第16話 怒りの火矢
「グハアッ──!」
フェリスが放った渾身の一撃。
その威力は凄まじく、小柄なフェリスの4倍ぐらいはありそうなダーティラットの巨体が50m近く吹き飛んで行った。
後方にはまだリカント達が残っていたが、ダーティラットの巨体が激突した衝撃で何体かはまとめて吹き飛んだ程だ。
「──見えた! やっぱりあのリカント達の後ろに捕らえられたエルフ達が居る」
「ぉ、オリハル、さん、合図をお願いします」
「分かった。でもちょっと様子を見てからだな。今の一撃であの野郎がこっちに注目してくれればいいんだが……っ!?」
「──っ!?」
その時、俺とフェリスの身に悪寒が走った。それはすぐに山羊野郎の魔力だと分かるが、驚くべきはその魔力の量だ。
俺には“魔力操作”の能力があるからか、空気中の魔力の量が大体分かる。それで、自然の魔力と人や魔物が出す魔力を区別して感知する事も可能なんだが……俺が今まで感じてきた中で最も魔力が濃いのはユリーシャだ。まあ、瞬間的に1番凄かったのは加速する突風を使った時のヴォルトだったりするんだが、こいつが放出している魔力はそれよりも濃い。
……いや、正直に言って少しナメていた。“魔法が使えるリカント”と聞いて、ぶっちゃけ痩せ型のヒョロいリカントを想像していた。だから、魔法に強いと聞いてユリーシャの魔法で倒すのはキツイと思ったし、一対一の格闘戦が本領であろうフェリスの方が相性がいいんじゃないかと思ったんだ。
それが実際に見てみればどうだ、普通のリカント以上に丈夫そうな体躯で、その上で弱点であった魔法への抵抗力も獲得しているという、単純に獣魔戦士族よりも上位の種族なんだと認識させられる。
物理攻撃に強いのはそのままに魔法にも強いとなると、こいつに勝つにはどうすればいい? 弱点が無いとなると、こっちの得意な攻撃を最大火力でブチ込むしかないだろうか……?
「はは、注目はしてくれたっぽいが、この力強い魔力からするとあんまり効いてなさそうな感じだな……フェリス、さっきのより強い攻撃って出来るか?」
「……はぃ、ぃ、威力だけなら……でも……」
「──発動に時間が掛かる、か?」
フェリスは俺の問いに首肯した。そうか、実際にやれるかどうかはともかく、一応もっと火力は出せる訳か。だったら、ネックになるのはその発動までの時間がどれだけ必要か、だな。
「なあ、その技は──」
「──砂漠の黒蛇!」
「くっ──身体強化!」
流石に敵さんもこれ以上お喋りする時間は与えてくれないらしい。ダーティラットの野郎が勢いよく右腕を振り上げると、それに呼応するかのように地面から無数のヘビが現れフェリスに襲い掛かった。
フェリスは咄嗟に身体強化の魔法を発動。ダーティラットが作り出した砂のヘビの追撃を間一髪でかわしていく。魔法で出来ているからだろうか、ヘビの動きが想像以上に速い。
元々の身体能力がかなり高いハズのフェリスが身体強化魔法を使ってようやくギリギリ避ける事が出来ている程の速さなのだ。それが多数、ヘビらしくねちっこく追い回して来る。
「くっ、しつこい……っ!」
「ふはっはっはっはっはー! 中々の速度だが、いつまで逃げ続けられるかな? そいつはどこまでも追い続けるぞ!」
「……だったら、これで……っ!」
こちらが四苦八苦している姿を見て高笑いするダーティラット。
それに反抗するようにフェリスは雑魚達の群れをその身体能力で大ジャンプして跳び越した。成程、リカント達を盾にしてしまおうって訳か。それなら──
「グギャアアアアアッ!!」
「え? ──きゃあっ!?」
「フェリスッ!? 嘘だろオイ、あの野郎味方ごとこっちを攻撃して来やがった!?」
「使えない奴等程邪魔なモノは無いな! ああ、だが貴様への目隠しになっただけマシかな? ふはっはっはっは!」
「大丈夫か、フェリス?」
「はい、まだ、大丈夫、です……っ!」
「そおら、まだまだ行くぞ! ……ああそれとも、我に隷属するなら止めてやるぞ?」
「ふざけ……ないで……っ!」
フェリスの作戦は全く通用せず、逆に腕や脚にダメージを負う結果になっちまった。と言ってもまだ軽傷で、フェリスの動きは鈍くなって来ていたりはしない。だけど……このままじゃマズイ。
どうする? このままじゃ明らかにジリ貧だ。反撃するにも、まずはこのヘビを何とかしないとならない。フェリスに翔んでもらうか? それとも、さっきの身体強化・二重って奴で一気に加速するか? ……いや、どちらもやれるならとっくにやっている。多分、最大火力の攻撃を撃つ時の為に温存しているんだ。
