第13話 雷槍の天馬
メチャメチャ遅くなって申し訳ありません。
時刻は午前4時手前。
俺は体内に魔力を溜めない『魔力操作』を使って約1時間毎にソナーを飛ばし続けていた。
「次が7回目か。今の所何の変化も無いが、フェアンドの予想通りならそろそろ動く頃か──シン・サイレントソナー」
この溜め方の欠点は、集めた魔力は全て次に使う魔法に使われてしまう事だ。
だから俺は、この7時間の間全く魔力を溜める事が出来ていない。こうも何の変化も見られないと、酷く魔力を無駄にしている気がしてしまうな。
いや、今回は反応が違う。これは──
「──しまった! ちくしょう……何でこんな単純な見落としをしてたんだ俺は!」
まったく、自分の浅はかさにヘドが出そうだ。
完全に想定外の作戦を採られちまったが、これは敵が賢いんじゃない。俺が間抜け過ぎたんだ。
7回目のソナーによって判った敵の動きは、冷静に考えてみれば最も単純な作戦だった。
「これなら普通に攻めて来た奴をヴォルトと一緒に全滅させて、その足でダーティラットの本陣を強襲した方がマシだったぜ……」
──正直な話、言うのも恥ずかしいぐらいだが、強いて言い訳をするなら元“現世十傑”であるヴォルトの強さへの認識が甘かったのかもしれない。
……敵の数が3倍に増えていた。つまり、4千だった敵の数が1万2千になっていた。まさかヴォルトを倒す為だけにそんなに戦力を増強するなんて。
「──ああ、俺が今更ウジウジしてもしょうがない! とにかく緊急会議だ! ──アクティブソナー!」
とにかく時間が無い。敵が軍隊のように部隊を編成するとしたらまだ時間はあるが、そうでなければもう1時間も無い。急いで集まって作戦を練り直さないと……!
「どうしたオリハル、敵が来たのか!?」
「ヴォルトか、すまん! 完全に俺の作戦ミスだ! 大至急皆を集めてくれ!」
「……分かった、後で聞かせてもらうぞ!」
最も早かったのはヴォルトだった。つーか速過ぎていつ来たのか分からなかった。
俺が皆を集めるように頼むと、ヴォルトは5mはあるこの矢倉から何事も無かったかのように飛び降り、凄まじい速さで駆けて行った。
そして、それと入れ違いでユリーシャが俺の前に現れる。
「オリハルさん、来たの?」
「いや、まだだ。だけどマズイ事になっちまった。後で話すから、取りあえず俺を持って下に降りてくれ」
「うん、分かった」
ユリーシャも俺に凄く聞きたそうな顔をしていたが、俺の声色から深刻さが伝わったのか、質問を飲み込んでくれた。
そして俺に言われるがままに下に持って降りてくれた所で、既にフェアンドやフェリスやローシェル、昨日のイケメンエルフを含めて20人近くが集まってくれていた。ヴォルトも当然その中に居る。いくらなんでも早過ぎるし、丁度俺のソナーに反応して来てくれたんだろう。
「こうして里中にソナーを飛ばして下さったという事は、敵に大きな動きがあったという事ですかな?」
「ええ、実は──」
どうやら主要な人物は既に集まっているようだし、俺はもう話し始める事にした。と言っても数が3倍になった事を言うだけなんだが。
「──という訳ですいません、敵が増援を呼ぶ可能性を全く考えていませんでした。完全に俺の作戦ミスです」
「全く、なんて事をしてくれたんだ! ああ、これでもうこの里はおしまいだ!」
「自分で戦えもしない癖に口だけ出した挙げ句、その結果がこれだ! 敵を本気にさせてしまっただけじゃないか!」
