かべながら、その巨体からは想像出来ない程身軽に大ジャンプ。ユリーシャを踏み潰さんと飛び掛かって来る。遠くでローシェルとフェリスがこちらに向かって来ているのが見えるが、あの距離ではどう考えても間に合わない。
今からもう1度全力で魔力を集めたところで拘束を解く事だって出来るかどうかだってのに……ちくしょう、もうダメか──
「──死ね!!」
「──ボルテックキャノン!」
「ッ!? ──グオオオオッ!?」
その時、彼方から猛スピードで飛来してきた巨大な電気の塊がダーティラットに直撃。たった一撃で100m以上吹き飛ばした。
「──すまない、遅くなった」
「──っ! げほっ、げほっ!」
「ヴォルト──!」
同時に槍で器用にユリーシャの拘束が破壊される。
ようやくと言うべきか、早くもと言うべきか。1万近いリカントの軍勢を全滅させたヴォルトが、山羊野郎討伐戦に遂に参戦したのであった……。
次ぐらいでそろそろ決着をつけたい_(:3」z)_