第15話 フェリスとローシェル
まだ生きてます_(:3」z)_
「ヴォルト、ありがとう。それだけ判ってればやりようはいくらでもあるわ」
『ああ、私もこっちを片付けたらそちらに向かう。頑張ってくれ』
ヴォルトの言葉を聞いて俺は絶望的な気持ちになっていたのだが、そうなっていたのはどうも俺だけだったようだ。
ユリーシャは何か考えがありそうな頼もしい言葉を言ってくれるし、ヴォルトも駆け付けてくれるらしい……って、え!? 俺達がダーティラットを倒すより早く約1万匹全部倒して応援に来るつもりなのか!?
気になってふと後方を確認してみると、既に全体の3割近くが死体の山になっていた。まだ俺達が突入してから5分ぐらいしか経ってないハズなんですがねえ……。
エルフ達の空中からの援護射撃で倒してる分を考慮したとしても秒間5匹以上は確実に葬ってる計算になるんですが。マジで化け物じゃないスかヴォルト様。
「……でも、どうする? 相手が魔法を使えるんだったら、このまま突っ込むのはあまり得策じゃないような」
「それもそうね。狙い撃ちされるかもしれないし──」
「──ローシェル、ユリーシャさん、急いで降りて下さい! 撃って来ます!」
フェリスの一声で俺達の間に緊張が走る。
ユリーシャは無詠唱の風魔法を解除し、一気に降下。土石流で盛り上がった不安定な足場が近付いた所で風魔法を再発動。落下速度を見事に減速させ、緩やかに着地。
フェリスとローシェルは飛行魔法なので普通に降下して着地した所で解除した。
その瞬間、ダーティラットの魔法によって出来上がった山の頂上からさっきまで俺達が居た宙を無数の岩が通り過ぎて行った。フェリスが相手の詠唱を聞いてくれたおかげで助かった。
だが、それだけで一息つける程敵さんも甘くは無い。通り過ぎて行ったハズの無数の岩がその軌道を変えてこっちに降り注いで来た。くそったれ、こっちはあまり魔力を消費したくないってのに……!
「ボクが迎撃します! 2人は上を気にせず一気に山の麓まで駆け抜けて下さい!」
「うん、分かった。お願いね、ローシェル」
「じゃあ、わたしは2人の信頼関係を信じるわ」
俺が頭を抱えていると、ローシェルが即断で迎撃役をかって出た。フェリスはその言葉に対して何の不安も感じていない様子で応え、ユリーシャはそんな2人の様子を見て覚悟を決めたようだ。
「それじゃあ行きましょうユリーシャさん、あたしに付いて来れますか? ──身体強化!」
「ん、大丈夫よフェリスちゃん。こう見えてもわたし、速さには結構自信あるのよ? ──身体強化──風纏い!」
ユリーシャとフェリスはお互いを見合わせ、同時に駆け出した。
フェリスは獣人族とのハーフな為だろう、基本の身体能力が非常に高く、素の状態でもリカントに比毛を取らない程の素早さを誇る。
それを更に魔力で強化しているのだから、その速さたるや推して知るべし。ジャガーノルドが使っていた疾空爪とかいう技と同じぐらい速い。
一方ユリーシャはというと、意外な事に本当にフェリスに付いて行けていた。どうやら魔力での身体強化と、更に風属性の魔法での加速も付け加えているみたいだ。
あの時使えなかったのは、どうもこの移動法だと直線的な動きしか出来ないっぽいという事に加え、やはりあの時は既に体力が底を尽きかけていたんだろうな。
──さて、後はローシェルがきちんと迎撃出来るかどうかだが……。
「──来たれ水の精! 集い流れて我が敵の攻撃を彼方へと弾き流さんとせよ! ──スプラッシュルーフ!」
ローシェルの水の魔法によって俺達の頭上に屋根が出来た。勿論ただの屋根じゃない。頂点から左右に激しい水流が流れており、降り注ぐ岩の礫を一切通さず左右に弾き飛ばして行く。
「──アクアバレット!」