……う、予想はしていたけれど、あちこちから罵倒された。
少し気になる事はあるが、反論の根拠にするにはかなり弱いので俺は何も言い返す事が出来なかった。
「……本当に申し訳無い」
「ふざけるな! 謝ればいいとでも思っているのか!? それでどうするんだ? もうどうしようも無いからエルフ達は大人しく滅んで下さいとでも言うつもりか!?」
「おいお前達、いい加減に──」
「……いいえ、貴方だけの責任ではありませんよオリハル様。その作戦を聞いた我々にだって、その作戦の穴を指摘出来なかったんですから」
「……………………」
どう考えても調子に乗って軍師気取りな策を巡らせた俺のミスなのに、フェアンドはそう言ってくれた。
ちなみにイケメンエルフは俺の話を聞いて即座に敵陣のある方向へ飛び立って行った。
「そんな事より、どうしましょうか。元の作戦のままでは恐らく里が持たないです」
「そうね……わたしならもう守りに入るしか無いと思うけど」
「あたしもそう思います。敵がそんなに多いならあたし達も守備に参加して……」
ユリーシャ達は守る事を提案した。確かにそれが普通の対応だと思うが、敵はこちらにヴォルトが居てもそれだけ居れば倒せると踏んでいるんだろうから、その対策では不安だな。
しかし、かと言ってこんな大ポカをやらかした俺がまた作戦を考えるのもどうかと思うし……なんて事を考えていたら、今の作戦の最初の指針を立てたヴォルトが口を開いた。
「──いや、打って出よう」
「え? ヴォルトさん、今なんて?」
「打って出よう、と言ったんだ。まだ増援が来たばかりなら敵の態勢は整っていないハズだ。そこを攻めよう」
「いや、でもヴォルト様、それはちょっと…………」
「なら1万を超える大軍で押し寄せて来るリカント達を迎え撃つ策があるのか? 敵の狙いが私ならまだ何とかなるが、敵の狙いはキミ達エルフだ」
何とヴォルトは攻撃を仕掛ける事を提案してきた。
成程、確かに守っても負けるのが分かっているなら、一か八か攻撃を仕掛けてダーティラットを討つ事に賭けた方がマシかもしれない。
……俺は、意を決して発言した。
「──俺がこんな事を言える立場では無いのは分かっているつもりですが、もし打って出るのなら全員で行きませんか?」
「全員で、だと? オリハル、キミは一体何を考えてる? エルフ達に死ねと言ってるのか!?」
うっ、これはキツいな……ヴォルトからもかなり辛辣な言葉を浴びせられるとなると……。
しかし、1番キツいのは俺じゃない。そもそも俺にはキツいと思う資格も無い。
1番キツいのはユリーシャのハズだ。まだ槍の姿のままの俺を正面に立てて持っていて、俺に向けられた罵詈雑言は全部ユリーシャにも向いてしまう。当事者以上に居心地の悪さを感じているんじゃないだろうか。
だけど、ここで黙る訳には行かない。もう少数精鋭でどうにか出来る話じゃないんだ。俺の所為なのにこんな事を言うのはふざけてると思われるかもしれないけど、全員の力を合わせないとこの状況は厳し過ぎる。
「……全員で短期決戦を挑むんだ。エルフの皆は空中から弓矢とかで攻撃して貰って、ヴォルトが正面から攻める。俺達は横から奇襲を仕掛けて一気に大将を倒しに行く」
「私は反対だ。リカント共が例え十万匹居ようと私1人で何とかしてみせる」
ここまで単純な作戦ならバカな見落としも何も無いだろうと思ったんだが、ヴォルトに反対された。
いや、でも十万匹て。ヴォルトの奴、興奮して自分の力が全盛期の時と勘違いしてるんじゃないだろうな?