だったら、ここは──
「フェリス、今から武器になるから、俺を使って薙ぎ払え!」
変形、開始──なんつって。
……そうだな、相手が砂のヘビだから……まずはミスリルをそのまま使って“形状変化”を使って150cmぐらいの棒に。続いてクリスタルはひのきに“材質変化”させ、ミスリルの棒をひのきでコーティングする。そして──
「──スプラッシュアーム! フェリス、行け!」
「やああああああっ!!」
砂が相手なら水がいいだろうという事で水を纏ってみた。というか水を纏うのに都合がいいかと思ってミスリルをひのきで覆ってみた訳なんだが。木なら滑りにくいし、いい感じじゃないかと思う。
そんな水棍とでも呼ぶべき状態になった俺をフェリスは両手で掴んでがむしゃらに振り回した。フェリスは棒術を学んだ事は無いのか、振り方は洗練されていないものの高い身体能力のおかげか、振りがかなり鋭い。
しかし決して洗練されているとは言えないフェリスの攻撃だが、ダーティラットの放った砂のヘビ達には面白いように当たる。そして俺の読みは正しかったのか、どのヘビも水棍の一撃で消滅していく。
「ほう、中々面白い武器を持っているようだな? ならば──来たれ雷の精! 集い来たりてその姿を百本の矢と化し、我が敵を刺し穿て! ──百柱の雷精矢!」
こちらが全ての砂蛇を叩き潰した頃、ダーティラットの奴は次の魔法を撃って来た。こちらが水属性の武器を使ったからか、今度の攻撃は雷属性だ。
だったらこっちは……いや、その必要は無いな。何せ──
「破裂──闇の散弾矢!」
「今だフェリス! アレはユリーシャに任せて大丈夫だ! 今の内にお前の全力をブッ放せ!」
「はい! ──来たれ土の精! 我が契約に従い集い来たりて大地を鳴動させ天を衝く塔となれ!」
──こっちにはあらゆる属性の魔法を使える未来の救世主様が居るんだからな。
どうやらユリーシャが使った闇の魔法には電気を吸収するような効果があるらしく、彼女が放った闇の矢がダーティラットが放った雷の矢を悉く消滅させてみせる。
その間にフェリスが最大火力の魔法の詠唱を開始する。
彼女の詠唱に合わせて言葉通りに大地が鳴動し、凄まじい勢いで地面が盛り上がり直径が20mを超える巨大な塔が出現した。そして、まだ彼女の詠唱は続いている。
「──されどその塔は天に届く事能わず、神の怒りに触れて崩落し、大地へと還る! ──バベル・フォール!」
「分裂──千の氷槍!」
巨大な塔は出来て間もなく崩落し、超大質量の攻撃となってダーティラットに向かって崩れ落ちて行く。
そして驚くべきはユリーシャだろう。特に打ち合わせていないハズなのにも関わらず、無数の氷の槍を周囲に撃ち込んでフェリスの攻撃から逃れられないようにしてみせたのだ。
その状況を作られた事に対して、流石にダーティラットの奴も顔色を変えた。
「何ッ!? 貴様等小癪なぁっ! うおおおおおっ! ──レビテーション・フィールド!」
「嘘っ!? アレを受け止めるの!?」
山羊野郎はその高い魔力をフル稼働させて浮遊魔法を発動。崩れ落ちて来る塔の瓦礫を魔法で浮かせて防ごうとする。
ユリーシャが洞窟の中で持ち上げていたリカント達の死体の100倍以上はありそうな質量の崩落に、ユリーシャより高い魔力を持っているであろうダーティラットですら涼しい顔で受け止める事はどうやら出来ないらしく、苦悶の表情を浮かべている。
しかし、苦悶の表情こそ浮かべているものの、まだ耐えているという事自体が問題だ。このままじゃフェリスの最大の攻撃を凌がれちまう。どうすればいい? あの様子なら後一押しで行けるハズ……そうだ、ここはユリーシャが使ってたダウンバーストで──
「うおおおおおっ! こんなもの、押し返してくれる……っ!」
「──来たれ火の精、風の精よ! 我が契約に従い、豪火渦巻く暴風となりて彼方の敵を討ち滅ぼさんとせよ! ──炎の暴風」
とか考えている内にユリーシャが既に動き出していた。ユリーシャは俺が今まで見てきた中で最大威力の魔法──炎の暴風──を詠唱。
フェリスの魔法を後押しするのでなく、耐えるのに集中していて無防備になっている側面にユリーシャの最大火力をブチ込む事にしたらしい。何という鬼畜、まさしく悪魔の如き所業!