援護はそれだけでは終わらない。ローシェルは背中の羽を使い飛翔。俺達の頭上を飛び回りながら、先の魔法では弾き切れなさそうなデカイ岩を片っ端から水弾で撃ち砕き、俺達を完璧に守ってみせる。
「オイオイ、そんなのもアリかよ……!」
このまま行けるかと思った矢先、ダーティラットの野郎、とんでもないモンを飛ばして来やがった。
岩は岩だが、デカ過ぎる。そのサイズ何と直径30mはありそうな巨岩。しかも前方に奴の魔法で出来てる高さ20m強の崖を塞ぐような位置にだ。俺達はもう崖の目の前まで来ている為、退がるか避けるか迎撃するかを選ばなくてはならなくなった。
「くそっ、迎撃出来なくはないだろうけど魔力を温存したいし、面倒だが避けるか?」
「そうね、ローシェル君でもこれは流石に……」
「──いえ、ここはローシェルを信じて下さい。あたし達はこのまま登ります!」
「……分かった。任せていいんだな、フェリス?」
「ぁぅ……っ、その……はい……っ!」
俺とユリーシャが回避を選択しようかと思っていた所をフェリスが遮る。しかもそのフェリスが提示した選択肢はローシェルの実力を全面的に信頼して、自分達は何もせずこのまま崖を駆け登るというモノで。
「──ロックステップ」
未だ俺に対して人見知りなオドオドフェリスちゃんは気を取り直して魔法を発動。崖の形を変えて俺達が登り易い地形を造り出す。高さ1mおきぐらいで崖から足場が飛び出してきた。
そしてそのタイミングで巨岩が落下し始めた。やはり意地でも登らせる気は無いらしい。
──と、その足場に先に乗った者が居た。ローシェルだ。
ローシェルは落ちて来る巨岩を前にして2丁拳銃を腰に収めると、詠唱を開始した。
「──来たれ、水神の御使いよ! 我が盟約に基づき、我が魔力と願いに応えてその身を顕し、我に仇なす障害を打ち払え! ──出でよ白水蛇!」
ローシェルが右手で空中に魔法陣らしきモノを描きながら詠唱を終わらせる。その時、ローシェルが描いた魔法陣から薄水色の大蛇が姿を顕した。
ローシェルの召喚に応えて顕れた水の身体を持った大蛇は、顕れて早々に迫り来る巨岩に狙いを定め、その巨大な顎を開き咆哮する。
『シャアアアアアア!!』
大蛇はそのまま巨岩を噛み砕きながら呑み込み、そのまま後方のリカントの軍勢の方まで飛んで行き、身体に岩を含んで攻撃力を増した状態で身体ごと軍勢に突撃した。その凄まじい威力たるや、ヴォルト達が戦っている軍勢を1割程壊滅させる程。
「凄えなローシェルの奴! ダーティラットの攻撃を防いだばかりか、その攻撃を逆に利用してヴォルト達の援護までしやがった!」
「でしょでしょ!? ローシェルの魔法はあたし達の里で1番凄いんだから!」
「本当に凄いわ……ん、フェリスちゃんもそろそろオリハルさんに慣れて来たのかな?」
「ぇ? ……ぁ、ぁぅ、その……ぅぅ」
「何でやねん! さっきのは無意識か!?」
白水蛇はそのまま更にしばらく暴れまわった後、やがて自然に還っていった。どうやらローシェルの魔力が尽きたらしい。ローシェルの方を見ると座り込んでいた。
その間俺達はというと、当然だがボケッとそれを見ていた訳ではない。その間にしっかりと崖を登り、後1歩で頂上という所まで来ていた。一気に登り切らなかったのには訳がある。別にユリーシャとフェリスが疲れたとかではない。俺が止めたんだ。
「ところでオリハルさん、どうしたの? 早く行かないとまた次の攻撃が来ちゃうよ?」
「いや、その……出会い頭に攻撃を喰らったら嫌だなあと思ってな」
「ぇ、と……あたしの耳には何も聞こえてないから大丈夫、だと、思います、ょ……?」
「だが、攻撃を防がれたのは気付いてるハズだ。だから次は無詠唱魔法で攻撃して来るって可能性もあるんじゃないかな、と」
……フッ、要するに一気に駆け上がった瞬間に攻撃されるのが怖かっただけさ。臆病者と呼びたければ呼ぶがいい!