しかし、ヴォルトのその言葉がきっかけだったのだろうか、場の雰囲気が少しだけ変化した。
「……いえ、オリハル様の案で行きましょう。ヴォルト様だけに負担を掛ける訳には行きません」
「お前達、いいのか? 気持ちはありがたいが、犠牲者が増えるだけかもしれんぞ? それよりも、私達が戦っている間に逃げた方が良いのではないか? デビルスブルクならお前達の事を受け入れてくれるだろう」
あ、そうか。もっと単純に、俺達で足止めをしてエルフ達には逃げて貰えばいいのか。確かにデビルスブルクならエルフ達を受け入れてくれそうな気がするし。
もし軍を出して助けてくれるならそれが1番勝率が高くなりそうだ。俺達だって、エルフを逃がし終えたら逃げればいい訳だしな。
「いいえ、例えそれが最も我々が助かる確率が高い策だとしても、そんな助かり方をしてはエルフの名折れです」
「そうですよ、それにその策ではダーティラットを倒す事は多分出来ませんし。この戦いの後、ヴォルト様がずっとここに居る訳じゃないんでしょ?」
確かに、それはそうだろうな。ローシェルの言う通り、その方法だとリカント達を撃退出来るだけで、ダーティラットを討つのは難しそうだ。
そうなると、長期的に考えるとここでダーティラットを倒しておいた方がエルフ達にとってはいい事なのか。ここで逃がしたらもっと大規模になって襲って来るかもしれんしな。
「……確かに、私達はこの戦いが終わったらここを離れる。それなら、ここで倒しておいた方がお前達にはいいかもしれんな」
どうやらヴォルトはフェアンドとローシェルの意見を聞き入れたようだ。それと、流石にヴォルトもエルフ達の助力抜きでダーティラットを討てるとまでは思っていなかったようでちょっと安心した。もしそう思っていたら今のローシェルの言葉も否定しただろうしな。
「それに、今回敵を逃がしちゃったらさらわれた仲間が救えなくなっちゃいます」
「そういえばそうだったわね。確か30人ぐらいさらわれたんだったわよね?」
「普通に考えたら多分まだ本陣に囚われてるハズだ。何とか救い出したい所だけど……」
戦力的には全く余裕が無い状況だが、出来ればこれまでの襲撃で囚われてしまったエルフ達も救い出したい。だが、ここから更に分けるような戦力は──
「──その役目、我々が請け負おいましょう」
「お前達、まだ動ける状態では──」
「フェアンド様、我々は確かにまだ万全ではありませんが、里がこんな状況だというのにおちおち休んで等居られません」
戦闘が得意だが、昨日までの襲撃で疲労困憊になってしまったというエルフ達が名乗りを挙げてくれた。
これは確かに合理的な采配かもしれない。囚われてしまったエルフ達を救出する班にもそれなりの戦闘能力が要求されるし、救出が目的なのだから魔力を使い切る程戦う必要も無い。問題は回復の度合いだが、まだ万全ではないとはいえ、他のエルフ達よりは強いだろうから名乗りを挙げたのだろうし。
「──分かった。任せるぞ、お前達」
「はい、ヴォルト様に安心して暴れて頂く為にも、必ず助け出してみせます!」
──あ、そうか。よくよく考えてみれば今までに捕らえられていたエルフ達を人質として使われる可能性もあった訳か。本当に俺、抜けてるトコだらけだな。軍師の真似事は2度としない方がいいのかもしれん。
「なら、後は攻める順番だな。──ヴォルト様には1番槍をお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「勿論だ。むしろこちらから頼みたかったぐらいだ」
「ありがとうございます。問題は、救出班と強襲班とどっちが先に攻撃するかだが……」
「それは、わたし達から攻撃した方がいいと思う。敵の目は出来るだけエルフ達から遠ざけた方がいいと思うし」
フェアンドの問い掛けに対して、ユリーシャは自分達が先に攻撃をする事を提案する。確かに俺もそう思う。
だが、それだと悩む必要が無さそうなその問題に対して何故フェアンドが即座に決めなかったのかが気になる。
……いや、もしかして──
「……いや、そうだな。それに、救出班のメンバーは体力が万全ではないからな。それで行こう」
──娘であるフェリスの身を案じて強襲班の負担が最も少なくなるように考えたりしてたんじゃないかと思ったんだが、特にそういった事は無さそうだ。
いや、そうだったとしても俺は別に責めるつもりは無かったんだけど。フェアンドだって負けたら元も子も無いのは分かっているハズだから、娘可愛さに作戦を破綻させるような事は考えないだろうと思ったし。