──と、ユリーシャの悪魔っぷりに戦慄しつつ感心していたのだが、肝心の魔法はまだ発射されずにユリーシャの手中にある。タイミングでも測っているのか? いや、これはまさか──
「創成──フェリスちゃん達の怒り、その身で受け取りなさい! ──焔嵐の剛矢!!!!」
炎の暴風を矢に変える。それは言葉にするのは簡単だが、今までの魔法を矢に変えてきたのとは訳が違うように思える。
今まで矢に変えてたのは、俺が見えた限りでは元々ある程度形が決まっていた魔法を変形させていた。それが今回は明らかに形が定まっていない魔法を凝縮させて更に成形しているのだ。同じ創成でも難易度は段違いなんじゃないだろうか。詳しい所は本人に訊かなきゃ分からんけど。
とにかく、そんな凄そうな矢を創り出したユリーシャは弓を限界まで引き絞り、炎の暴風を凝縮するという現時点では対単体でこれ以上は無さそうな威力を秘めた矢が放たれた。
炎と風が矢羽から噴き出し、それがまるでミサイルのジェット噴射の役割を果たしているかのように、通常の矢では到底考えられない程の超高速で直進する。そしてそのまま未だに瓦礫を支えて無防備を晒している山羊野郎を撃ち抜き、矢に凝縮されていた高エネルギーが解き放たれて敵の巨体を爆炎で包み込む。
「──ッ!? グオオオオオオッ!? ────」
更に、その一撃を受けた事によって瓦礫を支えていた魔法の効果が切れ、奴は塔の崩落に飲まれるのだった。
俺は今しかない、とばかりに事前に打ち合わせていた森の方角にソナーを飛ばす。
「今だ! さあ今の内に残った雑魚を片付けながら捕らわれていたエルフ達を助け出そう!」
「…………ふぅ…………」
「……フェリスちゃん? 大丈夫?」
「……はい、ちょっと、疲れただけ、です……」
戦闘時間の大半をペンダントになって過ごしていた事もあって様子を見る余裕が無かったが、ユリーシャが指摘した通り、フェリスは疲労困憊な様子だ。そうか、だったら……
「──コネクト。悪い、こちら強襲班。ダーティラットが想像以上に強い。皆かなり疲れてるから休ませてやりたい。救出は貴方達だけでお願い出来ないだろうか?」
『勿論です。むしろ貴方達は休んでて下さい。それに、その言い方だとまだ終わってないんですね?』
「ああ、かなりダメージは与えたハズだが、多分まだだ」
『でしたら尚更です。残ったリカントの掃討も任せて下さい。我々の魔力も7割ぐらいは戻ってるんですから』
救出班のリーダーに通信魔法を使ってこちらの状況を伝える。あちらのリーダーからむしろ休んでろと怒られてしまった。大分派手にやったからか、リカント達も怖じ気ついてるのか全然こちらに襲って来ないのでお言葉に甘えて休ませてもらおう。
「オリハルさん、今のってやっぱり……」
「ああ、まだ奴の魔力を感じる。かなり弱ってはいるみたいだが」
「そう、ですか……」
通信した意味を正確に捉えたユリーシャの表情はまだ険しい。フェリスも驚いてはいないみたいだ。どっちの攻撃も凄まじい火力だったと思うんだが、これだけの軍勢を率いているだけの事はある。
「確認するけど、今のをもう1回って言われたら出来るか?」
「わたしは何とか後1発なら」
「あたしは……ごめんなさい……」
「いや、気にするな。さっきのは凄かったぞ」
もう1回同じ攻撃が出来れば流石に倒せるだろうと思って訊いてみたが、やはりそんな余力は残ってないようだ。むしろまだもう1発射てるユリーシャさんが異常なのかもしれぬ。
……まあそれで言ったらヴォルトは大技を撃った後で普通に戦ってる訳なんだが。いや、現世十傑と比較するのはおかしいか。
「こっちからも見えたよ、フェリス。ユリーシャさんのとんでもない威力の攻撃もね」
「ローシェル、もう動けるの?」
「うん、まだ戦闘中だしね。気休めだけど魔力薬も飲んだし。フェリスも飲んどきなよ」
「うん、そうする。ユリーシャさんも飲む?」
「ううん、わたしは自分のがあるから大丈夫よ」
そうこうしている内にローシェルが合流した。確かに魔力は少し回復してるみたいだが、本当に気休めって感じだな。こっちに襲って来るリカントを相手にするぐらいなら出来そうだが、ダーティラットとの第2ラウンドに参加するのはちょっと厳しいか。
まあそれを言ったらフェリスも厳しい訳で。第2ラウンドはユリーシャだけで何とかするしかないか……?
──そして、10分後。
そんな、俺が厳しめに見た予想は最悪の形で裏切られる事になる。
「さっきはよくもやってくれたね。倍返しさせてもらうよ」
「もう許さないからなお前等! オイラが全員ブッ殺してやる!」
「おい待てワシの分もちゃんと残しておけよブハハハハハ!」
「ぼぼ、ぼくはここっ、この女の子達を愛でれればそれでいいから、戦いはどっちでもいいんだな、ハァハァ」
先程ユリーシャの魔法で生き埋めにしたゾウ型、サル型、ゴリラ型、イノシシ型の上位種達とも第2ラウンドを戦わなければならなくなってしまったのだった……。