「じゃあどうするの? このままって訳にも行かないし」
「……ユリーシャ、あの時俺にペンダントが似合うかどうか訊いて来た時の魔法を使ってくれないか?」
「あ、アレね。アレなら確かに──ウォーターミラー」
そんな臆病者である所の俺の案を受け入れてくれたユリーシャは、あの時の姿見程の大きさの鏡よりかなり小さめの手鏡ぐらいの大きさの鏡を創り出した。それをゆっくりと操作し、ダーティラットの陣営を見る。
……見えた。あの山羊をベースにしたような感じの奴がダーティラットだろうか。アイツだけ他のリカントよりも一回りデカイ。
自分の魔法で攻撃する為に道を開けたのか、左右や後ろにはまだ結構居るみたいだが正面にはほとんど居ない。
「……よし、もう正面には雑魚はほとんど居ないみたいだな」
「そうみたいね。それじゃあここからは速攻で行きましょ」
「じゃあどっちかが雑魚を蹴散らして、どっちかがダーティラットを速攻で倒すって感じがいいか。……どっちがどっちに行く?」
「……じゃあ、あたしはあまり大人数の相手は得意じゃないので、あたしがダーティラットと戦いましゅ! ~っ! ……戦いますっ!」
あ、噛んだ。めちゃくちゃ恥ずかしかったらしく、顔が真っ赤である。やだもう、フェリスちゃんったら可愛過ぎか。
──と、こんな時にも関わらず俺がほっこりとしていると、ユリーシャが真剣な表情で話し掛けて来た。フェリスちゃんに萌えてたのがバレたのかしら?
「……分かったわ。だったら……オリハルさん」
「ん?」
「オリハルさんはフェリスちゃんと一緒に居てあげて。わたしはただのリカントぐらいならオリハルさんの力を借りなくても勝てるし」
それを聞いて、俺は確かにユリーシャの方が多人数を相手取るには向いていると思った。フェリスも多人数を相手に出来ない訳ではないだろうが、先程の戦いを見る限りでは彼女の本領は一対一の格闘戦だ。
だから、フェリスがダーティラットと戦い、ユリーシャが雑魚を担当するのは正しい判断なんじゃないかと思う。
「あ~……それもそうか。フェリス、何かなって欲しい武器……いや、防具でもいいけどあるか? 無ければペンダントに戻っといて、いざという時の切り札になるけど」
「ぇ、と……装備は大丈夫、です」
「ん、分かった。じゃあペンダントに戻っとくな」
そんな訳で、俺は槍からペンダントに戻り、ユリーシャの手を離れてフェリスの胸元へと預けられた。
そしてユリーシャは自らのマントの中に手を入れると、立派な造りの弓と手袋を取り出した。黒を基調として所々入った赤いラインがカッコいい弓と赤い手袋で、着ている服に良く似合っている。というかデザイン的に服を作った人が作ったんじゃなかろうか。
「ユリーシャ、それは……」
「服と一緒に作ってもらった装備だよ。雑魚を蹴散らすぐらいならこの弓で十分だから心配しないで」
いや、そっちの心配は全くしてない。どっちかと言うと俺の存在価値の方が心配である。
同じ奴が作ったって事は、どうせ服と同じで魔力の増幅器の機能が間違い無く付いてるだろうし、そもそもユリーシャの家族が彼女の為に用意した装備品が粗悪品な訳が無い。
そんな、オーダーメイドであろう高級品を、俺はこれから先の旅の中で超えていかないとユリーシャに見捨てられてしまうかもしれない。俺は密かに今の剣や槍程度で間違っても満足しないように心に誓うのだった。
「さて、こっからが正念場だ。ユリーシャの魔法で見ても囚われたエルフ達の姿は見えなかったから、多分ダーティラットの後ろの陣よりも更に後ろに居るんだろう。だから2人には存分に暴れてもらって敵の注意を引いて欲しい。きっとその内に他のエルフ達が何とかしてくれるさ」
「フェリスちゃん、無理はしないでね? わたしかヴォルトが必ず駆け付けるから」
「はい! ユリーシャさんも気を付けて!」
「じゃあわたしから撃つから、その隙に行って」
まずはユリーシャがウォーターミラーで敵の陣形を確認しながら弓を空に構えた。……そういえば、弓を出しただけで矢が無い。もしかして、ローシェルの銃みたいに魔法を矢にして撃つんだろうか?