今の話し合いを経て、時刻は午前4時を過ぎた。一同は一旦解散し、戦いの準備を整える事にする。
そして時刻は午前4時38分。
エルフ達の里の明暗を分け、後に世界中に名を轟かせる事になる英雄達の初陣が始まる。
「……フィラデルフィアの報告によれば、まだ敵は動いていない。まだ先手を打つ事は可能だ」
「──よし、ならば行こう」
フェアンドの言葉を受けて、ヴォルトがそう発言する。
ああ、ちなみにフィラデルフィアというのは地名の事では無く、偵察に向かったイケメンエルフの事だ。
ふと、チリチリという音がどこかしらから聞こえて来る。何の音だろうか、なんて事は考えるまでも無かった。
「ヴォルト、お前、それ……」
「ジャガーノルドとの戦いの時にキミがやっていたのと同じだよ。雷を身に纏い、戦うのが私の戦い方だ」
音の主であるヴォルトの方を見ると、身体の所々から電気の光らしきモノが迸っている。
確かにあの時、電気の障壁を張っていたヴォルトを見て超電磁投射槍を思い付いたんだが。
あの時張っていたバリアを見た感じ、デンキウナギの手術を受けたアイツとそう変わらないぐらいの能力だと思ってたんだが、まさか魔法をその身に取り込む能力を得た若冠10歳の天才少年並の能力を持ってるなんて。
「──さて、私は先に出る。お前達も配置に付け。行くぞフェアンド」
「ええ。お前達は戦いが始まったら隙を見て同胞を救い出してくれ。フェリスとローシェル、そしてユリーシャ様とオリハル様はダーティラットを討って下さい。残った我々はヴォルト様と共に行き、援護する。──行くぞ!」
『おおっ!』
フェアンドの合図で一同は気合いを入れ直し、まず8人のエルフ達が低空飛行で森の奥へと消えて行った。フィラデルフィアに聞いた敵の配置に合わせて、あいつ等は敵の背後を取る為に森を大きく迂回する必要がある。
その肝心な敵の配置だが、横に並んだ約100匹のリカントが100列。その後ろにある円形の本陣に20匹が25列居て、それが前後左右の4つ。
俺達は最初、回り込んでダーティラットの所に行くつもりだったんだが、短期決戦で正面から一気に行くべきだと考え直した。
そこでヴォルトが一気に敵陣に風穴を開け、俺達だけがまずそこを突破する。その俺達がダーティラットの居るであろう本陣を強襲する間、ヴォルトが俺達の殿として残りの約1万匹を受け持つ。
エルフ達は空を飛びつつ弓矢や魔法でヴォルトを援護する。
俺達がダーティラットを攻撃して俺達に敵の意識が集中した所を8人のエルフ達がさらわれた30人のエルフ達を救出する──というのが俺達が咄嗟に組んだ作戦だ。
作戦を見直すような時間は無かった為、この作戦にもきっと穴があるんだろうが、既に賽は投げられてしまった。この作戦を信じて集中するしかない。
「ねえヴォルト、初撃だけわたしにやらせてくれないかな?」
「あ、ああ、別に構わんが……魔力を温存しなくていいのか?」
「うん、大丈夫。今日はいつもより調子が良さそうなの」
ヴォルトに並走していたユリーシャが突然そんな事を言い出した。ユリーシャは敵の第一陣を突破した後が本番なのだから普通なら止めるべきなんだろうが、何故か自信ありげなユリーシャの顔を見ているとそんな気になれなかった。
「フレイムテンペストを撃つのか?」
「ううん、違うよ。まあ、楽しみにしててよ」
やだ、ユリーシャったらちょっと頼もしいわ。
そんな不敵な笑顔でおっしゃられたら、本当にこの後どんな魔法を放つのか楽しみになっちゃうじゃないか。
ちなみに俺は槍の姿のままでユリーシャに持ってもらっていた。これから戦うってのにペンダントに戻るのは非効率的だと思ったからな。
「じゃあ、そろそろ行くわ。みんな! わたしが魔法を撃ったら5秒以内に伏せて!」
やがて数百m先の開けた所にリカント達の集団が見え始めた頃、ユリーシャが動いた。
まずはユリーシャの脚に視認出来る程の魔力が集まり、その魔力でもって大きく跳躍する。その高さ、何と約20m。周りの木々の高さをも超えた大ジャンプだ。
そしてそのまま空中で詠唱に入る。
「来たれ光の精! 我が契約の名の下に、集い来たりて光の玉となり、我が前方に巣食う闇を打ち払え! ──フラッシングバースト!」
ユリーシャの手から巨大な光の玉が発生し、敵陣のド真ん中に向かってそれを撃ち込んだ。
弾速はそれほど速くは無い。これでは敵に当たらない。それどころかこの射出角度では敵陣の上空を通過してしまう。
失敗したのか? ……いや、ユリーシャはさっき何と言っていた? 5秒後に伏せてくれ……そして魔法の名前は閃光爆裂……まさか!?
