プロローグ
俺は死ぬ。それは疑いようのない事実だ。
とある事故で建物が倒壊し、瓦礫に飲まれた。その時はまだ生きていた。両足は潰れ、左肩は脱臼し、右腕は肘から下が反対方向に曲がっていたが、確かにまだ生きていた。
だが、こんな状態ではどう考えても長くはない。
勿論死にたくはない。だけど、こんな状況で助かる見込みがあるとも思えない。
まだ色々とやり残した事がある。今週発売の漫画を立ち読みするとか、家に録り溜めてあるアニメを観るとか、正直積みゲーに成り果てているゲームをやるとか。
しかし、こんな状態ではもし助かったとしても長いリハビリ生活を余儀なくされるだろう。
もう、気楽な生活には戻れそうに無い。好きだったのにな、この生活。ああ、こんな事を考えてる間にも意識が飛びそうだ。
ちくしょう、こんな形で俺の人生終わっちまうなんて。
俺は絶望に飲み込まれながら、意識を手放した。
『生きたいか?』
「え……?」
何かやたらと威厳のある声に呼ばれ、俺の意識は覚醒した。
死の淵で夢でも見てるんだろうか。真っ白な空間の中で俺は立ち竦んでいた。
やっぱり夢だろうな、これ。四肢が元通りになってるし。周りを見回してみるが、今しがた聞こえた声の主らしき姿は見当たらない。
『答えよ、小僧』
「いや、俺もう30歳なんだけど」
『口答えをするな。元の世界に戻してやってもいいんだぞ?』
「は? 元の世界?」
『左様、ここは魂の世界。こうしている間も小僧の体は死へ向かっている。後10分といった所か』
「なっ……!?」
あの状態なので命に別状が無い訳が無いとは思っていたが、はっきり後10分で死ぬと宣告されると、流石にショックだった。
姿は見えないがこんな時に話が通じた相手だ、神のような存在に話し掛けられたんだとしても俺は驚かない。
それに、成程。神のような存在だとすれば30年程度生きただけの俺は小僧に違いない。
『ようやく理解したか? ならば答えを訊こうか』
「そりゃ勿論生きたい。だけど、1つ訊きたい。死にかけてるのは俺だけじゃないハズだ。何故俺を選んで話し掛けた?」
『自惚れるな小僧。全員に話し掛けているに決まっているだろう。もっとも我と話す間もなく死んでしまった者も居るがな』
「……それで? 生きたいと答えた俺はどうなる?」
『転生の仕方を選ぶ事になる。今の世界の小僧が死ぬのはもう避けられんからな。今から話す2つから選ぶがいい』
その何者かは、2つの転生の仕方を提示した。
1つは今の世界で608年後に転生する事。この方法だと記憶は一切残らない。何故記憶が残らないのかと訊くと、魂だけの状態だと記憶は数年しか持たないらしい。ついでに何故608年後なのかと訊くと、順番待ちらしい。何か1094億6988万2377番目とか言ってた。
もう1つは、全く別の世界に転生する事。こちらはすぐに転生出来るので記憶はほぼ全部残る。詳しく訊くと、魔法とかが実在するファンタジーな世界らしく、出来ればこっちを選んで欲しいらしい。ちょっと世界がヤバいとか言ってた。
「いやいや、何でそんなヤバい世界に転生しなきゃいかんのですか? いいですよ、608年待ちますよ。リアルにスーパーロボットとか出来てそうな年代じゃないですか。そっちはそっちで楽しみですよ」
『ぬ……なら別の世界を選んでくれたら3つ程特殊能力を授けようじゃないか』
「と、特殊能力?」
こ、これはアレか?
転生モノの小説とかでよく聞くチート能力って奴か?
やっべ、ちょっとワクワクして来たぞ。
「……どんな能力をくれるって言うんだ?」
『すまんが説明する時間が無い。小僧の体が後2分で死ぬ』
「げ、マジで!?」
うわ、どうするどうする?
608年後に転生しても、記憶も無いし、今と同じ気持ちではまだ見ぬスーパーロボットを見る事は出来ないだろうし。
世界がヤバいらしいけど、チート能力があるなら生き残れる……か?
『頼む小僧、我と契約して世界を救う剣となってくれんか?』
「…………分かった。あんたと契約してそっちに転生するよ」
『すまんな。授ける能力については、転生が済んでから説明しよう』
こうして俺は別の世界に転生する事になった。
しかし、俺はすぐに後悔する事になる。
やたらと威厳に溢れた声だったから気付かなかったんだ。
よくよく考えてみると言ってる事は某インキュベーターさんと変わらないという事実に。
次に目を覚ました時、俺はひのきの棒になっていた。