そんな事を考えていると、弓が光を放ち始めた。ユリーシャは光る弓の弦に指を掛けて引き絞る。
「ブレイズボム──創成──熔岩の矢」
ユリーシャが詠唱らしきモノをすると、赤く燃え盛る矢が生成された。その矢が生成されたのを確認した瞬間、ユリーシャは弦から指を放し、上空へと射る。
「破裂──熔岩弾の豪雨!」
上空に射られた矢が描く放物線が頂点を折り返し、その鏃が地上に向けられた瞬間。ユリーシャが洞窟の時と同じように追加術式を詠唱した。
その名の通り赤黒い熔岩の如く燃え盛っていた矢が、ユリーシャの詠唱によって分裂した百を超える程の数の弾と化してダーティラットの居る本陣へと降り注ぐ。
「──────」
しかし、山羊野郎が何かを呟きながら手を上に掲げると奴の頭上に障壁が発生し、ユリーシャが放った矢の雨を受け流していく。
だが、ダーティラットの奴は周りの味方を守る気は無いのか、周りの雑魚は次々とユリーシャの矢に撃ち抜かれて行く。
「チッ、流石にダーティラットは防ぐか」
「2人共、ドンドン射つから行って! ──サンダーブレード──創成──稲妻の──」
「はい! ──身体強化・二重!」
さっきのに続いて、ユリーシャが雷の矢を生成するのを合図にフェリスが動き出した。フェリスは先刻ユリーシャと一緒に走った時よりも強い魔力を身に纏い、凄まじいスピードで飛び出した。
俺はペンダントになっていてフェリスの胸元に居る為に後ろを振り返る事が出来ないが、ユリーシャもびっくりしてるんじゃなかろうか。さっき速さには自信があるみたいな事を言ってたしな。この戦いが終わったらちょっとからかってやろう。
「もう1匹居たか……こんな矢なんぞに怯むなクズ共! こいつももう1匹隠れてる奴も生け捕りにしろ!」
『ウオオオオオオオッ!!』
スピードは速いが、流石に距離がある。ダーティラットの奴もきっちりとこちらを認識して対応して来た。しかし奴の魔法による攻撃ではなく、周りの雑魚を差し向けて来るという形でだ。
だがそれはダーティラットにとって悪手だろう。普通のリカントが今のフェリスの速さに着いてこられるとは思えない。
「やああああああっ!!」
しかも、強化されるのは何も速さだけじゃない。力だって上昇するんだ。案の定、フェリスの気合いの入った掛け声と共に放たれた鋭い回し蹴りが群がるリカント達を一撃で薙ぎ払い、そのまま一気に包囲網を抜ける。
リカント達もそれに追い縋ろうとするが、上空から降り注ぐ雷の雨がそれを許さない。フェリスが一瞬振り返ったので俺も確認すると、ユリーシャがその姿を見せていた。弓を見ると、こちらからでも分かるぐらいの風が渦巻いている。今度は風の矢を放つつもりなのだろうか。しかしそれ以上はフェリスが正面に向き直ったので見る事は出来なかった。
「ええい、使えない奴等だ! 足止めぐらい出来んのか!?」
「ダーティラットッ! みんなを、返せええええええっ!! ──身体強化──圧縮──烈風拳!!」
「──ッ!?」
そしてフェリスは一気に敵の懐へ駆け寄り、身体強化の魔力を一点に集中させた拳でダーティラットの鳩尾を打ち抜いた──。