「──って俺、目を閉じたり出来な──」
「──ブラックカーテン!」
俺がユリーシャの魔法の効果を察した瞬間、目の前を闇が覆い隠した。
更に2秒後。目の前を覆っていた闇が白んだ。闇が俺達を覆う前とほぼ変わらない明るさの景色が眼前に広がる。
それはつまり、それほどまでに凄まじい光を放つ魔法だという事。更に言うなら、今俺達の目の前にある暗幕には多分防御力は無い。
「よし、これで楽に突破出来るハズ──!」
ユリーシャは着地を難なく決めると同時に前方の状況を見て取り、自らの魔法の成功を確認する。
いつの間にか暗幕は解除されている。その上で俺の前に広がっていた光景は、大混乱しているリカント達の姿だった。
俺は後ろを振り返り、数十m後方に伏せているヴォルト達を見る。皆ちゃんとユリーシャの言う通りに伏せているようだ。
「アクティブソナー」
俺は最低限の魔力を利用して後方の連中にソナーを飛ばす。
その目的は勿論、ユリーシャの魔法の発動が終わった事を皆に伝える為だ。
その効果は覿面で、皆が顔を上げてリカントの集団が大混乱している様を視認する。
「今だ! 行くぞ皆! リカント共を蹴散らせ!」
『おおおおおっ!!』
「ほぼ敵陣全体の目を眩ませるとは、凄まじい魔法だな」
「ボク達の辺りでも地面が真っ白になってましたからね」
「……それじゃあヴォルト様、今の内に一気に突破しちゃいましょう。お願いします」
いち早く状況を認識したフェアンドが、これが好機とばかりに他のエルフ達を鼓舞する。
閧の声を上げるエルフ達を尻目に、ヴォルトとフェリス、そしてローシェルは素早く俺達の下に合流した。
ここで俺達は即座にヴォルトを先頭に据えた陣形を取り、閃光の魔法で混乱の極みにある敵の陣形の突破を試みる。
「──では次は私の番だな。ユリーシャの素晴らしい牽制を無駄にしないよう、私も最高の一撃でもって応えよう」
ヴォルトがそんな言葉を発した瞬間、断続的にチリチリと鳴っていた音がパチパチという音に変わり、やがてバチバチという煩いぐらいの音に変化した。
「はああああ! ──サンダーウィング!」
その音は遂に雷鳴に近い程の轟音となり、ヴォルトの背中には雷で形成された二対の翼が。翼はそれぞれ馬としての背中と人としての背中の一対ずつ。
そうか、この翼が“雷槍の天馬”の由来なのか。とか今はどうでもいい事を考えている間にも状況は変化する。
更にその轟音に反応してか、混乱の極みにあったリカント達の動きが一瞬止まる。その姿は棒立ちで隙だらけもいい所だ。
ヴォルトは槍を正面に突き出すように構え、その切っ先にも雷を集中させる。再び放電の音が大きくなり、その音もやがて臨界点へと達する。
そして──
「ユリーシャ、ローシェル、フェリス、私の後ろに全力で付いて来い! ──加速する突風!!」
一陣の風が……いや、最早衝撃波と呼ぶべきモノが辺りを蹂躙した。ヴォルトは風の魔法は使っていない。ただ自身を加速させ、突撃しただけだ。
その結果、目の前に居たリカント達は宙に舞い、横に居たリカント達は吹き飛ばされ、ヴォルトが通った後は草木が焼け焦げ、幅5m程の道のようなモノが出来上がっていた。
ユリーシャ達はその光景に唖然としながらも、事前に言われていたようにその焼け焦げた道の上を駆け抜けてヴォルトに合流する。
ローシェルとフェリスもちゃんと魔力で脚力を強化しているのか、ユリーシャとほぼ同じ速度で走ってみせた。
「ふむ……ざっと千匹は倒したか? やはりまだまだだな」
「「「「え!?」」」」
凄まじい一撃を見せてくれたヴォルトのそんな一言に、思わずその場の全員の声が重なった。
いや、これで満足行ってないってどんだけだよ。俺だってヴォルトの実力を疑っていた訳じゃないが、まさか一撃で敵陣を突破するとは思いもよらなかったぞ。
「昔なら今の一撃でダーティラットまで届いたと思うんだがな。まあ、今の身体ではこの程度が限界か」
「「「「……………………」」」」
え、じゃあ何か? 全盛期ならこいつら一瞬で全滅出来たって事? やはり魔王と肩を並べてた奴は凄いな。
「それに連発も出来そうに無い。後の9千匹とは普通に戦うしか無さそうだ。お前達、後は頼んだぞ」
「ええ、任せて。絶対に倒してみせるから」
そんなヴォルトから後の事を託され、ユリーシャが力強く応える。まだ少し呆けていたローシェルとフェリスも表情を引き締め、力強く頷く。そんな3人の反応を見た後、ヴォルトは未だ混乱が収まりきっていないリカントの集団の中へと飛び込んで行った。
更にその瞬間、空から矢の雨が降り注ぐ。エルフ達の援護攻撃が始まったんだ。リカント達は呻き声をあげながら逃げ惑っているようだ。今のところこの襲撃は100点満点と言うべきだろう。だけどユリーシャの魔法の効果もそろそろ切れるだろうし、ここからが本番だろう。
そんな状況を見届けた後、ユリーシャ達は同時に駆け出した。200mぐらい先にリカント達の集団が見える。あいつらを突破さえすれば、後はダーティラットを討つだけだ──
「──っ! みんな、伏せろ!」
「「「っ!?」」」
俺は咄嗟に叫んだ。いきなり上から軽く10tはありそうな大岩が飛んで来たんだ。
間一髪のタイミングで俺の声が届いたらしく、みんな上手い事伏せてくれた。大岩は俺達の頭上を掠め、わずか3m程後ろに轟音を立てながら落下した。
「う〜ん、避けたか。残念」
「え〜、今ので潰れちゃったらもうヴォルトしか遊び相手が居なくなっちゃうよ?」
「ブハハハハハ! こんなガキ共が遊び相手になればいいがのう!」
「で、でで、でもぉ、かか、可愛い女の子が2人も、い居るんだなぁ、ハァハァ」
俺達が後ろの大岩を見ている内に出て来たんだろうか、いつの間にか4匹の喋るリカントが俺達の前に現れていた。
言葉を発した順に、武器は無いが鼻自体が凶器になりそうなゾウ型、両手と尻尾に器用に曲剣を持った独特な三刀流のサル型、バカデカい棍棒を2本持ったゴリラ型、嫌に刺々しい兜を被ったやけに鼻息の荒いイノシシ型のリカントだった。しかし言葉を発したという事は上位種なんだろうか。
つーか今のキモオタ系な発言をしたイノシシ型もジャガーノルドと同じ上位種なのかと思うとちょっと引くわ。
「……アレ、無視して進んじゃダメかしら」
「いや、流石に無理じゃないですかね」
「じゃあローシェル、あの気持ち悪い奴をお願いね」
「え!? そんな理由で決定!? フェリスの方が相性良さそうなのに!?」
「ちょっとローシェル、あんなキモいのと相性良さそうとか言わないで」
「戦いの話だよ!? ボクはむしろあいつと相性悪そうなんだけど!?」
「あたしはサルみたいなのと戦うわ」
「じゃあわたしとオリハルさんでゾウとゴリラね」
「ちょ、まるで俺が頭数に入ってるみたいな言い方は止めて! 俺の戦闘力は0よ!」
とりあえず俺はジャガーノルド戦の時と同じようにミスリルとクリスタルで出来た剣へと変化する。
正直、ダーティラット以外にも上位種が出て来るのは誤算だったが、こうなった以上やるしかない。
直接戦う事が出来ない俺は、歯痒い思いを抱えながらも3対4で人数的に不利なこの戦いを見守る事しか出来ない。俺は祈るような気持ちで戦局を見守るのだった。
11月に急に転勤を言い渡され、新しい勤務先に慣れるのに時間が掛かってしまいました。
決してFFのレコードキーパーにハマってたからとか、そんな理由じゃありませんからね、ホントだよ!?(殴)
2ヶ月前の話ですが、ブックマーク数がまた増えており、とても嬉しく思っております。
ブックマークが増えたら今度は感想が欲しいなんて思った時期もありましたが、こんな投稿が遅い作品なんて何言われるか分かったもんじゃないので最近は逆に怖いです。(汗)
結局モンスター文庫の10万文字という基準も達成出来ませんでしたしね。
これからも気長にやっていきたいと思っておりますので、どうかよろしくですm(_ _)m